番外編 二人の戦い

第39話 孤高と一人ぼっち 

「リーナ…返してくれ…」

「うわあぁぁ!!」

目覚めは最悪なもので始まる。

窓から照らすまぶしい光が、紅く燃える炎を思い出して気分をより悪くさせる。

二階の自室から下へ降りて、いつもの様に母に挨拶あいさつをした。

「おはよう…」

「おはよう、さっさと顔を洗ってきなさい」

いつも無愛想ぶあいそうな顔をしている母は苦手だった。

何を考えているのかさっぱり分からない。


顔を洗って食卓の椅子に座った。

サンドイッチと砂糖入りのホットミルクをいただき、さっさと二階へと戻った。

学校指定の薄紅うすべに色の制服に着替え、その上にお気に入りの黒いローブを羽織はおり、かばんを持って下へと降りた。

食卓の上に置いてある弁当と水筒すいとうかばんへと入れ、玄関へと向かった。

「いってらっしゃい」

母の言葉に、私は小さく返した。

「…いってきます」

私は何をしているのか。

母がここまで無口になったのは私のせいだろうに。

しかし今の私には、母とまともに会話する事も出来ない。自分が憎い。

私は家を出た。


私が通っている学校は王都の中心部にある。

家は王都の中心から少し離れた所にあるため、移動が少々めんどくさい。

そもそもその学校自体、入学出来る子供は基本的に貴族の子ばかりだ。

貴族が多く住む中心部に建てられているのは当然の事だろう。

……何故母も姉も、あんな学校に入学し、私に入学するようにすすめたのか?

魔法に関する知識を深められるにしても、あんなゴミ貴族がはびこる学校が本当に利になり得るのだろうか?それだけが今でも疑問に思っている。

憂鬱ゆううつな学校の事を考えながら歩いていると、目の前で自分と同じ制服を着た女が地面にいつくばっていた。

黒髪のロングで、髪はゴムで適当にたばねているようだ。

だが一番気になったのはその持ち物だ。

彼女が肩にかけているかばんは雑な修復跡が残っていて、とても同じ学校の生徒とは思えない。

それに何故這いつくばっているのか、気になって声を掛けた。

「ねぇあんた」

「はい!なんでしょうか!?」

声を掛けて少し後悔した。こいつうるさい。

「あーー…何をしてるの?」

「それがその…牛乳を落としてしまって…なんとか集めようと」

よく見れば、彼女の足元に牛乳瓶の破片とその中身が広がっていた。

「牛乳?そんなの新しく買えばいいじゃない」

「駄目です!今日は久しぶりにご飯を食べれる日で、パンと牛乳を買ってもうお金が無いんです!」

話を聞いて余計に分からなくなった。

うちの学校は何を思って彼女の入学を認めたのか。

入学金は払えたのか?払ったから貧乏になったのか?

