第16話 加護の儀が始まった……けれど――

「それでは整列してくれ……加護の儀のやり方を説明する!」


「「……」」


 アーラ神殿に案内役のサフィロスさんの声が響く。


 そして、これから行われる加護の儀の説明を一列に並んでいる僕達に向けて、丁寧に説明してくれる。


 儀式そのものは難しくなかった。


 神像の前に彫られている魔法陣に角を生やした状態で、祈りながら魔力を送る。


 すると一瞬意識が遠のく。


 そうなれば、体のどこかに飛竜神の加護の紋章が現れると教えてくれた。


 そして、紋章が現れた事をサフィロスさんに見せて加護の紋章を授かった事を証明すれば、加護の儀は終了。


「ちなみに意識が遠のく時、取り乱さない様に気を付けるんだぞ」


「意識が遠のくと何かあるんですか?」


 一人の女性が手を上げてそう質問するとおじさんは嬉しそうに答えてくれる。


「いい質問だ。意識が遠のく時、人によっては飛竜神さまに会う事があるんだ」


「「――!!」」


 サフィロスさんのその言葉に僕達はざわついた。


 飛竜神さまは村の守り神。


 そんな神さまにもしかしたら会えるかもしれないと僕達は興奮した。


「会える条件はあるのか?」


 村長の次男、イデアルが僕達が気になっていた事を代弁してサフィロスさんに聞いた。


「あるぞ、仮設だがな。……昔神さまにあった子が、神さまに「どうして、会ってくれたんですか?」と聞いたら神さまは「君に興味があったから」と答えたらしいよ。あくまで私の推測だけど、その子はワイバーンの育成牧場を経営してる家系で、ワイバーンの世話をしていたらしい。だから、ワイバーンたちと良く触れ合っていたから、興味を持ってもらったのでは?って言われてる」


 僕達はなるほどと感心するのと同時に疑問に思った。


 この村はほとんどが、ワイバーンに関する仕事をしている人がほとんどだ。


 だったら飛竜神さまに会ってる人が結構居てもおかしくないはずなのにそんな話は全然聞いた事がない。


 だから、それが気になった女の子が、手を上げて質問した。


「会ったのってその子だけなんですか?」


「明確にあったと覚えてるのはその子だけだね。他の子はみんな夢の中に居たみたいで、曖昧にしか覚えていないって言っていたよ」


「ありがとうございました」


 そっか、夢の中にいる感覚か。


 だったら会ってもほとんどの人は覚えてなさそうだな。


「なるほど、まぁ俺なら会えるかな」


「イデル、調子に乗らないの!」


「うっ、ごめん。姉さん」


 視界の端で調子に乗ったイデルに姉のヴィレさんが手刀をイデルの頭に落としたのが見えたけど……うん、見なかった事にしよう。


「それではそろそろ加護の儀を始める。始めにイデル・ナックフォーゲル」


「おう!」


 懐から紙を取り出したサフィロスさんはイデルの名前を呼んだ。


 呼ばれたイデアルは気合を込めた声で、返事をすると飛竜神さまの神像に向かって歩いていった。


 そして、魔法陣の前で立ち止まり、お辞儀をしたあと、魔法陣の中に入って、中心に立った。


 軽く深呼吸をすると角を出して、跪き、祈り始めた。


 すると魔法陣はゆっくり光り始めて、イデルの周りに蛍火の様な物が出現し始めた。


「儀式が始まったな」


 サフィロスさんは少し安堵したようにそう呟くと一人の女性がサフィロスさんに質問した。


「サフィロスさん、加護の儀式ってどれぐらい時間がかかるんですか?」


「基本的には角の儀と同じぐらいの時間だよ。でも、神さまに会ったりする子は倍以上の時間がかかるね――」


「よっしゃ!加護を授かった!!」


 おじさんが説明していると突然イデルの大声が聞こえた。


 みんなでイデルの方を見るとイデルが立ち上がっていて、右拳を振り上げていた。


「イデルのバカ……イデル!不謹慎よ!!」


 ヴィレさんが呆れたため息をした後、一喝するとイデルはビクリと肩を震わせてこちらを振り向いて、急いで戻って来た。


「ごめん、姉さん。つい、舞い上がっちゃって……」


「あはは、よかったねイデルくん……では、見せてくれ。加護の紋章を頂いた所に魔力を流せば紋章が浮かぶから」


「……分かりました」


 イデルは少し落ち込みながらサフィロスさんの所に行って、右手の甲を突き出し、紋章を浮かび上がらせて見せる。


 そして、イデルに刻まれている紋章を確認したサフィロスさんはイデルに笑顔を向けた。


「……よし、いいぞ。戻ってくれ」


「はい!」


「えっと……次はヴィレ・ナックフォーゲル」


「はい――」


 この後もサフィロスさんは紙に書かれている順番に名前を呼んで行った。


 儀式は順調に進み、それぞれ手の甲や額、肩、背中などに加護の紋章を授かっていた。


 そしてアドレットの番の時、他の子たちに比べて祈っている時間が長かった。


 サフィロスさんがさすがと呟いたのが聞こえた。


「イデアール家は今回も神さまに会ってるみたいだね。あのアドレットちゃんも才能がある子なんだろうね」


 僕はサフィロスさんの呟きを聞いて、誇らしい気持ちになった。


 さすがアドレットだな。


 ……今回もって事はもしかして、エーデル姉さんも飛竜神さまにあったのかな?


