第56話 平穏の影 

「買い物?いいけど」

サリアの提案で、突然だが二人は買い物に出かける事になった。

「せっかくだし、たまには遠出しよっか」

「いいよ。それじゃあ背中に乗ってくれ」

「?」

言われるがまま背中に乗ると、アクスは空を飛んだ。

「そういえば、前に空飛んでたわね」

「あぁ、母ちゃんに教えてもらってな」

修行で魔力の扱いに磨きがかかり、空を飛ぶ事も可能にしていた。

「これならあっと言う間に着きそうだ」

二人は北の温泉街スイーラを目指して空を行く。



昼を過ぎた頃、珍しく遅い時間にリーナが起きてきた。

「おはようございます、遅かったですね」

「あれ、あの二人は?」

「デートですって」

「は?」

「なんで怒ってるんですか」

「怒ってない!私はただこんな時期に別行動するあいつらにいらついてるだけだし!」

リーナは機嫌きげんを悪くし、外へ飛び出していった。

「まったく……アクスさんもつみな男ですね」

一人家に残っていたヘルガンは、紅茶をすすりながらのんびりしていた。

それから少しして、玄関の扉が叩かれた。

「はーい、今出ます!」

ヘルガンが扉を開くと、先日やってきたシェリルが立っていた。

「こんにちは」

「シェリルさん?どうしてここに?」

「少し用事がありまして、中へ入れてもらってもいいですか?」

「は、はい!どうぞ中へ!」

ヘルガンはすっかり舞い上がり、緊張と興奮を隠せていなかった。

「……今日はお一人ですか?」

「ええ、アクスさんとサリアさんは北の町までお出かけしていて、リーナさんはどこかへ行ってしまって…」

「それは好都合です」

「え?」

シェリルは玄関にかぎを掛けると、外套がいとうを脱ぎ捨てた。

「実は私、一目見た時から貴方の事が気になってしまって……」

さらに衣服のボタンをゆるめ、綺麗きれいな肌をあらわにした。

「………奇遇きぐうですね、僕も貴女あなたの事が気になってたんです!」

好機こうきと捉えたヘルガンは、下心丸出しで攻めにかかる。

「僕が貴女あなたを気になっているのは、ずばり恋をしてしまったからなんです」

「まぁ……じゃあもしかしたら、私のこの気持ちも…」

「それを今から僕と確かめてみませんか?」

ヘルガンはシェリルを抱き寄せる。

シェリルの手がヘルガンの首へ回り、二人はより密着する。

そしていよいよと決心したヘルガンは目を閉じた。

「ああ……ヘルガン様ったら」

二人の顔が近づいた時、ヘルガンの首すじにシェリルが噛みついた。

「ぐあっ…!?何を!」

異変に気づいたヘルガンが離れる。

噛まれた首を手でさすり、怪我の具合ぐあいを確かめる。

手にはべっとり血が付いていた。

「本当にバカですね」

シェリルの態度が豹変ひょうへんし、口には鋭い牙が見えていた。

「敵だったのか!」

台所の包丁を取り出し、シェリルに向かって構える。

「無駄よ、あなたはすでに私の奴隷。あなたは何も出来なくなる」

「何を馬鹿な事を!」

シェリルに向かっていき、包丁を振り下ろす。

その一撃は届く事はなく、包丁が地面に落ちた。

ヘルガンは地面にひざを突き、頭を抱える。

「う……ぐぁぁぁ!!」

焼け付く様な痛みが頭の中を走る。

「ふふふ……まずは一人」

その直後、玄関の扉が大きく吹き飛ばされた。

「ヘルガン!!」

悲鳴を聞いたのか、リーナが駆けつけてきた。

「あら、帰ってきたのね。探しに行く手間がはぶけた」

シェリルの指先からいばらが伸び、むちの様に扱い、リーナに攻撃を仕掛けた。

「邪魔!」

目の前から向かってくるいばらむちを手で掴み、シェリルごと投げ飛ばした。

「何やってんのよあんたは!!」

倒れているヘルガンをかつぎ、外へ飛び出した。

「やってくれるわね!」

シェリルは起き上がり、再びいばらむちで襲い掛かる。

ヘルガンをかかえた状態で逃げ回るが、不利と察したリーナはヘルガンを降ろした。

「立てる!?私があいつの相手をするから自分の足で逃げてちょうだい!」

ヘルガンは目を覚ましたのか、ゆっくりと立ち上がる。

「起きたわね。さぁ行って!」

シェリルに集中し、魔力を高める。

準備を済ませ、シェリルに飛びかかる。

飛びかかったと同時に、背後から腕を掴まれ、引っ張られた。

態勢を崩したリーナは地面に倒れ、眼前に何者かの顔が映る。

リーナの目に映ったのはヘルガンだった。

ヘルガンの目は濁り、無機質な顔がリーナにせまる。

「は?なに!?」

口を大きく開けて、首すじに噛みついた。

「いやあっ!!」

仲間からの攻撃を受け、リーナの心は恐怖に染まっていく。

その恐怖が、痛みをより強くした。

