第8話 儀式衣装を貸す。その条件は――
「どうしましょうアドルフさん…………儀式衣装の当てが僕にはありません!!」
成人の儀式に参加できる。その事をアドレットと喜んでいるとアドルフさんに言われた言葉に僕は冷や汗が止まらない。
儀式衣装。
それは成人の儀式で使う専用の衣装で、その家系や血筋を証明する衣装。
原則成人の儀式は自分の家系の儀式衣装を着ないといけない決まりになってる……
本来なら別に悩む必要はない。
普通は父さんの実家、ライニング家本家・当主……おじいちゃんから儀式衣装を借りればいいことなんだけど……
「正直父さんの実家から借りるのは難しいと思います。……父さん、本家から絶縁されてるので」
そう、父さんは母さんと結婚する時、本家から結婚するのを猛反対されていた。
それでも父さんは本家を頑張って説得したけど、尽く説得に失敗して……だけど、母さんと結婚したかった父さんは駆け落ちして無理やり結婚した。
しかも、神さまの前で婚姻を結んで、それを神さまも認めた。こうなったら本家もどうすることも出来ない。
神さまが認めた婚姻を人の勝手な判断で破談にすることも出来ず、本家は渋々結婚を認めた。
だけど、そのままでは納得の行かない本家から「結婚を認める代わりに、二度とライニングの姓を名乗るな!」と言われて、絶縁されてしまった。
僕は本家からすればライニング家の一員ではなく、ただの他人として扱われている。
だから、儀式衣装を借りたいと言っても他人だと言われて、儀式衣装を絶対に貸してもらえない。
「そうだよな。難しいよな」
「はい……何かいい方法はないでしょうか?」
アドルフさんはしばらく腕を組んで考え事をしているとイタズラを思いついた様な笑みを僕に向けてくる。
「エルリーヒ、方法はあるぞ!」
「ほ、本当ですか?」
アドルフさんの笑顔に何か嫌な予感がするけど……少しでも解決する方法があるなら聞きたい。
「あぁ、それは……ウチの娘のどちらかと結婚すれば解決だ!!」
「…………へぇ?」
え?ちょっと待って!アドルフさん本気で言ってる?
……これ絶対酔ってるよね、アドルフさん!?お酒弱いのに飲むから…………
「結婚すれば身内だ!そうすれば堂々と儀式衣装が着れるぞ!!」
「……いや、それは――」
「なんだ?ウチの娘じゃ不満か?」
アドルフさんから強い声音で圧を掛けられてくる。
いやいや、アドルフさん無茶言わないで下さいよ!
僕は未成年ですよ!成人の儀式をする為に結婚するってなんか矛盾してませんか!?
でも、ここで正論を言っても絶対にアドルフさんは聞いてくれないしな……
「そ、そんな事はありません!」
「そうだよな!それでエーデルとアドレットどっちと結婚したい?」
どっちと結婚したいって急に言われても選べるわけが……
思わずアドレットの方を見ると真っ赤な顔のアドレットと目があった。と思ったらすぐに目をそらされた。
……アドレットってあんな顔するんだ。と内心かなりビックリしているとアドルフさんがニヤニヤと笑いながら話し掛けてくる。
「それで、どうなんだエルリーヒ?」
「え、え〜と……」
「なんだ?選べないのか?だったらいっその事二人と結婚――グベ!?」
アドルフさんがなにかを言おうとした時。
突然、後ろからお盆に乗った料理を片手に持ったリリさんが、アドルフさんの頭に手刀を食らわせた。
「何を言ってるんだい!この酔っぱらい!」
「痛いじゃないかリリ!!」
「アホな事言ってるアドルフが悪いわよ」
「ただの冗談じゃないか……本気で叩かなくても」
涙目で後頭部をおさえながら、アドルフさんはリリさんに抗議するけど、聞く耳を持たれず料理をテーブルに置いていく。
「アドレット。料理が出来たから運ぶのを手伝って頂戴」
「うん、わかった」
アドレットが小走りで台所に向かって行くのを見送るとリリさんは腰に手を当ててアドルフさんに向き直る。
「それでアドルフ。台所まで話し声が聞こえて来てたから、大体の話の流れは知ってるけど。エルリーヒの儀式衣装どうするの?」
「うん?別にウチの男性用の儀式衣装を貸せばいいだろ」
「え!!儀式衣装を借りても大丈夫なんですか!?」
「別に禁止されてる訳じゃない。ただ村長の許可とか色々と手続きが必要なだけだ」
そんな話し、一度も聞いたことがないと思っていると説明してくれた。
「大体、その家の儀式衣装しか着ちゃいけないって規則にしたら、双子や同い年の家の者同士が儀式に参加するってなったらどうするんだって話だしな。……実際昔、そういった問題が起こって、ちょっとした事件になったんだよ。だから、借りる側に相応の理由と貸す側の許可が村長によって認められれば、借りることは出来るぞ。だから明日俺と一緒に村長の家に行こうな」
「はい、ありがとうございます!」
机に頭が付きそうなぐらい頭を下げるとアドルフさんから「これぐらいの事で頭を下げるな!顔を上げろ!」と言われて頭を上げるとちょうど、料理を持ったエーデル姉さんとプリッツさんが台所からやって来た。
