第21話 裏技とエルリーヒの飛竜 ☆

☆  ★  ☆(エルリーヒ・ライニング 視点)


「おじさん、ありがとうございました!」


「おう、気を付けてアレスタ山まで向かうんだぞ!」


「はい!それにしても、あの羊野郎ダセえな。今だに飛竜が来てねぇぜ」


「ガトル!あんな奴ほっといて、行きましょう!」


「うん、わかったよカトリナちゃん」


「…………」


 今、最後の方まで残っていた二人が飛竜に乗って、飛んで行った。


 これでまだ飛竜の谷に残ってるのは、僕だけになった。


「やっぱり、最後まで残っちゃったか」


 だけど、この状況に僕はあまり落胆していなかった。


 正直、この状況になるのは予想が付いていた。


 神さまから加護はもらえたけど、渋々って感じだったし。


 ……それでも、焦らない気持ちがないわけではない。


 早く、パートナーの飛竜を見つけて、アドレットに追い付かないと。


 そう思っていると、サフィロスさんが僕を励ますように笑いかけながら、やって来た。


「まぁまぁ、気にするな。こういう事はたまにある」


「サフィロスさん……すみません。裏技を教えて貰えませんか?」


「分かってる分かってる。そう焦るな、今から説明する」


 そう言って、僕を宥めるサフィロスさん。


 ……一体、裏技ってどんなのだろう。


 と期待を込めてサフィロスさんを見ると、たっぷり間を開けて口を開いた。


「裏技は――角を出して、加護の紋章に魔力を流すんだ!」


「…………」


「………………」


「え?それだけですか?」


「それだけだぞ?」


「…………」


 思っていた以上にシンプルで、誰でも出来る事に僕はびっくりした。


 角を出して魔力を流すだけで、何が変わるのかと疑問に思っていると、サフィロスさんが説明してくれた。


「神さまによって、パートナーに選ばれた飛竜は、基本的にこの谷にいなければ意味がないんだ。だから、自分の巣で寝てたり、餌を取りに行ってる飛竜なんかは、すぐに表れないんだよ……実は、俺も飛竜の谷に来た時、こいつは来なくてな」


 サフィロスさんは、パートナーの飛竜に笑いかけながら触れる。


 すると、飛竜はどこか照れ臭そうにしながらも、サフィロスさんを受け入れていた。


「飛竜が来なかった俺に、その時の案内役のおじさんに角を出して、加護の紋章に魔力を込める方法を教えてもらったんだ。やってみたら、こいつがどこから来たと思う?」


「…………」


 僕が検討が付かずに首を傾げていると、おじさんは笑いを堪えながら話す。


「大きな魚をくわえて、飛竜の谷の反対側から、来たんだよこいつ。その時は思わず笑ったな」


「……そうなんですね。でも、だったらなんで最初から角を出して、飛竜を呼ばないんですか?」


「うん?それは単純に時間がかかるのと、魔力の波長が空気中に残って、後の人が失敗する可能性があるからだな。だから出来るだけ、お互いに干渉し合わない様に角を出さないんだよ」


 そっか、そういった理由があったんだ。


 だからこその裏技……最終手段ってことか。


「わかったな。わかったら、早く飛竜を呼びな。早くしないと、日が暮れても儀式が終わらないぞ」


「はい、わかりました」


 サフィロスさんに発破をかけられた僕は、サフィロスさんから離れる。


 そうだ、早くパートナーの飛竜を呼んで、アドレットに追い付かないと。


 僕は、サフィロスさんに言われた通り、角を生やして、加護の紋章に魔力を流し込む。


 すると、一気に流し込める魔力の量が、変わった。


 そのおかげで、加護の紋章が強く光り出して、僕の周囲に蛍火の様な魔力の塊が、浮かび上がって来た。


 ……すごい、加護の紋章に大量に魔力を流すとこうなるんだ、知らなかった。


 これは、確かに魔力の残滓が残って、後でやる人は干渉し合って失敗するな。


 よし、もっと魔力をこめて、飛竜を呼び寄せよう。


 僕はさらに、魔力を加護の紋章に込めていった。



☆  ★  ☆(? ? ?)



「こりゃあ、すげぇな」


 数多くの蛍火のような魔力が浮かび上がって、幻想的な風景になっている。


 そんな光景をサフィロスは呆然と見ていた。


 数年、見習いの時を含めれば数十年。


 こんな魔力が飽和して起こる蛍火を、こんなに大量に出した子は初めて見た。


 とサフィロスは感心して見守っていた。


 でも、隣で怯えて震えている自分のパートナーの飛竜を見ていたら、サフィロスも別の感想を持ったかもしれない。



 そして、エルリーヒがおこす光景に怯えてるのは、サフィロスの飛竜だけじゃなかった。


 飛竜の谷に集まっていた飛竜達も、エルリーヒの魔力の量に怯えていた。


 一体誰が、あの少年とパートナーになるように神に選ばれたのか、飛竜達は戦々恐々としてみていた。


 もし、自分があの少年のパートナーとして選ばれていたらとしたら、契約した時にあの少年の魔力に圧し潰されて、自我がなくなっていたと。


 あんな魔力量を受けとめられる飛竜なんて、普通は居ない。


 でも、飛竜達は内心一匹の飛竜が浮かび上がっていた。


 決して、自分より弱い者の話しを聞かない飛竜の事を。


 ……せめてこの谷に被害が出そうな時は、自分たちで何とかしようと、我らの神に誓っていた。



☆  ★  ☆ (エルリーヒ・ライニング 視点)



「……まだ、来ないな。やっぱり僕には――」


「グァアアアア!!」


「――!?」


 まだ、飛竜が来ない事に内心不安に思って諦め掛けていた時、突然空から咆哮が聞こえて来た。


 ……飛竜の咆哮?どうして今?


