第3話 この村の非常識は僕らの日常Ⅲ
☆ ★ ☆(エルリーヒ・ライニング視点)
「ふう、綺麗になったよ。よかったね」
『うん!ありがとう!』
洗い終わったワイバーンが元気よく飛び去って行くのを見送って、僕は固くなった体を伸ばす。
元気そうに飛んで行く姿を見ると頑張ったかいがあったけど……
「流石に腕が痛いな」
二の腕の痛みを感じながら、僕は使い終わったバケツの水をその場に捨ててエーデル姉さんの所に戻る為に歩き出す。
やっぱり温くなった水だと鱗の汚れが全然取れない。
だからとにかく時間を掛けて汚れを取るしかなかったからとにかく疲れた……でも。
さっき洗ったワイバーンが元気に飛びまわっているのを思い出して、頬か緩むのを感じる。
あの子は冷たい水が苦手みたいだし、仕方ないよね。
エーデル姉さんの所に戻るといつの間にか戻って来ていたアドレット達が、手入れが一段落したのか休憩をしていた。
「エルリーヒ、お疲れさま。助かったよ」
「エルくんおつかれさま」
「エルおつかれ」
「すみません時間かけちゃって――」
他の子も洗う為に水を貰おうと思っていたけど、三人共休憩してるから後にしようかな……いや、まだ一匹しか洗えてないし僕は続けよ。
「……リリさん休憩中すみません、水をもらってもいいですか?」
「それは構わないけど、エルリーヒも疲れただろ。少し休憩したらどうだ?」
「いや、僕はまだ一匹しか洗えてないのでまだ続けます」
リリさんは苦笑いを浮かべながら真面目だねと呟いて立ち上がる。
「そうかい。わかったよ、今冷たい水を出してあげるから待っててな。スイレン――」
リリさんは近くで昼寝してたスイレンに呼びかけて起こすと――
「キュイ~」
スイレンはリリさんに呼ばれたのが嬉しいのか甘えた様な声を出しながら近付いて――
「はいはい、またよろしくね……【リンケージ】」
リリさんは笑いかけながら左手をスイレンの頭に触れると光る角を生やして【リンケージ】と呪文を使って水球を出し始める。
そんなリリさんのリンケージを使ってる所をじっと見ながら、ここに来る途中で考えていた事を思い出す。
……そいえば、来る途中でこの村の事とかを考えてたな――
今リリさんが使っているのは飛竜神さまの加護の力の一つ。
【リンケージ】
この呪文を使うことで僕達は契約している飛竜達の力を加護を通して貸し借りする事が出来る。
リリさんが今、空中で水球を出せたのも、本来はリリさんのパートナーであるスイレンの力。
スイレンの水を生成する魔術をリリさんが代行して使用している。
だったら無理してリリさんが使わずに、スイレンに水を出してもらえばいいのでは?と思うかも知れないけど、そう簡単にはいかない。
飛竜にとって魔術は狩りをする為に使う力。
だから基本的に魔術を攻撃ブレスとして使って獲物を狩ってる。
だからリリさんがやってるみたいにただただ水を出すだけって事は飛竜達には出来ない。
だから【リンケージ】の呪文を使って僕達の方で力をコントロールしている。
けど、逆に魔力を飛竜に流し込んで飛竜のブレス攻撃を強化するなんて方法もあったりする。
普段絶対に使わないだろうけど……
じゃあ、この村に住む人で飛竜神さまに加護を授かる事が出来ればみんな同じ事が出来るのかと言われるとそうじゃない。
それがこの村が一種族しかいない……時代錯誤に等しい事をしている理由。
その理由は僕達の種族。
僕たちの種族名は
その角神さまに角を授かる事で額に光る角を生やす事が出来る種族で、
神さまの一部を角に宿す事が出来る
だから
……でもだからと言って
長老達の言い分が本当だとしても、だったら飛竜に関わる事以外の仕事をさせればいいだけの話しなんだから……昔、村長にその事を話したら苦笑いされて「大人になれば分かるさ」と言われたけど……村長は何が言いたかったんだろ。
…………そいえば大人になればで思い出した……父さんが昔こんな事を言ってたっけ――
エルリーヒ、よく覚えておくんだ、女性の角はあまり見たらダメだぞ。
女性の角をじっと見るのは胸をじっと見る事と同じなんだ。
だからエルリーヒも気を付けるんだぞ!
