第49話 親と子の想い

………あいつはいつも、机に向かって何かの研究をしていた。

初めのうちは、構ってもらいたくて何度も声を掛けた。

その度に無視されたが、どうしても話したくてしつこく声を掛けた。

そんな事を繰り返していると、ある日突然殴られた。

あの時に見たあいつの顔は今でも忘れられない。

怒りなんかじゃない、もっと恐ろしいものだった。

僕は母に泣きついた。

母は事情を聞くと、僕を抱きしめてくれた。

傷の手当をしてもらい、痛みが和らぐと、僕は母に聞いた。

「どうして?お父さんなんかと結婚したの?」

母は困った様子でうつむいた。

少しして母は、目を合わせて話してくれた。

「お父さんはね、本当は優しいのよ。だから大丈夫、きっといつか優しくしてくれるわ」

母はそう言ったが、あいつを信じる事が出来なかった。

それでも僕は、母の言う事を信じたかった。

根気よく、何年も待った。

いつか振り向いてくれる日が来ると信じて。

しかし、その想いが叶う前に、あいつは出ていった。

母が死んだからだ。

一年程前から、母は病気に掛かっていた。

医者に診てもらったが、原因が分からず、母は日に日に弱っていった。

僕はあいつに、もっと良い医者に見てもらおうと言った。

しかしあいつは、それをも無視した。

あいつの態度で、僕は嫌な妄想をしてしまった。

そしてその妄想を母に言った。

「あいつが……母さんに何かしたんじゃないの?」

母は、弱った身体で僕を叱りつけた。

「あの人はそんな事しないわ……」

母さんは最後まであいつを信じた。

でも結局、あいつは母を助ける事なんてこれっぽっちも考えていなかった。

母が死んだ後、あいつは一枚の紙を残して消えた。

あの別荘の権利書だった。

せめてもの情けなのか、面倒を見たくなかったからなのかは分からない。

でも僕は、あいつが残した家になんて住みたくなかった。

だから僕は、母から託された懐中時計を手にし、かつての実家を出た。

それからと言うものの、あいつを探し続けた。

どうして母を見殺しにしたのか、それが知りたかった。



「ヘルガン、大丈夫か?」

「あっ……!」

「考え事か?」

「いえ……なんでもありません。先を急ぎましょう」

「一人で突っ走るなよ」

「わかってます…」

アクスとヘルガンは、サリアとリーナの二人と合流

するために急いでちた。

建物の屋上へと登り、二人の気配を感じた場所を、遠くから眺める。

「近いのは……サリアの方か。行くぞ、ヘルガン」

北西の方角にサリアが居ることを確信し、そこへと向かおうと、屋上から飛び降りた。

「アクスさん!左!」

一足ひとあし遅れたヘルガンが、アクスに接近する敵に気づいた。

すぐに声を掛けるが、アクスは敵に吹き飛ばされていった。

「ヘルガン!!サリアを頼む!!」

ヘルガンにサリアをたくし、アクスは敵に集中した。

敵の体当たりを受けて吹き飛ばされたが、何度か建物にぶつかっていく内に勢いが落ちて、地面に着地が出来た。

すぐさま敵を視界にとらえる。

敵はロボット。背中に着けたジェットパックで空を飛び、アクスを見下みおろす。

「また機械か!」

手を向け、冷気を放つ。

ロボットは、手に空いた穴から炎を吹き出す。

アクスの放った冷気は熱に溶かされた。

さらにロボットは、背中からいくつもの武器を繰り出した。

その武器の一部である光線銃を使い、アクスの頭上に光線の雨を降らした。

手強てごわいな……!」

アクスは逃げにてっする他なく、ヘルガンとはどんどん距離が遠くなっていった。

「このままじゃまずいな……こうなったら先にリーナと合流するか」

孤立するのは危険と判断し、敵の攻撃を避けながらリーナの元へと急ぐ。


「順調に進んでいるな」

モニターがいくつも並べられた部屋で、男がカメラ越しにアクス達を見つめる。

この男こそがヘルガンの父にして、魔王軍幹部の一人、ノルガン。

「さすがに手強いな、駒を追加するか……」

『順調に進んでいるようだな』

オルガンの脳内に、声が響いた。

「この声は、大神官様。貴方がたのおかげで、良い報告が出来そうですよ」

『油断するなよ、奴らは強い。念のために、そちらに一人送っておいた』

「……お言葉ですが、私一人で十分でございます」

『案ずるな、貴様の考えは分かっている。どんな結果になろうと、手柄はすべて貴様の物だ』