いや…よくよくこいつを見てると、巨大な力を感じて…

「あっ、そういえば今日は朝の当番だった」

私はすっかり忘れていた。

「という訳で私はもう行くわ。牛乳の拾い飲みはやめておきなさい」

「えっ!?でもそれは…」

まだ牛乳への未練みれんがあるのかこいつは。

私は無視して学校へと急いで向かった。


いつもの様に授業を受けていると、あいつの顔が浮かんだ。

名前は…聞いてなかったな。今まで見たこともなかった、新入生かな。

そんな事を考えていると、頭に何かがぶつかった。

自分の机に落ちたそれは、ぐしゃぐしゃにされた紙だった。

紙を開くと、ご丁寧な字で“暴力ゴリラ”と書かれている。

おおかた、一番後ろのお嬢様じょうさまだろう。

私はその紙を丸め、目の前の壁に思いっきり投げつけた。

すると私の思惑おもわく通り、壁に跳ね返って後ろのお嬢様じょうさまに都合よく当たった。

「痛った〜い!なにをするんですの貴女!」

私を指さして怒鳴り散らすが、私はそっぽを向いた。

「ええい!私を誰だと…!」

「静かになさい!!」

担任の言葉にお嬢様じょうさまもようやく黙った。

その時、授業の終わりを知らせるかねが鳴った。

そしてそれは、昼食の時間の始まりでもあった。

朝に出会ったあいつの事が気になり、弁当と水筒すいとうを手に持ち、学校の中を探す事にした。


とは言っても、あいつの気配は覚えているので苦労はしなかった。

人の少ない通路へと進むと、何人かの女生徒に囲まれたあいつが居た。

とりあえず様子を見るために隠れたが、なんかどっかで見たことあるなあの女。

「貴女、道端で牛乳をこぼしたらしいですね?」

「そうなんですよ…私ったら昔からヘマばかりして…」

「貴女、ここがどこだか分かっていますの?」

「廊下ですよね?」

「そうではなく!ここは名誉めいよある国立魔法学校ですってよ!

それなのに、貴女の様なみすぼらしい庶民が特待生だからといって、ここに居られるのは我慢がまんがならないのですよ!」

なるほど、特待生か。確かに彼女から感じる大きな魔力、あれなら特待生に選ばれてもおかしくない。

「ええ!?困ります!」

「そうですか…なら別に居てもいいですわよ」

「ありがとうございま…」

「ただし貴女には残飯処理係として仕事してもらいますわよ!」

一人の女生徒が見るからに腐っているパンや牛乳を押し付けた。

さすがに放っておけないな…助けるか。

「ありがとうございます!食べ物を分けてくださるなんて優しいですね!」

「……はぁ?」

「あの!お名前を!もしよろしければ友達に…」

「冗談じゃありませんわ!皆さん行きますわよ!」

女生徒達が横を通り過ぎ、残された彼女に声を掛けた。

「あんた…ずいぶんたくましいわね」

「あなたは、今朝の人!」

「そうよ。リーナ=ガデンよ、よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします!あっ!私はユリ=ヘイボって言います」

「あんたそれ、流石に捨てるわよね?」

「捨てませんよ?」

「はぁ〜……これ飲んでいいから、それは捨てなさい」

水筒すいとうを差し出すと、首を横に何度も振った。

「いただけませんよ!リーナさんだって水は必要でしょ!?」

「あんたの所がどういう環境なのか知らないけど、私は水に困ってる訳じゃないから、人の厚意こういぐらい素直に受け取っておきなさい」

無理やり水筒すいとうを押し付けると、何度かこちらをチラチラ見てきた。

何度も返そうとしてきたが、しばらくしてようやく水筒すいとうに口を付けた。

「はぁ〜おいしい!ありがとうございます!」

「そう、よかったわ」

「私、両親が幼い頃に亡くなっちゃって、それ以来おばあちゃんと一緒にいろんな仕事しながら細々ほそぼそと暮らしてきたんですよ」

別に聞いてないんだけど。

「そこへですね、この学校の先生がやって来て特待生としてスカウトされたんですよ!

入学費とかいろいろ免除してくれるって話だったんですけど、他にもお金がかかるぽかったので断ろうとしたんですよ」

「それでもおばあちゃんが私のためにいかせてくれた…とかそんな話でしょ?」

「…すごい、もしかしてエスパー?」

「ありきたりな話でしょ」

これ以上面倒な話に付き合わされるのも嫌だし、聞きたい事も無くなったし、そろそろ戻るか。

「じゃあ、私ももう行くわね」

「えっ!もう行くんですか!?」

「用事は済んだし。せいぜいクソ貴族共にいじめられないよう気をつけなさい」

「リーナさん…ありがとうございます!

そうだ最後に一つ!どこの学級ですか!」

「最上級生、黒組」

「…………あっ!年上だったんですね!私てっきり同い年かと…」

「あ!?」

こいつ…私がチビだからって…!

