第5話 後を追う
放課後になった。
六限目の数学で数学担当の下柳教諭が今回授業する範囲を間違えてしまい、教室に来なかったため、50分ある授業時間うちの前半の15分は生徒たちが騒いでいた。
流石に10分ほど時間が経ってしまうとクラスの騒がしさが落ち着いてきて、誰かが「職員室に行って早く先生を呼んできたほうがいいんじゃない?」と言い出した。
そうは言うものの誰かが行ってくれると皆が思っているので2,3分ほど事態に変化はなかったが、結局平井が行くことになった。15分授業がなかったのは下柳のミスなので、生徒たちが騒ぐのを下柳は𠮟ることはできないが、何もしなくても他の先生に𠮟られそうなので皆焦りだしたのだ。
その影響で帰りにあるホームルームも時間が押してしまい、担任教諭の足立が急いで連絡事項を述べたが5,6分ほど本来の終了時間をオーバーしてしまった。
ホームルーム中に教室から廊下の様子を見ると続々と他クラスの生徒たちが色々と部活道具を抱えていた。廊下はいつもより騒がしくなり、このクラスはまだホームルームが終わってないのかと言っているような顔でこちらを一瞥してくるので、あまりいい気分はしなかった。
ホームルームが終わるとすぐに教室から出た。
ほかの生徒たちは部活動があるのでこれで終わりというわけではないのできびきびしている。
この教室から一階に行くには中央階段からが一番近いのでそこに向かう。
階段を降りている途中に清水の顔が目に入った。いつのなら別に意識しない一般人のうちの一人だが今日は違う。怒りともいえない、言語化できない気持ちが彼の姿を見ているとできるので申し訳なくなる。
少し駆け足なので昼間のときのようにならないかどぎまぎする。
清水は俺の横を通り過ぎていき下った。
よく彼を見ると一つのビニール袋を握りしめている。その袋は結構大きく、たぶん同じビニール袋を重ねているせいか、中身が透けて見えることはなかった。彼はその袋一つを持っているだけで、それ以外は何も持っていない。ほとんど手ぶらの状態である。
教科書などを入れるためのスクールバックやリュックなどといったものを持っていない。部活をしているものなら部活道具を部室まで持っていき、終わったら教室に帰ってバックを持ち帰宅という形はよくある。
清水が部活をやっているかどうかは知らないが帰宅部だとしてもおかしい。
……。
俺は清水を追うようにして駆け足になった。
一階に着き渡り廊下から生徒用玄関に行く。
こうして何か怪しいと思いながら人を尾行すると本当に怪しく思えてくる。清水の姿は制服に手にビニール袋を持っているだけなので周りの格好と比べると場違いだ。
俺みたいに帰宅部の奴らは少なからず荷物を持っているし、外でジャージに着替えてウォーミングアップをしている奴らもいる。部活動専用のジャージは体育の授業で使うジャージと違いカラフルで派手である。
俺がつけていることに気づいてはいないだろうが、歩くスピードもぎこちなく感じる。不自然にならないよう普通に歩いている風を装っているが、どうにも我慢できずにいるみたいだ。
清水は校門を出て坂を下った。
この学校の校門の前に阿吽と呼ばれる坂がある。
坂といっても実際は長く何段もある階段のことである。入学当初は一度登るだけで息が上がるしなんて不便なものを校門の前に置いてくれたのだと思っていたが、今ではもう慣れたもので平気と上り下りできるだろう。
清水を追いかけて阿吽を下る途中に下から運動部員が上がってくるのが見えた。
こんな坂でも運動部の練習コースの一つとしては役立っている。階段の幅は所によって差があるのでなるべく邪魔にならないよう早めに端に寄る。幅だけでなく一段一段の間隔もバラバラしていて歩きにくく、整備して階段を作ったというより、人が踏み通ってできた道に階段を作ったような坂なので曲がっている。
周りはまだ雪が積もっていて木々もそれなりに生い茂っているので、日常的に使っている身としては厄介この上ないが、写真家がこの風景を見たら何か動かされるものがあるんじゃないかなと思うくらいには愛着がある。
阿吽の下には生物の相澤教諭がいた。
彼は陸上部の顧問を担当しているのでさっきの運動部員は陸上部員ということになる。
「上まで行ったら校舎一周して旧体に戻ってこいよ!」
相澤が遠くからでもよく聞こえる声で叫んだ。
相澤は図体がやたら大きく、授業中の声もうるさいくらいに教室に響く。
