第22話 赤紫色の飛竜――君に名を ☆

「…………」


『…………』


 お互い無言のまま行われる睨み合い。


 飛竜の谷で行われている、人と飛竜の前哨戦。


 そして、僕にとっては絶対に負けられない前哨戦。


 もし、この睨み合いで僕が先に目を逸らしたら、この飛竜にとって僕は弱者になる。


 そうなれば、二度と僕の言葉に耳を傾けてくれなくなる。


 ……絶対に負けられない。


 ……どれくらいの時間行われたのか、分からない無言の前哨戦。


 先に目を逸らしたのは――飛竜の方だった。


「――!?」


 飛竜から目を逸らした事に、僕は少し戸惑った。


 飛竜から目を逸らした!?でも、どうして……このタイプの飛竜なら、意地でも睨み続けると思っていたのに……僕は、何か見誤ってないか?


 そう疑問に思いながら飛竜を観察していると、飛竜は周りを見渡していた。


『なるほどな……ここに残ってる魔力を見れば分かる。おぬしが言っている事は、全部が全部嘘ではないのだろうな』


 ……これで僕は、耳を貸す価値のない弱者ではなくなった……何処か、腑に落ちない所はあるけど、今はこれでいい。


 後は、どうやって僕と契約をさせるかだけど…………


「改めて聞くよ、僕のパートナーになってくれないかい?」


『ふん、何度も言わせるな。断る!!』


 だよな。これで頷いてくれるとは、思ってなかったけど……


 それでも、さっきよりは僕の言葉に耳を傾けていてくれている。


 これなら、まだやりようはある。


「だったら聞かせてくれないか?理由があるんだろ。そんなにパートナーにならないって、言うなら」


 挑発的に僕がそういうと、目の前の飛竜は僕を睨み付けて言った。


『もちろん理由はあるさ。……だが、それをおぬしに語る理由などないな』


「人に言えないような、恥ずかしい理由なのかい?」


『そんなわけがあるか!?我はあいつに勝つ為に強くならねばならぬのだ!だから、おぬしなどに構っていられないだけだ!!』


 強くなりたい。


 それがこの飛竜のパートナーにならない理由か……なら、よかった。


 これなら、突破口はある。


 僕は改めて右手を出して、笑いかけた。


「だったらなおさら僕と契約をするべきだ」


『……何を戯けた事を言っている。その様な見据えた嘘を言うではない!』


「嘘じゃないさ。僕は、本気で言ってるよ」


『ほぅ……』


 よし!少し食いつき始めた。


 ここまで自分のペースをもってこれれば、後はなんとでもなる。


「君が僕の所に来れば、確実に強くなれるよ。少なくとも、ずっと飛竜の谷に居るよりはね」


『……根拠はあるのか?』


「あるよ。僕と契約出来れば君は【リンケージ】を通して僕の魔力が使える」


『…………』


 さっき、僕の魔力に対して興味を示していたし、この誘い文句は的外れではないと思うけど……どうだ?


『おぬしの魔力が使えるだけでは、意味はない……それだけで勝てるような奴では、ないからな』


 よし、食いついた!あとは……ごり押しで!!


「そうだな。使える魔力が増えても、使い手が弱かったら意味はないな」


『……言ってくれるな』


「だから僕について来てくれ、ここに留まって居ても、強くはなるか分からないけど……僕と一緒なら、強くなれるチャンスがある!!」


『…………』


 ……これも根拠があるのか?って、言われたら厳しいな。


 でも、賽は投げられた。……どうなるかな。


『……ふん、おぬしの言っている事は何の根拠も証拠もない、ただの戯言よな』


 ――!!失敗したか!!


『だが、おぬしがここに留まっても、強くなれないと言ったのも、事実だ。私はすでに、この谷で最強だからな』


 ……え?待て!?


 この谷で最強って言うのが本当なら、一体どんな存在に勝ちたいんだ!?


 ……いや、今はとにかく目の前の事だ!!


 僕は内心の動揺を押し殺して、飛竜の話しを聞く。


『……だから。我はおぬしの戯言に乗ってやろうではないか。おぬしが言っている事が戯言ではなく、本当と言うなら、我と契約を成功させて、我を従わせてみろ!!』


「……僕と契約をして、パートナーになってくれるのかい?」


『ふん、言ったであろう。契約の儀式はするが、成功させるかどうかはおぬし次第だ。我はおぬしとの契約を全力で妨害するだけだ』


「…………」


 途中は上手く言ったと思ったけど、結局こうなるのか……いや、一番最初は契約すら拒否されたんだ。進展したと喜ぼう。


 必ず、このチャンスをものにしてみせる。


「わかったその挑戦受けるよ。でも、妨害ってどんな事をするんだ?」


『心配するな。我の慈悲で物理的な妨害はしないでやる。あくまで、魔力的におぬしの契約を妨害するだけだ』


「……そうか!それは助かるよ」


 本当に良かった。


 もし、物理的に妨害をして来るって言われたら、何としてでも言いくるめないといけないと思っていたし……でも、魔力的な妨害って、どんな事をするんだ?


