第5話 雷が駆け巡る

「キサラギ、大丈夫?」


『だ、大丈夫だよ』


 ムツキの背中に揺られてしばらく経った。


 その間、僕は高速で走るムツキの走りの邪魔にならないように重心を動かしながらムツキの成長を感じていた。


 さすが主さまの娘だな。走りが力強いし無駄がない。


 本当に合わなかった間に成長したんだな……でも――


「ガゥ、ハァハァハァ。ガァ、ハァハァハァ」


 さすがのムツキも疲れて来たのか、息が切れてきて次第にペースが落ちて来てる。


 そろそろ休憩するなり、僕がキサラギに乗り換えてムツキの負担を減らさないといけないな。


 そう僕が考えているとキサラギから提案がきた。


『お姉ちゃん!』


『何、キサラギ?』


『競争しよ!!』


「え!?」


 キサラギがいきなり競争の提案をしてきた事に僕は驚く。


 こんなの勝負にならない。僕を乗せたままじゃ足が遅くなるし、今のムツキは疲れてる。


 いくら負けず嫌いのムツキでも断ると思っているとキサラギが挑発をして来た。


『あ、そっか。お兄ちゃんが乗ってるから勝負できないよね。いくらお姉ちゃんでも、そんな状態じゃ私に勝てないか』


『ふん、私が勝つもん。お兄ちゃんぐらい何のハンデにもならないよ!!』


 ムツキ……それは何でも言い過ぎだと思うぞ僕は。


 実際最初に比べてペースが落ちてるし、疲れもで始めてるじゃないか。


 ここは僕が仲裁に――


『じゃあ、今からスタートね!ゴールは山の麓まで!!』


 そういうとキサラギは一気に走る速度を上げて木々の間を駆け抜けて行く。


 ……僕が仲裁する前に始まってしまった。


『……お兄さん、行くよ』


「いや、ムツキ。気にする事はないよ。こっちはこっちのペースで――」


『姉の威厳がかかってるのです!お兄さん私と【ヘルツゼーレ】をして!!』


「【ヘルツゼーレ】って……主さまに私の前以外で使うなって言ってただろ。ダメだよ!」



 【ヘルツゼーレ】


 その呪文は昔、主さまから直接【リンケージ】の呪文の裏技的な物として教わったもの。


 ……正直僕も主さまに言われた事を半分も理解できていない。だから、主様から言われた事をそのまま引用すると――



 本来の【リンケージ】は加護などの媒体を通して相手と自分の力をつなげる呪文だ。


 だからこそ、こっちから魔力などの力を流す事が出来るし、逆に相手から魔術などの力を一方的じゃが借りる事が出来る。


 相手と自分の力を繋げる事が出来る。それが【リンケージ】だ。


 だが、【ヘルツゼーレ】は違う。


 【ヘルツゼーレ】の呪文は加護などの媒体を使わずに力と力の代わりに、魂と魂を繋げる呪文。


 お互いの魂と魂が繋がる事で起こるメリットは大きい。


 視力や動体視力などが良くなり、嗅覚などの五感がお互いに強化されて共有される。


 だが、最大のメリットはお互いの魔力が増幅されて、今まで使えなかった魔術や魔法を使う事が出来る。それだけじゃなく、その魔力や魔術、魔法がお互いに使うことが出来るのだ。


 だが、メリットが大きい代わりに、デメリットも大きい。


 【ヘルツゼーレ】の呪文を頻繁に使うと、お互いの魂の境界が分からなくなってくる。


 そうなれば自分が自分で無くなるだけじゃなく、廃人になって知性の無い獣同然になる。


 だから、私が許可した時や緊急事態の時以外は決して使うなよ。



 ――と言われた。


 ……正直、僕はこの話を理解する事が出来なかった。


 それどころか今思い出した言葉はその時に言われた事の半分も思い出せていないし、あくまで印象に残った事しか覚えてない。


 僕の中では、【ヘルツゼーレ】で繋がった物同士の力が強くなって強化されるけど、使い過ぎると獣の様になるとしか認識できていない。


 僕はこの認識は合ってるけど間違ってると思ってる。


 実際、使いすぎなければいいんだなと思って昔こっそりムツキとキサラギとで【ヘルツゼーレ】の練習をした時に主さまにバレて大目玉を食らって大変な目にあった事がある。


 だから、出来る事なら【ヘルツゼーレ】は使いたくないんだけど……


『大丈夫です!少しだけ【ヘルツゼーレ】をすればお母さんにはバレません!!』


「いや、でもな――」


『お兄さんいいんですか?私と【ヘルツゼーレ】をしないならあの事を言いますよ?』


「……あの……あの事って、なに?」


『あの事ですよ!お兄さんならわかるでしょ!!』


 ……いや、あの事ってなんですか!?


 特に後ろめたい事の心当たりが無いのになんかすごい悪い事をした気分になる。


 いや、何も悪い事はしてない!!