 と訝しげに思ったけれど、僕はこの儀式を中断するわけにはいかないと思って、更に魔力を強めようとした時、轟音と共に何かが、僕の前に飛来してきた。


「ゴホゴホ、な、なんだ!?」


 何が振ってきた!?砂煙でよく見えないけど……


 砂煙で周りが全く見えなくなった状況に、僕はこの場から逃げ出したい気持ちを押し殺していた。


 ここで中断すれば、飛竜は来てくれないかもしれない。


 そう思うと僕は動けなかった。


 なんとか恐怖に耐えて、加護の紋章に魔力を流し続けながら、その場に留まっていた。


 徐々に砂煙が消えて行くと、僕の目の前には赤紫マルベリー色の飛竜が、堂々とした姿で僕を見下ろしていた。



「……や、やった」


 よかった。僕にも飛竜が来てくれた。


 角をしまって、魔力を紋章に流すのを止める。


 そして、赤紫色の飛龍を眺めた。


 それにしても、大きな巨体に綺麗な赤紫色の鱗の飛竜だ。


 こんな飛竜は見た事ない、と感動していると目の前の赤紫色の飛竜は、面白い物を見つけたかのように笑う。


『ほほぅ、我の眠りを妨げるような愚か者はどんな者かと思っていたが……我が着地しても狼狽えずにその場に残るとは、少しは見込みはあるようだな』


「…………」


 目の前の飛竜が発した言葉に、思考が停止した。


 ……危なかった。


 もし、あの時意地を張らずにこの場から逃げてたら、どうなってたんだろう……いや、今はそんな事を考えるより、叩き起こされて機嫌が悪くなってるこの飛竜を宥めないと。


「君の眠りを妨げるつもりはなかったんだ。謝るよ、ごめん」


『……おぬし、もしかして我の言っている事が……それになぜ、我がおぬしの言葉が分かる?』


「わかるよ、君の言葉…………どうして言葉が通じるのかは分からないけど」


『何と面妖な奴だ。だが、だからこそ我が選ばれたのだな……』


 目の前の飛竜は、何かに納得したのか、大きく頷く。


 どうやら、ある程度機嫌が直ったみたいで良かった。


 今なら僕と契約してもらえるかな。


 右手を赤紫色の飛竜に向けて、笑いかける。


「僕のパートナーになってくれないかい」


『ふん、断る』


「……」


 まさか断られるとは、一切思ってなかった僕は右手をさしだしたまま、固まってしまった。


「え、えっと。理由を聞いても?」


『我がおぬしのパートナーになるとは、契約をしたいと言う事だろ』


 え?……それ以外にないよな。


 もしかしたら他にパートナーになる方法があるのかも知れないけど、今は関係ないか。


「……そうだけど」


『ガアハハハ!!』


 天高く吠えて、高笑いをしだした――と思ったら、スッと感情が抜けた顔で、飛竜は僕を見つめてきた。


『おぬし、本気で我を従わせようとしているのか……笑わせる』


 さすがの僕も、飛竜の細かい表情はわからないけど……今、この飛竜が挑戦的に笑ってるのは、分かった。


 ……これはまずいな。


 このまま、この飛竜のペースで話しを進めていったら、取り返しのつかない事になりそうだ。


 なんとしてでも、自分のペースに持っていかないと。


「それじゃあ、どうすれば僕は君のパートナーになれるかな?」


『……傲るなよ人。我は弱者の言葉などに耳を貸さぬ。聞くだけ無駄だからな。こうして人の子のパートナーの候補に選ばれるだけでも不愉快だ。……まったく飛竜神様は何を考えておるのか』


 ……かなり誇りが高い……いや、プライドが高いのか。


 こういうタイプのワイバーンは、こっちが下手であれば、こっちの言うことを聞いてくれる子は多かったけど……この子は飛竜だ。同じように考えるのは危険だ。


 とにかく、こっちも弱者ではなく強者であることをアピールしないと、話しが進まないか……仕方ない。


「……聞き捨てならないね。なんで僕が、弱者だと決めつける?」


『ホゥ……おぬし、面白い事を言うな。我がおぬしに負けると?』


「……もちろんだ。だが、僕も君に対して腕力や飛ぶ力などで勝てるとは思ってない。でも、僕は君が言う弱者ではないよ」


 戦うとしたら、必ず一矢報いる。そういう強い気持ちを込めて、目の前の飛竜を出来るだけ鋭く睨み付ける。


 決して、飛竜の目を逸らさない様に気を付けながら、僕は睨み付けていく。


 ……もちろん。


 戦う事になれば、なんの抵抗も出来ずに潰される自信がある。


 でも、それをけっして悟られちゃいけない。


 ここは無理をしてでも、僕はお前のボスになりえる存在だ。


 甘く見てるとケガをする存在だって、勘違いさせるんだ!!


「…………」


『…………』


僕と目の前の赤紫色の飛竜は睨み合う。


お互いに、己が強者だと証明するかのように――




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