 家に帰ったら聞いてみよう。


 そう考えていると魔法陣の光が消えて、ゆっくり立ち上がったアドレットが戻って来た。


 その時のアドレットはやり切ったような満面の笑みを浮かべていた。


「加護は得れたかな?」


「はい」


 アドレットはサフィロスさんに左手首の内側を見せて、飛竜神さまの加護の紋章を浮かび上がらせた。


「うん、よくやった」


「ありがとうございます」


「それでは……次――」


 紋章の確認が終わって安堵した笑みを浮かべたアドレットが僕の所に戻って来た。


「エルやったよ。神さまに会っちゃった」


「よかったねアドレット。神さまとどんな話しをしたの?」


「ふふぅん。どうしようかしら」


 あ、今日のアドレット。珍しく機嫌がいいな。


 たぶん、神さまに会えた事がそんなにうれしかったんだろうな。


「いいじゃないか、アドレット教えてくれても」


「うふふ。そこまで言うなら教えてあげるわ」


 アドレットは得意げに胸を張った。


 その姿をみた僕は咄嗟に目を逸らした。


 ……危ない。


 女性用の儀式衣装って体のラインが分かりにくく出来てるはずなのに、胸を張ったせいでそこが異様に強調され、それを僕は思わず凝視する所だった。


 はぁ~……どうしたんだろ僕。


 二人と角を合わせをしてからなんか異様に意識しちゃって、前みたいに普通に話すのが難しくなったな。


「エルどうしたの?」


「いや、なんでもない!それでアドレットは神さまに何て言われたの?」


「ふふぅ~ん。私実は神さまに質問することが出来たの!その内容わね――」


「次、エルリーヒ・ライニング!!」


「あ、僕の番か。はい!」


 どうやらアドレットと話しているうちにほとんどの子が終わったみたいだった。


「それじゃあ、帰ってきたら教えてね」


「うん、いってらっしゃいエル」


「ありがとう。行ってくるよ」


 アドレットと軽く言葉を交わしてから僕は飛竜神さまの神像の前まで行って、魔法陣に入る前にお辞儀をする。


 そして魔法陣の中心に立って、他のみんなと同じ様に角を出して、跪いて祈り、魔法陣に魔力を流す。


「――あはは、ダッサ――」


「ふふ――あの角」


「…………」


 うしろの方でクスクスと僕の羊のような角を笑っている声が聞こえるけど、僕はもう気にしない。


 エーデル姉さんとアドレットが僕に勇気をくれたんだから……でも、それでも不快だな。早く終わらせよう。


 僕は一気に魔法陣に流す魔力を強めて早く儀式を終わらせようとした。


「……あれ?」


 ……気付くと床の魔法陣がなくなっていた。


 不思議に思い顔を上げて立ち上がって周りを見回した――


「――!!?」


 するとそこは……真っ白な世界が広がっていた。


 ……ここはどこだ?


 僕はどうすればいいか分からず途方に暮れていると――


「人の子よ。そう慌てるな」


 突然後ろからそう声を掛けられた。


 僕は慌てて後ろを振り向くとそこには藍色の巨大な飛竜がいて――


「――!!」


 僕はすぐに跪いて頭を下げていた。


 この竜……飛竜神だ。


 理屈じゃなくって、本能的にこの御方に絶対無礼な事をしてはダメだと思った。


 だから僕は、ただただ頭を下げて飛竜神さまの言葉を待った。


「人の子よ。畏まらなくてよい。面を上げよ」


 僕はゆっくりと頭を上げて、飛竜神さまを見る。


 すごく大きな飛竜だな。鱗も艶があって綺麗だし、さすが神さまだな。


 そう飛竜神さまに見惚れていると飛竜神さまが重々しく口を開いた。


「今回お主に神域に来てもらったのはある事を伝えるためだ」


「ある事ですか?」


 ……一体どんな言葉を僕に授けてくれるんだろう。


 そう期待を膨らませていると飛竜神さまが告げた――


「そうだ……今回お主に加護を捧げる事は出来ない。それを伝える為にここに呼んだ」


「…………」


 飛竜神さまのその言葉を聞いて僕は、完全に思考が停止した。



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