第35話 双頭の龍

とりででの生活が始まって数日がった。

少しずつだがとりでの修復は進み、兵士達の傷もきずえてきた。

アクスは敵の大幹部と戦える日を待ちわびながら、修行に熱を入れていた。

動きのキレが増し、こぶしくうを裂き、拳圧けんあつ木々きぎがみしみしと鳴る。

「はぁ…はぁ……ん?また来たな!」

修行の最中さいちゅうにも、敵はやって来る。

アクスはとりでの前に立ち、魔物達に向かって構えた。

「来いっ!」

修行で得た力を見せつける様に、アクスは一人で魔物の群れを蹴散けちらした。

魔物は散るように逃げ、あたりはすっかり静かになった。

「お〜!相変わらずあんたすげぇな!この調子で頼むよ!」

とりでから見ていた兵士達がアクスに感謝の言葉をかけるも、アクスは兵士達をぎろりとにらんだ。

「なんであんたらは戦わないんだ?」

アクスの言葉に、兵士達は戸惑いながら答えた。

「…そりゃあ…強い人が居るのならその人に任せた方が良いし…」

「じゃあ俺がいない時どうするんだ?」

兵士達は黙り込み、その場から逃げていった。

「あっ!……なんだよ、なんかむかつくな…」

さすがのアクスも兵士達の態度に苛立いらだち、顔をしかめた。

「戦う気がないんですかね?」

「ジベルもそう思うか?」

「そりゃあそうでしょう、いつからかは知りませんがずっと戦っていたら疲れますよ」

「…どうにかあいつらをやる気にさせねぇと、大幹部ってやつと戦えねぇな…」

大幹部にまで辿り着くには大勢の敵を相手をする必要がある。しかし、大幹部を相手にするのに無駄に体力を消費する訳にもいかない。

そのためには兵士達に他の魔物の相手をしてもらう必要があるのだが、うまくいかないものである。

戦う意欲いよくを無くした兵士達では、魔物と戦いにすらならないであろう。

「まいったなぁ…早く大幹部ってやつと戦いたいのに…」

アクスはどうするか考え、その場に座り込んだ。

悩むアクスの耳に、やわらかな音が流れてきた。

聞いた瞬間にアクスの視線はとりでほうへと向き、音にさそわれるように歩いていった。

とりでの奥へと進むごとに音は明確なものとなり、アクスはそれが楽器の音色ねいろだと気づいた。

優しくでるような音色にかれ、気づけばアクスは人だかりの前にまで来ていた。

奥の方から聞こえてくる音色が気になり、人をかき分けて進んだ。

するとそこに、椅子いすに座りながら、ことを弾くサリアの姿があった。

見慣れぬ姿にアクスは驚くも、サリアのかなでる音色に意識をうばわれた。

周りに居た兵士達も演奏に釘付くぎづけにされ、サリアの前で立ち尽くしている。

サリアの動きは実をに洗練されたものであった。

とりで全体に広がるやわらかな音色ねいろは、聞いている者の活力を戻していった。

中には涙を流す者もおり、サリアの奏でる音色にすっかりと心を奪われていた。

やがてサリアの指が止まると、聞いていた兵士達が一斉いっせい拍手はくしゅをした。

涙を流しながらサリアに駆け寄り、兵士達は各々おのおのに感謝の言葉をべた。

「ありがとう!!感動した!!」

「おかげで生きる気力が湧いたよ!」

「あんたのおかげで心が救われた…!本当にありがとう!!」

「何かお礼をさせてくれ!!」

「俺も!」

一人の兵士の言葉に続き、その場に居る兵士達が次々とお礼をと申し出た。

兵士達の怒涛どとうの言葉にサリアは押されながらも、優しく微笑ほほえんだ。

「ありがとう!それじゃあお言葉に甘えて…みんなで魔王軍と戦ってきて。あっ!でも、無茶しちゃダメよ?」

「了解だぁぁぁぁ!!!」

「うおぉぉぉぉぉ!!」

兵士達は一斉いっせいに外へと向かって駆け出していった。

部屋にはアクスとサリアの二人が残され、すっかりと静かになった。

するとそこへ、リーナが顔を見せた。

「何かと思って来てみたら、なにをやったのサリア」