『ふん、だが。我が契約の儀式を受け入れるのは今回だけだ。二度目はないからな。精々しっかりやるんだな』


 ……いや、今は考えている暇はないか。


 とにかく、このチャンスを必ずものにする。


「……心配しなくてもいいよ。一度で終わらせる」


 そう言って、挑戦的に僕は笑う。


 ……自信はない。


 でも、ここまでこれた。


 本当なら、成人の儀式ですら受ける事は出来なかったかもしれなかったんだ。

なのにここまで来れた。


 このチャンスをものにしないでどうする!!


『……ふふ。いいだろう、その意気はよし!いつでも、こい!!』


 飛竜は後ろ足で立ち上がり、大きな翼を広げて、何処からでもかかって来いと挑発してくる。


「ふぅ……」


 それでも、出来るだけ冷静になって、気持ちを整える。


 そして、僕は飛竜に近付いて、右手で飛竜のお腹に触れる。


 ……これは最初で最後のチャンスだ。


 絶対に失敗させるわけにはいかない。


 必ず成功させる……できる。


 ……僕なら絶対に出来る!!


「いくぞ!【リンケージ】!!」


 僕は右手の加護の紋章に魔力を流して、目の前の赤紫の飛竜との繋がりを作ろうとした……けど――


「――!!」


 飛竜から、魔力の圧力が押し寄せてくる。


 まともに立っているのも、キツイほどの強い圧力。


 【リンケージ】で飛竜との繋がりを作ろうとしても、飛竜から発せられてる魔力の圧力のせいで、上手く繋がりが作れない。


 魔力的な妨害って、こういう事か。


 これは、キツイ……でも、なんとかしてみせる!!


 僕は、更に紋章に魔力を流し込んで【リンケージ】の繋がりを無理やり作ろうとする。


「よし!繋がった!!」


 なんとか飛竜との繋がりができた。


 ……でもまだ契約の呪文が頭に思い浮かばない……まだ繋がりが弱いのか?


 とにかく繋がりを強めないと――


『ほほう、我と繋がりを作ったか。さすがだな……でも、これ以上はさせぬ!!』


「――!!」


 繋がりを強めた途端、飛竜の魔力の圧力がまして、繋がりが切れる寸前までいった。


 危なかった!もし繋がりを強めなかったら切れていた。


 このまま繋がりを強めようと思っても、魔力の圧力で……こうなったら。



☆  ★  ☆(赤紫色の飛竜 視点)



 ……これは驚いた。


 今も頑張って、我との繋がりを維持し続けようとする目の前の少年に、少なからず驚いた。


 普通の人ならば、我が魔力の圧力を与えれば、失神するかその場でへたり込むと思っていた。


 だが、この少年は我の魔力の圧力に耐えて、負けずにこうして我と繋がりを繋げるまで至った。


 しかも、こうして魔力の圧力を上げたというのに、まだ我とのつながりを保っている。


 ……称賛しよう、少年よ。


 でもここまでだ!


 我は更に魔力の圧力を強める。


「うっぐ……こうなったら」


 更に強めた魔力の圧力になんとか耐えしのいでいる!?


 そう驚いていると、少年の左右のこめかみに羊の様な淡く光る角が生えて来た。


 ……角を出したか。


 だが、いくら魔力の扱いにたけた魔角人族マナリスでもこれ以上の魔力の圧力には耐えれまい!!楽しめたぞ!少年!!


 更に限界まで、魔力の圧力を強めた。


 普通の人や動物ならとっくに、ショック死しているほど強い魔力の圧力。


 たとえ、歴戦の猛者でも失神してもおかしくないはずなのに――


「ぐぐぐぐうがぁあ!!」


 目の前の少年は何とか耐えている。


 そして、我はこの状況を信じられなかった。


 バカな!この魔力の圧力に耐えているだと!!


 内心驚愕に染まっていると、少年の角が先ほどよりも強い光を放ち、飛竜神さまの紋章も強い光を放ち始めた。


 我と少年の繋がりが強くなる。


 ……我の負けか。


 ここまで繋がりが強くなれば、我の力ではどうすることもできん。


 そう考えて、我はこれ以上抵抗するのを諦め、受け入れた。


 すると繋がりは一気に強まり、安定しだす。


「――!!……××× ×× ×〇△× ×――(これより、古代より定められた盟約により、角と飛竜の契約を行う。汝は――)」


 ……少年は、我が抵抗するのを止めた事に驚いておったが、すぐに契約の呪文を唱え始めた。


 今回は、負けを認めてやろう。


 でも、おぬしは我の踏み台だ。


 ククク、何処まで我を高みに上げてくれるか楽しみにしているぞ、新たな主人よ。


「――××〇× △××〇 〇〇△……サルワート。×× ××(――延いては、汝に名を与える。汝の名は……サルワート。これにて契約は、果たさられた)」


 そして、最後の契約の呪文が終わった。


 ……我はサルワートと名付けられたようだ。


 これによって、この少年と我の主従関係は飛竜神さまがお認めになった……そして、我と少年……主人との繋がりが飛竜神によって作られた。


 でも――


 精々、我をしっかりと使いこなせよ。


 もし、使いこなせない、高みにもって行けない、と我が判断した時は――






 契約にもとづいて、すぐに契約を破談にするからな。新たな主人よ。



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