坂の上の方から見ていると、清水は阿吽のもう一方の道に逸れた。
阿吽には上り下りするための一本道の階段の他に二つの道がある。その道を選んで進んだとしても結局はもとの一本道に戻るよくわからない道である。
阿吽の道を文字で表したら、ф←こんな感じである。
この横の道を使っても、ただ使う分には遠回りするだけになるし、あまり使われていないためか階段も一本道のほうより整備が良くない。これもせいぜい運動部員が練習のために使う程度だろう。何の練習かは知らんが。
本当にこの道がある理由が分からない。
清水はわざわざこんな道使ってどうするつもりなのだろうか。
さすがにここで素直に清水を追っていったら気づかれる。
この道の先で清水が何かするつもりならば、追うことができないで尾行も終わる。だが、それならそれでいい。怪しいと思っていただけだし、知らないほうがいいこともあるだろう。
とか考えていたが清水は普通に一本道の方に戻ってきてそのまま阿吽を下っていった。
どうにも怪しい。
戻って清水が通った所を確認してやろうかと思ったが、見失いそうなのでやめた。
それに清水の目的地はほかにあり、どうやら旧体育館に向っているらしい。
ついさっき相澤が旧体と言っていた場所だ。
旧体育館は阿吽を下りきった所から百数メートルほど離れたところにある。上にある新体育館と名前は違っていても外観にさほど変わりはない。使用用途が少々異なるだけである。本体育館は体育の授業や部活動に使われるので、多くの生徒にとって体育館は新体育館のことである。旧体育館は部活動の時にだけ使われている。卓球部と剣道部だけこの旧体育館を使用している。
また、外観にさほど変化はないと言ったがそれは外観だけである。もちろん名前にあるように新体育館の方が外からでも見た目は整っていて、旧体育館は古典的な見た目で特徴といえる特徴もないので比べてみれば優劣はある。だが、特に内装は酷く、側面の壁は木でできているのだが、一部は言葉の通り朽ち果ててしまっている。上の方を見るとガラスが貼っていて、これが割れているというわけではないが、光が差し込むと指紋など汚れが浮き出てくるので不気味である。
こんな設備だと卓球部と剣道部が可哀想だと思ったが本人たちは全く気にしていなかった。
清水がこんなところに袋一つ持っていく用はないと思うが。
やはり怪しい。
気づかれないように阿吽からでも十分行動が見えるので中段辺りから見下ろしていると、彼は旧体育館に用があるのではなく、裏のゴミ捨て場に用があるのだった。
阿吽の上にもゴミ捨て場はあるのだが、ここにもあるのだ。
今は使われていないであろう焼却炉があり、卓球部と剣道部もほとんど使っている様子はないので、なぜまだ残っているか不思議なものだ。夏には草々が生い茂るほど整備されていないので、ほとんど人が近寄っているところも見たことはなく、せいぜい卓球部と剣道部の部員がサボりに来るくらいだろう。
清水は旧体育館の裏に周りここからでは姿が確認できなくなってしまった。
ここまで来たら彼の目的地はさすがにゴミ捨て場だろうが、姿が見えなくなると尾行している身としては不安になる。周りに人が少ないことを確認してから早歩きで後を追った。
旧体育館の近くに来ると踏み込みや、ピンポン玉の音が聞こえてきた。
扉は開けられていて外からでも中の様子を見ていると、奥の剣道部側には百折不撓、手前の卓球部側には一球入魂と書かれた垂れ幕がある。
中の様子は帰り際にちらりと見る程度なので少し見入っていると、ピンポン玉がこっちに向かってきた。
すぐ横を通り過ぎてぶつかりはしなかったが、速かったので驚いた。飛んでいったピンポン玉を拾って部員に投げて渡した。部員は「ありがとうございます」と言ってそそくさと戻っていった。
体育館を回ってゴミ捨て場へと、近づくにつれ無意識に足音を立てないように歩いていた。体育館の中の音が漏れるほどなのでそんな心配は必要ないのだがそうしてしまう。
勝手に尾行し、怪しいと決めつけてここまで来たのに、いざこの状況に立ってみると彼に悪い気がしてくる。
スクールバックを置いて体育館の角に立った。ここからあと一歩踏み込んで裏に回れば清水がいる。
嫌な予感がする。今日で何度目だろう。
引き返すのは腑に落ちない。息を殺してゴミ捨て場に踏み込んだ。
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