第2話 この村の非常識は僕らの日常Ⅱ ☆

「なぁ、エーデル。俺と付き合わないか」


「え?いやだけど」


「はぁ!?どうしてだよ!!」


 自分の寒い誘いがまさか断られると思ってはいなかったのか、ダンジュは目を丸くして私の事を見て来る。


 ダンジュ……この状況で本当に私が誘いにのると思ってたのかしら。


「何言ってるの?今、ワイバーンの手入れ中だよ!それに何処に行くっていうのよ」


 私の言葉に少し驚きつつもダンジュは咳払いをしてから改めて見つめて来る。


「俺と一緒に村の見回りに行かないか?」


「だからなんで?私と一緒に行く必要はないでしょ」


「そんなのもちろん……あそこに居るのは誰だ?」



 気持ち悪いぐらい微笑んでいたダンジュは、遠くでワイバーンの鱗を手入れしているエルくんを見つけると顔を歪ませる。


 誰が居るなんて分かってるくせに白々しい。じゃなきゃあんな顔しないでしょうに。


「エルくんよ」


「チッ……混血か、まだアイツを使ってるのか。大丈夫なのかあいつは?」


「……」


 ダンジュの言い方にムッとしてしまいそうになるが頑張って抑える。


 あまり露骨な顔をすると何を言ってくるか分からない。



 ……混血。


 村の外の種族との血を引いてる子供は不幸を呼び込むって言い伝えられていて、混血と呼ばれて忌み嫌われている。


 だからエルくんの事をよく知らない村人の中には、エルくんを村から追い出すべきだって言っている人もいるけど、ウチにとってエルくんは不幸を呼び込むどころか幸運を呼び込む飛竜の子なんてお父さんは冗談で呼んでいるほど、ウチに色々な物を運んで来てくれている。


 ……まぁ、所詮言い伝えってそんな物だよね。


「大丈夫だよ。エルくんだもん」


「俺はそんなに盲目的に信じて大丈夫なのかって言ってるんだ。俺はお前の為に言ってるんだぞ!」


「……あはは」


 ……そんな「お前の為だ!」って言われてもね。


 まぁ、ダンジュの気持ちが分からない訳ではないけど、正直迷惑なのよね。


 私が苦笑いで返したのが気に食わなかったのか口調が強くなる。


「それにエーデルも知ってるだろ!アイツワイバーンや飛竜に対していつもブツブツと話しかけてるんだぞ!それも一時間以上も!!しまいには一人で笑ったり、泣き出したりして気味が悪いだろ!?」


