第34話 砦の危機

アクスがようやく目を覚ました。

外はすっかり夜になり、窓の外では星が綺麗にかがやいている。

「夜…か…」

アクスがベッドから起きて立ち上がろうとすると、全身の筋肉が一斉いっせいにちぎれたかのような音が鳴り、アクスは床に倒れた。

痛みのあまり声も出ず、床の上でう事しか出来なかった。

物音ものおとを聞きつけたのか、サリアが部屋に入って来た。

「アクス!?どうしたの!」

アクスはわずかに動く指を使って自分の体を差した。

「痛いのね?『パラージュ』」

緑に輝く魔法陣がアクスの体の上に現れ、優しい光がアクスを包んでいった。

またたく間にアクスの怪我は治り、ようやく口も効けるようになった。

「げほっ…!すまねぇサリア、助かったよ」

「どういたしまして。それにしてもいつ怪我けがしたの?」

「立とうとしたら急に…」

「もしかして、さっきのあの姿から戻った影響かしら…いやでも、前の時は何もなかったし…」

サリアは急に一人で考えこんでしまった。

「あの姿ってなんだ?」

「覚えてない?あなたさっきまで尻尾しっぽえてたのよ」

尻尾しっぽ?って事はあの時の…!」

少し前にアクス達が月に行った時、敵との戦いの最中さなか、アクスの腰から突如とつじょ尻尾しっぽえた事があった。

「って事はさっきまでえてたのか…」

アクスは自分の腰の辺りを触るも、尻尾しっぽが生えた感触などは感じなかった。

「ええ、なかなかのモフモフ具合だったわよ」

「触ってたのかよ」 

そこへ、部屋の扉を何度か叩く音が聞こえた。

「失礼します。ああよかった、怪我は治ったんですかアクスさん」

「よぉヘルガン、迷惑かけちまったようですまなかったな」

「別に気にしてませんよ。それよりも、王子様が聞きたい事があるそうですよ」

「王子が?」

ヘルガンに案内され、とりででの作戦を決める会議室へと着いた。

「アクス君、体の方はもう大丈夫かい?」

「えっと…大丈夫です」

「それはよかったよ…それでサリアさん、アクス君に起こった症状しょうじょうの原因はわかったかな」

「はい、原因はおそらく黒龍こくりゅうのコアから放たれている大量の魔力が原因だと思います」

「魔力?だったらなんで俺だけがあんなふうになったんだ?」

「多分だけど…アクスは魔力を感じやすい体質なのよ」

「ふむ…ちなみにその場に居た他の人達は大丈夫なのかい?」

「ええ、特に異常は無いです」

「ならよかったよ、報告ありがとう。今日はもう遅いし、ゆっくり休んで明日にそなえてくれ」

「ありがとうございます。じゃあ二人とも、行きましょ」

アクス、サリア、ヘルガンの三人は、部屋をあとにした。

廊下ろうかを歩く最中さいちゅうでふと、アクスが思い出したかの様に言葉を出した。

「そういえば…リーナとユリはどこに行ったんだ?」

「ああ、二人はとりでに攻めてきた魔物と戦ってたみたいですよ。今は部屋で休んでるとか」

「いいなぁ…俺も戦いたかった」

「まだだめよ、今日一日はしっかり休みなさい」

「ちぇっ…」

アクスはサリア達と別れ、一人病室へと向かった。

大人しくベッドで眠り、次の朝を待った。


次の日、アクスは早速さっそく外へ出た。

外はまだ薄暗く、見張りの兵士が数人居るだけだった。

一日休んだおかげでアクスはすっかりと元気になり、土煙つちけむりがたつほどの速さであたりを駆け回った。

「よし!修行するか!!」

体の調子を確認すると、アクスはとりでの近くを散歩しながら、修行に使えそうな場所がないか探していった。

歩き続けていると、近くの林の奥から声が聞き取れた。

アクスは林を抜け、少し開けた場所に出た。

小さめの広場の様になっており、目の前には小高いおかがあった。

その小高いおかの下に、リーナが居た。

いつもよりも厳しい修行でもしたのか、体中から大量に汗をかき、長い髪の毛が地面に向かって垂れ下がっている。

「はぁっ…!はぁっ…!くそっ…こんなんじゃ…だめなのよ…!」

「なにが駄目なんだ?」

背後から現れたアクスに驚く事も無く、振り向きもせずに話し始めた。

「……レディの独り言を盗み聞きとか、趣味が悪いわよ」 

「そりゃ悪かった、今度から気をつけるよ。で、なにが駄目なんだ?」

「……なんでもないわよ」

