第24話 ――の髪飾り ☆

☆  ★  ☆(サルワート 視点)


 ……どうして、こうなった?


 村から火柱が見えた時より前。


 太陽がもっとも高い位置から、数十度西に傾いた頃。


 飛竜の神殿からアレスタ山に向かって真っ直ぐ、炎の帯を引きながら飛んでいたサルワートは困惑していた。


 背中に乗ってる新しい主人が、辛そうな顔一つせずに、自分の背中に乗っていたからだ。


 おかしい。


 そんなことがありえるのか?


 たしかに、飛竜神さまの加護の力があれば、我ら飛竜に乗ってる時、風の抵抗や高低差で起きる体調不良にも対応は出来る。


 でも、それでも限度はある。


 それに、今我が使っている魔法は、我でも魔力の燃費が悪くて、滅多には使えない飛行方法だ。


 爆発の魔術を込めた火球を連続的に爆発させて、それで推進力を得る我の渾身の魔法だぞ!!


 この速さに耐えて、魔力切れを起こす素振りもない!?


 ククク、これは思っていたよりもこの主人とは、長い付き合いになりそうだ。


 もしかしたら、本当にこの主人なら我を高みに連れて行ってくれるかもしれんな。




☆  ★  ☆(エルリーヒ・ライニング 視点)


 まさか、ここまで速度が出せるなんて……楽しいな。


 飛竜神さまの加護はすごい!


 さっきから受ける風がまるで、風自身が自分から避けているんじゃないかと思うほど、抵抗感を感じないし、普通に息が出来る。


 ワイバーンに乗り始めた時に感じた、耳鳴りや頭痛なんて一切ない。


 それにサルワートもすごい!!


 【リンケージ】を繋げろって言われた時は、どうなるかと思ったけど……自分の翼の指骨の先端に、火球を出現させて、その火球を爆発させた。


 その爆発の勢いを使って飛ぶなんて、普通は思いつかない。


 それに【リンケージ】で流れている魔力の量が思ったよりも少ない。


 これなら日の出から日没の時間まで、この魔法で飛ぶことが出来ると思う。


 僕は優秀なパートナーに出会えて幸運だな。


 そう思いながら、僕は周りの景色を楽しんでいた――


「――!!」


 僕は横長い瞳孔を見開いた。


 一瞬、目を疑いたくなる光景を森の中で見つけた。


 琥珀色の飛竜が、何者かに襲われている姿を――!!


 絶対に見間違えた訳じゃない。


 あれはアドレットがパートナーにしたムートに違いない。


「サルワート!戻ってくれ!」


『はぁ!?いきなりどうしたんだよ』


「いいから」


 これ以上、あの場所から通り過ぎてたまるかと、僕はサルワートに流す魔力を止めて、目一杯手綱を引っ張る。


『おい!まて、いきなり魔力供給を絶たれたら――』


 サルワートが何かを言い切る前に推進力に使っていた火球はなくなり、僕達はそのまま真下に落下していった。


「どうして急降下するんだ!?」


『何の前触れも無く、魔力の供給を絶たれればこうなる!早く魔力を流せ!』


「わ、わかっ――」


 サルワートに言われた通り、魔力をサルワートに流そうとしたけど、もう遅かった。


 僕たちはそのまま森の中に墜落してしまった。


 バチ、ボキ、バチンと盛大に木の枝や木の幹を折りながら落下していき、やっと地面に墜落した。


 ……よかった。


 何とか助かった……サルワートは無事か!?


