第11話 マナリスにとっての角とは ☆

「……死にたい」


 角神さまの祭壇にある盃の聖水の水面に写ってる、こめかみに羊の様な角を生やしている自分の姿を見て、僕は思わずそう呟いていた。


 ……う、嘘だ。


 ……ど、どうしてこんな角が……父さんは立派な角を生やしていたのに……どうして。


 僕はショックのあまり、膝から崩れ落ちてしまった。


 そして今まで聞こえて来なかった村人達の話し声が、ここまで聞こえて来るほど大きな声になっていった。


「うぁ、あんな羊みたいな角初めてみたよ」


「ダッサ、あんな角を持つなんてな。やっぱり混血はダメだな」


「混血でも角を持てただけでも凄いけど……あれじゃ、結婚は無理だな」


「あんまりそんな事言っちゃ可哀想だよ」


「じゃあ、アイツと結婚出来るのかよ」


「それは嫌だよ!あんな角を持つ人の子供なんて、生まれる子供が可哀想じゃない!!」


 ……確かに。


 そうだよな。


 こんな僕と結婚してくれる人なんて……いや、それでも……。


「…………」


 僕はアドレットの方を見ていた。


 特に何かを期待していた訳じゃない。


 それでも……アドレットなら他の人とは違って、受け入れて……角を授かって、良かったね。


 とか……喜んでくれるかな……って――


「――!?」


 期待していた自分を殴りつけてやりたい!!


「…………」


 アドレットは、死んだ魚の様な目で僕を見ていて――


「――!!…………」


 目が合ったと思ったら目を反らされてしまった。


「……アドレット」


 兄妹の様に育って来たアドレットに……あんな、死んだ魚の目を向けられて、あまつさえ目を背けられるなんて。


「くっそ――」


 もう、いっその事、この角を折ってしまいたい。


 そう思って、自分の角を握りしめて折ろうとした――


「…………」


 けど、すぐにやめて、手を放した。


 僕には出来ない。


 ……せっかく神さまに授けて下さった角を……でも、じゃあ僕は……


「オホン。え~、みんな無事に角の儀を終えられて、魔角人族マナリスとして成人になった事、村長として誇らしく思う。でも、成人になったからと言ってもまだ成人の儀は続く。明後日には加護の儀式を行うので、遅れないようにまたこの広場に集合するように!それでは解散!!」


 村長の解散の言葉を受けて、同い年の子達は親元に行って両親に祝われていた。


 ……でも、僕はいまだに動けず。角神さまの祠の前に居て、そして思わず――


「…………角神さま、どうして……僕に、こんな角を授けたのですか?」


 静かに、不敬にも角神さまに対して僕は怨み事を呟いていた。




☆ ★ ☆(アドレット・イデアール視点)



「――!それでは解散!!」


「…………」


 村長の締めの挨拶を聞いた私はすぐにエルの所に行きたかったけど……足が動かなかった。


「……エル」


 角神さまから角を授かった。それはとても誇らしいことで、エルも大人になれた事に私も喜んだ。


 ……でも、あの角はいくら何でも…………分かってる!どんな角を授かろうともエルはエルだ。


 分かってるけど……それでもショックを受けない訳じゃない。


 私はエルの事が好き。


 家族としてじゃなくって、一人の男の子として。


 ……でも、あの羊みたいな角は――



 魔角人族マナリスにとって角の形は重要。


 ……どうしてそんなに角の形が重要かと言うと。


 角は魔力が多ければ多いほど長くなって、密度が高いほど太くなる傾向がある。


 それにこの村では、ほとんどの仕事で個人の魔力を使う。だから角が長くて太いほど、仕事の出来る人って事になる。


 だから結婚相手には、長く太い魔力の保有量の多い男性の方が生活が安定して、子供にも恵まれるって言われてる。


 しかも角は真っ直ぐであればあるほど、角が曲がってる人よりも長く太くなりやすい。


 だから自然と「角が真っ直ぐな人=魔力を持っていて仕事が出来る人」って認識が広がっていて、生まれる子供の為にも角が真っ直ぐな人と結婚する人が多い。


 それに真っ直ぐな方が見栄えが良くってカッコイイし、角が曲がってる人は性格が曲がってるとか、人として捻くれてるなんて言われてる。


 …………だけど、私は知ってる。


 エルは誰よりも優しくて、誰よりもワイバーンに真摯に接しているのを…………だから、誰が何と言おうとも私はエルくんを信じる!


