第4話 勝手に同情したくなる

 学校についた時にはもう8時半を過ぎていた。遅刻だ。


 遅刻届を出す前に保健室に向かった。

 正直授業は我慢すれば問題ないし、保健室で休むほどではなかったが、ユピテルのことを思い出すとどうも調子が悪い気がして昼までは休ましてもらうことにした。噓はついていないのでセーフである。


 授業に出席した場合を考える。

 今日はユピテルに遭ったのだ。間違いなく今日一日はよくないことが起こるだろう。

 そうとすればクラスメイトたちに俺の醜態を見られてしまうやもしれん。俺が原因で巻き込んでしまう形になったら最悪だ。批判の目は俺に向かう。


 それに比べて保健室なら人と関わることはあまりない。

 確か今日の体育がある学年は一年生だ。年下だからとか、普段かかわらないからとかはあまり言いたくないが、もし怪我を負った生徒を巻き込んでしまう形になっても多少大丈夫だろう。保健室には一応先生はいるが俺いるベッドと反対側の奥のほうでこちらに背を向けて何か作業中だ。

 あまり心配する必要はないだろう。


 そう楽観的に考えつつ周りを見渡す。


 改めて保健室を見渡してみると物が多い。

 ベッド間を仕切るカーテン。いつもの教室の机と比べて脆そうなテーブルとパイプ椅子。プリント類が入っているであろうでかいケースや、小物がたくさん置いてある机なんかは見るからに危険そうである。壁の側面の一部には本棚があってあまり分厚くない本がぎっしり詰まっている。そういえば保健室の外に身体に関するポスターが貼って、荷物なんかも多かったように感じる。


 こう考えているとどちらも同じように危険を感じる。


 昼休みになったら早退でもさせてもらおうか。今までサボったこともないので一回くらい甘く見てはくれないだろう。


 あれこれと考えているうちに眠ってしまっていた。起きたときはもう昼休みに入っている。どうやら何事もなかったようだ。


 保健室を出て購買に向かう。購買は保健室と同じく一階にある。一階にあると何かと不便で、教室で食べようとすると階段を往復しなければいけないので無駄に体が疲れてしまう。一年生は四階、二年生は三階、三年生は二階に教室があるので一年生が購買で昼を過ごそうとするには、授業が終わった瞬間から猛ダッシュで階段を駆け下り二、三年生の波にのまれながら道を進むしかない。

 一年生の頃は親に弁当を作ってもらっていかが、一度購買というものを味わいたく思い実際に買ってみようとしたことはある。が、結局買えず、昼食なしで午後を乗り切ったこともあった。


 ついさっきチャイムが鳴ったばかりなのでまだ授業は終わったばかりだろう。今からなら歩いてでも購買に余裕を持ってたどり着くことができる。


 保健室を出て購買に向かう途中の中央階段に差し掛かった時上から誰かが降りてきた。少し駆け足で降りてきたためかあまり前を見ていない感じだ。

そして一階にたどり着いたときに俺と危うくぶつかりかけた。


 その急ぎぶりをみてかつての自分を思い出し、共感しかけたが、ぶつかりそうになったのは事実である。相手は一年生だろうからあまり威圧感を出さず、向こうから素直に謝罪を待つつもりでいた。


 しかしよく見るとその人物は平井すみれだった。


 平井は申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ている。

「うわっ、ごめん、鷲見君!怪我なかった?」

 予想外の人物だったため驚いた。


 それと同時に少し嫌な予感がした。


 朝、達彦と話した人物のうちの一人目の前いる。


 今日は学校に来てからすぐに保健室に行ったため保健室の先生とその他教師しか出会っていないし、今日出会った生徒第一号は平井だ。顔に出ないように必死に余裕な表情を作る。


「あぁ、大丈夫。というか平井って昼食購買で済ましてたっけ?」


 よく見ると平井は手を後ろにして持っているものを隠しているように見えた。

「いやあ今日ちょっと用事があってね……」


 普段から購買で過ごしている身からすると、購買にいる生徒についてはよく目にするので覚えている。うちのクラスにも何人かいるのでたぶんあっちも俺が購買に行っていることを認知しているだろう。

