第3話 意外な予想

 モラルが欠けたことを言ってくれる。


 達彦がわざわざ玲二以外の人物にこのことについて言いふらすことはないとは思うが、彼女らの配慮にも欠ける。それに写真や映像は立派に個人情報ともいえる代物だ。


 だが、少し気にもなる。


「なあ、いいだろ。僕はいちいち荒事を立てるタイプでもないし。僕が彼女らのことを僕の完全な主観だけで見て、偏見で判断する。別に本当のことを言って批判したいわけじゃないし、玲二はそれをたまたま耳にした程度でいいんだよ」


 くそぅ。悪魔の囁きだ。

「あぁもう好きにしろ」


 些細な好奇心に負けた。


 いや、でも達彦の言う通り電車に乗ってた奴が偶然嫌な奴で、それを聞きたくないのに聞こえてくると今の状況を判断することもできる。所詮実際に会ったことのある人のことじゃないんだ。テレビやネットじゃよくあることだろ。しかも本当にわざわざ告白するタイミングを見計らって盗み見をしようとわけでもない。それに……。


 ……。止めよう。なんだか誰に言うでもなく頭の中で言い訳をしている自分が恥ずかしくなってきた。


 そのようなことを考えていると身震いがした。

 ユピテルの鈴が鳴る音がしたのだ。


 車内は暖気で満たされているので外との寒暖の差でそうなったのだと思ったのだがたぶん違うだろう。ここは電車の中なのでユピテルがいるとは考えにくい。幻聴でも聞いたのだろうか。


 そのうち達彦がスマホで色々と予想を立て終わったようだ。スマホも少しあったかくなっていた。


「僕の予想では三人いるね!」

「三人か。俺のクラスは男女合わせて三十八人、そのうち十八人が女子だから実際いるとしたらそんなもんだろうな」

「あっれぇ、玲二意外と乗り気だね。やっぱり気になるもんだねぇ」

「うるさい。俺もお前も共犯だ。で、誰だと思うんだ?」


「えーと、ひらすみれとさか、それと千華。みずだな。まあ、千華はおまけだけど」


 かなり予想外の回答だった。

 それと同時に達彦の観察眼が今まで通り機能していないんじゃないかと思わせた。

 また、これこそ配慮に欠けるが、達彦の回答はもっと陰鬱としている子だったり、自己肯定感の弱そうな子が無意識に想像してしまっていたのだ。


「どれもないだろう。俺が考える予想と逆をいったのか」

 本当に逆の思考回路で答えたように見える。


 達彦の推論を聞く前に前もって彼女らが達彦の考えるような人物でないことをわからせようと口を開きかけた時体が少し右に寄った。

 電車がもうそろそろ止まろうとしている。


 反論を言うのは電車を出てからだ。

 同じく高校に通っているわけではないが途中五分くらいは同じく道を通る。そこで意見を聞かせてやろう。


 電車から降りると雪の降る様子が窓越しより綺麗に見えた。

 車内だと窓の縁に雪が溜まっているし、窓近くの雪は降っているというより電車の速度に負けて荒ぶっているように見えるのでなんだか落ち着かない。


「平井はないだろ。まあ全員ないと思っているから三人の中ではあり寄りだとは思うが」


 学校のホームルームまでには間に合うが余裕があるというわけではないので若干歩くスピードを上げている。達彦からホームルームの開始時間を聞いていないが俺と同じく8時30分頃だろう。喋りも早くなってきた。


「何か決定的な根拠でもあるのかい?」

「根拠があるってわけではないが……。どうにも普段の行動を見ていると想像できん。クラスでは学級委員長を務めているし、あの感じだととことん上を目指してるだろうから三年生になったら生徒会長候補だろう。確かバレーがかなり得意で、恋愛なんて二の次に考えてそうな奴だぞ」


 実際学校行事に常に忙しそうにしている。他のことをする余裕がない、というか今やっていることに十分満足しているだろう。学校生活を満喫しており、青春を謳歌している。でもそれなら恋愛もそのうちか。


