第7話 誤解

 自分でもなぜあんな提案をしたのかと思う。


 ゴミ捨て場で体育館を背にしてチョコを食べている。人から脅迫して奪ったチョコレートを。


 今は冬なので草木が生い茂っているほどではなく、物寂しい雰囲気が漂っていて少し夏に比べて豊かさがないが、その向こうには街の景色が広がっている。今朝の雪がまだ残っているのもあり、春になりかけている冬の感じが個々の自然と調和していてなかなか良い眺めである。


 しかしそれはここからの景色がそうというだけで、あくまでここはごみが集められる場所だ。

 卓球部と剣道部が使っているだけなのでほとんど使われていないと思っていたが、ゴミ袋は想像以上にあった。見てみると、その多くはペットボトルや食品のゴミで、あとは潰れたピンポン玉や使い方のわからない、おそらく部活動具などだった。

 ある程度の頻度で使われているようだった。


 食べるのなら別にここでなくてもいいのだが、今は体を動かしたくない。


 バレンタインデーにチョコを食べていて何の不満もないはずなのにボーっとしてむなしさが胸の内にあった。


 そんな状態だが、頭では二つのことを考えていた。


 一つは今自分が小酒井のチョコを食べているという状況である。清水には、捨てるくらいなら俺が食べたほうが小酒井にとってはまだいいだろうと説得したつもりだが、清水からしたら弱みを握られて仕方なくやったことと思われているかもしれない。もしくは小酒井のチョコを食べたいがために脅してきたと思われている可能性もある。


 清水からの気持ちだけではなく、小酒井からしても今の状況は良いものではない。捨てるよりマシとは言ったが、ほかの男に勝手に食べられるよりマシかどうかはわからない。


 小酒井が清水にべったりで、清水の行動には全く怒らないで俺のしたことに文句を言ってくるかもしれない。


 まあ、それはさずがにないか。


 あまり小酒井と話した記憶はないが一応はクラスメイトであるので、小酒井がそんな人物だとは思えない。清水があんな不安そうにしていたのだからそのようなことはないだろう。


 考えていたことの二つ目は、今朝の竜彦の言葉である。


 達彦は小酒井の名前も挙げていた。

 水野についてはどうなのか知らないが、平井はまさに叶わない恋をしている人物だった。


 達彦の観察眼は間違っていなかった。


 小酒井は清水と付き合っている。清水のあんな姿を見てしまったあとでは説得力はないがそれまでは普通の彼氏彼女に見えた。

 だとすると小酒井はいったいどんな叶わない恋をしているんだ?


 まさか清水を差し置いて二股でもかけているのか?いやいや、それはない。彼女の優等生ぶりはクラスでよく見て生きたじゃないか。昼休みの時も二人がそろっている姿は珍しくもなかったし。


 何か引っかかっている感じがする……。


 そこで達彦の言葉をたどっていった。


 確かあいつは平井や小酒井のことを薄情なガールズとか表現していたな。

 うーむ、しかしこれはやはり適切な表現ではない気がする。

 達彦が的中させようといった人物は叶わないと知っていながら恋をしている女子たちだ。そんな女子たちを薄情なんて表現するか?どんな状況でも伝えたいことを伝える志し高き乙女という感じではないか。


 何か変に感じたが、あの時の達彦は少し調子に乗っている態度だったので、無理にああいう表現をしたのだろう。薄情と表現したのも平井などの名前を挙げる前だったしな。


 そういえば、俺の形骸化した愛という発言に笑っていたな。

 それに対して玲二のほうがよっぽどバレンタインデーは虚しくなるんじゃないかというようなことを言っていた。

 形式的、慣例的な行為だけで、中身にない愛情表現をすることをそう形容した。俺はその例として結婚式を挙げた。


 達彦はバレンタインデーで考えていたのだとすれば、達彦の心を虚しくさせるという人物として、叶わない恋をするというのは限定的な気がする。この時期にかなわないと知りながら玉石覚悟で告白する行為は、確かに中身のない愛を形式的に伝える行為とも捉えられるし、このことが達彦を虚しくさせているというのは事情だろう。


 しかしそれは中身のない愛を形式的に伝える行為の延長にある行為で、最も根本にあるものとは違う。

 その根本というのは何度も言うようだが中身のない愛を形式的に伝えること、バレンタインデーを例に出せば好きでもない相手にチョコレートを渡すようなものだろう。


 これなら達彦が薄情といったのも納得できる。愛の情はないしな。

 小酒井は叶わない恋というよりこっちのほうが可能性はある。


 でも、あいつら普段は仲睦まじそうにしているし、小酒井が清水を好きでないとは思えないし、でも、だとしたら小酒井はもう清水がしていることを既に……


「鷲見?こんな所で何してるの?」


 まずい。見られた。


 どうせいだ。


 同じ中学だったので面識がある。

 剣道の防具を、面は外しているが、着けており首にタオルを下げている。そして右手には、俺がここにくる前に置いたバッグを持っていた。


 しまった。


 工藤はおそらく練習の休憩時に体育館から出て、その時に俺のバッグがあることに気がつき、様子を見にきたのだろう。


 しかし一番この状況を見られたくない相手に見られてしまった。


 工藤は俺が手に持っている包装された箱とチョコを目にした。


「ねぇ、それ瑠衣のチョコじゃない?」

 工藤の声は軽蔑をするような声に変わっていた。


 工藤は小酒井瑠衣と親しい。

 それも、工藤が小酒井にべったりといった感じで、清水と同じくらい、教室に小酒井目当てでやって来る。小酒井と一緒にいる時は子犬のように彼女の周りを走り回っているが、清水が近づくとキャンキャンと吠えて不機嫌になっていた。

 俺も中学時代は清水と同様、棘のある視線を送られていた。


 工藤が小酒井のチョコだとわかったのなら、二人は休日にでも一緒に買いに行ったか、工藤がそれを嗅ぎつけたのだろうか。


「い、いや、違うんだ工藤!これは誤解でさ」


 咄嗟に出てきた言葉は清水と同じ言葉だった。


「あたしはそのチョコレートが瑠衣のかどうか聞いただけで別に攻めてるわけじゃないけどっ」


 嘘つけ。そんな目つきと声で。明らかに威圧しているだろ。


 清水もこんな気持ちだったんだろうか。


「それに何であんたがこんな所でこそこそチョコ食べてんのよ、気持ち悪い!」


 声がでかい。

 そんな声量で話されたら体育館の中にいる奴らにも聞こえるかもしれない。それに阿吽の方にいた陸上はもう旧体育館の近くにいるかもしれない。


「しかも瑠衣のを……ってもしかして清水があんたに瑠衣のチョコを渡したんじゃないでしょうね!だとしたら、やっぱり清水、あの男瑠衣には釣り合わないのよ!もぅっ……」


 そう言いながら攻め寄ってくる。


 かなり私怨の入った推論で俺たちを陥れて、勝手にキレているが、案外当たっている。


 工藤なら瑠衣のことを傷つけまいと、このことを周りに言いふらされたくなかったら、という風に弱みを握るようなまねはしないだろう。弱みを握るなんて最低だなあ、うん。


 だが工藤の騒がしい性格上、清水と俺を集めていろいろと事情を聞き出そうとする前に口を滑らせて小酒井に伝わる、なんてことも充分考えられる。


 まずい。非常にまずい。


「……あのー、星香。それに鷲見くん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る