「いや、でもムツキ――」


 このあとも僕は主さまとの約束を守る為に【ヘルツゼーレ】を使わないようムツキを説得していった――


…………


………


……


「……はぁ、仕方ない」


『やった!!』


 結局僕の方が折れてしまった。


 うん、僕は悪くない。だってあの事を出されたらね?……はぁ。


 僕は気を取り直して左手をムツキの頭の上に乗せる。


「それじゃあ、行くよ。ムツキ」


『うん!いつでもいいよお兄さん』


「【ヘルツゼーレ】!!」


 呪文を唱えた瞬間、僕とムツキの間に繋がりが出来る。


 そして、視界が一気に広がって、周りの景色がゆっくりと見える。


 ……感覚が共有されて、今まで見えなかった物が見え、嗅覚が強化されてるのか匂わなかった匂いも感じる。


『うん、いい感じ!!お兄さん、魔力を貰うね!!』


 ムツキは僕との魂の繋がりを利用して、魔力が持って行かれる感覚がする。


 本当なら勝手に魔力が持って行かれる感覚は不快なはずだけど、魂が一緒になっているおかげか不思議とその不快感がない。


「ウォォォォ!!」


 ムツキは軽く遠吠えを放つと全身に魔力を流して行く。


 すると、ムツキの全身がバチバチと音がなり、全身の毛が逆立ていくと、加速した。


 その走りはまるで雷が駆け巡っているかの様に早く鋭く、バッチン、バッチンと轟音が鳴っているがその音すらも置いていってムツキは駆ける。


 本当なら僕はこの速さに付いて行くことが出来ず、振り落とされるかもしれない――けど、そんな事には絶対にならない。


 なぜなら僕とムツキは魂が繋がっている。


 ムツキの次に行きたい方向も感覚でわかるし、ムツキの力を僕の方でも使って、ムツキの走る邪魔にはならない様にしている。


 この状態になればムツキは速さでは誰にも負けない!だから――


『え!うっそ!お姉――』


 かなり前を走っていたキサラギを一瞬で追いつきそして抜かして行く。


 そして本来なら歩けば日が沈むほどの時間、ワイバーンに乗って来るなら太陽が少し動く時間。


 予定よりも半分以下の時間で、目的の山の麓に到着した。


『ふぅー到着!』


「はぁ、相変わらず【ヘルツゼーレ】をしたムツキは速いね」


『それでどうするお兄ちゃん?キサラギが来る前に薬草を探す?』


「……流石に待ってあげようか。キサラギが可愛そうだから」


『は〜い』


…………


………


……


『お兄ちゃん!お姉ちゃん!ズルイよ!!【ヘルツゼーレ】を使うなんて反則だよ!!』


『【ヘルツゼーレ】を使っちゃダメとは言ってないでしょ』


『む〜う』


「ほら二人共薬草を取るのを手伝ってくれるんでしょ」


 目の前でいがみ合っている二匹の姉妹の頭を僕は撫でながら、仲裁すると二匹ともとりあえず喧嘩するのをやめてくれた。


『う〜、私も【ヘルツゼーレ】してくれる?』


「うん、するする」


『わかった!じゃあ、行こ!』


 こうして僕達は日が暮れる寸前まで薬草を取りながら【ヘルツゼーレ】などを使って遊んで行った。



◇ ◆ ◇



『調子に乗りすぎだ、坊や』


「はい、ごめんなさい」


 僕は薄暗くなった空を飛びながらメルシアに叱られていた。


『全く、こんなに帰りが遅くなって大丈夫なのか坊や』


「う〜ん。まぁ、村長にバレなければ大丈夫かな。アドルフさんにはエーデル姉さんが上手く伝えてくれただろうし」


『ふむ……坊や村長にバレたらどうするのだ?』


 その一言に僕は思わず固まった。


「いや、そんな事……ないない。僕達が村を出る姿を見てない限りそんな事ないよ。村長は普段自分の牧場や村の経営の為の書類仕事してるんだよ?たまたま月一の村の巡回をしてない限り大丈夫だって!!」


 僕はメルシアにそう話しかけながら自分に言い聞かせていた。


 そう、そんなたまたまがあるはずないんだから!


『ハァ〜……』


 するとメルシアから呆れを込めたため息が聞こえて来た。


 え?何?どうしたの?


『……だと、いいがな』


 ……え?メルシア。


 なにか知ってるの?すごい不安になって来たんだけど!!大丈夫だよな。


 ……あれ?月一の巡回って最後にされたの何時だっけ?


 確か一ヶ月前の……うん、大丈夫!何とかなるさ!!


 僕は自分に言い聞かせて、悪い考えをなかった事にして夕焼けに染まった村に戻って行った。



◇ ◆ ◇



「それじゃあメルシアさん、今日はありがとうございました」


『あぁ、気を付けて帰るんだよ』


「はぁい」


 僕はメルシアに手を振りながら小屋の大扉を閉め、背負い籠を背負い直して、家に帰るために足を進める。


「ふう。今日は色々とトラブルがあったけど、無事に目的の量も取れたし結果往来かな」


「ほぉ、それは良かったな」


「……え?」


 声がした方向を慌てて振り向くと金髪の前髪が少し後ろに後退しつつある男性――トリーブ・ナックフォーゲル。


 眉間にシワを寄せて、難しい顔を僕に向けている。


「そ、村長!?どうしてここに」


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