リーナはヘルガンをり上げ、自分からがした。

「これで二人目」

リーナはシェリルをにらんだ。

殺してやるという感情が真っ先に浮かぶが、身体はそうもいかない。

出血量が多く、リーナは戦闘を諦めてそこから逃げた。

「効いていない?体内には入ったはずなのに」

リーナは町まで逃げ込み、冒険者達に助けを求めた。

「誰か、手を貸して!」

その言葉に皆が振り返る。

「あっ……!」

リーナは冒険者達の目を見て確信した。

既に敵の手に落ちている事を。

冒険者達へ背を向けずに、ゆっくり外へ逃げようとする。

背中に何かがぶつかった。

振り返ると、冒険者のジンが立っていた。

「ジ…ジン……?」

ジンからの返事は無い。

ふとジンの身体に目を向けると、腕や足に噛み傷がいくつも見られた。

リーナは理解した、敵の能力とその危険さ、そして絶望を。

「ぐおぉぉぉ!!」

冒険者ギルドに居た人達が、リーナに一斉いっせいに襲い掛かる。

大勢の人間に囲まれ、押し倒される。

冒険者達はシェリルによって強化されているのか、簡単には振りほどけなかった。

服をがされてあらわになった肌を、冒険者が次々と噛みついていく。

「やめてっ!!いやっ!!助けてお姉ちゃん!!アクス!!」

「はいはいストップ!」

シェリルの声で、皆が一斉に止まった。

「ずいぶんと可愛がってもらえたみたいね。その顔、似合ってるわよ」

涙と恐怖でゆがんだ顔を見て、シェリルは笑みをこぼす。

「ねぇあなた、アクスっていう男の事が好きなの?」

「……ち…!ちがう……!あんな奴…嫌いよ!!」

「その割には今、心が揺らいだでしょ?」

わずかな表情の変化を読み取り、うそを見抜いた。

「誤解しないで、私はむしろ貴女に協力しようと思ってるの」

リーナのあらわになったお腹を、指で撫で回す。

「素直に言いなさいよ。そうすれば、あの男と気持ちいいこと、させてあ・げ・る」

「ちがう!私は……」

「あら残念。でもいいわ、ここまで動揺してくれれば私の思いのままだし」

お腹に当てた指が、リーナの身体の中へと沈んでいく。

「貴女には特別なのをあげるわ、精々せいぜい役に立って頂戴ね」

リーナは苦しみ出し、口から体液を吐き出す。

全身に熱を帯び、気を失った。

「今度こそ二人目。残りは、あと二人」



仲間の危機だとは露知つゆしらず、アクスとサリアの二人は呑気のんきに足湯にかっていた。

「はぁ〜〜〜気持ちいい〜〜!」

「おっさんみたいだな」

「おっさん言うな」

温泉が有名な北の町スイーラ。

久しぶりに訪れた二人は、観光を楽しんでいた。

「ずいぶん長く入ってるけど、熱くない?」

「母ちゃんの所で修行した時に、熱さに強くなる特訓したから大丈夫」

「へ〜、ならもう少しのんびりしてきましょうか」

二人はいくつもの温泉を巡り、半日をこの町で過ごした。

気づけば空には星が並び始めていた。

土産みやげも買ったし、そろそろ帰るか」

行きと同じ様に、アクスはサリアを背負って空を飛んだ。


「ねぇアクス」

「なんだ?」

空を飛んでいるさなか、サリアが話し掛けた。

アクスの身体をぎゅっと抱きしめ、顔を出来る限り近づけた。

「この前アクスのお父さんが言ってた、ルーフの一族が神様と、その……子供作ったって話って、本当?」

その質問に、アクスはサリアから顔をそむけて答えた。

「あぁ……そうらしいな」

「ふ、ふ〜ん……そう…」

静まり返った二人の空間。

サリアの大きな鼓動こどうだけが聞こえる。

「アクス、私ね……すっから地球での生活が楽しくなっちゃってね、旅が終わった後も地球に残ろうと思うの」

サリアの言葉は熱を帯び、速さを増していく。

「そ、それでね!旅が終わった後も、わ…わたしの事を、一生守ってくれませんか!!」

それはプロポーズだった。

緊張にまみれた、精一杯の愛の言葉。

アクスを抱きしめる力を強め、返事を求める。

その行動に、反応は何一つ無く。サリアは、すすり泣く。

「なにか言ってよ………」

「あ…!悪い、何か言ったのか?」

アクスは聞いていなかった。

「って、何で泣いてんだ?」

「教えない!!」

勇気を振り絞った告白は、静かな夜の中にむなしく消えた。



「着いたぞサリア」

家に着いたと同時にアクスの背中から飛び降り、そそくさと玄関へ向かった。

後を追いかけて、先程さきほどの事を謝った。

「悪かったって。さっきは少し考え事をしていて…」

「それは私より大切な事なの?」

「それは違う、心の中を読んでみてくれればわかるだろ?」

「いつも心を読むと思ってるのなら大間違いよ」

より機嫌きげんを悪くしてしまい、アクスは頭を抱える。

