第6話 大人に成るか・夢を叶えるか

「そ、村長。どうしてここに!」


 村長がここに居る事が信じられず大きく仰け反り驚いていると、夕焼けに染まった顔を抑えて呆れたため息を付いた後、顔を上げて僕を見据える。


「どうしてここに、じゃない!全く……アドルフから聞いたぞ。お前、ワイバーンに乗って森に行っていたようだな?未成年がワイバーンに乗って森に行くのは負担が大きいから基本的に禁止にしている事、忘れたとは言わせないぞ」


 アドルフさん!


 確かにアドルフさんの立場じゃ村長に聞かれたら答えるしかないけど、何も正直に答えなくても……まぁ、悪いのは僕だから何も言えないか。


「す、すみません」


 僕が項垂れているのをみてると村長はため息をついて、眉間を揉み始める。


「はぁ、それでどうして森に行ったんだ?」


「あっ、それはザラリアさんに薬草を頼まれてまして……」


 背負い籠をおろして村長に中を見せると、感心しながら籠の中を見分しはじめる。


「ほう、ウルキキ草にミツバ花、リンドウ草まであるな。よくこれだけの量が取れたもんだな。……これ全部ザラリア先生の所に?」


「はい、そのつもりです」


「……そうか、それは助かる。最近は薬草も不足気味だったから、助かるよ」


 村長は嬉しそうに優しく微笑むと今度は真剣な顔で僕を見て来ていた。


「エルリーヒ。お前今年で15歳になるよな?……成人の儀式、参加しないつもりか?」


「………………」


 僕は村長の質問に答えられずにいた。この村では15歳になると大人になる為に成人の儀式を受けないといけない。



 成人の儀式は大きく分けて、角の義。加護の義。飛竜の義は三つある。


 始めにやるのは角の儀。


 角の義は僕達、魔角人族マナリスが大人になるための儀式。


 角神さまから角を授かり、大人の魔角人族マナリスとして神さまに認められるための儀式。


 この儀式をしないと魔角人族マナリスとして大人になれないし、魔角人族マナリスが得意としている魔術や加護の力の本領を発揮できない。


 だから、魔角人族マナリスの大人として生きて行くなら必ず受けないといけない儀式。


 そしてここからがこの村で、大人として認められる為に行う儀式。


 その一つが加護の義。


 村の守り神である飛竜神さまに礼拝し、個人用の加護を授かる為の儀式。


 この加護があれば正式にワイバーンや飛竜達に仲間と認められる様になり、ワイバーンや飛竜に乗る時の負担がかなり軽減されて、高高度飛行や高速飛行も加護の力で可能になる。


 そして、何よりこの加護を授かれる事で得られる利点はリリさんがスイレンに使っていた【リンケージ】の呪文を使える様になる事。


 そうすれば、加護を通じて力のやり取りをすることが出来るし、飛竜達と協力してどんな仕事も出来る様になる。


 しかも、この加護は飛竜神さまに飛竜に乗ってもいいと証明されてる証の一つで、飛竜神さまの加護を持っていない状態で飛竜に無理やり乗ろうとすれば暴れてしまい、最悪の場合死んでしまう。


 実際昔に、この村に訪れた貴族が平民に乗れるなら俺も乗れると言い出し、周りの反対を押し切って飛竜に乗った貴族が、飛竜の怒りをかって嚙み殺された事件があったらしい。


 その後この事件がどうなって行ったのかは聞かせてくれなかったけれど、その貴族の家系が取り潰しに合ったっていう事は教えてくれた。


 ……思考が脱線した。とにかく、そういう事があるからこの村で仕事をするなら必ず飛竜神さまから加護を授からないといけない。


 それにこの儀式をやらないと次の儀式にも進めない。


 そして最後にやる儀式が飛竜の儀。


 飛竜の義は、加護の義で授かった飛竜神さまの加護を使って、自分のパートナーとなる飛竜を呼び寄せて、その飛竜と加護を通して契約をする儀式。


 ……正直、僕はこの儀式の詳細は知らない。


 なんでも【リンケージ】の呪文を唱えて加護を通して契約をするって事は聞いているけど、それがどんな契約なのか大人達はやってみれば分かるとしか言ってくれない。


 ……無事に契約が成立してパートナーとなった飛竜と一緒に試験用のルートを飛行して村の広場まで戻ってくれば成人の儀式は終了。


 そうすれば晴れて大人の仲間入りが出来る。


 この三つの儀式を終えることが出来なければこの村では大人として認められない。



 成人の儀式は15歳から参加できるけど、一応15歳を過ぎても成人の儀式に参加できる資格はある。


 でも15歳の時に成人の儀式を参加しないのはその人や家庭にそれ相応の理由があるから……そういった人達は結局儀式には参加せずに村から出て行って、都会に出稼ぎに行く人が多い……けど、その人達がその後どうなったかは……僕は知らない。