「サルワート、大丈夫!!」


「あぁ、一応な。主人」


 サルワートの呆れを含めた返事を聞いて、申し訳なさと同時に、安堵感を抱いているとサルワートは立ち上がり、頭を背中に乗ってる僕に向ける。


『主人がいきなり魔力を絶つとは、何を考えておる!殺す気か!!』


「ごめん、まさかこうなるとは」


『全く、困った主人だな』


 サルワートは呆れたような眼差しを向けて来る。


 うっ、これに関しては何も言えない。


『それで主人。一体どうしていきなり戻れと言ったんだ?』


「――!!そうだ!アドレット達だと思う影が、何かに襲われていたんだ!!サルワート頼む!僕をそこまで連れて行ってくれないか!」


『主人の仲間に、何かあったのか?』


「そうだ!」


『……なるほど、分かった。主人、しっかり掴まっておれ』


 そういい終わるよりも早く、サルワートは飛び上がって森の木々を抜ける。


「サルワート、あっちに向かってくれ!!」


『了解だ主人』


 僕は、アドレット達だと思う影があった所に、サルワートを誘導する。


 どうか無事でいてくれ、アドレット。


………………


…………


……


『……これは、何かが争ったのは確実だな』


「……そうだね」


 僕達は今、アドレット達だと思う影を見つけた場所の上空に来ていた。


 眼下の森は異様に開けた場所があって、何かが暴れたのか木々がなぎ倒されていた。


「とりあえず、あの開けた場所に降りてもらってもいい?」


『あぁ、分かった』


 サルワートに指示を出して、眼下の開けた場所に着地してもらった僕は、サルワートの背中から降りて、探索を始める。


『……主人。ここで何かがあったのは確実だが……何をしていたのかさっぱりわからんぞ。血痕や鱗すら残ってない』


「……いや、証拠なら見つけたよ」


 僕は地面に落ちていた物。……髪飾りを拾った。


 ……この髪飾りは、加護の儀に行く前に付けていた、アドレットの髪飾りだ。


 これが落ちているということは――


「アドレットに……何かあった!?でも……誰がこんな事をしたんだ!?」


『主人、そのアドレットという者は、飛竜に乗っているのか?』


「……あぁ、そうだ。アドレットは僕と同じで、飛竜の儀に来ていた子だよ」


 サルワートの質問の意図が分からず、取り合えず正直に答えると、サルワートは不機嫌そうに呟いた。


『飛竜狩りの奴ら、今年も来たのか』


「――!?サルワート。飛竜狩りって何!?そんな罰当たりな奴らがいるのか!!」


 この辺に住んでいる人で、そんな死ぬよりも恐ろしい事をしているとは思えない。


 だって村の産業は、飛竜神さまの加護があるからこそ成り立っている。


 だから、そんな飛竜神さまの怒りを買う様な事をしても、何の利点もない。


 ……こんな事が出来るのは、よそ者だけだ……そんな奴らがいるなんて。


『なんだ、知らんかったのか。十数年前から我々飛竜専門に狩る山賊が、定期的に現れるのだ』


 十数年前から!?


 でも、そんな事が出来るのか?


 よそ者がバレずに飛竜を狩るなんて!?


『……最初の方は、飛竜狩りの山賊どもを我々の力で、返り討ちに出来ていたんだがな』


「……サルワートも戦いに参加したのか?」


『あぁ、何度もな。最初は奴らを蹴散らす事が出来ていたが、いつしか戦う度に被害が増えて行ってな。仕舞いには、戦いに参加したほとんどの飛竜が、山賊に捕まった』


 サルワートは何か思い出したのか、苦虫を噛み潰したような、苦々しい顔をしていた。


 ……そんなにキツイ戦いだったのか。


 そうだよな。ほとんどの飛竜が捕まる程の被害がでたんだから、当たり前か。


『…………そして、我達が戻った時には、我以外の飛竜は心が折れてしまっていた。我はこのままでいいのか!?と同胞達を説得したが、もう残っているような飛竜は、元々戦闘が苦手な奴らばかり、身を守るので精一杯だった』


「…………」


『いつしか、報復よりも被害をどれだけ抑えられるかになってしまった。頑張って、自衛はしているが。毎年、飛竜と子供数匹が被害にあっている』


 サルワートは静かに、淡々と僕に語っていてくれているけど……なんとなく分かる。


 今のサルワートは頑張って、自分の怒りを押し殺しているのを、この場で怒りをまき散らしても何も変わらない事を分かっている。


 そんな事があったなんて知らなかったでは通じない……


 何か僕に出来る事はないのか?アドレットを助ける方法は……


 アドレットの髪飾りを強く握りしめて考える。


 その時、森の主さまの顔が脳裏を過った。


 ……森の主さま。そうだ!主さまなら、何かしら力になってくれるかもしれない!!


「サルワート。行ってほしい所がある」


『……分かった。乗れ』


 僕はサルワートの背中に飛び乗る。そして、サルワートは急上昇して森を抜ける。


「サルワート。とりあえず僕の言う方向に……あっちの東の森の奥に進んでくれ!」


『おう、わかった』


 東の森の奥の方を指をさして、サルワートを誘導する。


 ……待っててアドレット。必ず助けるから。



☆  ★  ☆(???)


「「…………」」


 木の陰から赤紫色の飛竜。サルワート達が飛び立つ姿を確認する人物が、数人いた。


 そして、その人物達はサルワートが完全に飛び去ったのを確認すると、木の陰から出て来た。


 木の陰から出て来た5人の男たちは、パッと見では何の種族か分からない、特に特徴のない人だった。


 そんな薄汚い恰好をしてる男達は、見るからに山賊という格好をして、筒状の武器らしき物を持っていた。


 そんな男たちの中でも、背が低い男が大きな男に話しかけた。


「兄貴、本当にあれを見逃すんですかい?」


「馬鹿、余計な欲はかくな!そんな事より、今はこいつらをアジトに運ぶぞ!ククク、今回のは上物だぜ」


 大男は、地面から数十㎝浮いている檻に目を向ける。


 その中には、首輪と手足を鎖で縛られた琥珀色の飛竜、ムートと手錠をされ男達を睨んでいるアドレットがいた。


「さぁ、さっさと帰るぞ!今夜は楽しみがあるからな!」


 兄貴と呼ばれた大男がそう言うと、男たちは下世話な笑みを浮かべる。


「新人、しっかり運べよ」


「は~い。了解っすぅ」


 他の男達よりも身綺麗にしている緩い返事をした男は、大男の指示通り地面から、数十cm浮いている檻を押して行く。


 そして、その後を下世話な笑みを浮かべたままの男達は、ついて行く。


 そんな中、アドレットは涙を貯めながら、赤紫色の飛竜が飛んで行った方向をみて――


「エル……お願い、助けて」


 思わず、そう呟いていた。



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