第1話 この村の非常識は僕らの日常I ☆

「……今はそんな事よりも早く水洗い場に向かわないと!」


 思わず空を見上げてボーとしていた僕はアドルフさんに頼まれていた事を思い出して、急いで水洗い場に駆け足で向かうつもりだった。


 けど――


「……」


 向かっている途中、村を横目で眺めていると立ち止まってしまった。


「それにしてもこの村は特殊だな……1種族しか住めない、閉鎖的な村」


 思わず僕はそう呟いていた。


 そして思わずこの村の事について考えていた。



 僕が住んでいるこの村ナックフォーゲル村の産業はワイバーン。


 ワイバーンの生産、育成、人が乗れるように調教したり、重い荷物を運べるようにしたり、戦いに怯えない様にするのが仕事。


 それを支える為に、ワイバーン用の家畜を育てたり、その家畜用の農場があったりとこの村はワイバーンの育成に特化している。


 でも普通の村では、そんな事は出来ないし、普通の方法では決して人になれる事がないワイバーンを誰もが扱える様に調教する事は出来ない。


 じゃあ、なんでそんな事が出来るのかって考えるとやっぱりこの村の立地と僕達の種族。


 角人種リスホーン魔角人族マナリスがその理由かな。


 まず、この村の立地。


 決して人には慣れないワイバーンが、どうしてこの村の人に慣れているのかと言うと、この村がワイバーンと飛竜を創造したと言われている神さま。


 飛竜神さまの加護をこの村と個人に授けてくれてるから。


 それのおかげでワイバーンや飛竜達は僕達の事を仲間と認識してくれて共に共存する事が出来てる。

 そして、飛竜神さまの加護の力の一つに飛竜達と特別な契約をして自分のパートナーとして僕達に力を貸してくれる力がある。


 しかも授かった加護には他にも力があって、それを使えば飛竜の――


「……はぁ!?」


 ヤバい、こんな事を考えないで早く行かないと!


 僕は思い耽る場合じゃないとあらためて水洗い場に急いで向かうと――


「あら、エルリーヒ。こっちを手伝いに来てくれたのかい?」


「エル、そんなに慌ててどうしたの?」


 急に声を掛けられて振り向くと笑顔でこっちに近付いて来る二人の女性がいた。


 女性の一人は紺色の髪を後ろで一つに簡単に縛っている女性――リリ・イデアール。


 アドルフさんの第二妻で、アドルフさんの牧場を積極的に手伝ってる。


 そして、もう一人の女の子はリリさんと同じ紺色の髪で、後ろはショートでサイド鎖骨辺りまで髪を伸ばしている女性――アドレット・イデアール。


 アドルフさんの娘で僕と同い年の幼馴染。昔は良く一緒に遊んでたと思う。


 そんな二人に軽く手を振りながら僕からも近付く。


「リリさん。アドルフさんがこっちの手伝いに行ってくれって言われたので来ました」


「そうかそうか。エルリーヒ、すまないけど私達は片付けないといけない用事が出来たから、エーデルにやる仕事を聞いておいてくれないかい?」


 そう言いながらリリさんは後ろに視線を向ける。


 リリさんが見た方向を見ると濡れてもいいように防水用のエプロンを付けて、肩から下あたりまで伸ばした栗色のウェーブがかかった髪を揺らしている女性――エーデル・イデアール。


 僕より三つ上で姉の様な存在で、アドレットと同じ幼馴染。


 そんなエーデル姉さんは一生懸命ワイバーンの鱗を洗っている。


「わかったよリリさん。あと、アドルフさんが干し藁の交換が終わったらこっちに来るって」


「わかったよ。それじゃあ、後はよろしくね」


「エル、お姉ちゃんと一緒に頑張ってね。行って来るよ」


 リリさんとアドレットがそう言って、ヒラヒラと手を振りながら歩いて行った。


 僕はリリさんとアドレットを見送ったあと、エーデル姉さんの所に向かう途中、エーデル姉さんもこっちに気付いたのか、左目の目尻に泣きボクロがある目を細めてにこやかに笑い、手を振ってくれる。


「おつかれ、エーデル姉さん」


「うん、お疲れ様エルくん。早速で悪いんだけど……あの子を洗ってもらっていい?」


 エーデル姉さんはそう言うと近くの木陰で休んでいるワイバーンに視線を向ける。


 ……あんな所で休んでるなんてなにかあの子にあったのかな?