 私はエルの事が好きだから…………好きな人を信じてあげられずにどうするの!!


 私は頑張って自分にそう言い聞かせて、エルの所に行った。


「……エル」


「…………」


 私が声を掛けるとエルは私の方を見てくれた。


 でも、その顔は呆然としていて、いつもの元気なエルはどこにもいなかった。


 ……大丈夫、エルはショックを受けてるだけ…………だから。


「エル、帰ろう。お母さん達がご馳走を作ってるから……ね」


 エルに向かって私は手を伸ばした。けど、エルは私の手を取らずに立ち上がって――


「ごめん、アドレット。先に帰ってて……実家に戻りたい用事があるから」


 この場から逃げる様に歩きだした。


 私は慌ててエルを追いかけた。今のエルを絶対に一人にさせない方がいいと思ったから。


「それなら私も――」


「今は!…………一人にさせて」


「でも――」


「いいから構うな!!」


「――!?」


 エルからの明確な拒絶の言葉を聞いて、私は思わず足を止めてしまった。


 今までエルからそんな強い拒絶なんて、受けた事なんてなかったから――


「……ごめん」


 そしてエルはそれだけ言い残すと走り出して、私の前から消えて行った。


「……エル」


 何もできなかった。


 この状況……エルが一番不安で、苦しいはずなのに。


 私、エルを一人にしちゃった。


 ……見送る事しか出来なかった。


「アドレット」


 声のした方を振り向くとお父さんが近付いてくる。


 慌てて自分の目元を抑えて、お父さんに振り向いた。


「お父さん……」


「わかってる。気にするなアドレット」


 お父さんは私の頭を軽く撫でて、そう言ってくれた。


「ありがとう、お父さん」


「気にするな。エルリーヒは俺の息子も同然だ。……アドレット、お前は先に帰っていてくれないか?」


「お父さん?」


 お父さんの言い回しが不穏なものを感じて、お父さんの顔を見るとお父さんはいつも通り優しい笑みを浮かべて――


「なに、ちょっとした野暮用だ。じゃあ、俺は行くな」


 お父さんはヒラヒラと手を振りながら、村長たちが集まってる場所に向かって行った。


 たぶん、エルの事について話しをするんだろうけど……一体なんの話しをするんだろう?


「私は……帰ろ」


 私は重い足を引きずる様に歩いて、家に帰って行った。



◇  ◆  ◇



「アドレット、お帰りなさい……あれ?エルくんは?」


「……実家に用事があるんだって」


 家に帰って居間に向かうと、お姉ちゃんが夕食の準備の為に机に食器などを並べてた。


「アドレット、何かあったの?目が赤くなってるわよ」


「別に……何も」


「嘘つき。そんな風には見えないわよ」


「…………」


 私は言うべきかどうか、迷っていた。


 エルに……羊みたいな角が生えたなんて、言える訳がない。


 もし言った時に、お姉ちゃんがどんな反応をするのか……私は見たくなかった。


 それに……これはエルの問題で…………他人の私達が、関わるべき問題じゃないと……思ったから……でも――


「……言いなさいよアドレット。そんなんじゃ祝えないじゃない!」


「…………お姉ちゃん……実は」


 お姉ちゃんの言葉に決心がついて、話した。


 少しでも私の苦しみが、罪悪感が軽くなればと思ったから……




☆  ★  ☆(エルリーヒ・ライニング視点)



「埃っぽいな……」


 久しぶりに僕は自分の実家に帰って来ていた。


 最近はずっとアドルフさんの家に居候していて、家に帰らず掃除もしてなかったから埃が積もってる。


 掃除しないと……


 そう思いながらも、居間に置いてある椅子に座りこんで……静かに泣いて――


「僕は、ごれから……どうじよう」


 これからの身の振りかたを考えていた。


 このまま働くことをアドルフさんは、許してくれるだろうか……許してくれるとは、思う……でも――


「……くそ」


 角の儀でみせた、アドレットの死んだ魚の様な目。


 アドレットにあんな目を向けられながら、仕事を続けていくのは、僕には耐えられない。


「……いっその事村を出ようかな。アドルフさんとの約束を破る事になるけど……奉納金は……時間を掛けて返せば……くそ」


 分かってる。


 そんな問題じゃない!!


 そんな事をしても何も変わらない。


 ……むしろ悪くなる。


 分かってる……けど。


「じゃあ、どうすればいいんだ」


 これからどうして行けばいいか分からず、途方にくれていると玄関からノックの音が聞こえた。


「……だれ」


「エルくん、お姉ちゃんだよ。入ってもいい?」


「――!!」


 エーデル姉さん!?どうしてここに!!


 ……でも、今はエーデル姉さんに会いたくない。


 なんとか誤魔化さないと……


「エーデル姉さん、ごめん。今は――」


「……アドレットから聞いたわ……角の事」


「――!!」


 僕がなんて言い訳をしようかと考えていると衝撃的な言葉を言われた。


 アドレットが話した?僕の角の事を……


「確かに周りの子と比べられて、色々と言われて……辛いのは分かるけど――」


「エーデル姉さんに何が分かる!!」


 思わず、手近にあった燭台や本を玄関の扉に向かって投げつけていた。


 ガシャンなどと大きな音を立てながら扉に燭台や本がぶつかっていくけど、扉の向こうのエーデル姉さんは動じる事もなく、雑音に負けないほど大きな声で、話しを続けた。


「分かるよ!!…………それに、エルくんの事、アドレットも心配してたよ」


「…………」


 アドレットも心配していた。


 エーデル姉さんのその言葉を聞いて、思わず玄関の扉に向かって物を投げるのをやめた。


 なら……どうしてあんな目で……どうしてあんな死んだ目で僕を見てたんだ……そうエーデル姉さんの言葉に困惑していると――


「……エル?」


 扉の向こうからか細いアドレットの声が聞こえてきた。


 ……アドレット。


 なんで、ここにきたの……どうして?


「……アドレット。どうして今更…………あんな目を……僕に向けたのに」


 思わず、僕は心の中で疑問に思っていた事を口に出してしまっていた。


「――!!」


 そして、扉の向こうから息を呑むような音が聞こえると……か細く、今にも消えそうなアドレットの声が、聞こえてきた。


「エル……ごめんなさい。私あの時動揺しちゃって、どうすればいいか分からなくって……まさか、エルがあんな角が生えるとは思わなくって――」


 ……そりゃあ、そうだよな。あんな羊みたいな角、誰も想像しないだろうな。


 僕もまさかこんな角を授かるなんて思ってもみなかったよ……


「エルはエルのままだよ。角なんかで何も変わらないよって。言おうとしたんだけど――」


 アドレットとエーデル姉さんの掛け声は続いていったけど……二人の声は今の僕には響かなかった。


 今の僕の中には、絶望と後悔しかなかった。


 成人の儀式を受けなければ、大人になりたいって思わなければ……二人にこんな心配させることはなかったのに……やっぱり、魔角人族マナリスとして、不出来な角が生えたから…………そう、角。全部この角が。


 僕は二本の角を生やすとその角を握りしめて、力を込めた。


 本当はこんな角に触りたくはない。でも……もう少しの辛抱だ。


「角なんかあぁぁぁ!こんな角なんかぁぁっ!なければあ!!」


 全力で力を込めて、角を折ろうとした。その時、角から嫌な軋み音が聞こえて、体中に痛みが走る。


 僕は直感した。この角を折ったら、僕は死ぬかもしれない…………と。でも――


「ぐぁああ。こんな!角なんてぇぇえ!!」


 この痛みが、これからの幸福になると信じて!!


 そう願いを込めて、角を折る為に更に力を込めた――


「ドッ、セリャア!!」


 突然、大声の掛け声と共に、ドガァアン。と轟音が鳴ると僕の前を何かが一瞬通り過ぎていった。


「……え?」


 思わず、力を込めていた角から手を離して角を引っ込めた。


 え?今、何が目の前を通っていった?


 何が起こったのか状況について行けず困惑していると――


「エルくん?」


「――!!?」


 ドスのきいた声が玄関の方から聞こえてきた。


 咄嗟にそちらを振り向くと、眩しい程に光らせた角を眉間の上辺りに生やしたエーデル姉さんが、扉のない玄関から入って来た。


 ……あ、僕は今日………………死ぬんだ。


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