「演奏しただけよ」

「それだけで、なんであんなふうになるのかしら?」

「それはどうでもいいでしょ、それよりも!今がチャンスよ、あの兵士達が敵と戦っている内に、二人は大幹部ってやつと戦ってきなさいよ!」

「はっ!そうだった、急いで行ってくる!」

「アクス、これを持っていきなさい」

赤い液体の入った小さな瓶を、アクスに投げ渡した。

「ポーションか、助かるぜ。って…一本だけか?」

「時間が無くてそれしか作れなかったのよ」

「ふ〜ん…まぁいいや、じゃあ行ってくる!」

アクスがとりでの窓から外へと飛び降り、それに続いてリーナも飛び降りていった。

二人が行った後、窓から走り去る二人を見て、サリアがため息をいた。

「まったく…入口から出て行きなさいよ」

「サリアさ〜ん!!」

廊下を走りながら、ヘルガンがユリを引き連れて走ってきた。

「どうしたの?」

二人は乱れた息を整え、話し始めた。

「ついさっき、敵のアジトを見張っていた兵士さんからの連絡が途絶とだえたそうです!」

「えっ!?てことはつまり…」

「なにかあったって事ですよ!で、このことをアクスさんとリーナさんに伝えてくれって言われて…」

「二人ならもう行っちゃったわよ!」

窓から見える遠くの森を指さした。

「どうしましょう!?あの二人になにかあったらまずいですよ!」

「先輩なら大丈夫ですよ!!」

二人の背後からユリが大きく叫んだ。

「先輩は強いです!それに…そんな先輩が気に入ってるアクスさんもきっと大丈夫ですよ!」

「………ん?ちょっとその気に入ってるっていう部分について詳しく」

ちょっとした一言にサリアが反応し、顔に力が入る。

「サリアさん!そんな事より、二人にこの事を伝えないと!」

「それどころじゃなさそうだ」

三人の元に、フェーバが険しい顔でやって来た。

「ついさっき、前線から伝達が届いた。敵の攻撃が急に激しくなったそうだ」

「そんな…じゃあどうしたら!?」

「あの二人なら大丈夫だろう、それよりも君達は前線で戦う兵士達の援護えんごを頼む、私もすぐに他の兵士を引き連れて向かう」

「……わかりました!」

「行きましょう!先輩達が安心して戦えるよう、私達も頑張らないと!」 

ユリは一足先に戦場へと向かっていった。

それに続いて二人も、戦場へと向かって走っていった。


とりでから遠く離れた森の中、木々きぎあいだ颯爽さっそうと駆け抜ける、アクスとリーナの姿があった。

味方と敵がぶつかっている前線を避け、大きく回り込むように目的地まで進んでいた。

森を抜け、小高い山の上へと登り、辺りを見回した。

「見えた!あの辺りが敵のアジトだよな!?」

アクスが指さした方向にリーナは目を向けた。

「ええそうね、あそこで間違いないはずよ。ただ…敵の気配がまったく感じないわね…」

「気配を消すなんて俺達でも出来るんだし、敵も出来るんだろ」

「…どうなのかしらね」

「よしっ!行くぞリーナ!」

アクスは崖から飛び降り、敵のアジトへと突っ込んでいった。

「まったく…もう少し慎重しんちょうに動きなさいよ…」

警戒心の欠片かけらも感じられないアクスに文句を吐きつつ、リーナもアクスの後を追って敵のアジトへと向かった。

一足先にアジトに着いたアクスは、敵が野営していたのであろう痕跡こんせきを見つけた。

たき火の跡が残されており、その周りには野営道具が転がっていた。

しかし、肝心かんじんの敵の姿は無かった。

「…どこだ?敵はここに居るんじゃなかったのか?」

アクスがそれを疑問に思ったその時、地面に亀裂きれつが走り、眩しい光が見えた。

地面が大きく盛り上がり、大きな爆発が辺りを吹き飛ばした。

アクスより遅れてきたリーナは爆発から逃れたが、爆発の中心に居たアクスはどうなったかもわからなかった。

爆発の風圧が収まると、リーナが爆煙を風で吹き飛ばした。

