第10話 角の儀が始まり、人生が終わりかける
「それでは、今回。成人の儀の一つ、角の義を行う」
村の広場の中心、角神さまの祠の前で村長により角の義の開始の宣言がされた。
それを儀式を受ける僕を含め、10人の子供達と離れた場所に居る大人達が聞いていた。
それが今始まった。
「これから儀式の説明をします。……親や兄弟から儀式の話を聞いたりしたかもしれませんが、しっかりと聞いて下さいね。……もし失敗すれば角を授からないかもしれません」
そんな村長の一言で、僕達の緊張感が高まった。
僕達のそんな様子をみた村長は満足そうに頷き――
「それでは説明する――」
角の義の説明が始まった。
村長は一つ一つ丁寧に説明してくれる。
まずは、村長が一人ずつ名前を呼んでいく。
呼ばれた人は角神さまの祠の目の前まで行って、儀式の準備を行う。
儀式の準備には、祠の祭壇に置かれている聖水で満たされた盃と神さまの角から削って作ったと言われているナイフを使う。
まずはナイフで自分の手首を切って聖水で満たされた盃に自分の血を垂らして、聖水を血で染める。
そして十分に聖水が血で染まりきったら、血を垂らすのを止めて、止血。
その後ナイフに付いた血は消えるので、拭き取る必要は無いから元の場所に戻すこと。
儀式の前準備が終わったら、その場で跪いて角神さまに祈りと魔力を捧げる。
そうすればしばらくすると魔法陣が足元に出現する。
そして、そのまま祈りと魔力を捧げ続けるといずれ消えていく。
完全に消えれば、その者は無事に角を授かる。
そのあとは立ち上がり、角を生やせれば、角の義は無事に終了となる。
「――ちなみに、角の出し方は角を授かった時に何となく分かる。……こればっかりは感覚の問題だが、決して焦る事なく儀式を行ってほしいと思う。説明は以上だ」
「…………」
僕達は無言で緊張感を高めていた。
……事前にある程度、アドルフさんやエーデル姉さんから話しは聞いていたけど……色々と不思議だな。
ナイフに付いた血は消えるとか……
角の出し方はほとんど感覚で、額に魔力を込めると生えるとか……
あと一番驚いたのは止血の方法で――
「では、順番に角の義をおこなう!……まず、イデル・ナックフォーゲル」
「……はい!!」
イデルと呼ばれた炎の刺繍がされてる儀式衣装を着た少年が、前に出た。
……彼は確か、ザラリアさんのお店に来る途中で睨んできた子だ。
ナックフォーゲルって事は村長の親戚?……いや、村長の家にいたんだから村長の子供かな?長男は成人してるし……次男かな?
……数少ない男子で、同年代だけど……特に遊んだ記憶がない。
遊んだ事があってもおかしくないと思うけど……まぁ、村長の子供と遊ぶ機会なんてないだろうし、そんなものかな。
……おっと、儀式が始まった。
イデルは角神さまの祠の前に行き、軽くお辞儀をする。
そして、祭壇に置かれているナイフで左手首を切り、血を出してその血を盃に垂らしていくのが見える。
盃の聖水が血の色に染まったのか左手を引っ込めて、左手首を強く握りしめて止血をする。
止血が終わったのかすぐに手を放して、イデルはその場で跪いて祈り始めた。するとイデルを中心に半径1mぐらいの淡く光る魔法陣が出現した。
そして、瞬きを数回するほどの短い時間。
今度は魔法陣がどんどん縮んでいき、消える。
イデルはゆっくりと立ち上がるとこちらに振り向いて目を瞑る。すると額には二本の真っ直ぐ、淡く光る太い角が生えた。
そんなイデルの姿を見た大人達から、パチパチと割れんばかりの拍手が聞こえて来る。
イデルは周りの大人たちの反応を見て、自分の角を触って安堵したように笑うと角をしまって、大人達の拍手に答える様に手を振りながらこっちに戻って来た。
「……」
「……?」
その時、何故かイデルに睨まれたけど、特に何も言わずに自分の場所に戻って行った。
……?あれはなんだったんだろう?
それになんだろう。
イデルに睨まれた時、胸の奥がざわつくのを感じた…………なにか大事な事を忘れているような――
「次、ヴィレ・ナックフォーゲル」
「はい!」
そう思っていると次の人が呼ばれた。
ヴィレと呼ばれたイデルと同じ、炎の刺繍がされている儀式衣装を着た少女が祠に向かって行く。
ヴィレ……ナックフォーゲル。イデルと同じ苗字?
