第5話 焦り

優子と僕は付き合うようになって半年が経っていた。


僕の周りはほとんど結婚して、子供もいる。そろそろ家を建てようとしている奴もいる。

僕は大阪ではボッチだが、地元には昔馴染みの奴もいる。


このまま優子と結婚して、子供を授かり、ごく、一般的で幸せな人生を送るのかと妄想する。


アラサーで独身は焦る。

別に焦る必要などないのだが、周りがプレッシャーを感じさせる。

周りも僕にプレッシャーをかけているつもりはないのだろう。


なにか、特別な仕事をしているわけでもない。普通の会社に勤めて普通に会社員をしている。


唯一、普通の人よりも何か持っているとしたら、幼い頃から触れてきた手品である。

大学卒業後は手品師として生きるつもりだった。

しかし、自分には才能がことを知って一切やめた。

いや、才能どうこうの問題ではない。

そもそも手品が好きというよりは手品の種を知ることに喜びを感じただけであった。


手品にだけは夢中になれると思っていたが現実は違ったのである。


完全に手品をやめたくせに部屋の隅っこにはまだ、捨てきれない手品道具が山ほどある。


本当にいる手品道具なんて無いはずなのに

なぜ、捨てきれずにいるのかわからない。


手品仲間は手品師としてステージに立っている。

自分のお店を立ち上げて、自分のお店で手品を披露する。

オリジナルの手品道具や、アパレルの類を製作して自分のファンに買ってもらう。


いわゆるビジネスというやつだ。


僕はそんな仲間を本当に尊敬している。

尊敬している反面、悔しくもある。


自分も手品師を続けていれば、今頃、同じようにお店や、イベントに呼ばれて手品を得意気に披露する生活を送っていたのかもしれない。


他人と比較するな。


何度、自分に言い聞かせても比べることをやめない自分がそこにある。


何度も、何度も頭を駆け巡ってはフッと消えて、また、突然現れて僕を悩ませるソレは自己嫌悪というやつかもしれない。


いつもの僕は悩みに悩んだ末、

スロットに足を運ぶことになる。


スロットを打てば買っても負けてもアドレナリンが分泌されて快楽を覚える。

ただ、しばらくすると同じ作業の繰り返しだから不快になる。

メダルが出ようが出なかろうが、それは変わらない。


人生はスロットに似ている気がする。

生きることを続けていれば良いことがあるかもしれないし、無いかもしれない。


だが、僕は優子と出会い、付き合うことで何故か安心した。

自分を必要としてくれる人がいてくれたことが嬉しかった。

不意にスロットをうちに行くこともなくなっていた。


あの頃は人生がつまらないから暇な時間を埋めるためだったが、今は違う。


ピンポーン


家のチャイムが鳴り響く。


普段は宅配だろうが、今は違う。

この頃からお互いの家を行き来するようになるほど親密な関係になっていた。


「はい。」


「優子だよ。」


「はーい。」


オートロックの会社される音が微かに聞こえた。


「ご飯どーする?」


「ハンバーグ食べたいから作るよ。」 


「竜がつくってくれるの?めっちゃ楽しみ!」


たわいもない会話をした。

好きな人と共に過ごす喜びを感じた。


優子と付き合う前はいつも独りで散歩していたコースを歩いている。

例の、タワマンが並ぶ川沿いである。

いつも、高いところから見渡す景色がどんなものか想像しながら歩いたものだが、今はそんなのどうだっていい。

この先も優子と一緒に過ごすことができるのならなにも要らない。

こんな気持ちになるのはドラマや映画の主人公だけだと思っていたが、実際にそう思えた。


本当にこのままでいいのか?


平凡なまま特になにも行動せずに

だらだら時間を浪費してもいいのか?


たまに別の僕が僕に問いただす。


当たり前の日常生活に染まっていく僕はなぜか、焦っている。


ハンバーグを食べる優子の笑顔は本当に美しいと思いながら、そんなことを考えている僕がいる。






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