第9話 儀式衣装に施されてる細工
「あっ、おかえりなさいエルくん」
「ただいまエーデル姉さん」
アドレットにエーデル姉さんが呼んでいると言われて、急いでアドルフさんの家に帰って来た僕は、居間に向かった。
そこでは、エーデル姉さんが飛竜の翼をイメージした模様が刺繍されている男性用の儀式衣装を机の上に広げて、手入れ用のオイルとブラシを使って手入れしていた。
「……これがイデアール家の儀式衣装なんだね」
「そうだよ、もう少し待っててね」
なるほど、イデアール家の家系の儀式衣装は翼をイメージした模様を刺繍してあるのか。
そういえば昔、父さんにライニング家の儀式衣装の写し絵を見せてもらった事があったな。
ライニング家の家系は結晶をイメージした模様の刺繍で、イデアール家の家系は翼をイメージした模様の刺繍。
他の家はどんな刺繍をしてあるんだろう。そう考えると成人の儀式が少し楽しみだな。
そう思いながら、まじまじと見ているとエーデル姉さんが儀式衣装を持って立ち上がった。
「……よし、手入れも終わったし、仕立て直しが必要かどうか確認したいから、着てみて」
「うん、わかったよ」
僕はエーデル姉さんに渡された儀式衣装を服を着たまま、袖を通してみた。
けど――
「……これはひどい」
着た儀式衣装の袖口や裾から手足が出てこない……
状況としては小さな子どもが大人の長袖や長ズボンを着てる姿に似てる……
いくら何でも情けなくなってくるな、これ……
「かなりデカいね。お父さんは子供の頃からデカかったって、聞いていたけど、本当だったんだね」
「……エーデル姉さん、コレ本当に仕立て直せるの?」
「ふふ、大丈夫任せて」
「さすがエーデル姉さん……でも、どうやって直すのこれ?切るの?」
もしそうなら、申し訳ないな……あれ?
儀式衣装はその家で代々受け継ぐんだよな。
だったら長く使えるように特殊な仕立ての仕方でもあるのかな?
「ふふ、切らないよ。儀式衣装は代々受け継げられる様に色々細工してあるんだよ」
そういうとエーデル姉さんは、得意げに笑うと眉間の上辺りに一本の真っ直ぐで、歪みのない綺麗な淡く光る角を生やす。
そして、エーデル姉さんは儀式衣装の胸元と右の袖口に付いている宝石に触れる。
「エ、エーデル姉さん!?」
「エルくん、ジッとしてて」
エーデル姉さんはニッコリと笑うと、集中する為に目を瞑った。
「…………う」
何かをするために集中しだしたエーデル姉さんを邪魔しないために、口を閉じてジッとするけど、僕の内心はそれどころではなかった。
エーデル姉さんの匂いや体温を感じられる距離で、しかも僕の目の前にはエーデル姉さんの真っ直ぐ伸びた角がある。
この状態は色々な意味でキツい……生殺しだ!!
僕はこの状況を気合で、何とか耐えていると右手に違和感を感じて右手首をみると――
「え!?うそ!!」
右の袖口から自分の手が見えていた。
さっきまで指先すら見えない状態だったのに、今は儀式衣装の袖口が僕の手首辺りまで縮んでいる。
「ふぅ、これぐらいでいいかな」
「エーデル姉さん!何をやったの!!」
僕の反応を見て、エーデル姉さんは優しい笑みを向ける。
「ふふ、不思議だよね。実は儀式衣装はここの宝石部分に魔力を流すと伸ばしたり、縮んだりするんだよ」
「……凄いな。さすが初代からずっと受け継がれてる儀式衣装なだけはあるね」
「そうね、じゃあ他の場所も調節するね」
「…………」
そっか、これから残りの袖口や裾、着丈……最低でも四回同じ事をするのか…………耐えれるかな、僕は。
…………
………
……
「うん、いいね。カッコイイよ、エルくん」
「……ありがとう。エーデル姉さん」
耐えた……何とか、耐え切った!!
儀式衣装の仕立て直しを始めて、太陽が数度動いた時間。
僕の儀式衣装の仕立て直しは終わった。
その安堵感と疲れを一気に感じて、僕は思わず椅子に座り込んでしまった。
「あはは、エルくん疲れちゃった?」
「うん、色々な意味で疲れたよ……」
そう答えながら僕は、思わずエーデル姉さんの額を見てしまった。
角はもう生えてない……けど、さっきまで生えていた角を思い出して、顔が熱くなるのを感じる。
……エーデル姉さんの角は本当に綺麗だったな……歪みがなくって、大きさや長さも女性らしくて丁度いい感じだし…………
そう考えながら、エーデル姉さんの額を見ていた僕の視線に、気が付いたエーデル姉さんは、小首を傾げる。
「どうかしたのエルくん?何か付いてる」
「えっ、いや……エーデル姉さんの角は、綺麗だったなって思って」
「――!……もうエルくんたら、お世辞なんて言って」
「お世辞じゃないよ!…………本当に、綺麗だったよ」
「……ありがとう。エル……――!!」
僕の言った言葉に照れていたエーデル姉さんが、急に顔を真っ赤にさせてすごい勢いで顔を明後日の方向に向けた。
え!?……どうしたエーデル姉さん?