「アクス!!無事よね!?」

爆発の跡地を歩きながら、リーナはアクスの気配を頼りに探した。

すると再び地面が盛り上がったかと思うと、地面から人の腕が現れた。

「げほっ!げほっ!うえ〜…ひどいめにあった…」

アクスは土で汚れているが傷は無かった。

「ったく!だから慎重に動けって言ったでしょ!」

「いや…聞いてねぇぞ、そんなこと」

「……まぁいいわ、それよりもよく無事だったわね」

「まぁな、咄嗟に氷のバリアを張ったんだ」

「でもその様子じゃあ、ずいぶんと力を消耗したようね?」

「さすが、全部お見通しって訳か」

アクスは地面に座り込み、体を休め始めた。

「悪いけど、休んでる暇は無いわよ」

リーナは、ポーションをアクスに投げ渡した。

「ん?これって…」

「サリアのじゃないわよ。普通に売ってるポーション」

アクスはそれを一気に飲み干し、その場に立ち上がった。

「いいかしらアクス、これからは私の指示に従って…」

「こっちから敵の匂いがしてくる!」

アクスは再び、一人で走り出した。

「話を聞け!」

リーナはアクスに追い付き、足を掴んで無理矢理引っ張っていった。

「あんたは黙って私に付いてきなさい」

「……わかった」

リーナに導かれるまま、アクスは黙ってついて行った。


「ふむ…爆発までは作戦通りだが、次の仕掛けはどうなったかな?最初ので死んだのか…こちらの思惑おもわくに気づいたのか…」

砦から遠く離れた深い森の中で、地図を眺めながら思案しあんを巡らす者が居た。

青いうろこを持った細身ほそみの龍は、人間の様に二足歩行で生活し、武器をも扱う事が出来る。いわゆる龍戦士りゅうせんしと呼ばれている。

「ご報告致します!」

そこへ、ローブを羽織った二人組が駆け付けた。

「先程の爆発を受けた敵が、作戦通りに次の仕掛けにまで進んで行っています」

「そうか…」

報告を受けた竜は、地図をたたんでその場に立った。

「ところで、私はくだらん芝居しばいが嫌いだ。その三文芝居さんもんしばいはやめてもらおうか」

その言葉と同時に、口からこごえるいきを放った。

二人はその場から飛び退き、ローブを脱ぎ去った。

「さすがに…こんなのでだまされるわけないか…」

「だから言ったろ、最初から普通にやればいいって」

正体はアクスとリーナであった。

「やはり来たか…少々驚いたぞ、あの爆発を受けてもなお生きているとは」

「このバカはタフさだけは一人前だからね、あの程度ていどじゃ死にはしないわよ」

「…お前なぁ、バカはひどいだろ」

「実際そうでしょ」

普段と変わりない会話をする二人に、りゅう苛立いらだったかのように地面をった。

「くだらん芝居しばいは嫌いだと言ったはずだが?」

「そいつは悪かったな、それじゃあ早速始めるとするか!」

アクスが構え、りゅうに向かって突っ込んだ。

「待っていたぞ!この時を!!」

威勢の良い叫び声が聞こえ、りゅうの背後からもう一体のりゅうが現れた。

膨れ上がった筋肉に、赤いうろこまとったりゅうだった。

そのりゅうはアクスに向かってこぶしを振り上げ、真正面から放った。

そのこぶしをなんとか腕で受けるも、アクスは大きく吹き飛ばされた。

足で地面にるも、リーナのもとまで戻された。

「情報通り、もう一匹居たのね」

「その通り…私、ダバンと、このズゴン。私達がそろって大幹部だ」

「そういう事だ、覚悟するんだな!」

二人の大幹部を目にした二人は、微塵みじん恐怖きょうふを感じず、笑っていた。

「ふっ、大幹部がどれだけのものかと期待してみたら、大したことないわね」

「でも油断するなよリーナ、まだ相手は手の内を見せてないんだからな」

「わかってるわよ。さぁて、トカゲ退治を始めましょう」












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