第57話 癒しの神

「死ねぇぇ!!」

操られたリーナが、殺意を向けてアクス達に襲い掛かる。

頭上からのりをアクスは受け流し、リーナの軌道きどうをずらした。

リーナはあらぬ方向へと吹き飛び、ヘルガンと激突した。

「外へ出るぞサリア!」

サリアを抱きかかえ、家から飛び出したアクスは、広い場所でサリアを降ろした。

「ここで止める!」

構えを取り、リーナとヘルガンを待つ。

そのすぐ後に、二人が家から飛び出してきた。

リーナが先頭に立ち、真っ直ぐ向かってくる。

アクスは右手に魔力を溜め、冷気へと変えてリーナに放った。

それと同時に、リーナを庇う様にヘルガンが前に割り込んできた。

冷気を受けたヘルガンの手足は凍りつき、動きを封じた。

「操られていても、能力は使えるのか」

敵に操られていながらも、ヘルガンは未来視を使う事が出来た。

『シャドウ・グラビティ』

リーナの能力も健在だった。

アクスの身体が重くなり、地面が大きくへこんだ。

しかしアクスは軽々かるがると抜けだし、リーナの肩をつかみ、地面に叩きつけた。

脳が激しく揺れ、リーナは意識を失った。

二人を無力化し、サリアに二人を診てもらった。

「やっぱりリーナの身体にも、ヘルガンと似たような傷跡があるわね」

「二人とも操られているんだろ?魔法でどうにか出来ないか?」

「もちろん出来るわ、ちょっと待ってて」

サリアに治療を任せ、アクスは一歩後ろに下がって周りを警戒する。

静かな時間だった。

気配も音も無く、アクスの鋭い嗅覚にも何も引っかからなかった。

その為かアクスは、わずかに油断した。

異変に気づいた時には、背後から胸を刺されていた。

「油断大敵…」

「お前は…!シェリル!」

アクスは振り返るのと同時に、握った拳を振り抜く。

しかしその一撃は遅く、そして弱かった。

簡単に腕を掴まれて止められた。

「何だ……?ちからが……!」

「これで三人」

シェリルはアクスの腕を掴み、地面の中に沈む様に潜っていった。

「待ちなさい!!」

連れ去られるアクスに手を伸ばすが、届く前に消え、地面もふさがってしまった。

「そんな……!」

「奴隷達よ!そいつを死なない程度に痛めつけてやりやりなさい!」

地下からの声に導かれ、多くの人間が現れた。

その中には知り合いのジンを始め、顔見知りの冒険者達が居た。

「ジン?あなたも操られているの!?」

ジンからの返事は無く、ハンマーを片手にサリアに近づいていく。

それに合わせて他の冒険者達がじわじわ距離を詰める。

「あの女…!アクスに何をする気!?」

「ふふふ……私の事を気に掛けるよりも、目の前の人たちに気を付けた方がいいんじゃない?」

操られた人たちが一斉に跳び、サリアに襲い掛かった。



「お目覚めかしら?」

「う……ここは…?」

意識がはっきりしたアクスは、周りを見渡す。

黒い石材で造られた空間。

天井には月の様なオブジェがあり、そこから空間全体に光が送られていた。

起き上がろうとするも、身体は植物に絡まれていて動けなかった。

それに加えて、アクスは力を出すことが出来なかった。

「無駄よ、もう貴方には何も出来ないわ」

「おい、ここはどこだ」

「あの町の地下よ。すごいわよね、こんな空間があんな町にあるなんて」

「そんな事より。お前の目的は何だ?」

「せっかく教えてあげたのに……まぁいいわ。私は色欲を司る魔人、真の名はクヤーケ。そしてこれが私の真の姿」

クヤーケは自分の口に両手を突っ込み、両手で身体を引き裂いた。

そこから現れたのは、全身が緑の茨の植物の様な姿だった。

「……お前から魔物の匂いも気配も感じなかったのは、シェリルの身体の中に潜んでいたからか?」

「ご名答。あの女には色々世話になったわ」

クヤーケはアクスに近づき、頭に手を置く。

「もう話は終わりにしましょう」

指が頭にめり込み、頭の中へと沈んでいく。

「脳みそに直接、私の力をあげるわ。これで貴方も私の奴隷」

指から流し込まれた植物の種の様な物が、アクスの脳に入り込んだ。

「がっ!!……が…!」

鼻から血が流れ、さらにら耳と目からも血が流れ始めた。

筋肉が膨れ上がり、張り詰めた身体から血が噴き出す。

ようやく収まったころには、流れ出た血でアクスの身体は真っ赤になっていた。

「完成ね」

クヤーケはアクスの拘束を解き、命令を下す。

「早速命令よ、世界中の人間の王の首を私の前に持ってきなさい」

アクスはゆっくりと立ち上がり、クヤーケの前へ歩き出す。

ところが突然足を止め、振り返ってクヤーケに殴りかかった。

完全に不意を突かれたクヤーケは、まともにくらって顔から血を流した。

「な!?なんでまだ意識をたもっているのよ!」

「……誰がお前なんかの言うこと聞くかよ…!」

「くそっ!リーナとかいう女といい、しつこい奴らめ!」

「……へへっ…!」

アクスは笑った。

しかしこれ以上抵抗する力は無く、地面にひざを突いた。

「さすがに二度目は無いわね。ならもう一度、洗脳し直してやる!」