「それはそれは……感謝いたします」

会話が終わると、ノルガンは部屋を出た。

そして、厳重に鍵のかかった扉の前に立ち、その中へと入っていった。


激しい爆発。崩れ行く街。

アクスの戦いは、激化を辿たどっていた。

「熱いな、くそ!」

周囲を埋め尽くす炎に、アクスは体力をけずられる。

「エネルギー集中」

宙に浮いたロボットがアクスにねらいを付け、両手にエネルギーを溜め始める。

大きな機械音と共に、輝きを増していくエネルギーの光が、街全体に広がる。

アクスも両手に氷の力を溜め、応戦の構えを取る。

両者の放つ光が限界値まで達し、同時に放たれた。

力と力がぶつかり、空気が震える。

敵の放った一撃が、アクスを押し始める。

「負けてますよアクスさん、気合入れてください!!」

「くっ……!うぉりゃあああ!!」

気合いの込めた一撃は、敵の攻撃を押しのけ、敵のロボットを飲み込んだ。

さらに宙で大きな爆発を起こし、敵を完全に消し去った。

「はぁ…はぁ…だいぶ強かったな……」

今の戦いでアクスはかなりの体力を使い、ひどく疲れている。

「ちょっと!まだ幹部が残ってるのになんですかそれは!!」

「そうよ、自分の体力ぐらい把握はあくしときなさい」

いつの間にかリーナが混じって、アクスを責めていた。

「無事だったか!」

「当たり前でしょ、あんなポンコツ共にやられる訳ないじゃない」

リーナの方でもかなりの戦いがあったようで、リーナの服がすすほこりよごれていた。

「まぁ…とりあえず、この調子でサリアとも合流しよう」

「アクスさん、リーナさんにヘルガンさんの事話しといた方がいいんじゃないですか?」

ジベルの言葉に、アクスはうなづいた。

「それもそうだな。それじゃあまずは…」

「貴様らが、アクスとリーナか?」

突然会話に割り込んで、謎の男が二人に問いかける。

二人は男の顔をまじまじと見つめて、少ししてようやく敵だと理解した。

そして理解した瞬間、吹き出す汗と恐怖。

二人は男から距離を取る。

男はメートルはあるであろう長身で、黒い服の上に、黒いマントを羽織はおっている。

背中には、長身に合った長い剣をたずさえていた。

「いつの間に……!」

「完全に気配が消えてた……誰よあんた!」

「その反応……間違いないみたいだな」

男は二人の言葉を無視し、アクスの顔を注意深く見る。

「その顔、貴様の父親そっくりだな」

「どういう意味だ!?」

「そのままの意味だ」

「あんた何者よ……さっさと答えなさいよ!!」

「いいだろう答えてやる。俺は魔王軍大幹部の一人、デスラド」

「魔王軍大幹部…!」

以前に別の大幹部と戦った二人は、その強さを理解している。

そのため、二人は警戒を最大にまで上げた。

「なんで魔王軍の大幹部が俺の父親の事知ってんだ!」 

「知りたければ俺に勝ってみせろ」

その言葉を最後に、デスラドは姿をくらました。

「なっ…どこに!?」

「リーナ!!」

アクスの慌てた声と共に、リーナの体が強く押し倒された。

リーナは理解出来ないまま、慌てて体勢たいせいを立て直した。

起き上がると、目の前にはデスラドが立っていた。

アクスはどこかと、周囲を見渡す。

しかしどこにもおらず、嫌な考えが頭をよぎる。

そんな事を考えている内に、答えが降ってきた。

ぐしゃっ!…と、大きな音を立て、血を降らした。

それがなんなのか分かると、リーナの顔から一気に血の気が引いた。

「期待外れだ……」

胸に風穴の開いたアクスを見下みおろし、デスラドは大きなため息をつく。

ぴくりとも動かないアクスのそばで、ジベルが必死に声を掛ける。

「アクスさん!!アクスさん!!」

「そ……そんな…!アクスが…アクスが……」

リーナは恐怖におかされ、全身が震えて立ち上がる事も出来ない。

「こいつに感謝するといい。こいつが守っていなければ貴様が先に死んでいた」

「え?」

デスラドが動いた瞬間、攻撃はリーナの方に向いていた。

かろうじてデスラドの動きが見えていたアクスは、とっさにリーナをかばったのだった。

「まぁ……今の様子を見れば、先に死んでいた方が幸せだったかもな」

血まみれの腕を向け、リーナに近づく。

「ひっ…!やだ……やめて……」 

圧倒的強者を前に、はじもプライドも捨て、リーナを助けをうた。

しかしそれが、デスラドの怒りを買った。