いや…もうどうでもいいからさっさと戻ろ。


授業終了のかねが鳴る。

今日もこれで終わりだ、本当に学校って疲れるわ。

これがあと一年ぐらい続くとなると憂鬱ゆううつね…早く卒業して冒険者になりたいってのに…

帰る前に裏山に寄って、熊相手に修行でもしてこようかしら。

学校の裏山へと続く道に足を向けると、妙な奴らが見えた。

まーたあのカス貴族共か、それとユリか…何をしてるのかしら。

「貴女、私の妹をコケにしてくれたようね?」

ああ…ユリに絡んでた奴、うちの学級のお下品貴族の妹だったんだ。

「そんな!私はむしろ感謝して…」

「それがムカつくんですのよ!お姉様、こいつ痛ぶってくださいまし!」

「ええ!もちろんよ、そぉれ!」

あろうことかあいつらは牛乳をユリにぶちまけた。

さすがにあれは…黙ってられないわね…

ぶっ飛ばして…!

「ごめんなさい!悪気は無かったんです!もしかんさわったのならもうしません!」

あいつはあんな目にあいながらも頭を下げた。

「ふん!許す訳ないでしょ!」

「ひっ!」

私はとうとう堪忍袋かんにんぶくろが切れた。

小石を奴らの顔の前に投げつけてやった。

すると奴らは当然こっちを見る。

「あ…あなたは!」

「あっ…リーナさん…」

ユリは私を見て、かすかに涙を見せた。

ごめんなさい母さん、ごめんなさい姉さん。馬鹿な娘はまたやってしまいます。

でも、あいつの涙を見たら、もう戻れない。

「……それ以上近寄るじゃないわよ!今度手を出したらただじゃすまないと…!」

「あの時とは違うわよ、クズ。

ニ年前はただムカついたから殴っただけだけど、今回はいじめから守る正義の味方よ、私は。

こちらを弁護してくれる証人も一人居ることだし、あんたもやばいんじゃないのかしら?」

「ふん!戯言たわごとを!やれるものならやってみな…」

まぁ…こいつ馬鹿だし断ると思った。なので言い切る前にぶん殴っちゃった。

「ぶへぇ!!」

「さて…次は?」

「ひいっ!」

おびえるゴミ共を一人ずつ、軽くボコしていった。

一分も経たない内に、クソ共が地面に寝る事になった。

虫共には相応ふさわしい姿ね。

「大丈夫?ユリ」

「あっ…あっ…!ぶえぇぇん!!ありがどゔございますぅ!!」

顔面ぐしゃぐしゃのまま抱き着いてきやがった。

「服が汚れるから離しなさい」

「先輩は恩人ですぅぅ!!」

「わかったから離せって!!」

「おいお前!何をしている!」

げっ!教師が来た。

教師は地面に転がるウジ虫共を見て、真っ先に私に指をさした。

「またお前かぁ!!何をしているんだ!!」

「私がやった事は認めますが…そもそも彼女達は……」

「言い訳するなぁ!相手はお偉い貴族のご令嬢れいじょうだぞ!殴っていい訳があるかぁ!」

「あの先生!先輩は私を守って…」

「とにかくリーナ=ガデン!お前は来い!!」

ちっ…相変わらず人の話を聞きもしない。

「先輩!!」

「大丈夫よ、あんたは帰ってなさい」

覚悟はしていたけど、やっぱりこうなるか。


「また貴様かぁ!入学したての頃の事を忘れたのか!?」

学校の偉い人間と虫どもの親に囲まれてしまった。

めんどくさい…どうせ教師は貴族の顔を立てようとするし、貴族は自分の娘の話しか信じないし。

「私は暴行にあっていた後輩を助けただけです」

「嘘ですわ父上!私はただ話をしていただけだというのに!」

そう言うわよね…ほんっとゴミだわ。

「失礼いたします」

この声は…母さんか。

「このたびは、うちの娘がご迷惑をおかけしたようで」

「二度目はないといいましたよね!お宅はまともな教育が出来ないですか!?」

「ええ…誠に申し訳ありません。ですが…今回は前回と少々事情が違うようですが。