「随分と詳しいね」

「クラスメイトだぞ」

「中学生の頃は人の名前もろくに憶えようとしなかったくせに」

「……」


 それを言われるのは痛い。昔は気が合う者同士しか交友を持たなかったものだ。

 名前は覚えておくのに越したことはない。特に提出物を返す時に名前がわからないと名前を憶えていないことがすぐにばれるからな。


「それは置いておいて、千華はない、お前もよく知っているだろ」


 水野千華は俺と達彦と同じ中学校に通っていた。三人とも中学一年生の時にクラスが同じになり、千華とは知り合った。


 昔も今も特に部活動をしている様子はなかったが、運動はかなりできていたと思う。たぶん学校の部活動ではできない何かしらのスポーツをしていたのだろう。何をしているのかは教えてくれなかった。

 性格はかしましく、二人とは休日を過ごした時間も思い出せるほどにあり、仲が良かったので言いたいことは正面から言われていた。少々意識過剰でいつもキリキリしていたのだ。叶わない恋などが彼女にあったら、彼女はどんな手段を使ってでも実現してみせるだろう。


「うん。確かに千華は僕らの知る姿じゃとても当てはまる人物ではないよ。でも他の二人とはちょっと違う事情があるんだ。これは確信している、別に彼女から聞き出したわけじゃないから僕を責めないでくれよ」


 達彦はさっきまでのからかうような態度をやめて、どこか遠くを見つめるような目をしてそう話していた。そして俺の目をじっと見てくる。

 鋭く睨んでいるわけではないが棘が刺さるような目である。これは怒りなのか。それとも悲しみ?それは俺に向けられている、正か負かは関係ないが大きなものを見据えている。ただ我関せずと俯瞰的な眼差しである。


「んん、どういうことだ?事情とか俺がお前を攻めるって」

 認識に齟齬があったのかきょとんとした。

 いつしか歩きや喋りも普段のスピードに戻ってきた。


「おーい!喜多ぁ、もう時間がないぞ」

 遠くで誰かが達彦を呼ぶ声がする。


 声の方向に目をやると、達彦と同じブレザー姿の男子生徒がいた。時間はもう8時20分頃だろう、彼が時間に間に合う注意してくれたのだ。彼も学校の開始時間まで暇を持て余すタイプなのだろうか。

 そういえば達彦と一緒に学校に向かうときに何度か見かけたことがあったような気がする。


 その声を聞き達彦は先ほどまでの表情を忘れさせるかのような普段の表情に戻っていた。


「もう急がなきゃ。あ、玲二、もし全員的中してたらなんか奢れよ」

「お前、三人以外にも当てはまる奴がいる可能性考えてないだろ。それに俺はわざわざ人のプライベートゾーンに立ち入る気はない!」

「えぇ、結構話してくれたのに」


「それにお前は既に的中できていない!」

「どういうこと?」


「小酒井は清水っていう恋人がいる。美男美女で成績優秀だからうちのクラスじゃほとんどの人が知っているだろうし、お前が見ていてもむなしくならなそうなアツアツのカップルだぞ」


 その後達彦はあまり表情を変えることなく学校に行ってしまった。予想的中ならず、といった風に残念がる様子も見せなかった。少しくらい驚きはすると思っていたのだが、あいつはわかっていたのだろうか。


 俺も間に合うよう急がねば。


 そう思い駆け足になると地面が少し凍っているのがわかった。アスファルトの上なので元から角ばっている。滑ることはないだろう。


 上を向いて歩いていると雪の降りが少し収まっていた。さっきまでは雲で薄暗い冬の朝があったが今はだいぶ明るい。氷が解けて水になっている所に太陽の光が差し込んできて煌めいている。


 この地域で雪が降ることは最近はなくなってきていたのでもう少し解けないで長くいてほしくもある。だが、自然が自然に淘汰される様子を見てなんだか変な気分になっている。その自然の中に僕も僕もと入り込む。幼児のように凍った場所に体重をかけて割って遊ぶ。


 周りには誰もいないので勢いを強めると足がつるっと滑った。


 あ、まずい。

 そう思った時にはもう遅く盛大にこけてしまった。


 背中の次は足がヒリヒリする。

 冬の空が目に映った。

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