結局仲直りは出来ず、気まずい空気のまま家の中へ入っていった。

「あら、いい匂い。今日はヘルガンが当番だったわね」

台所で料理をしていたヘルガンが、二人に振り向く。

「おかえりなさい。デートはどうでした?」

その言葉にサリアはアクスとの喧嘩けんかの事が真っ先に思い浮かび、機嫌きげんが悪くなった。

「珍しく喧嘩けんかでもしましたか?」

「その事は言わないでちょうだい」

アクスはその気まずくなった空気に耐えきれず、上への階段を登った。

「そうだアクスさん、リーナさんが風邪を引いてしまったらしく、てあげてくれませんか?」

「それなら私がるわよ」

「いえ実は、熱冷ましのための氷が手に入らなくて、アクスさんならちょうどいいかと」

「そう、ならよろしく」

「ああ…わかった」

アクスは二階へ向かった。

「あれ?ヘルガンの首にへんな跡があるわよ?」

「ああ…これは、僕も大人になったって事ですよ」



アクスはリーナの部屋の扉を叩き、中へ入る。

部屋は電気が消されていて、真っ暗だった。

ベッドの方に目をやると、布団の中にいるようだった。

「寝てるのか?」

「………アクス?」

「起こしちゃったか?」

「いや……起きてたから」

「ヘルガンに頼まれて来た」

「………悪いけど、近くに来てもらえる?」

布団の中から激しい息遣いきづかいが聞こえる。

中に居るリーナが震えているのか、ベッドが揺れている。

布団ふとんめくるぞ?」

アクスが布団ふとんをめくると、そこには大人びた下着姿のリーナが居た。

顔は赤く、目の焦点しょうてんが合っていない。

興奮の余りか、口からはよだれが垂れている。

その様子を見て、アクスはこう言った。

「お前馬鹿だな、そんな寒そうな格好してるから風邪なんか引くんだぞ」

これには興奮していたリーナも動揺した。

「目の前で女が脱いでいて襲わないの!?」

「何言ってんだ?お前変だぞ」

「……サリアとはどうなのよ?どうせやったんでしょ!?なのに私は抱けないってこと!?」

リーナはアクスの手を無理やりに引っ張り、自分のほおに当てた。

「ほら!あんたの好きにしていいから!触りなさいよ!」

「いい加減にしろリーナ!」

手を振りほどくと、勢いの余りリーナのほおを強く叩いてしまった。

「あ…!ごめん…」

「……………ふふふ…!」

気持ち悪い笑みを見せ、赤くれたほおを手でさする。

「いい……!もっと…もって殴って…!」

「気持ちわるっ……」

アクスは距離を取り、部屋から逃げようとした。

ドアノブに手をかけて開けようとすると、氷で固まったかの様に動かない。

「何だ!?いつの間に……」

扉に体当たりするも、扉はびくともしない。

そのすきにリーナが距離を詰め、後ろから抱きついた。

「もう二度と開かないから、私だけを見て。私だけを愛して……」

リーナの言葉が遮られる様に、下から大きな物音がした。

「まさか、サリアの方でも何か起きてるのか!?」

サリアに気が向いた途端とたん、リーナの態度が変わった。

「なんでサリアを気にするの、今は私と二人きりなのに、私を見てくれないなら死んで」

一切いっさいのためらいも無く、アクスの腹を手で貫いた。

「ふふふ………これであなたは一生私のもの…!」

アクスは地面にひざを突いた。

そのひょうしに、アクスの身体が細かい雪になって霧散むさんした。

「なっ…!消えた!?」

あの一瞬で雪へと姿を変え、アクスは扉の隙間から部屋を抜け出した。

物音のした一階へと急ぐと、ヘルガンに押し倒されているサリアの姿が目に映った。

「何やってんだ!!」

ヘルガンをり飛ばし、サリアを助け起こした。

「アクス、ヘルガンは敵に操られているわ!」

「操られている?いったい誰に!?」

「それはわからないけど、ヘルガンの首のところの傷跡きずあと、それが原因よ」

「それじゃあもしかして、リーナも同じ様にされてるのか」

「アクス!!」

二階から、扉を蹴破けやぶる音と同時にリーナの怒声が聞こえた。

二人の前に姿を現したリーナは、顔に怒りを浮かべいた。

「ちょっとどうしたのあれ?リーナも操られているの?」

「たぶん……?」

「アクス……!あんた私にあんな事しておいて、他の女と何してるの!?」

「何やったのよ!」

「いや…その……一発、その……」

「一発!?最低!!」

「違うって変な事はしてねぇ!!」

二人が喧嘩けんかを始めると、リーナはより強い怒りを向けた。

「死ねぇぇ!!」

純粋な殺意を向け、二人に飛びかかった。


























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