第4話 ワイバーンに乗って、東の森へ

「太陽の位置的に日が沈む前に帰って来れると思うけど……どうだろう?」


 僕は一度自分の実家の倉庫から背負籠を取りに戻った後、アドルフさんの家のワイバーン達の寝床の小屋にたどり着いていた。


 そしてワイバーンが並んで通れるほど大きな扉を開いて中を見渡すとワイバーン達が寝ていたり、じゃれ合ったりしてゆったりと過ごしてる。


「ふふ、元気そうだね」


 そう思いながら小屋の中に入ると僕が入って来た事に気付いたワイバーン達は僕の所によって来た。


『エルリーヒ!』


『エルリーヒだ!遊ぼ!』


「はは、またね。メルシアはいる?」


『いるよ!』


「ありがとう」


 よって来るワイバーン達の頭を撫でながら小屋の奥に向かうとそこには他のワイバーンよりも一回り大きなワイバーンが寝ている。


「やぁ、メルシア元気?」


 僕が声をかけるとメルシアと呼ばれたワイバーンは体を起こして僕を見つめる。


『どうしたんだい坊や、元気だよ』


「それは良かった。実は僕を乗せて森まで行ってほしいんだ」


『あそこかい?……いいよ、準備をしてくれ』


「ありがとうメルシアさん!」


 メルシアにお礼を伝えながら僕は、壁に掛けられているメルシア用の鞍や手綱などのワイバーンや飛竜に乗るための道具、竜具をメルシアに付けて行く。


「メルシアさん、苦しくないですか?」


『あぁ、大丈夫だ』


「良かった。では先に小屋に出て行ってください」


『あぁ』


 メルシアが小屋から出て行く後ろ姿を確認する。


 うん、特に不調はなさそうだね、良かった。


 メルシアの歩き方から体の不調などがみられないのを確認して他のワイバーン達に振り返る。


「じゃあ、みんな行ってくるね」


『うん、行ってらっしゃい』


『今度は僕と遊んでね』


 僕はワイバーン達に手を振りながら小屋の扉を締めてメルシアに乗り込む。


「メルシアさん、よろしくおねがいします!」


『あぁ、掴まっておれ』


 メルシアはそう言うとほぼ垂直に一気に飛び上がる。


「ぐっ」


 飛び上がる勢いに振り落とされないように気合で耐え、高度100mほど上がった所でメルシアは停止した後、ゆっくりと目的の東の森に向かって飛行して行く。


「ふぅ」


 何とか振り落とされずに済んだ事を安堵しているとメルシアの笑い声が聞こえて来た。


『クハハ、やはりこの飛び方が一番気持ちいいの!坊や以外だとこうはいかんわい』


 うん、そうだね。危ないし……僕は口に出さずに心の中で呟いていた。


 普通ワイバーンや飛竜に乗って飛行する時は今回みたいに一気に高度を上げるんじゃなくってゆっくりと高度を上げるか、目的方向に飛びながら高度を上げる。


 そうしないと乗手の負担が大きくて、落竜する可能性が高くて危ないしね。


 そういえば昔、メルシアにゆっくりと高度を上げて欲しいって頼んだら『何!?儂にそんなかっこ悪い事をしろと言うのか!なら、降りろ!!』と言われてしまった……


 その後メルシアに理由を聞いて初めて知ったけど、どうやらゆっくりと高度を上げるという事はワイバーンや飛竜にとっては格好悪い事で未熟者がする行動らしい。


 ……うん。でもね、もう少し乗手の事を考えて欲しいなって思うんだ僕は。


 そんな小さな抗議を心の中で思いながら僕達は東の森に向かって行った。



◇ ◆ ◇



「……やっぱりここは夏でも涼しいな」


 東の森の奥深く、人手が一切入ってない森の中に数少ないひらけた場所。


 中央に巨大な大木が生えてる特殊な場所で、神秘的な物を感じる場所に僕達は降り立った。


「メルシアさん、ちょっと待っててね」


『あぁ、分かってるよ。程々にするんだよ』


 メルシアに「わかってるよ」って答えながら降りて、僕は中央にある大木の根本にある小さな石作りの祠に向かった。


「はは、また蔦に巻かれてるな」


 祠に絡まっている蔦を僕は取り除いて、周りの雑草も抜いて行く。


 その後もある程度祠の整備が終わった僕は祠の前で片膝をついて、祈りを捧げる。


「名もなき神さま、どうかこの森と村の住人達をお守りください」


 この森に来た時のルーティーン。


 森に来た時はいつもこの祠に祈りを捧げる。


 この祠が何を祀っているのか、どんな神さまなのか僕にはわからない。


 でも、この祠に祈りを捧げ始めた日から、この森で取れる薬草や山菜の

収穫量が増えた。


 だからこの森に来た日はこの祠に祈りを捧げるようにしている。


 でも、今回は他の目的もある。


『精が出るな、エルリーヒ』


 突然僕の後ろから声が掛けられて振り返るとそこには全長3m以上はあるであろう巨体を持った白銀の狼が僕を見ていた。


「主さま、お久しぶりです」


 いつもこの祠に来ると現れてくれる、青い瞳に野生の動物とは思えないほどの綺麗な白銀の毛並みを持つ狼。


 この森の主さま、僕が勝手にそう呼んでいる狼は嬉しそうな声音で声を掛けてくれる。


『うむ、今日は何の用だ?』


「はい、今日は森にある薬草を取りに来たのですが、近くに来たので挨拶に来ました」


『ほほほ、そうか。だが、お前さんの目的は娘達じゃろ』


 そう言うと軽く遠吠えをする主さま。


 すると二ヶ所から何かが高速で動く音が聞こえて来ると二匹の狼が僕の前に現れた。


