第六話 魔女と花の夢
何か夢を見ていたことだけは、憶えている。内容はわからない。
魔女は夢を見るべきではないのに。
――目を覚ますと、まずほんのりと漂う甘い香りに気が付いた。
嫌な予感がしてイルザが飛び起きると、布団に乗っていたいくつもの白い花がふわりと宙に舞った。
「……面倒ね」
――魔女は、思うだけで世界を変えてしまう。夢の中であっても。
それは時に、大事故に繋がる。全て消えてと願えば、その通りになるのだから。
幸い、大事故は起きていなかった。ただ。
溜息を吐いて、ベッドから抜け出す。床に足をつければ、そこにあった花を踏んだ。
何の夢を見ていたのか、わからないけれども。
部屋は大量の白い花で埋もれていた。
* * *
掃除を始める前に、まずイルザが見たのは、窓際の小さな鉢植えだった。土だけで満ちた、何も生えていない鉢植え。特に変化は起きていないようだった。
よかった。この鉢植えに何かしていなくて。この鉢植えだけは、魔女の力を使わず、様子を見守っていたいのだ。
――遥か昔に、すでに何かしてしまっているのかもしれないが。
深く考えるのは止めにする。鉢植えの確認を済ませば、イルザは朝食も摂らず、また寝間着からも着替えず、箒を手に取り散らばる花を掃きはじめる。箒を動かす度に、甘い香りが立つ。
白い花は、よく見るとイルザの目の中にある花と似ているように思える。魔女の目の花だ。
家の扉を開けて、外へと掃きだしていく。難しくはないものの、量がある、手間だ。
はっきり言って、掃除は嫌いだった。
何故かというと、力を使わないように気をつけないといけないからだ。
力を使えば――全てなくなれと願えば、この花は全て消えるだろう。しかし、使いたくはないのだ。普通の人間のようでいたいのだ。
それに――力を使って掃除すると、埃や塵一つ残らない。あたかも、人が住んでいるとは思えないほど、それを通り越して異様な空間になるほど。どこか気味の悪さを感じるのだ。
玄関から外に掃き出した花の山を見つめ、このままで十分だろうと考える。白い花の山は、柔らかそうだった。
綺麗ではあるものの、不要のごみである。
抜け落ちた髪の毛や、切り落とした爪と同じ。魔女だからこそ出てしまったもの。
……ああ、そうだった、と思い出す。
何の夢を見ていたのか。
それは、過去の夢だった。
――綺麗な花なのだから、飾っておけばいいのにね。
声を思い出す。
――でも、沢山ありすぎるわね。それでも、こう散らばっていると、とても素敵じゃないかしら。
そう言っていたのは、幼い頃、かつて自分達魔女を保護していた施設で出会った女性だった。
彼女の妹が、魔女だったのだ。自分と同じ年頃の女の子が。その子とは友達だった。彼女の姉は、妹が魔女だったからそこ、魔女を保護する活動に参加していたのだ。
魔女の子供達は、花の夢を見ることが多いらしく、よく施設内が花まみれになっていたのを憶えている。だから、皆で掃除をしましょうと言われて、朝から総出で掃除をすることが多かったのだ。魔女が何人もいるにもかかわらず、力を使わず自らの手でやること、と決めて。
イルザも、友達の魔女、そして彼女の姉と、掃除をしていた。友人の姉はいつも笑っていた。妹が魔女と知り、だからこそ守らなければと、活動に加わった優しい彼女――。
……友人に家族がいる。それも、魔女だと知っても一緒にいてくれる。そのことが羨ましかったのは、確かだった。
自分に家族はいなかったから。
できることなら――自分があの人の妹になりたかった。
横取りしたいわけではなかった。
――その友達は、死んだ。彼女の姉も、六年前に亡くなった。
妹が死に、それでもあの人は、自分を助けた。自分はあの人の妹にはなれないし、それをあの人もわかっていたと思うけれども。
……嫌なことを思い出してしまった。
気付けば目の前にあった花の山が消えていた。家の中の花も、全て。
嫌になってしまったから。
家の中を見れば、異様なほどに綺麗だった。
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