第13話 蛙の子は蛙 ☆
☆ ★ ☆(アドルフ・イデアール 視点)
「三人とも帰って来るのが、遅くないか?大丈夫か?」
「あなた落ち着いてください。エーデルとアドレットがエルリーヒくんを呼びに行くって言ってたのだし、待ちましょう」
「全く、アドルフは落ち着きがないな」
日が沈んで数刻、俺は家の居間で入れてくれたお茶を睨みながら、三人の帰りを待っていると呆れた顔をしたプリッツとリリが、お茶を飲みながら俺を窘めてくる。
いや、むしろなんで二人は落ち着いていられるんだ!?
「何言ってる!?三人とも日が沈んでも帰って来なかったら、心配するだろ」
「確かにそうですけど、エーデルがいるから大丈夫ですよ」
「……それもそうだが」
プリッツに言われて納得するが、腑に落ちない。
確かにエーデルがいるなら危険に巻きこまれる事はないだろうけど、心配しない理由にはならないだろう。
こんなに落ち着いているって事は二人は何か知ってるのか?
そう疑問に思ったが、こうして話さないって事は聞いても答えてくれないと思い、自分を落ち着かせる為に温くなったお茶を飲む。
「そう言えばアドルフ。二人の角はどんな感じだった?」
「うん?二人の角か?」
そういえば、プリッツとリリは二人の角の儀のお祝いの為にご馳走を作っていて、見には行かなかったんだったな。
「アドレットは、リリみたいな綺麗な角だったよ。さすがリリが産んだ娘だよ」
「そっか、良かった」
「あら?私には言ってくれないの?」
「――!!いや、エーデルの時はプリッツに言ってやったじゃないか!角は完全に遺伝だからプリッツは――いや、全く関係ない訳じゃ」
「あなた。冗談ですよ」
プリッツからそう言われて、俺は心の底から安堵した。
プリッツは怒ると本当に怖いからな、この前なんか――。
「あら、何か変な事を考えてませんか?」
「いや!そんな事はないぞ!!」
なんで内心で考えている事が分かるんだよ!
女の勘はやっぱりこぇ……何か話しを変えないと。
「それで、エルリーヒは?」
リリ、ナイス!!
俺は内心で親指を立ててリリを称賛した。
これで話しを変えられる!……楽しい話ではないし、俺がここまで心配してる理由でもある。
「エルリーヒは……羊みたいな巻き角だったよ」
「……そっか、アドレットの言った事は本当だったんだね」
「え?……リリ、知ってたのか?」
「リリだけじゃなく、私も知ってますよ」
リリだけじゃなくプリッツも?
一体俺がいない間に何があったんだ?そう思っているとプリッツが俺の心情を察したのか説明してくれた。
「アドレットが帰って来た時にエーデルに話しているのを聞いたんですよ。泣きながら、エルリーヒくんの角が羊の様な角だった事、そして自分はエルリーヒくんを慰める事が出来なかったって……まるで懺悔するように話していましたよ」
「…………」
俺と村長達と一緒に長老達を説得していた時にそんな事があったのか。
……プリッツの言い方だと二人は特に口を挟まずに娘達の様子を伺ってたのか……そして、経緯は分からないが。
エーデルがアドレットを説得して、娘達でエルリーヒを迎えに行ったって感じか……だったら俺たちは娘達の為にも、何か起こるまではここで待っているべきって事か…………はぁ、娘達は大人になるのが早いな。
「それでアドルフ。どうしてエルリーヒがあんな角を生やしたか知ってるか?」
若干現実逃避をしていたところにリリがそんな事を聞いてきた。
……検討はついてる。あくまで推測だけどな。
「……羊の様な角が生えたのは、遺伝なんだろうな。多分」
「え?どっちの」
「そっか、リリは知らないのか。母親の遺伝だと思うぞ」
「母親?エルリーヒのお母さんは知ってるけど?そんな特殊な人だっけ?普通の人だったと思うけど」
あれ?もしかして本当に知らないのか?