ユリさん、入って来て」

ユリ?あいつ、帰ってなかったのか。

「し…失礼します…」

「この部屋に入りたそうにうろうろしていたので、話を聞いてみました。 

そしたら、そちらのお嬢様に牛乳を掛けられるなどのいじめを受けていたところ、うちの娘に助けられたと言っておりました。どういうことでしょうか?」

「そんな庶民の証言などうそに決っている!」

こいつ…いい加減に…!

「は?何様ですか?あんたらなんか庶民から税が無いとやっていけないというのに?ゴミクズのウジ虫が」

態度の豹変ひょうへんぶりにその場のみんなが驚いた。もちろん私も驚いた。

「ガデンさん?それは流石に言い過ぎで…」

「あんたらもそんなんだからこいつらがつけあがるんだ、名誉めいよある学校の教師として恥ずかしくないのかしら、カス。

…とにかく今回の事は、そちらの責任という事で。

帰るわよリーナ」

「あ、うん…」

「待て!こんな事でただで済むと思うなよ!」

「そちらも…ただで済むと思わないことね」

私は母さんに、強い力で手を引っ張られてその場を後にした。


帰り道で、母さんに聞いてみた。

「ねぇ…よかったの?あんな事言って…」

「気にしなくていいわよ。実は前々から学校に、国の直属の役人が忍びこんでいたのよ、その役人が今回の事も含めて上に報告する手筈てはずだから」

「あっ…そうだったんだ…」

「……悪かったわね、あんたもあいつらにいじめられてたんでしょ?なのになにも出来なかった」

私はこの時、初めて母さんの優しさに触れた。

いや、今気づいたのだ。よくよく考えれば、あの時の事も…

「その……ありがとう…気にしてくれて」

「……礼を言われる筋合いはないわ」

……素直じゃないな。

「先輩!!待ってください!!」

ユリの声、わざわざ追いかけて来たのか。

「何か用?」

「あの…先輩!それに、先輩のお母さん!私のせいですみませんでした!!」

「気にしないでちょうだい、私は義務を果たしただけ。娘も覚悟してやった事よ」

「その通りよ、あんたが気にむ必要なないわよ」

「でも……いや、わかりました!でもいつか恩を返させてもらうので待っててください!それでは!」

相変わらずうるさい奴だ。

「あの子…友達?」

「後輩よ…」

「そう、いい友達になれそうね」

それはちょっと…いやだなぁ…


ようやく家に着いた。

長くて面倒な一日だった…

すると母さんが、入口の前でぴたりと止まった。

「今回の事、すでに二人にも伝えてるから」

「はぁ!!?ちょっと待て、二人って…!」

「ただいま」

私の質問に答えもせずドアを開けやがった!!

「「リーナ!!」」

いやな声が聞こえてくる。

一人は姉さんだ、私を見るやいなや抱き上げてきた。

「リーナ!また貴族に喧嘩を売ったって!?何度も言っているだろ、危険な事はしないって!!」

「……ごめんなさい…」

「許さないぞ!今日は一晩中このままだ!」

姉さんは嫌いじゃない、むしろ大好きだ。

ただ、過去にあんな事をしてしまった以上、合わせる顔が無い、だから勘弁かんべんしてほしい…

「まったくだ、家族を心配させよって!ほら!今度はパパと仲直りのハグだ!!」

「寄るな加齢臭かれいしゅう

「!!……加齢…臭?」 

こいつは私の父、毎回髭まいかいひげこすり付けてきてウザい。

っていうか兵士の仕事はどうした、城に戻れ。

「姉さんも…もうわかったから離して」

「いいや駄目だ!私が満足するまで離さない!!」

それが目的か…いや、元はといえば私が悪いんだし、今はこの状況を黙って受け入れるべきか…














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