 平井はいつも昼の間教室で過ごしていた。自分のクラスにバレー部の四、五人のメンバーを集めてきていつも自分たちの弁当の中身を確認しながら楽しそうにしていた。


「じゃあまた午後もよろしく鷲見君!」


 そう言って平井は変わらず少し駆け足で中央階段から本校舎から出ていった。


 本校舎から出ると短い距離渡り廊下がある。そこらか北舎や体育館に行くことができる。


 本校舎から出て行って何をするつもりなのだろう。出ていく方向からあれは体育館に行っているのだろう。

 もう雪は降ってないが、渡り廊下なので寒くあまり急ぎすぎると凍っているところはなくても朝の俺みたく大滑りをしないだろうかと過保護になる。

 ついさっきぶつかりそうになって危なかったのだからもうちょっと注意してほしいとも思ったが、平井の駆け足の後姿を見ると手で隠していた物がちらりと見えてなるほどと思った。


 平井は包装された四角い箱を持っていた。中にはチョコが入っているだろう。遠くから見ていてもそれがバレンタインデー用のチョコレートだということはわかった。


 ここで朝達彦と話した内容を思い出す。達彦の言うことが正しいとすれば平井はこれから体育館に行って相手にチョコを渡すということになる。


 正直かなり驚いた。


 達彦の勘が当たっているかもしれないということもあるが、あの平井にチョコを渡す相手がいるということだ。


 改めて思い出すとさっきの平井は今までと様子が違うようにも思えてきた。

 はじめ謝罪してきた時の声は変わらずはきはきとした口調だったが、俺が質問した後には声も小さくなっていき、最後には俺から逃げるように本校舎から出ていったようにも思える。

 声だけじゃなく体もいつもより小さく見えた。寒い季節になってくると自然と肩をすくめるものだが彼女はそんなこと関係ないといった態度で普段は過ごしていた。


 うーむ。本当にそうなのだろうか。彼女が。


 本当だとすれば後々その相手とやらが来るはずだが。


 やめようやめよう。そういうこと考えていると達彦に言ったことに反する。あまり詮索しているとそのことが相手にばれて、面倒なことになる。好奇心を持たないことだ。


 購買に着くと人が少なくすいていた。バレンタインの効果で家から持参してきている生徒が多いからだろうか。

 人が少ない、とは言ってもいつもに比べて多少だがこの人数の購買はあまり見られない。今できるだけこの光景を目に焼き付けておこう。


 購買ではどこから来たかは知らないがパン屋がやって来る。

 パン屋の親父は食品を扱う職業をしているにもかかわらず全体から小汚いオーラを放っている。パンを買うだけなら話しかけてこない。だが不思議なことに商品名の書いていない謎のパンが端のほうにあるので商品名を聞こうとするとぶっきらぼうな口調で「マロンパン」と返って来る。なぜ商品名をわかるようにしないのか、マロンパンくらい売れるだろ。


 マロンパンを口にしているとき中央階段から一人男子生徒が下りていき渡り廊下に出るのが見えた。

 体育館に向かっている。


 たぶん平井が呼んだ相手だ。


 急いでマロンパンを口に詰めた。口では達彦にああいってもやはり気になってしまう。不自然でない程度に彼の後を追い、顔を確認した。


 先ほどの男子生徒は二年生のしみしょうだ。小酒井の恋人の。


 ああ、平井の叶わない恋ってこのことなのか。達彦の寂寥の念ってものが少しわかってしまった。


 小酒井と清水の仲は一年生の頃から周知の事実である。

 当時からその様子をまじまじと見ていたわけではないが、どちらも顔が整っていて成績上位者として学校内では知名度が高い。この学校では恋人同士が堂々といちゃついたりするほどのことは無いので、特に二人の仲睦まじい姿は目立って見えた。


 二年生になってから小酒井と同じクラスになってからでもちょくちょく小酒井と清水が一緒に話している様子が見られたのできっと平井も分かっていて彼を呼んだのだろう。


 勝手に平井を憐れんで、チャイムが鳴るまで教室に戻るわけでもなく一階で彷徨としていて、頭の中はボーっとしていた。

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