「ふふふ、楽しそうな話しをしてるわね」
「よかったねエルくん」
「うん、ありがとうエーデル姉さん」
「そうだプリッツ。男性用の儀式衣装の丈をエーデル用に直してもらってもいいか?」
「いいわよ」
「プリッツお母さん、私にやらせて?」
「エーデルが?……いいわよ。せっかくだからやってみなさい」
「うん、ありがとうプリッツお母さん!」
エーデル姉さんとプリッツさんが楽しそうに笑っていると台所の奥からアドレットの声が聞こえて来た。
「エルごめん。ちょっと手伝ってー」
「うん、わかったよアドレット!」
良かった、これで僕も成人の儀式を受けられる。
大人になるための一歩をやっと歩めるようになるんだ。
アドルフさんには感謝しても仕切れない。
◇ ◆ ◇
「……なるほど、そんな事があったんだね。エルリーヒよかったねぇ。無事に成人の儀式に参加出来るようになって」
優しく僕に笑いかけてくれる、白髪が交じっている黒髪を腰まで伸ばした女性――ザラリア・リグール。
僕に薬草の見分け方や、定期的に薬の作り方を教えてくれる面倒見がいいおばあちゃん。
「はい、ありがとうございます。ザラリアさん」
……アドルフさんから奉納金を代わりに出してもらえると言って貰えた翌日。
僕とアドルフさんは村長の執務室で奉納金の事や儀式衣装の事、これからの事を村長に話しをしにいった。
村長は「そうか、それは良かった」と僕とアドルフさんの話しを聞いて頷き、奉納金の件と儀式衣装の件の許可を貰う事が出来た。
無事に村長から許可がもらえてよかった。
だけど、誰よりも村長が何処か安堵したような気がしたのは……気のせいかな?
そしてすべて話したあと、アドルフさんは残って村長と話す事があると言って、村長の所に残った。
僕はザラリアさんに頼まれていた薬草を納品する為に、ザラリアさんのお店兼調合室に来て、薬草を納品。
今は、その薬草の仕分けを手伝いながら昨日と今日あった事を話していた。
……そういえば、ザラリアさんのお店に行く途中。
村長の家で、村長と同じ金髪の同い年ぐらいの子に睨まれたけど……あれは何だったんだろ?
そうザラリアさんには話していない事を思い出していると、ザラリアさんと一緒にしていた薬草の仕分けを終えた。
「それにしてもありがとうね。最近私の所に回って来る薬草の量が少なくって不足気味で困っていたんだよ」
「いえ、ザラリアさんにはいつも助けられてるので気にしないで下さい。……それに僕も焦りましたよ、いつも取りに行ってる群生地に行っても目的の薬草が全然取れませんでした」
「うん?そうなのかい?それにしてはこんなにあるじゃないか」
ザラリアさんは目線で机の上にあるそれぞれの種類に分けられて置かれてる薬草を指す。
「はい、いままでとは別の場所の群生地をみつけまして」
「ほぉう、そうなのかい……エルリーヒ。いっその事私の弟子になる気はないかい?」
「あはは、勘弁してください。ザラリアさん」
「そうかい?素質はあると思うんだけどね、残念だ」
「ザラリアさ〜ん。いる?」
お店の入り口の方から元気な声が聞こえて来る。この声はアドレットかな?
「いらっしゃい、アドレット。調合室にいるからこっちにおいで」
「は〜い。……あっ、エルも居たんだね」
「うん、ザラリアさんに薬草を納品しにね」
僕は机の上に仕分けられた薬草を指で指すとアドレットは感嘆した声を出す。
「へぇ〜、流石エルだね」
「それでアドレット。私に何の用だい?」
「そうだった。ワイバーンの手入れ用の洗剤と鎮静剤を貰えない?」
「あぁ、わかったよ。丁度材料が来たし、今作るよ」
ザラリアさんは立ち上がり、暖炉で煮られている大釜の中から液体を数杯すくい、ガラスの容器に移し替えて液体を冷やしつつ、僕が渡した薬草をすり鉢ですり潰し始める。
「……」
特にこのあと用事も無いので、このまま薬を作る所を見学しようと思っていると、アドレットが思い出したように声を掛けてきた。
「……そうだ!そういえばお姉ちゃんがエルを探していたよ。儀式衣装の丈を直したいから家に戻って来てって言ってたよ」
「もう準備が終わったんだね。分かった。すぐに戻るよ。……それではザラリアさん、僕は帰りますね」
ザラリアさんに声を掛けるとちょうどガラスの容器にすり潰した薬草を入れて、更に色の付いた液体を流し込んでいた。
「あぁ、分かったよ。また何かあったら呼ぶよ」
「はい。じゃあ、先に戻るね」
「うん、分かったよ。後で儀式衣装姿を見せてね」
「あはは。りょうかい」
僕は気持ち早めに歩いてザラリアさんのお店を出て行った。
儀式衣装の丈直しか……イデアール家の儀式衣装ってどんなのだろうな。
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