第6話 何をやっている?

 そこには清水がいた。


 清水は片手に持っていたビニール袋から包装された箱を取り出し、その箱からさらにチョコレートを取り出した。

 チョコの出し方違和感がある。一つ一つを右手でつまみ出して、それを口に運ぶわけでもなく左手に集めている。清水はそれを持っていたもう一方のビニール袋に詰めて、そのチョコが詰まった袋をゴミの奥へ奥へと押し込んでいた。


 清水はあろうことかチョコレートを捨てていたのだ。


 つい先ほどまで彼に対する申し訳なさや、こんなことをしてもいいのだろうかといった蟠りはなくなっていた。

 ここで清水をどうにかしないといけないという思いが生まれた。


「おい、お前ここで何をやっている?」


 あまり気の強い性格ではないので、声に威圧感はないかもしれない。


 清水が危険を察知した動物のように頭だけこっちに振り向いた。

 顔面蒼白としていて怯えている様子がよくわかる。口が少し開いていて、顎をガタガタ震えさせているのもわかった。


 何か言いたげな顔をしているが、あまり騒ぎになるのを防ぐため、息を吸ったかと思うと出さずにとどめている。


「違う、誤解だよ」


 まだ何も責めるようなことは言っていないはずだが、小さな声で震えながら弁解してくる。


「お前、清水だろ、清水彰吾」

「あぁ知ってるのか……」

 自分が校内で有名なのは自覚しているのだろう。知られていることに驚いている様子はない。


「俺は鷲見玲二。手に持ってるチョコ、どうするつもりだったんだ?捨てるつもりだったのか」

「それは……」

「その箱、平井からもらったものだろ?昼に本校舎の中央階段で見かけたよ。いくらなんでも捨てることはないだろう」

「ち、違う!したくてこんなことしているわけじゃない!」


 人から指摘されたのが気に障ったのか、抑えていた声が少し荒げた。

 そして音量が大きくなったことにはっと気がついて、息をそっと殺した。


「それに、平井からはチョコは受け取ってない。これは小酒井からのチョコだ」

「ん?」


それは平井が持っていた包装された箱じゃないのか?


 考えてみると確かに昼に見たものとはサイズも少し小さい気がする。色も違っていた気がする。


 というか清水は小酒井と付き合っているんだから平井からチョコを渡されても断るものか。そこらへんの常識には疎い。


 でもそれだとどういうことになる?


 俺はてっきり清水が平井からのチョコを、俺には小酒井がいるからと、捨てているのかと思っていた。


「じゃあなんで捨ててるんだ?そんなに食べたくない理由でもあるのか?」

「食べたくないんじゃなくて、食べれないんだよ……。俺、これを食べるとアレルギー症状が出るんだ……」


 アレルギーか。


 その後彼から少し話を聞いた。


 彼のアレルギー、チョコレートアレルギーはアナフィラキシーショックを起こす場合もあり、最悪の場合死亡するケースもあるらしい。


 それ以外のことはほとんど、本当はこんなことしたくなかったといった彼の言い訳じみた言葉ばかりだった。


「さっきから話を聞いていれば言い訳ばかりだな。捨てていい理由になってない。お前、このこと小酒井に言わないのか?」

 いい加減こいつの言い訳を止めなければと思い俺から質問した。


「言えるわけないだろ……」

「ならなんだ?お前はこれからもここで捨て続けるのか?もしここに来たのが俺じゃなくて小酒井だったら、あいつきっと泣き崩れるぞ」

 いつの間にか声量を気にせず話していた。


 誰かが来る様子もないので、ここでこそこそ何かしていても杞憂だろう。


 清水はそれを聞いて黙ってしまった。言い訳ばかりしていたので何か反論してくるかと思ったが、何も言わずにいる。


「そのチョコ、ちょっとよこせ」

「え、なんで……」

「そりゃあ食べるためだろ」

「これは小酒井ので、」

「結局捨てるんだろ。無駄にならないようにするには事情を知ってる俺が適任だろ」

「いや、でもこれは小酒井が俺にくれたもので……」


「よこさないんだったら、このことを小酒井にばらすからな」


 その後、脅迫する形になったが、チョコを受け取った。


 清水が帰っていくときの後姿は小さく見えた。

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