第20話 エルリーヒの過去 ☆

「――これからよろしくね。ムート」


「キュイ!」


 飛竜の谷。


 ここでアドレットは、飛竜の儀でパートナーになった琥珀色の飛竜。ムートの頭を温かい笑みを浮かべながら、撫でていた。


 そんな一人と一匹の光景を見て、僕は心温まる気持ちになっていた。


 良かったねアドレット。パートナーが見つかって、それとムート。これからアドレットの事よろしくね。


 とそう心の中でアドレット達に拍手を送っていた僕は、気を取り直して加護に魔力を流そうとした時、アドレットがこっちに近付いてきた。


「エル、やったよ!」


「おめでとうアドレット。綺麗な飛竜だね」


「ありがとう、エル。飛竜はまだ来てないんだね。私、待ってようか?」


「別に大丈夫だよ。先に行ってて」


「どうして?せっかくなら一緒に行こうよ」


 どこか寂しそうな顔で、アドレットはそう言ってくれたけど、僕は頭を横に振った。


「ありがとうアドレット。でも、ここからアレスタ山って結構距離があるだろ。僕に合わせてたら日が暮れるかもしれないし、先に行っといて」


「……わかった……でも必ず追い付いてくる?」


「必ず追い付くよ」


「うん、必ずだよ!サフィロスさんすみません、竜具をもらえますか?」


 アドレットはムートと一緒にサフィロスさんの所に竜具を受け取りに行くのを見送る。


 ……早く、僕もパートナーの飛竜を呼ばないとな。


 あらためて僕は、自分の紋章に魔力を注ぎ込む。


 けど、いくら注ぎ込んでも何かと繋がる感覚は一切しない。


 ……大丈夫、最悪サフィロスさんの言っていた裏技がある。なんとかなるさ……それでもダメだったら――


 パン!と甲高い音が鳴る…………僕は自分の両頬を強く叩いていた。



 大丈夫、今は余計な事を考えずに集中しよう。


「エル!」


 僕を呼ぶ声に振り向くとムートに竜具を付けて乗り込んでいるアドレットが、心配そうにこっちを見ていた。


 そんなアドレットを心配させないように、僕はやさしく笑いかける。


「大丈夫だよアドレット。そんなに心配しなくてもすぐに追いつくから、先に行ってて」


「うん、わかった。先に行ってるね……必ず、追いついて来てね」


 そう言い残して、アドレットはムートと一緒に飛び去って行く。


 ……うん。必ず追い付くから待ってなくっていいよ。


 よし、僕も気を取り直して――


「「おおー!!」」


「……?」


 急に遠い所から、歓声が聞こえて来た。


 訝しげに思いながら、そっちをみると村長の子のイデルとヴィレが複数の飛竜に囲まれていた。


「さすがイデルだな。複数の飛竜が来るなんて」


「まぁ俺は天才だからな」


「イデアル!あんまり調子に乗らないの!」


「うっ…………ごめんなさい」


 さすが、村長の子供って事なのかな、複数の飛竜達が来るなんて凄いな。


感心しながら、僕は二人の様子をみていると二人は、パートナーにする飛竜を決めたみたいだ。


 イデアルは赤色の飛竜。ヴィレは紫色の飛竜を選んで契約することに決めたみたいで、リンケージをして呪文を唱え始めた。


「……やっぱり呪文が違う」


 思わず僕はそう呟いていた。


 ここから聞こえる二人の契約の呪文は似た様なものだけど、アドレットとは別の呪文を唱えてる。


 これは、飛竜によって違うのかな?それとも個人?いや、それだとあの二人が似た様な呪文になるのはおかしいな……もしかして家系によって違うのかな?それとも――


 そんな、自分の儀式と関係ない事を淡々と考えていると、儀式を終えた二人が、竜具を付ける為に飛竜と共に僕の近くを通って来た。


「なんだエルリーヒ。お前はまだ飛竜を呼んですらなかったのか?」


「…………」


 何もやらずに呪文の事を考えていたから何も言えない。


 僕が何も返答しないのが気に食わなかったのか「チッ」と舌打ちをして睨み付けてきた。


「何か言ったらどうなんだ?……ふん、それだから角が曲がるんだよお前は!」


「イデアル、その辺にしておきなさい!……ごめんねエルリーヒくん。あまり気にしないでね。イデルも悪気があるわけじゃないから」


「……はい」


 ヴィレさんからの謝罪に僕はどう返事をすればいいか分からず、つい生返事で答えてしまった。


 あんまり話したことはなかったはずだけど、さすが村長の娘って事かな?僕の名前なんかも知ってるんだ。


 僕の内心を知ってか知らずかヴィレさんは苦笑いを浮かべる。


「気にしなくていいからね。あなたが悪い訳じゃないから」


 そう言って、ヴィレさんはサフィロスさんの所に向かった。


 そして、何故かイデルはこの場にとどまって僕を睨んでくる。


 まだ僕に言いたい事でもあるのか。


 僕だけの事なら、いくら言われても構わないけど……


 もし、アドレットやアドルフさん達に関係する事を言うなら、村長の息子だとしても容赦しないからな。


 場合によっては取っ組み合いの喧嘩になっても構わないと意気込むけど――


「…………」


「…………」


 イデアルは何も言わずにこっちを睨んでくるだけで、何もしてこないし、何も言ってこない。


 ……これは、僕から何か言わないといけないのか!?