 だから、本来この村で生きて行く事を考えるなら絶対に成人の儀式を受けないといけない…………だけど、僕は――


「村長、僕は……儀式は受けれません」


「……どうしてだ?」


「成人の儀式の為の……奉納金が払えません」


 そう、成人の儀式には奉納金が必要で……その奉納金を払うための資金が僕にはなかった。


 最低限の衣食住はアドルフさんの家に居候させてもらってるおかげで、なんとか確保できてるけど…………流石に奉納金までは無理だ。


 たまにお小遣い稼ぎで、今回みたいに薬草を取りに行ってるけど、そんなんじゃ奉納金には全然足らない。


 今の僕は、成人の儀式を受けるための出発地点にすら……立てずにいる。


 僕の話しを聞いた村長は、眉間に深いシワを刻んでため息をついていた。


「両親からは?」


「……アドルフさんの所に預けられて2年ぐらい経ちますけど、一度も手紙は来てません。ただ、別れ際に、何かあればアドルフに頼れ。話しは付けといたから。と嬉しそうに言っていたのは覚えてるんですけど……流石に、お金の事で頼るわけには…………」


「ふむ……そうですか」


 村長は眉間を指で抑えながら悩み始めて、また大きなため息をついた。


「……エルリーヒくんは成人の儀式は、受ける気持ちはありますか?」


「はい!もちろん!!」


 一人で生きていく事を考えるなら、成人の儀式を受けないと魔角人族マナリスとして大人になれないし、この村でお金を稼ぐのもこのままじゃまともな仕事は貰えず、お金を貯める事すら出来ない。


 今はアドルフさんのおかげで衣食住が揃ってるけど、それもずっとって訳じゃないし…………それに、僕には夢がある。


 両親の様な言語学者になりたいって夢が。


 両親の様に世界中を巡って現地の人とコミュニケーションをとって仲良くなったり、現地の文化に触れながら、通訳の仕事をしたり……僕は両親の様な仕事をしたい。


 だから将来的にはこの村を出る事になるけど…………村に居るうちにお金を稼いで、言語学者になるための学校に行って、両親の様な立派な言語学者になりたい。


 だけど今の僕には、成人の儀式の奉納金のお金も無ければ、都心の学校に行けるお金もない。


 ……正直、両親に頼りたい所だけど……その両親も何故か、二年近く音信不通で、今どこで仕事をしているのか僕は知らない…………今頃どうしてるんだろ。



「そうか、だったら話しにくい事かも知れないけど、アドルフに相談するといい。彼なら悪いようにはしないさ」


「……はい、わかりました」


 ……村長はそう言ってくれるけど、正直僕は難しいと思う。


 成人の儀式の奉納金は決して安くはない。


 だいたい成人男性の生活費の一年分ぐらいの金額を奉納しなければいけない。


 ……確かにアドルフさんの家は経営が安定してるから、僕一人分までなら貸しとして、お金を融通してくれるかもしれないけど……でも、アドルフさんの家には僕と同い年のアドレットが居る。


 もちろんアドレットも成人の儀式を受ける……そうなるとアドルフさんは二人分の奉納金を払うことになる。流石にアドルフさんでも、そこまでの余裕はないと思う。


 そうなるとアドルフさんも娘のアドレットを先に成人の儀式を受けさせるはずだ。そうなると僕を支援してくれるのは、早くても二年後……最悪の場合五年はかかる。


 ……さすがに。そこまで、アドルフさんに迷惑はかけられない。


 …………僕も、覚悟を決めよう。村を出て都心で、お金を稼ごう!


 稼いで、学校に行って、両親みたいな言語学者になって……


 いや、今はその覚悟を決めるためにもアドルフさんと話し合って…………アドルフさん達にお礼を伝えよう。


 決意を固めた僕は、村長の顔を真っ直ぐに見る。


「村長、ありがとうございます。決意が固まりました。アドルフさんに儀式の事、これからの事を相談してみます」


「うん、そうか……無理せず、頑張れよ」


 村長は僕の言葉に何かを察したのか、温かい笑みを送ってくれる。


「結果がどうであれ。明日かならず俺の所に報告しに来いよ」


「はい、わかりました」


 笑みを浮かべたまま帰っていく村長の背中を見送りながら、僕は背負い籠を背負い直して――


「……僕も家に帰らないと」


 重い足取りでアドルフさんの家に帰って行く。



◇  ◆  ◇



「……ただいま」


「あっ、エルお帰り!」


 重い足取りで、アドルフさんの家に帰って来て玄関を開けると、そこには笑顔のアドレットが出迎えてくれた。


「もう少しすれば、ご飯が出来るからお父さんと一緒に待っててね」


「うん……ありがとうね。アドレット」


 アドレットが台所に戻って行く後ろ姿を僕は呆然と見ていた――


 ……こんな日常も、僕が村を出て行ったら、無くなるのかな……いや!!今は暗い事は考えるな!!僕の夢の為にも!


 僕は沈んだ気持ちを振り払いながら、背負い籠を玄関に置いて居間に向かう。


 すると居間の机の上にお酒を並べて、アドルフさんが一人で晩酌を始めている。


 ……珍しい。普段お酒が弱いから、お祝いの時にしかお酒を飲まないのに…………なにかあった?


「アドルフさん、今帰りました」


「あぁ、お帰りエルリーヒ。……村長にはあったか?」


「……はい」


「そうか……まぁ、とりあえず座れ」


「……はい」


 アドルフさんに席を勧められるままに僕は椅子に座った。


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