「無様な……死ね!!」

頭上から手刀しゅとうを振り下ろす。

「むっ!?」

デスラドの攻撃が、リーナに当たる直前に止まった。

腕にまとわりついた氷が、攻撃を止めたのだった。

「氷……」

それはまぎれもなくアクスの生み出した氷だった。

「まだ生きているか。しぶとさだけは大したものだ」

氷を振りほどき、アクスに狙いを変えた。

「さらばだ!!」

「やめて!!」

リーナの叫びは届かず、とどめの手刀が放たれる。

「おい!!」

空から怒声どせいが聞こえ、その声にデスラドが振り返る。

「お前は…!!」

「俺の息子に……!!何してんだ!!」

どこからともなく飛んできた男は、あのデスラドをいとも容易たやすり飛ばした。

建物を巻き込みながら、デスラドは壁まで吹き飛ばされた。

突如とつじょやって来た男は、アクスに瓜二うりふたつだった。

わずかな違いは、右頬みぎほほに長い一本線の古傷ふるきずがある事ぐらいであった。

そして一つ妙な事に、身体がややけていた。

男は瀕死ひんしのアクスに近寄ると、ふところから小瓶こびんを取り出し、中に入った液体を胸の傷にけた。

その液体が、アクスの命をギリギリで引き止め、身体をやした。

胸にいていた穴がふさがり、全身に生気せいきが戻っていく。

「う………!……あれ?」

起き上がったアクスは、意識が朦朧もうろうとする中、辺りを見回す。

「起きたか」

知らない声に振り向くと、自分のそっくりな男と出くわした。

「ドッペルゲンガー!?やべー!死ぬ!」

「んな訳あるかバカ!」

男はため息をつくと、アクスと面を向かって話し始めた。

「アクス……お前は覚えていないだろうが、俺はお前の父親だ」

その言葉に動揺を隠しきれず、アクスは震える。

「お…俺の父親?」

男は深くうなづいた。

「一人にしてすまなかったな、アクス」

「うっ…!ほんとだよ……父ちゃん…!」

アクスは泣き始めた。

一人で過ごしていた寂しい時期を思い出し、ずっと溜めていた悲しみを吐き出した。

「俺……父ちゃんに色々聞きたい事があって…」

「ああ、わかってるさ。だが話は後だ」

後ろに振り返ると同時に、瓦礫がれきの山の中から飛んできたエネルギー波を腕で弾き飛ばした。

「さすがだな……ラース」

「久しぶりだなデスラド。弱い者いじめとは、ずいぶんとえらくなったもんだ」

「これも仕事なんでな」

「父ちゃんの知り合いなのか?」

「ああ、昔のな」

ラースはデスラドから目を離さず、アクス達に近づかないようににらみをかす。

「こいつは俺が抑える。お前たちにはやる事があるんだろ?」

「………分かった。頼むよ」

アクスは腰の抜けたリーナをかかえ、その場を離れる。

「ちょっと、なんでっこなのよ!!」

「お前が腰抜かすからだろ。大人しくしてろ」

二人の様子を見て、ラースはくすりと笑う。

「逃さん!」

しかしデスラドが二人を見逃すはずは無く、二人の背後に迫った。

「おっと!」

デスラドよりも速く、ラースが二人を守るように立ちふさがった。

「つれねぇな。せっかく再会したんだ、ゆっくりしていけよ」

「はぁ!!」

デスラドは素早く、鋭いりを放った。

アクスに放った攻撃よりもはるかに速い一撃だった。

ラースはそれを片手でつかみ取り、デスラドの身体を大きく持ち上げた。

そのまま地面振り下ろし、地面に叩きつける。

それを何度も繰り返した後、瓦礫がれきの山に投げ飛ばした。

しかしデスラドも強者つわもの。即座に起き上がり、再びラースの前に立つ。

「そんなに息子がかわいいか、ラース。俺の知ってるラースは戦闘狂で、気まぐれな男だったはずだがな」

「俺の事なんてほとんど知らねえくせによく言うぜ」

「あんなガキを守る価値があるのか?貴様の血を引いているくせに弱いぞ」

「強さなんか関係ねぇ、子供だからだ。それ以外に理由がいるか?」

「くだらんな……」

素早く腕を振り上げ、ラースに鋭いパンチを放った。

向かってくるこぶしに、ラースは自分のこぶしをぶつけた。

ただのこぶしのぶつかり合いで、地面に亀裂きれつが走り、地面が大きく陥没かんぼつした。

「さぁ、しばらく付き合ってもらうぜ」

久しぶりの戦いに、ラースはニヤリと笑った。










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