 一体何を話せば……とりあえず、褒めとく?


「さすがだね。飛竜が何匹も来るなんて」


「……チッ」


 僕から言葉をかけると「仕方がねぇな」といったような雰囲気の舌打ちをイデアルがすると、サフィロスさんの所に向かう。


 ……また何か失敗しちゃったかな。一体イデルは僕に何を求めてるんだろ?


 そう考えながら見送っていると、イデルがぼそりと――


「まぁ、がんばれ」


 そう呟いたのが聞こえた。


「……え?」


 唐突に聞こえた。その労いの言葉に僕は困惑した。


 あの言葉、誰にむけた言葉なんだ?状況を考えると僕なのか?


 …………はぁ、不器用な所は昔から変わってないな。イデルは――あれ?昔って……いつの話しだ?


「ほら、エルリーヒ。ボーとしないで頑張りな。そんなんじゃいつまで経っても飛竜は来ないぞ」


「――!はい!!」


 そうだ。今はそんな事よりも早く飛竜を呼んでアドレットに追い付かないと……


 僕は改めて、加護の紋章に魔力を流していった。



☆  ★  ☆(ヴィレ・ナックフォーゲル 視点)



「……」


「それにしても良かったわねイデル。エルリーヒくんとまた話せて」


「よかねぇよ」


 まったく、この子は。意地を張っちゃって


 成人の儀式の最後の儀式を達成するために、飛竜に乗ってアレスタ山に向かってる途中。


 雑談でもしようと思ってイデルに声をかけたけど、イデルの可愛げのない返答にため息が出そうになる。


「イデアル、他にもっと言い方はないの」


「ないね。13歳の時に久しぶりに村に帰って来たから、昔のように一緒に遊ぼうと思って会いに行った時、なんて言われたのか覚えてないのか?「はじめまして、僕エルリーヒっていいます」だぜ!?」


 ……そんなこともあったわね。


 私達が13歳になる年にエルリーヒくんらしくない虚ろな目で、挨拶された時は私も鳥肌がたったな。


 でも…………仕方ないわよね。


「久しぶりにあった友人の顔すら忘れるなんて……結局アイツにとって、その程度ってことだろ」


 …………この弟は、本当に知らないのかしら?


 変な所で傷つきやすいイデルに私は呆れながら話しかけた。


「イデル知らないの?」


「はぁ、なにが?」


「エルリーヒくんが親御さんの仕事の関係で世界中を巡ってるのは、知ってるわよね」


「それぐらい知ってる。だから帰って来た時には、みんなでよく遊んでたんじゃないか。あいつが村で孤立しない様に!」


 そうなのよねこの子。


 俺は村長の息子なんだから!って言って、しっかりと年の近い子たちを取りまとめようとしてたのよね。


 ほんと、この姿勢を兄さんにも見習ってほしいわね。無理だろうけど。まぁ、それはいいとして。


「そうだったわね。それで、12歳ぐらいの時に事故があって、記憶喪失に近い感じになったって覚えてる?」


「はぁ!?俺初めて聞いたぞ!なんで教えてくれなかったんだよ!」


「なんでって……私が言おうとした時「言い訳なんかききたくねぇ!」って言って、聞く耳持たなかったじゃない」


「でも、他の奴らはそんな事一言も……」


 徐々に声を小さくしていくイデル。


 どうやら思い当たる節があったのかシュンと落ち込み始めた。


 ……あっ、ダメだわ。いくら弟でも、あんないじらしい姿を見ると疼いちゃう。


 私は自分の気持ちを誤魔化す為に咳払いをして話しを続ける。


「多分気を使ってたんだと思うよ。アンタにもエルリーヒくんにも」


「…………」


「でも厄介よね。完全に忘れたわけじゃなくって、触れ合う時間が長かった両親や親友のアドレットちゃん達は、覚えてたみたいだし。だからなのか、本人にも自覚症状がないのに、常識はあるから普通にコミュニケーションは取れるし。……けど、村の思い出はほとんどないんでしょうね。エルリーヒくんの様子を見ると」


「…………姉さん、どうして今まで教えてくれなかったんだよ」


「あんたがエルリーヒくんの話題を出す度に不機嫌になるからでしょ。私も無理して言う気にならないわよ」


「ごめん」


 イデアルがまた落ち込んでいる姿を見て、私はまた疼きを感じる。


 ダメダメ、今は成人の儀式の途中だから我慢しないと……帰ったら、あの子達で遊びましょ。そうと決めたら……


「イデル競争しましょう」


「姉さん?」


「どっちがアレスタ山まで先につけるか競争しましょ。そうすれば気分もはれるでしょ」


「姉さん、俺のために……うん、わかった。競争だ!」


 うん、よかった。いい感じに勘違いしてくれた。


「それじゃあ、行くわよ。イデル」


「うん、姉さん」


 私とイデルはお互いにタイミングを合わせて、飛竜の飛行速度を上げていった。



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