第2話 電車の中で

 若干早歩きで駅に着いた。


 7時59分。電車出発の一分前である。


 この地域の多くの人は8時分発以前の電車を使っているので8時になると駅はそれより閑散としている。全くいないというわけではないが電車の中は一車両十人程度しかいないため席は必ず空いている。

 高校入学からその年の夏休み前まではもっと早い時間の電車を使っていて学校についてもそれなりに時間はあったが今は混雑していないこの時間帯を選んでいる。

 いや、正直起きれなくなったという理由もあるが。


 一分のうちに急いで電車に乗り込む。座席があったかい。


「やあ、玲二。今日はなんか調子よくなさそうな顔してるよ」

 急いで乗り込んできたので近づいてくる気配に気づかず少し驚いた。


 たつひこだ。


 小、中学校からの同級生で高校から別々になった。

 電車で時折会うので今でもよく連絡は取りあっている。制服も違ってブレザー制服を着ている。別に羨ましい気持ちがあるわけではないがないものねだりというか何か見方が変わる。


 俺と違って肩が雪で濡れているわけでもなく実にあったかそうな顔をしている。鼻の頭が少し赤くなっている。


 8時以前に駅についていたが電車には乗らないでわざわざ8時の電車を選んで使っているのだ。玲二と違って正真正銘混雑が嫌ならしい。


「おはよう、達彦。……あぁそんな顔してたか」

 顔に手を当てて確認する。顔にあったはりをほぐすように顔を動かす。


「今日朝からユピテルに出会ったんだよ。バレンタインデーだっていうのに」

「玲二はバレンタインデーとか気にするタイプだったっけ?」

 うお。予想だにしていないところを突かれた。無意識に思ったことをそのまま口にしていたので自分でも期待してしまっている感じがして焦ってしまう。


「違う!そこはおまけで、俺が言いたいのはユピテルに遭ったって話!」

 まあおまけということも噓ではないし。


 それにしても達彦はしけた顔をしている。

 全く。一度樫見なんとかさんと話してみたいものだ。

「だからそれは余裕のなさが……」

 ユピテルを信じない奴が何か言っている。確かに達彦はユピテルをそれなりにかわいがっていた。何を言っても無駄であろう。達彦が俺に言うように。


「なんだかバレンタインデーにチョコを渡す姿を見ると寂寥の念に苛まれるときが時々あるよ。玲二は独り身だから僕の意に反して共感してきそうだけど」

 唐突に話題が変わった。

 後ろの方は蛇足なので返事はしたくないが一応してみる。


「ほう。なんで?」

「アツアツのカップルがやる分にはいいんだけどね。ほら、恋人以外だとチョコを持ってるってほとんど告白しにいくもんじゃない。その中には本来告白するつもりがなかった人でもバレンタインデーっていう特殊な状況下による気の迷いで告白するってことがあると思うんだ。」


 ひねくれもの考えのようだが、達彦の考えをしっかりと聞く。電車が止まるまではまだあるからな。


「僕はそういう人を見るとなんだか虚しくなるんだよ」


 達彦にとっては使えない特殊能力だろう。

 彼の人間観察能力については保証できる。小、中学校から彼の性格は明るいほうでも暗いほうでもなかったが、人付き合いが上手だった。


「うむ。そういうもんか。もちろんお前の言いたいことはわかるんだけど、多くの一般人は逆のことを考えるんじゃないか?普通告白するつもりがなかったがこれを機に恋愛していく、物語なんかじゃどちらかというと盛り上がりの展開でもあるだろ。それを気の迷いなんて思うのはだいぶ変わってるな」


「うーん。でもさっき言ったように僕は告白するつもりがない人、もっと言うと受け取られないことをわかっていて自分を無理やり奮い立たせている人がわかるんだ。ここからは完全に僕の妄想で偏見が入るんだけど、そういう人たちは自分が想っている人と結ばれるより好きだということを型で表すことの方が重要に考えてる気がして、」


「いやいや、型で表すのは大切じゃないことないだろ。それを言ったら結婚式とかだって模範的ないい例じゃないか。別に形骸化した愛ってわけじゃあない」

 少し話を遮ってしまった。いかんいかん。


「形式的なものを否定する気はないよ。それに……形骸化した愛って……ふっふ」

 なんだこいつ。何が面白いのかわからないとなんだか不愉快だ。


「そんな風に言えるなら玲二の方が僕よりよっぽどバレンタインデーが嫌になるんじゃないか」

 笑いが収まった達彦が言う。


「生憎お前ほど人間観察は得意じゃなくてね」

 改めて人間観察と口に出してみるとなかなか痛いものだな。まあちょっと棘のある言い方だが皮肉っぽく言った。


 皮肉っぽく言ったつもりだったが、達彦はその言葉を聞いて何か思いついたような顔をした。

 嫌な予感がする。

 ユピテルの鈴の音ほどではないが、こいつのこの顔も思い出してみると良い思い出がない。


 それに言うこと全てに裏があるような気がする。今後の展開がどうなっているかわかるのにそれを言わずに楽しまれている感じだ。


「玲二のクラスメイトたちの顔の写真とその名前がわかるものって保存されてある?」

「……まあ、あるけど」

「あとそのクラスメイトたちの映像ってあるよね?去年あった文化祭の映像、玲二のクラスの、二年C組全員の映像もあるはずだ」

「……ああ、そうだけど」

「なあ、ちょっとスマホ貸してくれない?」

 ベタな怪しい頼み事だ。

 自然としわが寄った。


「ごめん、ごめん。別にスマホでどうこうするつもりはないよ。ただクラスメイトたちの顔写真とその映像とかが見たいんだ」

「……なぜ?」

 警戒していることがわかるように少し強く言った。

「そのクラスにいる女子で、さっき言ったような断られることをわかっていながらバレンタインデーに挑もうとする薄情なガールズを全員、見事的中させようということだよ!」


 全く。薄情って……。ちょっと使い方間違ってないか?叶わない恋に挑戦するほどだから愛という情は薄くないだろ。

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