『お母さん、どうしたの?あれ、お兄ちゃん!』


『お兄さん、こんにちは!!』


 二匹の狼は僕に気付くと尻尾を振りながらよって来てくれた。


 この二匹の狼はムツキとキサラギ。二匹とも主さまの子供の女の子。


 姉妹の狼は母親譲りの白銀の毛並みに、姉のムツキは青い瞳と黄色の瞳。


 妹のキサラギは緑の瞳と青い瞳。


 二匹ともそれぞれ違う色の瞳で期待を込めた目で僕を見つめて来る。


「はは、仕方ないな」


 二匹の姉妹が何を期待しているのか分かった僕は苦笑いをしながら、二匹の頭を優しく撫でてやると二匹とも甘えた声を出しながら僕が撫でるのを堪能している。


『全く、姉妹揃って……はぁ』


 そして主さまは、そんな二匹の姿を見て呆れたようにため息をついていた。


「あはは、実は主さま。お願いしたいことが――」


『娘達を貸して欲しいんじゃろ?分かっておる。娘達もエルリーヒと遊びがっておったし構わんぞ』


「ありがとうございます、主さま。……メルシアさん、行ってきます」


『あぁ、行っておいで。私はここで待っているから』


 声を掛けるとメルシアは、もうこうなるのが分かっていたのか体を寝かせて、休む体制を取っていた。


「ありがとうございます。ムツキ、キサラギ。行こうか」


『うん』


『分かった、お母さん行ってくるね』


『あぁ、いってらしゃい。ただし、日が落ちる前には帰ってくるんだよ』


『『うん!わかった!!』』


 僕達は森の主さまやメルシアに見送られながら、薬草の群生地がある北の方に向う。



◇ ◆ ◇



「あれ?おかしいな?」


『何がおかしいのお兄ちゃん?』


「薬草が全然見つからないんだよ……どうしてだ?」


 薬草を探しはじめて2時間くらい。


 いつもならこれくらいの時間をかければ背負い籠一杯近くまで薬草が取れるのに……今は背負い籠にはまだ三分の一も入ってない。


 困ったな……まだザラリアさんに頼まれた量は取れてないし、このペースだと日が暮れる前に村に戻るのは難しいな。


『お兄ちゃんが取りすぎたんじゃないの?』


「いや、こんな枯渇するぐらい薬草は取らないよ。取りすぎると次取る時困るし、下手をしたら同じ場所に薬草が生えなくなっちゃうから」


『じゃあ、他の人が取ってるとか?』


「う〜ん、可能性はあるけど。村の人やたまに来る、冒険者や探索者なら村の近くに薬草の群生地があるからそっちに行くと思うよ」


 ……昔は僕もそこで取っていた事があるけど、小遣い稼ぎするために後先考えずに薬草を取っちゃったことがあって、群生地への出禁になっちゃったんだよな。


だからわざわざ遠くのここまで来てるわけだけど――


『そっか。お兄ちゃんどうする?ここまでにする?』


「いや、今回はザラリアさんに頼まれて薬草を取りに来てるからここで帰るわけには……でも、なんでよりによってワイバーンや飛竜用の薬草がこうもないんだ?」


 今回僕達が探しているワイバーンや飛竜に効果のある鎮静効果や病気に効く薬草が狙ったように何処にも生えてない。


「困ったな。……他に群生地ってないかな」


『お兄さんが探してるのって今取ってるやつだよね?』


「うん、そうだよ」


『なら、私知ってるよ!』


「え!?ほんと!」


 良かった。これで目標の数を取れるかもしれない。


「それで何処にあるの?その群生地は」


『あっちだよ!』


 ムツキの鼻先で指した場所は……ここから東南にある山。フォルト山脈って呼ばれている山の中腹辺りを指していた。


「……あの山の途中にあるの?」


『うんん、あの山の中!』


「…………そっか」


 僕の一縷の望みが消えた。


 ここからあの東南にある山はかなり距離がある。


 もしここから歩いて行くならそれだけで日が暮れる。


 一度メルシアの所に戻って飛んで行くか?


 ……いや、それだと薬草の群生地が分からない僕じゃ結局薬草を見つけるのに時間がかかるな……どうしよう。


『……お兄さん、私の背中に乗る?』


「えっ……大丈夫なの?」


『大丈夫だよお兄さん。あの時と比べても体も大きくなったし、お兄さんぐらいなら乗せても走れるよ!』


「う〜ん」


 ……確かにここからムツキに乗って行けば、あの山に行って薬草を取って帰るのは簡単だ。


 でもそれだとムツキの負担が大きくならないか?


 と考えているとムツキは大丈夫!信じて!!と言いたげな瞳で僕を見て来る。


「そっか、だったら頼んでいい?でも、無理しちゃダメだよ」


 そのムツキの瞳に負けた僕は結局ムツキに乗ることに決めた。


『うん、任せて!』


 ムツキも嬉しそうに僕が乗りやすいように伏せてくれる。


 その姿を見たキサラギは『お姉ちゃんずるい!』と言っているが姉であるムツキはどこ吹く風だ。

 そんな二匹のやり取りを僕は笑いながらムツキの背中に乗ると、ムツキは僕がしっかり乗ったのを確認するとふらつくこともなく、立ち上がる。


 おぉ、すごいな。少し前までは伏せて立ち上がるのに少しふらついて危なかったのに、今はスクッと立ち上がれるようになったのか……成長したな。


『じゃあ、お兄さん掴まってて!!』


 そういうとムツキは走り出し、キサラギも付いていくように走り出す。



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