再びアクスの頭に手を置き、指がめり込むまで掴み続けた。

「……サリア…」

「心配しなくても、サリアとやらもすぐに私の奴隷になるわ。だからさっさとちなさい」

「なにやってるの」

背後からの声にクヤーケは振り返った。

確かに声が聞こえていたのだが、後ろには誰も居なかった。

アクスから手を放し、サリアを探し始める。

「こっちよ」

再び背後から声が聞こえた。

振り返ると、サリアがアクスを抱えて立っていた。

「いつの間に!……何故お前がここに居る!?」

その問いに答えることは無く、アクスを床に寝かせた。

「サリア……どうやってここに…」

「それよりもアクスの怪我を治すのが先よ」

「させるか!!」

いばらの腕が槍のように長く鋭く変形し、素早く突いた。

サリアは持っていた杖で地面を突くと、自分の周りに結界を作り、クヤーケの攻撃を防いだ。

そのわずかな時間にアクスの治療を終え、サリアはアクスを守るようにクヤーケに立ち塞がった。

「さて、少し話をしましょうか」

「話?いいでしょう…私はクヤーケ…」

「そんなことはどうでもいい。あなたの名前も正体も目的も知ってる。ただひとつだけ、霧がかかったかのように見えないものがあるの」

「……答えられるものなら答えてあげるわよ」

「ご親切にどうも。じゃあ聞くけど、あなたを作ったのはどこの神かしら?」

「それは答えられないわね」

「どういうことだサリア」

「魔人というのは造られた人間の事を指すの。そしてこいつは、私たち神の間でしか知りえない情報を知ってる」

「その通りよ癒しの神ヒーラ、貴女たち宇宙に住まう神は下界で真の力を使うことは禁じられているそうじゃない、それなのに私に勝つつもりかしら」

自分の勝利を疑っていないクヤーケは、余裕を見せてふたりに詰め寄る。

「……自身満々にかっこつけてるところ悪いけど」

サリアは胸のに手を置き、魔力を当てる。

魔力に反応し、サリアの身体から多大な魔力が込み上げてくる。

清らかな光が身を包み、サリアを守る鎧と成る。

黄金の鎧の上に純白の衣をまとい、背中に二対の光の翼を生やした。

「昔とは違って、緊急事態なら力を使っても罰せられないのよ」

「なっ!?聞いていないわよ!!」

「恨むなら自分のあるじを恨むのね」

サリアは空間に穴を開け、そこから大きな斧を取り出した。

氷斧ひょうふアクスウェル』

やいばの部分に冷気が込められた、大きな斧。

その大きさはサリアの身長と同じくらいはあった。

そんな斧を片手で持ち上げ、クヤーケに向かっていった。

「くそっ!やってやるよ!!」

逃げられないと悟ったクヤーケは、両手から大量のいばらを生やし、周りの石材をかき集めた。

茨が石材を貫き、鎧の様に掛け合わせた。

クヤーケの手によって、巨大な石造が誕生した。

「なかなかの出来でしょう?攻撃力も半端じゃなわよ!」

石像が両腕を高く上げ、サリアに向かって振り下ろした。

サリアは進みを止めずに、頭上から迫る大きな腕に向かって斧を振った。

硬い石材を紙の様に切り捨て、クヤーケが居る石像の中心部へと向かった。

「切られたのか!?なんだこの威力は!」

クヤーケが状況を確認している間に、サリアは石像の頭に斧を振り下ろした。

またもや斧は、簡単に石像を切り、クヤーケの右腕をも切り落としていた。

「今のはアクスの分よ」

クヤーケが動揺するのと同時に、石像は暴れる様に大きく揺れ始めた。

サリアは石像から飛び退くと、次の攻撃に移った。

再び空間から武器を取り出した。

『聖剣ヴェルラード』

刀身が光輝く剣。

サリアが剣を振るうと、光のやいばが宙を走り、石像ごとクヤーケの身体を切り刻んだ。

「これが操られたみんなの分」

剣を納め、こぶしを握って走り出す。

クヤーケの前で止まり、握った拳を突き上げる。

「そしてこれもアクスの分よ!」

胸を打ち抜くほどの一撃。

胸に空いた穴から亀裂が入り、クヤーケの下半身が崩れ落ちた。

地面に倒れたクヤーケを、サリアが持ち上げた。

「……やっぱりテレパシー対策されてるわね。手掛かりは無しか…」

深いため息を吐き、クヤーケを放り投げた。

「……ははっ!とどめを刺さないとはとんだ愚か者だな、折角のチャンスを不意にするとは」

両手の先を鋭く変形し、サリアの背中を狙う。

そんな事は意に介さず、サリアは言った。

「もう終わってるから」

「なんだと?」

伸びた腕が突如崩れ落ちた。

「な…なんだ…なにが…!?」

身体の消滅は収まらず、残った部分も崩れ落ちていく。

「い…いやっ!私の身体が消える!!」

無様に悲鳴を上げるクヤーケを、サリアは無視してアクスの元に向かった。

幾度いくどか叫んでいたが、次第に悲鳴を上げる口も無くなり、最後には恐怖に染まった目が消えていった。

その光景に言葉を出すのも忘れ、アクスは見惚みほれていた。

しかしその光景も次第に暗くなっていき、アクスは眠りに付いた。

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