 うん、確かにエルくんはウチの牧場を手伝ってくれた時からまるで話してるみたいに独り言を言ってるのは事実だけど。


 でもそれって、別にエルくんに限った事じゃないのよね。


 実はお父さんもどこにも人目のない所では、ワイバーンや飛竜達にお母さん達の事を惚気けてるんだよね。


 その場を目撃した時は正直ドン引きしたけど、これって育成牧場を経営している人のあるあるだと思う。


 だってそれだけワイバーンや飛竜達に愛情を持って接しているから、エルくんやお父さんはワイバーン達に好かれてると思うから。


 私はそんな二人を尊敬してる。


「……まぁ、そんな事はどうでもいいんだ――」


 ……早くワイバーン達を洗ってあげたいんだけど、いつ帰ってくれるのかしら。


「エーデル。この後特に用事はないだろう。俺と一緒に村の見回りに行かないか?」


「……はぁ、それさっきも言ったけど。どうしてダンジュと一緒に見回りに行かないといけないの?それに私はワイバーン達の手入れが残ってるから早く――」


「そんなのアイツに任せればいいだろ!!いいから行くぞエーデル!」


 いきなり私の手首を掴んで引っ張り寄せてくる。


 まさかそんな事をされるとは思って無くって、私はダンジュにされるがままに引っ張り寄せられてしまう。


「ちょっと!だから行かないって!!それに私が見回りに参加する意味が、何があるって言うのよ!」


 頑張ってダンジュから離れようとするけど、ダンジュはそれ以上の力で抱き寄せようとしてくる。


「意味ならあるぞ!」


「どんな意味よ」


「それは――」


「あら、ダンジュくん。娘に何か用?」


 唐突に声を掛けられたダンジュは驚いてバッと手首を放してくれた。


 一時的に危機を脱した事に安堵しながらダンジュから距離をとる。


 た、助かった。……リリお母さん。


 声を掛けてくれた方向を見るとリリお母さんとアドレットの二人が大きなたらいを持ちながら、リリお母さんは笑顔で、アドレットはジト目でダンジュを睨んでいる。


 リリお母さんは笑顔だけど……怒ってる。笑顔のままもの凄く怒ってる。


「こ、これはリリさんお疲れ様です。特にお変わりはありませんか?」


「ええ、ありませんよ」


 ダンジュはわざとらしく咳払いをすると胸を張った。


「えー、でしたら――」


「そいえばさっき、村長が探してましたよ。ダンジュは何処に行った!って怒ってましたよ」


「げっ!親父が!?」


 ワタワタと慌て始めたダンジュは何度か私を見て何か迷った素振りをみせたけど――


「それじゃあ、エーデルまた!」


 急いで飛竜に乗って飛び立って行く。


 慌てて飛び上がったせいで姿勢制御もままならず、フラついているダンジュを見ながら私は思わずため息をついた。


 なんかドッと疲れたな。


 変な返答をしないように緊張したのもあるけど、私は昔からダンジュが苦手。


 昔は同い年だったけど頼りになるお兄ちゃんみたいな存在で、妹のアドレットとよく遊んでいたけど……私はダンジュの乱暴で押しの強い性格があまり好きじゃなかった。


 それでも妹を可愛がってくれていたから一緒に遊んでいたけど、いつからか自然とダンジュと遊べなくなってそれっきりだったのに。


 何故か最近になって私にことあるごとに話しかける様になって……何かあったのかな?


「ありがとうリリお母さん。アドレットもありがとう」


「いいよこれぐらい!」


「あぁ、アドレットの言う通りだよ。……でも、ダンジュくんにも困ったものだな。最近やっとレッキング家の子と結婚したと思ったらもう二人目を探しているのかしら?」


「どうなんだろうね。あまり奥さんの話しは聞かないからよく分からない」


「……そりゃあ、話したくはないよね」


 苦笑した顔で微笑むリリお母さん。それに何かを察したのかアドレットも苦笑いを浮かべる。


「どうしたの?二人とも」


「なんでもないよ。それよりもエルリーヒは……大丈夫そうだね」


 エルくんがワイバーンの手入れをしているのを見つけるとリリお母さんは微笑む。


「あの子の手入れをしてくれてるのね、ありがたいわ。いつも手入れされるのを嫌がって最後の方になるのよね」


「ふふ、そうだね」


「エルリーヒがあなたらどちらかと結婚してくれれば、ウチも安泰なんだけどねぇ」


「ちょっと、リリお母さん!からかわないでよ!!」


「そうだよリリお母さん!エルとはまだそんな関係じゃないんだからね!」


 リリお母さんの言葉に私たち姉妹は一緒に反論するとからかうように笑っていた。


 けれど……今度は、スッと真顔になって私たちを見て来る。


「私も本気だよ。エーデル、アドレット。アドレットは今年成人だからいいけど……エーデル。あなたはもういい年なんだから早く結婚しなさい。でも、焦るんじゃないよ。ウチの牧場を継いでくれる人を探すのも大事だけど、娘の幸せが第一なんだからね」


「うん、わかってるよ。リリお母さん」


 お父さんとお母さん達が私の気持ちを第一に考えてくれてるのは分かってる。


 だから今までお見合いや顔合わせとかはさせて来なかったのは、感謝してる……


「……だったらいいわ。さて私たちも続きをしましょうか」


 そう言うとリリお母さんはアドレットと一緒に持っていたおおきなたらいを地面に置くと口笛を吹いて――


「スイレンちゃん手伝って頂戴!」


「キュイ!」


 空に向かってリリお母さんが呼びかけると青色の飛竜だ降りて来て――


「キュイ、キュ〜ウ」


 甘えるようにリリお母さんの顔を舐めている。


 青色の飛竜の名前はスイレン。リリお母さんのパートナーの飛竜。


 甘えん坊でいつも呼ばれる度にああやって甘えてくる。


「あは、スイレンくすぐったいって、遊ぶのはあとね。力をかして」


「キュイ!」


 まかせて!って感じでスイレンが返事をするのを見てリリお母さんは笑いかけて、左手をスイレンに触れると目を閉じる。


 するとリリお母さんの左の眉の上に一本の光る角が生えると、左手の甲に光る紋章が現れて――


「【リンケージ】」


 と呪文を唱える。すると右手に数個の水球が生まれて、その水球をたらいの中に落としていく。


「ふう、ありがとうね。スイレン」


 たらいの中を全部冷たい水で満たすとリリお母さんは角と紋章を消してスイレンの頭を撫でて労ってあげる。


「キュイ!」


「それじゃあエーデル、アドレット。アドルフが来るまでに終わらせちゃおっか」


「うん」


「は~い」


 リリお母さんの言葉に軽く返事を返して私達は残りのワイバーン達の鱗を洗っていく。


「…………」


 ワイバーン達の鱗を洗いながら、私は少し考え事をしていた。


 本当に結婚相手を見つけないと家族に迷惑をかけちゃうよね。


 ……今年からエルくんは成人の儀式を受けられるはずだけど……エルくんはどうするんだろ。


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