「ねぇ、エルくん」
「なに?」
「…………角を生やすのは……まだ時間が早いなって、お姉ちゃんは…………思うな」
「…………え?」
エーデル姉さんが何を言っているのか分からず、頭に疑問符で埋め尽くされる。
エーデル姉さんは何の話しをしてるんだ?まだ角の儀をしてないんだから角なんか生える訳が――
エーデル姉さんの言っている意味が分からず疑問に思って、さっきエーデル姉さんが見ていた場所に目を…………向けてしまった。
「――!!」
……確かに、僕の下半身に角が生えていた。慌てて下半身を抑えて隠すけど、もう遅い。
「うん、分かってるよ。……エルくんも男の子だもんね」
「…………」
顔が一気に熱くなるのを感じるけど、顔を抑える事もできない。
……穴があったら入りたい。
もし、今儀式衣装を着てなかったら多分僕は全力で、この場から逃げていたかもしれない。
いや、絶対に全力で逃げてた。
「ねぇ、エルくん」
「は、はい」
エーデル姉さんは僕の近くに椅子を置いて座り、僕を見つめてきた。
自然と身長差で上目遣いになるエーデル姉さんの顔を見ていると……体が熱くなってくる。
ヤバいヤバい!沈まれ僕!!
僕の中で何かが高まって来るのを必死に抑えているとエーデル姉さんが静かに話し掛けて来た。
「エルくんが角を授かったら…………また。あの時のつづき、使用ね」
「……え」
続きの意味が分からず思考が固まった。
だけど……今の状況とエーデル姉さんの表情で、エーデル姉さんが何を言いたいのか……分かってしまった。
顔がさらに熱くなってくのを感じながら……僕は頷いた。
「う、うん」
「…………」
「…………」
お互い無言で……でも、決してお互いに目を離さない。
そんなずっと続いてほしい。そう思える時間を過ごして、僕は決意を決めて口を開いた。
「ねぇ、エーデル姉さん」
「…………なに?」
「……僕は――」
「ただいま!」
「「――!!」」
唐突に玄関の方からアドレットの声が聞こえて、僕もエーデル姉さんも思わず直立で立ち上がった。
特にやましい事はまだしていた訳ではないけど、今アドレットに会うのは何か気不味い……
エーデル姉さんも同じ事を思っていたのかワタワタしていた。
僕達が特に何も出来ず、ワタワタしているとアドレットが居間に入って来た。
「おぉ、エル着替えたんだね!…………二人共、何かあった?」
「いや!何も!!」
「ふぅ〜ん」
僕の挙動に不信感を覚えたみたいだったけど、気にするのを止めて僕の儀式衣装をマジマジと見始める。
「うん!カッコイイね。ふふ、来週から始まる成人の儀式が楽しみだね」
満面の笑みを向けてくれるアドレットに、僕も笑顔を向ける。
「うん、そうだね」
うん、楽しみだ。どんな角を神さまは授けてくれるんだろ。
僕も父さんみたいな、綺麗で真っ直ぐな二本の角が生えるかな……
期待と不安が入り混じった気持ちで、僕は来週から行われる成人の儀式に向けて準備を続けていった。
◇ ◆ ◇
「やっぱり、似合ってるね。エル」
「ありがとう。アドレットも似合ってるよ」
「あは、ありがとう」
今日は成人の儀式、最初の儀式である角の義の当日。
僕達は村の広場に集まっていた。
同じ様に儀式衣装を着た男女。
それぞれの家の模様を背負った、僕を合わせて3人の男子とアドレットを合わせて7人の女子。
合計10人の子供達がこれから
そして、それを見届ける為に成人の儀式を受ける子供達の家族も広場から離れた場所で見守っていた。
「アドルフさんは見に来てるんだっけ?」
「うん、ほらあそこ」
アドレットが指を指す方向には、腕を組んで僕達よりも緊張した顔をしているアドルフさんが居た。
「あはは、僕達よりも緊張してるね」
「ふふ、そうだね。……エル、村長が来たよ」
アドレットと話しているうちに神官風の衣装を着た村長がやって来た。
その事に気付いた僕達は広場の中心にある祠の前に整列する。
この祠は僕達、
普段はこの祠に誰も近付かない様に、木の柵に囲まれている。
だけど、角の義と婚姻の儀だけは特別に角神さまの祝福を受ける為に、当事者と神官役の人だけが近付く事を許されてる。
「「……」」
しばらくすると神官役を務める村長は、角神さまの祠と僕達の間に立って僕達を見渡す。
「それでは今回は成人の儀の一つ、角の義を行う」
村長は儀式の開始の宣言をした。
……僕は一体どんな角を授かるんだろう。
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