「ナックフォーゲルって事は村長の親族かな?」
思わず僕がそう呟くと隣にいたアドレットが、教えてくれた。
「エル忘れた?……イデルくんの腹違いの姉だよ。数ヶ月だけしか変わらないけどね」
「そうなんだ……ありがとう。教えてくれて」
アドレットに感謝を伝えて、僕はヴィレの儀式姿を見ていた。
ヴィレは先にやったイデルと同じ手順で儀式を進めていき、魔法陣が消えると立ち上がってこちらに振り向くと、角を出した。
ヴィレの角は右眉の上に一本、少しそっているけど、きれいな淡く光る角を生やした。
するとパチパチとイデアルと同じ様に大人達からの拍手が聞こえてきた。
ヴィレもその拍手にこたえながら角をしまって、戻って来た。
「では、次――」
この後も角の儀は続いていって、女子は一本の角を授かり、男子は二本の角を授かっていった。
…………
………
……
「アドレットお帰り、綺麗な角だったよ」
「なっ、何を言ってるのよ、もう!」
無事に角を授かって帰って来たアドレットに、素直な感想を伝えるとアドレットに照れながら怒られてしまった。
……それにしても、アドレットの角は本当に綺麗だったな。
左眉の上辺りで真っ直ぐ伸びた角で、歪みがない。
大きさや長さはエーデル姉さんよりは小さかったけど……なおさらそれが良くって…………正直アドレットの角を見た時、少しドキドキしてしまったけど……あんな角を見せられたら、誰だってドキドキすると思う。
「次、エルリーヒ・ライニング。君で最後だ」
「は、はい!!」
少し放心気味だった所で村長に呼ばれた僕は内心慌てながら、ゆっくりと角神さまの祠の前に向かって歩いて行く。
僕はみんなと同じ様に祠に向かってお辞儀をして、祭壇に置いてあるナイフで左手首を切り、盃に血を垂らす。
盃の聖水が血の色で染まったのを確認して、血を垂らすのを止める。
そして左手首を右手で握って、傷口に魔力を注ぐと――
「……本当に血が止まった」
左手首で切った傷口が綺麗に消えていた。
本当だったんだ。
アドルフさん達に儀式の説明を聞いた時に、止血はどうするか聞いたら僕以上にアドルフさん達が驚いていた。
魔力を流すと傷口が治るのは
どうして父さんは、教えてくれなかったんだろう?
いや、僕が忘れてただけ?……どうしてこんな大事な事を…………いや、今はそんな事よりも儀式に集中しよう。
僕は跪いて目を瞑って、祈りと魔力を捧げた。
しばらくすると体から魔力を捧げる以外の魔力が抜ける感覚を感じて、僕は思わず片目を開けて周りを確認すると足元に魔法陣が広がっているのが見えた。
……そっか、魔法陣を使うんだから魔力を使うのは当たり前か。
気を取り直して、祈りを捧げるのを続けようとした時。
脳裏に一瞬白い部屋に角を生やした人物が手を振っているのが見えた。
――!!……今のは一体!?
いや、そんなことより今は集中しよう。
僕は内心戸惑いながらも祈りを続けた。
そして、しばらくすると魔力が抜けていく感覚がなくなるのを感じて、目を開けると魔法陣がなくなっていた。
……終わった?無事に角を授かれたかな?
そう疑問に思いながらも僕はゆっくりと立ち上がり、後ろに振り向いて同い年の子供達、大人たちに向き直る。
父さんみたいな角が生えるかな。鋭く真っ直ぐで、カッコイイ二本の角が。
「ふぅう」
深く深呼吸をして僕は目をつぶり、額に魔力を集中させる。
すると、魔力が抜けていく感覚とは、また違う。
自分自身をさらけ出している様な、不思議な感覚がする。
不思議な感覚だな、角を出すってこんな感じなんだ……でも、それにしては異様に静かだな?もしかして、角が出てない?
僕は今どういった状況なのか気になって、目を開けて――
……え?なにこれ。
周りの反応に困惑した。
大人達や同い年の子達が、困惑した顔や苦虫を噛んだ様な顔をして僕を見ている。
なっ、なんだこの反応は!?
そんなに僕の角の形って、変なのか!?
角が曲がっていたり、異様に細くて見栄えが悪いのか?……嫌だな。
どんな角が生えているのか気になった僕は額を触った。……けど――
……あれ!?ない!!
本来、角が生えているはずの額に角が生えてない!
嘘!?角がない!!もしかして、魔力の流した時の感覚は勘違いだったのか――
何か間違っていたのか考えながら思わず、こめかみを触った時……気付いた。
気付いてしまった。
……あった。
確かに僕は角神さまから、しっかりと角を授かっていた。そして角を生やせてる……でも――
……どうして、おかしい!!何で、ここに角が生えてる!!
僕は改めて、自分のこめかみ辺りを触った。
そして、手に何か固い物があるのを感じるし、何かから手が触られているのを感じる。
それは今まで自分になかった物…………角が……こめかみに生えてる。
――!!どうして!!どうしてこんな所に角が生えてる!!しかも、なんだこの角!?角に凹凸がある!!
普通の
いや、それはいい。よくわないけど、それどころじゃない!!
改めて、角の根元から先端に向かって、一つ一つ確認していくように触って、いった。
そして、僕は知りたくない事実を知ってしまった。
角が……真っ直ぐ伸びずに、曲がってる……しかも、弓の様に曲がってるどころじゃない!
羊みたいに…………螺旋状に丸く曲がってる!?
この状況が理解できなかった僕は、祭壇にある盃を思わず覗き込んだ。
盃の中身は血の色が抜けていて、透明な聖水が入っていた。
その水面には……淡く光る二本の角が、羊の様な螺旋状に巻いている角が……こめかみ辺りに生やした僕が写っていた。
「……死に、たい」
気付いたら僕は膝から崩れ落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます