第12話 角を合わせ、混ざり合う

「エルくん、何か言ったら、どうなの?」


「…………」


 扉のない玄関から、エーデル姉さんに掛けられたその言葉は、いつものように優しい声じゃなく、ドスのきいた声。


 この声を聞いた時、僕は死を確信した。


 あ、あの目ヤバい。


 あんな怒ったエーデル姉さん、久しぶりにみた。


 子供の頃から、エーデル姉さんはいつもは優しいけど、怒ると一番怖い。


 あの時もそう。


 友達と一緒にエーデル姉さんをからかった時、エーデル姉さんが怒って、僕と友達が物理的に酷い目にあった事が……あれ?友達って――


「エルくん?」


「は、はい!」


 考え事をしていたらいつの間にかエーデル姉さんは僕の目の前まで来ていた。


「今、もしかして自分の角。折ろうと、してないよね?」


 あ、これ正直に言ったら死ぬ。


 そう察した僕は、気付いたら全力で首を横に振っていた。


「そう……よかった」


 エーデル姉さんは角を引っ込めると、いつも通りの優しい笑顔を向けて来る。


 でも、今はその優しい笑顔がとても怖いです。


「ほら、アドレットも来て」


「う、うん。お姉ちゃん」


 アドレットもそう言って、部屋に入って来た。


 その時何度か目があったけど、気まずいのかお互いに何度も目を逸らしてしまう。


「もう、二人とも恥ずかしがっちゃって…………エルくん角を見せて」


「いや……でも」


「み、せ、て?」


「はい」


 僕はエーデル姉さんの圧力に負けて、角を出した。


 するとエーデル姉さんはまじまじと僕の角を見てくる。


 エーデル姉さん!普通に恥ずかしいからほどほどにして!!


 僕の願いが通じたのかエーデル姉さんが、少し離れて顎に手を当てる。


「……そっか、これがエルくんの角か」


「不格好で、気持ち悪いだろ」


「そんな事ないよ。角が丸まって伸びてる所とか、エルくんらしいと思うよ」


 ……エーデル姉さん、慰めたいのは分かるけど……その返しはどうかと思う。


「……根性がひん曲がってるって言いたいの」


「ふふ、そうじゃないよ。誰も傷付けない様にって、エルくんの角は丸まってるんだよ。アドレットもそう思うでしょ」


「うん、私もそう思う」


 アドレットも笑顔で頷いてくれる。


 そんな二人の姿を見てささくれた心が少し癒されたように感じた。


 ……ありがとう二人とも。


「でも、こんなに凹凸が多いのは不格好じゃないか?」


「そうね、確かに不思議よね。こんなに凹凸が多い角聞いた事ないし……角、触るね」


「え!いや、それは――」


「いいからいいから」


 エーデル姉さんは僕の静止を聞かずに角を触り始めた。


 角の凹凸をなぞる様に触り始める。


 角を触られるたびに電撃が走るような感覚がするけど、僕は気合で何とか耐えていく。


「へぇ……これは」


 エーデル姉さんは何故か顔を赤らめて、指先で振れていたのを今度は、握る様に角を触り始めた。


「立派ね」


「どこが?羊みたいに巻いているし、カッコ悪くない?」


「そうね。確かに曲がってるより真っ直ぐな角の方が私もカッコイイと思うわ」


「だったら――」


「でも、エルくんの角の良さは触ってみると良くわかるわ。アドレット、あなたも触ってみなさい」


「う、うん」


 アドレットは戸惑いながらも僕の角に指先で触れる。


「え?これって……ふぁあ」


 最初は恐る恐る指先で触れた。と思ったら、驚いた声を出すと指で角を擦り出して、最終的には角を掴んで指全体で擦り始める。


 エーデル姉さんも笑いながらもう片方の角をアドレットと同じように角を触り続ける。


 僕はこの状況に困惑していた。


 一体二人ともどうした?誰かこの状況を説明してくれ!!


 あと、二人を止めて!もう脳が溶けそう!!感覚がおかしくなる。


「アドレット、どう?」


「お姉ちゃん。これすごい。触ってるとドキドキする」


「エーデル姉さん。いい加減説明して。もう色々と限界!!」


「あ、ごめんなさいね」


 そう言って、エーデル姉さんもアドレットも手を放してくれた。


 アドレットはなんか物足りなそうな顔をしてたけど……


「エルくん。どうして真っ直ぐで太い角の男性が理想の結婚相手か知ってる?」


「え?……」


 あれ?


 そう言えば僕は深く考えた事がない。


 真っ直ぐで太く長い男性がモテるから、そういうものとしか思ってなかった。


「立派な角を持っている人がカッコ良くって、その立派な角が子供にも受け継がれる……から?」


「う〜ん。半分正解かな?」


 女性特有の感性なのかしら?と言いながら笑いかけて、エーデル姉さんは教えてくれる。


「確かに。真っ直ぐで太い角は見栄えが良くってカッコイイと私も思うよ。でもね、女性が一番重要にしてるのは角に込められてる魔力の量なの」


「魔力の量?触って分かる物なの?」


「分かるよ。角を触ればその魔力の量やその人の魔力の相性がいいかもね」


「でも、昔エーデル姉さんの角を触った時、何も感じなかったけど」


 僕が呟いた言葉を聞いたエーデル姉さんは、昔の事を思い出したのか顔を真っ赤にさせた。


 そして、話しを聞いていたアドレットは目を大きく見開いて、エーデル姉さんを見ている。


 そんな気まずい雰囲気が流れる中、エーデル姉さんは咳払いをして話しを続けた。


「……あの時のエルくんは、まだ角を持っていなかったでしょ。だから魔力の感覚がよく分からなかったと思うよ」


 そういうとエーデル姉さんは角を生やして僕に向けてきた。


「……触ってみる?」


「お、お姉ちゃん!?」


 アドレットは戸惑いながら、僕とエーデル姉さんを見比べてワタワタしだす。


 僕もどうするべきか分からなかったけど、エーデル姉さんが角を引っ込める気がないのを感じて、僕は覚悟を決めた。


「う、うん。わかった、触るよ」


 僕はエーデル姉さんの角を恐る恐る触れた。


 すると指先から微量に魔力を感じる――


「あぁ、はぁあ」


と思ったら、急にエーデル姉さんが甘ったるい声を出した。


「――!!エーデル姉さん大丈夫!?」


 びっくりした僕は手を引っ込めてエーデル姉さんの顔を見る。


 するとエーデル姉さんは顔を赤くして、肩で息をしている。


「大丈夫、だいじょうぶ。思ったより、刺激が強かっただけだから、エルくん……続けて」


「……わかった」


 改めて、エーデル姉さんの角に触ると、エーデル姉さんはまた肩を震わせてる。


「ふぅくぅ~」


「……続けて、大丈夫?」


「つ、つづけて」


 声を出し続けるエーデル姉さんに構わず角を触り、握りしめた。


「くは!くぅうう~――」


 そして、角を握りしめてやっとエーデル姉さんの言っていた事が分かった。


 わかる。昔触った時には感じなかった。


 魔力の強さや質感。そして、触っていると心地よくなる。


 ……これは魔力の相性がいいって事なのかな?


「エーデルねえさん、分かったよ!昔は感じなかった魔力の感覚が!」


「あぁ、う、うん。良かった」


「ねぇ、エル」


「――!!」


 エーデル姉さんの角を触るのに夢中で、アドレットをほったらかしにしていた事に気付いた僕は、慌ててアドレットの方を向くと――


「エル。私もエルのを触ったし……私のも触っていいよ」


 アドレットは角を生やして、僕に向けてきていた。


 僕は思わず生唾を飲み込んで……念の為と思い、アドレットに問いかけた。


「いいの?」


「うん、触って」


「……わかった」


「はっ、くぅう」


 アドレットの角も触るとアドレットも甘い声を出し始めた。


 ……うん。姉妹だからかな。アドレットの魔力も心地がいい。ずっと触っていたい。


 そう思っているとエーデル姉さんが手を上げて静止を求めて来た。


 やり過ぎたかと思って、僕は慌ててエーデル姉さんとアドレットの角から手を離した。


「ごめん、やり過ぎた?」


「うんうん、違うよ。ねぇ、エルくん、アドレット。せっかくだからさ……三人で角合わせしない?」


「……角合わせ?知ってる?」


「ううん。私も知らない。お姉ちゃん、角合わせって何?」


 全く聞いた事のない角合わせという言葉に、何か分からずアドレットにきいてみたけど、知らないみたいだった。


 ……単語で考えてみると、角と角を合わせるのかな?


「角合わせって言うのはね……信頼関係のある人や好きな人とやる挨拶みたいなもの……かな?」


 エーデル姉さんは、何故か照れながら説明してくれた。


 どうしてエーデル姉さんが照れているのか分からないけど、好きな人同士でやる挨拶なら……僕は二人としたい。


「どうやるの?」


「……こうやるんだよ」


 エーデル姉さんはそういいながら自分の角を僕の角に当てる。


 お互いの角を当てた瞬間角を触られたり、触ったりした時とは違う感覚が体を巡る。


 まるでエーデル姉さんの魔力が自分の中に流れ込んでくるような感覚。


 でも何故かそれを不快とは感じないし、むしろ気持ち良く感じる。


「アドレットもやってみなさい」


「う、うん」


 アドレットも僕の空いてるもう一つの角に自分の角を当てる。


 するとアドレットの魔力も流れ込んで、三人の魔力が混ざるような感覚に驚く。


 これは凄い、三人の魔力が混ざり合う感覚が癖になりそうだ。何時間でもこのままで居られる。


 僕たちはこの後も、この魔力が混ざり合う不思議な感覚と快楽を飽きるまで続けた。


 どれぐらいの時間角合わせをしていたのか分からないけど、少なくとも日が完全に沈む時間、続けていた。


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