「なんな悩んでるんだったらちからになるぞ?」

うんざりするかの様なため息をリーナはくと、アクスに背を向けて歩き出した。

「なぁ、折角せっかくだし一緒に修行しようぜ!」

「…今はそういう気分じゃない」

普段は一緒に修行する二人なのだが、リーナは珍しく修行を断った。

アクスは不可解ふかかいに思いつつも、そっとしておく事に決め、あとを追わなかった。


太陽がすっかりとのぼったころ、アクス達はフェーバに呼び出され、会議室へと来ていた。

部屋にはアクス達五人と、その向かいにフェーバともう一人男が居た。

たくましい肉体に重厚じゅうこうよろいを身に着け、顎には立派な髭をたくわえた男だった。

男はアクス達の前に立ち、深々と頭を下げた。

「はじめまして、このとりで守護しゅごを任されているレート=チェッコと申します。このたびは私がいたらぬことで王子含め、あなた方にも面倒をおかけしてしまいました…」

「レート…私もアクス君達も自分の意志でここにいるのだ、面倒などと言わないさ」

「ありがたき御言葉おことばかさがさねおびを申し上げます」

「それでは早速だが、これからの作戦について話そう」

ふところから大きな地図を取り出し、机の上に広げてアクス達に見せた。

「ここがショゴーとりで、そして魔王の軍が居るのがここだ」

とりでから南東方面にある、深い森を指した。

「敵の居場所はここで間違いないのですか?」

「間違いありません、敵はここに拠点を構えています」

「それで君達に頼みたい事がある、特にアクス君とリーナさんの二人は過酷かこくな任務となるだろうが…」

不安気ふあんげにうつむくフェーバを前に、アクスは期待きたいで目を輝かせていた。

「二人には敵の大将を討ち取ってもらいたい」

アクスは言葉には出さず、強く握りしめたこぶしで気持ちを表した。

「敵の大将は魔王軍大幹部、双頭そうとうりゅうと呼ばれているそうです」

「その…大幹部というのは?」

「幹部よりも更に上の存在、強さも桁外けたはずれの敵です」

「関係ねぇさ!大幹部だかなんだか知らねぇけど、ぶっ飛ばしてやる!」

初めて耳にする大幹部とやらにもおくすること無く、アクスは興奮した様子だった。

「あんたは引っ込んでなさいよ、私がやるわ」

「いいや二人にお願いしたい、何故なら敵は二体いる。それにだ、大幹部の強さは幹部よりも更に上をゆく」

フェーバはやけに慎重だった。

「…失礼ながら王子様、私達は幹部を何体も倒してきました、少し強くなったところでどうということはございません」

「……だめだ、無茶はしないでくれたまえ。特にリ君は、イアンから君の身の安全をたのまれていてね」

「…!承知しました…」

姉からの気遣きづかいにも関わらず、リーナの顔は暗かった。

「そしてサリアさん達だが、サリアさんは兵士達のきず手当てあてを、残りの二人は特に頼みたい事は無いが、出来る事をやってくれ」

フェーバの言葉にみなうなずき、部屋を出た。


会議のあと、五人はそれぞれの仕事をこなしていた。

アクスとリーナの二人は、有り余った力を活かすために防壁の整備を手伝っていた。

「暇だな…」

「仕事しなさいよ」

「してるだろ。ただ俺は、早く大幹部って奴と戦いたいんだよ」

「今は陣営の立て直しが先よ、他の兵士達が動けなきゃ私達が全部の敵を相手にすることになる。そうなったら、大幹部とやらと戦う前に無駄に体力を消費してしまうわ」

「それもそうか…」

大勢の兵士が動けない今、アクスは仕方なくとりでの整備にいそしんだ。

「そういえばさ…」

「なんだ?」

「あんたってさ…宗教とか興味無さそうなのに、なんであんな熱心に神様信じてるの?」

「俺を育ててくれたじいちゃんから聞いたんだけどよ、俺、昔は体が弱かったんだよ」

「…へぇ?」

意外なものでも見るかのように、好奇心にちた目でアクスを見つめた。

「まだ小さい頃に熱が出てな、薬とかいくら飲んでも治らなかったんだ。そしたらよ、寝込んでる時に綺麗きれいな女の人が現れたんだ」

「…それが女神様だって言いたいの?」

「どうだろうなぁ…光ってて顔とか見えなかったし、でもその女の人が俺のおでこに触れた瞬間、体が楽になったんだよ。その事をじいちゃんに話したら、ヒーラ様のおかげかもって言ったんだ」

