第7話 何を犠牲にして何を得る?

「………………」


「…………」


 不自然なほどの沈黙が続く。


 アドルフさんは淡々とツマミも無しにお酒を飲み続けて、僕はその姿を黙ってみていた。


 村長に言われた通り、僕はアドルフさんに成人の儀式の事を相談しようとしていた…………だけど、なんてアドルフさんに伝えればいいのか分からない。


 ……一体、アドルフさんに何て言えばいいんだ。


 ……それに、なんでアドルフさんも黙ってお酒を飲むだけで、何も話さないんだろ…………僕が話し出すのを待ってるのかな……でも――


 何から話すべきなのか迷っているとそこにアドルフさんのつまみを持ってアドレットが入って来た。


「はい、お父さんおつまみ。……二人共どうしたの?そんなに静かにして?」


「いや、別に……」


「そういえば、エル。成人の儀式はどうするの?もちろん私と一緒に参加するよね」


「――!!えっと、それは……」


 今から話さないといけない!と覚悟を決めている途中でアドレットにそう言われてしまい、戸惑ってしまう。


 それを見てツコし苦笑いを浮かべるアドルフさんが話しかけて来た。


「エルリーヒ。村長にはなんて言ったんだ?」


「……村長には奉納金が払えないので、参加できませんと伝えました」


「……そうか」


「え、うそ!どうして!!」


 僕が言った事が信じられないとばかりに、アドレットが僕の肩を掴んで揺すって来る。


 逆にアドルフさんは僕が言った事は予想通りなのか静かに頷いて、お酒を煽る。


「エルどうしてよ!昔、私と成人の儀式をやって、一緒に大人になろうって言ったじゃん!」


「うん、アドレット。その言い方だと色々と誤解されそうだからちょっと黙ってて!」


 そういうとアドレットは頬を膨らませて自分の席につくとアドルフさんが口を開いた。


「……アドレットが言った事に付いては、色々と聞きたい気はするが今はいい……エルリーヒ。本当に成人の儀式を受けないのか?」


「……はい。成人の儀式を受けたくても奉納金が払えないので」


「つまり金があれば、成人の儀式を受けたいって気持ちはあるんだな」


「それはもちろんです…………でも」


 その肝心の奉納金が僕にはない。言語学者になるための貯金はあるけど、それを使ったとしても全然足りない。


「なら、俺が出そう」


「……え?今なんて?」


 アドルフさんの言った言葉が理解できず、僕は思わず聞き返してしまった。


「だからエルリーヒ。お前の成人の儀式の奉納金はウチが出してやる」


「ちょ、ちょっと待って下さい!!そんな事したらアドレットはどうするんですか!?」


「もちろん、アドレットの奉納金も出す。それだけの蓄えはあるからな」


「え?……うそ」


 うそ……奉納金はけっして安くはない。


 アドルフさんの家なら、奉納金一人分を貯めるのに3年ぐらいで貯める事は出来るけど…………僕やアドレットの奉納金となるとそんな簡単には……


「嘘じゃないぞ。エルリーヒ、俺がずっと前から牧場を拡張するためにって、色々と金策したの覚えているか?」


「……はい」


 確かに牧場を改築、拡張するために色々と金策をするのを僕も手伝ったから覚えてる。


 でもそれは――


「その金をアドレットとエルリーヒの奉納金にする」


「そんな!そのお金はアドルフさんが、長年の夢を叶えるためのお金じゃないですか!!」


 そう、アドルフさんには昔から夢があると語ってた。


 それは軍竜の育成。軍事利用するワイバーンを育てる仕事をするのが夢だと酔う度に語っていた。


 軍事利用すると言っても、ほとんどがパレードなどで使用されるワイバーン。



 僕達が暮らしているイガーラ=アイロッソ王国は平和な国で、ワイバーンが戦争に使われたのは100年以上前の話。


 今の軍竜は見た目重視でワイバーンが選ばれてる。


 だから国から軍竜として買われるというのは、国から一流のブリーダーとして認められた事になる。


 でも、普通の育成施設では国が認めるレベルのワイバーンを育てる事が出来ない。


 だから、その施設などを建てる為のお金を今まで貯めてきた。


 そして、今年でやっと目標金額に届くって喜んでいたのに……どうして……アドルフさんが何を考えているのか分からず、困惑しているとアドルフさんが説明を続ける。



「もちろん無条件って訳じゃない。……エルリーヒ。お前がこれから先、俺の育成牧場で働き続けるのが条件だ」


「お父さんそれは――」


「アドレットは黙ってろ!!」


 アドレットはアドルフさんに何か反論しようとしたが、一喝されてアドレットは押し黙った。