シックザールが村の外から嫁を連れて来た時、かなり大騒ぎになったのに……
「リリは知らないのか?エルリーヒの母親が村の外の他種族って事……」
「それぐらい私だって知ってるさ!あの時、どれだけ村がうるさかったと思ってる!!……だとしても、村の外の他種族との子供だからって理由で、混血って言って迫害するのはおかしいじゃないか……同じ人なんだから」
「……そういう訳にもいかないよ。俺たち
「…………それもそうだけど」
村の歴史。悲劇を繰り返さない為の掟。
だけど、この掟も守り過ぎる為に歪が出始めてる。
村長とも話しはしたけど……この村にも
何か切っ掛けがあればいいんだがな。
暗くなってしまった雰囲気を変える為にリリは咳払いをして話しを戻した。
「……それでなんで母親の遺伝が関係してるんだよ。他種族でもエルリーヒは男だ。なら角を授かる時は、父親の方の遺伝が関係するんじゃないのか?」
「…………」
まぁ確かにそう思うよな。授かる角は完全に遺伝だ。
だから、本当なら男のエルリーヒは父親と同じ角が生えるはずだったけど…………多分、エルリーヒの母親の血筋の問題かな。
「あぁ、それはな――」
「「ただいまー」」
「ただいまです」
「……やっと、帰って来たのか」
俺が話しを切り出そうとした時、元気な声が玄関の方から聞こえて来た。
どうやらやっと三人とも帰って来たみたいだな。
「リリ、この話しはまた後でな」
「わかったよ。料理を持って来るよ」
「リリ、私も行くわ」
二人が台所に向かうと入れ違いで娘達とエルリーヒは手を繋いで居間に入って来た。
「お父さん、ただいま!」
「ただいま、お父さん!」
「ただいま帰りました」
「お、おう。おかえり」
三人で手を繋いで居間に入って来た姿に俺は面食らった。
別に手を繋いでる事が珍しい訳じゃない。こないだも手を繋いでいる所を見た事はある。だけど……
ほほぅ……これはこれは。三人ともかなり距離感というか、雰囲気が変わったな……もしかして。
「よし、よく帰って来たな。今日は角の儀を終えて大人になった。二人のお祝いだ!!盛大に祝うぞ!!」
俺がそう言うと三人は顔を見合わせて、とても幸せそうな顔をする。その顔を見て俺は確信した。
そうかそうか。エルリーヒは、乗り越えられたみたいだな。よかった。
それに三人の中は進展したと……これは孫の顔を見るのは早いかもしれないな!!
そう考えるとさっきまで考えていた悩みなど吹っ飛んでしまう。舞い上がってしまう。
「あはは、はい」
「もう。お父さんはしゃぎすぎ!」
「お父さんが張り切ってどうするんですか!」
ついつい舞い上がってしまったのをエーデルに咎められたけどこれを抑えられずにはいられない!!
エルリーヒ。俺はお前を息子のように思っている。だけど、本当に息子になるなら歓迎するぞ……これからが楽しみだ。
「あはは……そうだな。でも、飲むぞ!!!」
それからの事は俺は覚えてない。
舞い上がった勢いでリリと一緒に主役達そっちのけで盛り上がっていたと――翌日、プリッツに叱られながらリリと一緒に聞かされて……その後の事は……思い出したくない。
☆ ★ ☆(エルリーヒ・ライニング 視点)
『そうか、無事に儀式を終える事が出来たんだな』
「はい。とは言っても終わったのは角の儀だけですけどね」
角の儀の翌日。
僕は今、東の森の奥にある祠の前で森の主さまに成人の儀式の報告に来ていた。
じつは前に、成人の儀式に参加できるようになった。と主さまに報告した時に、定期的に報告しに来てほしいと言われたので、今日はそのために来ていた。
……でもなんで主さまが、そんな事が聞きたいのかな?理由を聞いた時は何故か教えてはくれなかったけれど……まぁ、主さまの頼みだしこれぐらい構わないか。
『それでも
『エルリーヒ。せっかくなのだし、角を見せてはくれないか』
「……はい」
正直気乗りはしなかったけど、主さまの頼みじゃ断れないしな。
僕は大人しく角を出して主さまに見えやすいように、角を向ける。
『なるほど、なるほど。中々立派な角を授かったな』
主さまはそう言って、僕の角をまじまじとみて感嘆する。
……主さまは角をみただけで何かわかるのかな?さすが森の主だな。
「個人的には……真っ直ぐな角が欲しかったですけどね」
『そうなのか?まぁ、
「そんなもんですか?」
『そんなもんだよ。見た目を気にするのは人だけだよ』
「そうですか」
僕は主さまのその反応に安堵した。
流石に村の人達みたいな反応はしないと思っていたけど、それでも少しでも悪感情を持たれたらと少しでも考えていた自分がアホらしく感じる。
『あれ?どうしたのお母さん達』
『お兄ちゃん、大人になったの?』
ムツキとキサラギの声がどこからか聞こえて来た。
どこから聞こえて来たのか探すとムツキとキサラギは主さまの背中からヒョッコリと顔を出していた。
この姉妹はいつの間に主さまの背中に居たんだろ?もしかして主さまの背中で昼寝でもしてた?
そう疑問に思いながらもキサラギの質問に答える事にした。
「うん、そうだね。
『でも大人になったんでしょ?だったら契りの儀式が出来るね』
『まだ早いわ、馬鹿者!!あの時にひどい目にあったのを忘れたのか!』
主さまは背中に乗っていた姉妹たちを一喝した。
すると一喝されて驚いたのか二匹は急いで飛び降りると僕の背中に回って来た。
うん、頼ってくれるのはうれしいけどごめんね。主さま相手に二匹を守ってあげられる気がしないんだ。
『えっ?でもあの時成人したらいいって言ったじゃん!』
『お前達はまだ成獣になってないだろ!』
主さまと姉妹のやり取りを苦笑いしながら見ていた僕は昔の事を思い出していた。
前にもこんな事があったな。
あの時は――
僕は去年ぐらい前に起きた事を思い出していた。
あの時は確か特に用事もなくって、ムツキとキサラギと森の奥で遊んでいた時。
『お兄さん、契りの儀式って知ってますか?』
ムツキに唐突にそんな事を言われたのが始まり。
……まさか、あんな事になるとは思ってなかったな。
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