「それで神様を信じたって訳ね」

「そういうことだな」

「それじゃあもうひとつ聞きたいんだけど…」

リーナが尋ねようとした時、アクスは森に目を向けていた。

さらに目を閉じて気配を探り始めた。

「この感じ…敵か!?」

アクスの言葉に周りの人達がパニックになり、その場からさけびながら離れた。

それに呼応こおうしてか、森の中から一斉いっせいに魔物が現れた。

「突撃ー!!」

先頭に居た魔物の声で、他の魔物達がとりでに向かって突撃してきた。

「よっしゃ!リハビリ代わりに相手になってもらうぜ!」

我先われさきにとアクスが飛び出し、魔物の群れに突っ込んだ。

先頭に居た魔物を吹き飛ばし、その衝撃で他の魔物達も大勢吹き飛んでいった。

「どうしたぁ!さっさとかかってこい!!」

最初の一撃ですっかりとおびえきった魔物達は、悲鳴を上げながらその場から逃げ出した。

それをリーナが追いかけて、魔物の群れを一掃いっそうした。

魔物を全て片付けると、とりでから一斉いっせいに歓声が上がった。

「うおおお!すげぇ!!」

「助かったぜ二人共!!」

二人はとりでに軽く手を振ると、魔物の死体を見ながら何かを考えていた。

「………なんかおかしくねぇか?」 

「…確かにみょうね、増援も来ないなんて」

二人は疑問に思いながらも、フェーバにこの事を伝えに向かった。


「なるほど…確かに気になるな」

話を聞いたフェーバも疑問に思った。

しかし、その疑問に三人は答えを出す事は出来なかった。

そこに、そばに居たレートがその疑問に答えを出した。

「…実は魔王軍の内部で争いが起きているのではと…そういううわさが立っております」

「なに?そのうわさについて詳しく」

「はい…実は魔王軍の動きは非常に不規則で、いまいち攻めが甘く、今まではとりでの前まで近づかれた事がないのです」

「そりゃまたみょうな話だな」

「ですが魔王軍のあいだではそのやり方に不満を持つ魔物もいて、仲間割れを起こしているのでは…と、そうささやかれています」

「ふむ…それが確かなら付け入るすきがあるかもしれないな。二人とも報告感謝する」

二人はフェーバに礼をし、部屋を後にした。

「やっぱりあいつと話してると肩がこるな」

「それは同感」

アクスは未だに敬語等けいごなどに慣れない様子であった。

「折角だし、これから一緒に修行しねぇか?」

「嫌よ。私は一人でやるから」

誘いを冷たくあしらい、リーナは急ぎ足でその場から離れていった。

「……なんか冷てぇなあいつ」

「あの……」

背後からの声にアクスが振り返ると、いつの間にかユリが立っていた。

「ユリか、リーナなら向こうに行っちまったぜ?」

「今は先輩とじゃなく…あなたとお話したくて…」

緊張のためか言葉は途切れ途切れだが、力のこもった声で話し始めた。

「…先輩は冷たい人ですけど、根は優しい人なので!だから…その…悪く思わないであげてください!」

「別に悪口を言った訳じゃなかったんだが…勘違いさせたのなら悪かった」

「えっ?そっ…そうだったんですか!!すみません、私ったらつい…」

あわてふためくユリをアクスがなだめ、話をし始めた。

「ユリってリーナの後輩って聞いたけど」

「あっ…はい!私と先輩は王立学園の卒業生でして」

「王立…よくわかんねぇけど、二人ともすごいんだな」

「はい!ありがとうございます!」

められて嬉しかったのか、興奮して頬が赤くなっていた。

「先輩は本当にすごいんですよ!まだ学生の頃に魔王軍の幹部を倒して、精霊の村を救ったりしたんです!」

「むむ!精霊ですと!?」

アクスの懐に入っていたジベルが、精霊という言葉を聞いて飛び出してきた。

するとその姿を見たユリが、キラキラと目を輝かせてジベルをつかみ取った。

「ちょっと!!なんですかあなたは!!」

「妖精さんだぁ!!かわいい〜!!」

「妖精見えるのか?」

「はい!見えますとも!」

妖精は普通の人間には見えないし、声も聞こえない。だがユリは妖精を認識し、その手につかんでいた。

「ところでよ、さっき言ってた精霊とかってのは…」

「そんなことよりもアクスさん!!私を助けてください!!」 

「ええ〜!そんなこと言わずにお話しましょうよ〜!」

すっかりジベルを気に入り、手を離さないユリの手から、アクスは無理矢理奪い取った。

「あっ!!待ってください!!せめてとりでにいる間だけでも!!」

「アクスさん!逃げて!この人にずっとくっついていられるとけてしまいます!」

「わかった!」

アクスはジベルをふところに隠し、その場から大急ぎで走り去った。

「待ってください!!せめてほおずりだけでも!!」

「私!!ペットじゃないですから!!」














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