「エルリーヒ……その条件が飲めるなら俺はお前の分の奉納金も出す……どうする?」


「……すみません、少し考えさせて下さい」


 ……アドルフさんの申し出は素直に嬉しい。


 でも……アドルフさんの条件を飲んでしまったら、今まで夢にみていた両親の様な言語学者になるという夢は消える。


 両親の様に世界中を巡って、その現地の人と話して文化を知って、仲良くなる。そういう仕事を僕もしていきたいと思っていた。


 こんなチャンスは二度と訪れる事は無いし、これを逃せば僕は二度と魔角人族マナリスとして大人にはなれない。


 でも、アドルフさんの選択肢は完全に二択だ。


 成人の儀式を受けて名実共に大人になって、一生この村で生活していくか……それとも魔角人族マナリスとして大人に成れず、村から出て都心でお金を稼いで言語学者になるために奮闘するか……


 もし、どちらかしか選べないなら僕は言語学者になることを…………選ぶ。



「……エル」


「…………」


 細く、今にも消えそうな声で僕の名前を呼んでいるのが聞こえて振り向くと……そこにはアドレットが今にも泣きそうな顔で僕を見つめていた。


 一緒に大人になろうね……か。


 どうしてそんな約束をしたのか忘れたけど……僕達にとってとっても大切な約束だったのは覚えてる。


 ……僕がしっかりと大人に成れるチャンスはこれが最後かも知れない。


 そうなればアドレット達との約束は守れないのか……


 でも……僕は――



「――!!」



 アドルフさんに僕の考えを伝えようとした瞬間、突然背中に悪寒が走った。


 今自分が考えている事を絶対に話しては行けない!


 話せば絶対に大変な事が起こる。


 そんな予感が胸をざわつかせる。


 だからなのか……僕は思わず――


「……わかりました。アドルフさんの条件を飲みます」


 と言ってしまった。


 ……言ってしまった。


 僕が思っていた事と……真逆を……………でも――


 この言葉を言った途端、自分の中の何かが軽くなって、悪寒も消えた。そして――


「――!!本当か!!」


「――!いいの?……でも、良かった!!」


 僕の言葉を聞いた二人が何故か自分の事の様に喜んでくれている。


 ……自分の言いたかった事とは違うけれど二人の喜ぶ姿を見たら、これが正しい答えな気がしてきた。


 そんな諦めの感情とは違う、何か暖かい感情が僕の中で満たされるのを感じる。


 それになんか、両親みたいな言語学者になるのを諦めると言った途端。


 自分に取り付いていた憑物が取れたように気持ちも軽くなった様な気がする。


 ……これでいいんだ…………そう、思おう。


 無理して両親みたいな言語学者になるんじゃなくって…………そう!牧場で働きながら僕にしか出来ない形で言語学者になれればいいんだ……


 そう、自分の中で落としどころを見つけて自分で言った言葉に納得していると、ふと気になった事をアドルフさんに聞いてみた。



「……でも、本当に大丈夫なんですか?アドルフさんが夢だった軍竜を育てる施設は……」


 そう聞くと、アドルフさんは優しい笑みで僕を見つめて来た。


「気にするな、先行投資みたいな物だ。儀式を無事に終える事ができればエルリーヒに頼める仕事の幅が広がるし、そうなれば今以上に利益が出る算段は付いてる。……けどいいのか?俺が言うのもあれだが、両親の様な言語学者になりたいって言ってたじゃないか」


「それは……確かにそうですけど…………牧場で働きながらでも、言語学の勉強は出来ますし……両親みたいに世界中を巡る事や言語や文化を学んだり、通訳の仕事は出来ないですけど……構いません。言語学の勉強や色々な種族の文化を書物などで学ぶのは、趣味程度で構わないと今思ったので」


「…………そうか。……それを聞けて安心した」


 僕が言った事が本心からの言葉だと分かってくれたのか、アドルフさんは笑顔で自分の杯にお酒を入れていく。


 そんな僕達のやり取りを見てたアドレットは涙を流しながら笑っていた。


「良かった。……本当に良かった。これでエルも私と一緒に大人になれるね!」


「うん、そうだね」


 僕達のやり取りを微笑ましく見ながらお酒を飲んでいたアドルフさんは、重要な事を思い出したのか慌てて声を掛けてきた。


「エルリーヒ!!お前儀式衣装は大丈夫なのか!?」


「……あっ」


 アドルフさんの言葉で思い出した。奉納金と同じぐらい大切で……


 奉納金以上に僕にとっては難しい問題を――


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