「わかった、あの子から洗って行くね」


「うん、よろしくね」


 僕は木陰で休んでるワイバーンに近付くとワイバーンの方も僕に気が付いたのか体を起こして僕を見つめて来る。


 そんなワイバーンに笑いかけながら適度な距離まで近寄って立ち止まる。


 しばらくワイバーンと見つめ合うとワイバーンの方から近寄って来てくれる。


 僕はそれに答える様に右手を前に出すと、ワイバーンは自分の頭を右手に押し付けて来てくれた。


「はは、良かった元気そうだね」


 僕はワイバーンの頭を撫でながら「どうして水浴びをしないんだい?」と話しかけた。でもワイバーンに答えが返って来るわけがない。


 ワイバーンは言葉を話せる生物ではないんだから……でも。


『水が冷たくて、いや、なの』


「そっか」


 何故か、僕にはワイバーンの言葉や気持ちが……いや、ワイバーンだけじゃない。ほとんどの動物の言葉や気持ちが僕にはわかる。


 いつからこの力を貰ったのかは、僕は覚えてない。生まれ持った物なのか後天的に得たものなのか。


 でも、この力のおかげでこうして仕事が出来てアドルフさん達の手伝いが出来るからありがたい。


 けど、今は――


「そうか、寒かったね。冷たくない水で洗ってあげるね」


『うん、ありがとう』


 早くこの子をキレイにしてあげないとね。


「エーデル姉さん。温くなった水ってある?」


 エーデル姉さんに声を掛けながら、手頃な温度の水が入っているバケツを探してまわる。


「そこにあるリリお母さんが使ってた水が温くなってると思うけど……鱗を磨くなら冷たい水の方が早いよ?」


 たしかにワイバーンの鱗は温かい水より冷たい水の方が汚れが落ちやすい。


 だから基本的にワイバーンの鱗の手入れをする時は冷たい水と手入れ用の洗剤を使ってブラシや布で磨くのが一般的だ。


 しかも冷たくない水を使うと汚れがばかなか落ちないし、無理して汚れを取ろうとすれば鱗を傷つける可能性があるから普通はしないけど……。


「大丈夫大丈夫。時間をかければ取れるから。じゃあ、この水と手入れ道具一式持って行くね」


 そう軽く返事をエーデル姉さんに返しながら、僕は温くなった水と手入れ用の洗剤、ブラシ、布巾を持ってワイバーンの所に戻って――


「お待たせ、今すぐキレイにしてあげるからね」


 ワイバーンに温くなった水を掛けてあげる。


 この水なら大丈夫だと思うけど、ダメだったら水を温めないとな。


 そう考えながら、ワイバーンの様子を見ると――


『……気持ちいい!』


 ブンブンと大きな尻尾を気持ち良さそうに振っている。


「そっかよかった。じゃあ、洗っていくね」


 僕はこの水がワイバーンに合った事を安堵しながらブラシに水を含ませてワイバーンを洗っていく。



☆  ★  ☆(エーデル・イデアール視点)



「あの子が嫌がらずに洗われてるなんて珍しい」


 私は不思議な気持ちでエルくんを見ていた。


 あの子はいつも鱗を洗う時嫌がって大人しく洗わせてくれない。


 だから最後には体が動かせないように抑えて無理やり洗う事になるのよね。


 嫌がるなら放置すればいいのでは?と思うかも知れないけど、あまり鱗を洗わないで放置していると不衛生って事もあるけど、鱗が汚れてるとワイバーンは空を飛べなくなっちゃう可能性があるから、放置することも出来ない。


 でも……今はそんな子が、嫌がらずに大人しくエルくんに洗われてる。


「ふふ、さすがエルくんね」


 エルくんはいつもそう。


 ワイバーンが食欲不全で全く食べなかった事があった時に、エルくんが肉中心の

食事から野菜や穀物、魚とかワイバーンがあまり好まない食べ物を与えて食欲を戻したり。


 皆がワイバーンの体調不良だと思って対処してた時に、エルくんがそのワイバーンが他の子よりも出産の時期が早いのに気付いて対処してくれたおかげで、ワイバーンとその子供が無事にすんだ事もあった。


 もしあの時そのまま放置していれば母子ともにどうなっていたかわからない。


 他にも空を飛べずに廃棄処分になりかけていたワイバーンを空を飛べる様にしたこともあったっけ。


 エルくんは数え切れないほどウチの牧場に貢献して支えてくれてる。


 私も早く結婚して、エルくんみたいな人をウチの牧場の跡継ぎに迎え入れてお父さん、お母さん達を安心させたいんだけどな。


 私もあともう少しで18歳。


 そろそろ結婚しないとまともなお婿さんが居なくなっちゃうけど、ウチの牧場を継いでくれそうな人で良い人ってエルくんぐらいしか私知らないんだよね。


「ふふ、エルくんが妹とじゃなくって、私と同い年ならよかったのにな」


 そしたら私――


「ギュエー!」


「――!?」


 突然、飛竜の鳴き声が聞こえてきて驚いた私は声のした方向を見るとちょうど緑色の飛竜が降りてくる所だった。


「はぁ、また来たの?」


 私は思わず緑色の飛竜を見てため息をついてしまった。


 そんな私の気持ちなんて知らず彼は金髪の髪を無駄にかきあげながら近付いて来る男性――ダンジュ・ナックフォーゲル。


 私と同い年でこの村の村長の息子で、次期村長って言われてる。


 そんな彼が一体何をしに来たのかしら?


「やぁ、エーデル。調子はどうだ?父さんと一緒に村の見回りをしてるんだけど、何かあったか?」


「こんにちはダンジュ、特に変わりはないわ」


「そうか、それは良かった」


 私の返事を聞いたダンジュは、うんうんと頷くと今度はキリっとした顔になって無駄に恰好付けると――


「なぁ、エーデル。俺と付き合わないか」



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