…………懐かしいな。あの時の父さん、頬を腫らしていたけど
……何をしたんだ父さん。
角か……今年、僕も成人の儀式を受けることが出来るけど……でも僕は――
「「ジーー」」
「――!!」
いつの間にかエーデル姉さんとアドレットが僕の顔を覗き込んでジッと僕の事を見ていた。
「ど、どうしたの二人とも」
慌てて声をかけると二人とも離れてはくれたけど、ジト目で僕を見つめるのはやめてくれない。
「……エル。リリお母さんの角、見過ぎじゃない?」
「……エルくんのえっち」
冷たい声で二人にそう言われ、血の気が引くのを感じた。
「――!!」
ヤバい!女性の角を見すぎるのは良くないって思い出したのにやらかした!な、何とか誤魔化さないと……
「いや、違う。違うから!角を見てたんじゃなくって……【リンケージ】って不思議だなって思ってただけだから!」
「「ほんとーに?」」
「本当本当!」
「……あら、そんなに見つめられてたなんて、私も捨てたもんじゃないな」
「リリさん!違うって!!これ以上話をややこしくしないで!」
バケツに水を入れる作業を終えたリリさんが、からかう様に笑いながらこっちに来る。
ヤバいこの状況どうすればいいんだ!?どうにかして突破口を――
「お、楽しそうじゃねぇか」
「そうですね」
この声、アドルフさん達!?ヤバいこの状況がもっと混沌とする。
声のした方を見ると案の定アドルフさんと香ばしい匂いがするバスケットを持った栗色の長い髪を風になびかせながら歩いてくる女性――プリッツ・イデアール。
アドルフさんの第一妻で、イデアール家の家事全般を担ってる凄い女性。
このタイミングでアドルフさん達が来るのか。絶対に面白がってからかってくるよ……どうしよ。
「四人ともお疲れ様。ワイバーンの手入れは終わりそうか?」
「アドルフ、プリッツおつかれ。ほとんど終わってるよ」
「そうか、それはよかった。四人とも盛り上がって、何を楽しそうに話しをしてたんだ?」
ニヤニヤと笑いながらアドルフさんは僕に向かって話しかけてくる。
あれは僕をからかう気満々だな……どう切り抜けよう。
僕がどうしようかと考えているとリリさんがアドルフさんに近付いて――
「うん?なんだい?仲間外れにされて寂しいのかい?」
「え?」
「あらあら、そうなんですかあなた?ふふ、寂しがり屋ね」
「え?いやいや、違うだろ!」
……どうやらリリさん達は僕じゃなくってアドルフさんをイジって遊ぶ事にしたらしい。
「……夫婦三人とも、いつも通り仲がいいね」
「娘としては恥ずかしいけどね」
「まぁ、他の家に比べて喧嘩が少ないから、いいんじゃない?あはは……」
……そいえば日常過ぎて忘れてたけど、この村にはもう一つ特殊な風習があったな。
それは一夫二妻制度。
一人の男性が二人の女性と結婚出来る制度。
じゃあ、どうしてこの村では一夫二妻という形の偏った婚姻制度をしているかというと、
だから村の人口を減らさないために村の創立当初から一夫二妻になってる。
だからやろうとすれば僕の左右にいるエーデル姉さんとアドレットと結婚……する事は出来ないんだった。
何故か結婚相手は第一妻と第二妻は別々の家系じゃないと結婚出来ないっていう規則だっけ…………なんでか忘れたけど
「……そいえば今日の軽食いい匂いがするね。ちょっと貰ってくるよ」
「あっ、アドレット。……いってらっしゃい」
アドルフさんに対するイジりが過激になっていく光景を考え事をしながら現実逃避をしていると、アドレットがプリッツさんが持って来た軽食を取りに行って、帰って来た。
良かったねアドレット……巻き込まれなくって。
「はい、姉さん。エルも」
アドレットはバスケットの中からパンを取り出してエーデル姉さんと僕に渡してくれる。
「今日はいつもよりいい匂いがするね?」
「香草を使った料理だって、渡してくれる時言ってくれたよ」
「へぇ~、そうなんだ」
「……先に食べちゃいましょ」
僕達三人はアドルフさん達のイチャつきが何時になったら終わるのかと遠い目で見ながら軽食の香草入りパンをかじっていた。
でも香草の料理か……スパイス、ハーブの味が独特でちょっと薬みたいに感じる所もあるけど美味しいな……えっ薬?…………薬草!?
そうだ、薬草だ!
「ヤバい、どうしよう。忘れてた」
「うん?どうしたのエルくん?」
「いや、実は薬師のザラリアさんに薬草を取って来てほしいって頼まれたのを忘れてて……どうしよう」
薬師のザラリアさんはこの村の薬師であり医者の一人で、人の病気からワイバーンや飛竜たちの病気まで見てくれるおばあちゃん。
たまに僕に薬草を取って来るように頼んだりするんだけど……明日渡さないといけない薬草があったのをすっかり忘れてた。
「え!?大変じゃない」
「うん、だからエーデル姉さん。ワイバーンを少し借りてもいい?」
エーデル姉さんは少し難しそうな顔をしてすぐに笑顔を向けてくれる。
「……今回は仕方ないね。うん、わかったよ。お父さんたちには私から言っておくね」
「ありがとうエーデル姉さん。行ってくるね」
そうだ、行く前にアドルフさんに一言言っておかないと……うん、ここからでいいか。
プリッツさん達にイジられてるアドルフさんを見て、巻き込まれたくないと思った僕は遠くから声をかける。
「アドルフさん!すみません、用事を思い出したので先に戻ります!!」
「あっ、エルリーヒ。お前に話が――」
僕はアドルフさんの声が聞こえなかった事にしてこの場から走り去った。
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