第3章 神への執着

第16話 何気ない一日

スイーラの町から帰ってきたアクス一行。

魔王軍幹部のペパを倒した事による功績で多額の報酬金を得たため、長らくの間サリアやヘルガンは家のリビングでのんびりくつろいでいた。

「おい!二人共!」

そこにアクスが勢い良く入ってきた。

「なにぼさっとしてんだよ!早く冒険者ギルドへ行こうぜ?俺もう待ちきれねぇよ!」

二人と違って、アクスは早く戦いに行きたくてたまらないようだ。

サリアは慌てることなく、茶菓子を口にしながら言った。

「落ち着きなさい、どうせ今行っても仕事はないわよ、他の冒険者達がこぞって依頼を受ける時期よ?」

冬が終わり春が近づくと、多くの魔物が冬眠から目覚める。

そうすれば、以前のようにたくさんの魔物が現れる。

その結果、たくさんの依頼が冒険者ギルドに持ち込まれるが、冬のあいだ仕事が少なかった冒険者達が一気に依頼を受ける。

そのため仕事はとっくに無くなっているだろうというのがサリアの考えだった。

しかし、アクスは不満気に鼻を鳴らした。

「なんと腑抜けたことですか!」

突如、アクスの胸元に潜んでいたジベルが飛び出した。

「魔王討伐という立派なこころざしを持ちながら、金が手に入った途端にこれですか?わたしは悲しいですよ!」

相変わらずの勢いで、二人に向かって説教をするジベル。

サリアは面倒くさそうに話を流した。

「はぁ…そんなに行きたいならあなた達で行ってきたら?せっかくだしジベルに町の案内も兼ねて」

「…確かにそうだな。よし行くぞジベル!」

「いいですとも!お二人に代わってわたし

魔物共に正義を示してみせましょう!」

二人は元気に笑いながら家を飛び出していった。

「…またジベルさんですか?相変わらずですね」

横から聞いていたヘルガンは、ジベルの姿は見えないが、アクスやサリアの会話を聞いて察していた。

「そうなのよ…あの子達ったら元気だけは良くてね…」

「でも珍しいですね、サリアさんはなんだかんだ言いながらアクスさんに付いていくと思っていたんですが…」

ため息を吐きながらサリアが答えた。

「それがね、最近誰かに付けられてる気がするのよ。怖いから家に居たいのよ」

「サリアさんは逆に返り討ちにしそうですけどね…」

ヘルガンがぼそりと呟いた。

「なにか言った?」

「いえ何も!」

サリアが浮かべる優しい笑みが、やたらと不気味に感じたヘルガンであった。


冒険者ギルドへとやってきたアクスとジベル。

仕事の依頼書が貼り出されている掲示板を、アクスは睨みつけていた。

されどもアクスの望むような仕事はなかった。

「ぬぬぬ〜…」

「あの〜アクスさん?仕事をお探しでしたらこんなの物もありますが…」

見かねたギルドの職員が、何枚かの依頼書をアクスに差し出した。

それを受け取ったアクスが仕事の内容を見る。

薬草の採取だとか、剣術の指導だとかそんなものしかなかった。

それはとてもアクスを満足させる事は出来ない仕事だった。

アクスは心底がっかりしたようにうなだれた。

「違うんだよなぁ…俺は仕事がしたいんじゃなくて、戦いたいんだよ」

「そうですよ!魔王軍を滅ぼすのに薬草の採取などしている場合ではありません!もっといい仕事を寄越しなさい!」

アクスの耳元にジベルの大きな声が突き刺さる。

「お前は黙ってろ、どうせ聞こえてないんだから」「がびーん!」

注意されたジベルは、しょぼくれてアクスの懐に入り込んだ。

「何やってるんだアクス?」

「ジンのおっちゃん!久しぶりだなぁ!」

アクスに声を掛けたのは冒険者のジン。

事情を簡単に説明すると、ジンは笑顔で答えた。

「仕事?だったらついてきな!」

ジンの言うとおりに、アクスは後ろに付いていった。


「って…なにこれ?」

「見りゃ分かるだろ、海」

アクスは小さな船に乗せられ、町の海の沖まで連れてこられた。

ここでは豊富な種類の魚が獲れ、国で一番の漁獲量を誇る。

アクスは来てみてがっかりした。

「こういうのじゃなくて…」

「まぁまぁ、いいからやってみろって」

ジンは銛を手渡し、自身も銛を持って海に潜った。

海の底に消えていくジンを見つめながら、アクスは渋々海に潜り込んだ。

春が近づいてきたとはいえ、まだ海は冷たい。

寒いのに強いアクスにとっては大して苦でないが、常人ではきつい仕事だろう。

だが、ジンは弱音を吐くことなく冷たい海を泳ぐ。

しばらく泳ぐと、海の底に着いたジンが岩を指差した。

そこには岩に隠れた魚が居た。

丸っこくて大きい体に長い髭、薄汚れた赤黒い皮膚。それはお世辞にも美味そうな魚ではなかった。

その魚を見たジンは、魚から距離をとるようにアクスに促した。

手本を見せるように、ジンは大きな動作で銛を魚に向かって投げた。

水中の中でも銛の勢いは凄まじく速く、魚に深く突き刺さった。

その瞬間、魚の長い髭が銛に絡みついた。

次に口を大きく開け、銛を飲み込もうとした。

ジンはアクスの銛を奪い取り、再び魚向かって投げつけた。

銛は見事に当たり、魚は息絶えた。

ジンは魚と銛を回収し、アクスに海上に上がるようにジェスチャーした。

アクスはジンに続いて海面へと顔を出した。

「ぷはっ!はぁはぁ…」

「おいおっちゃん!さっきの魚はなんだったんだ」

呼吸を短く繰り返しながら、次第に息を整えたジンは語り出した。

「あれは魔王軍の連中が放った魔物だ、見た通り長い髭で獲物を捕まえて食っちまうやつさ」

先程のあの魚、あの口ならば子供くらいなら簡単に

飲み込めるであろう。

「今回の仕事はそいつらの駆除さ。さぁ!時間もねぇ、もう一度行くぞ!」

船から予備の銛を二本取り出し、一本はアクスに手渡し、自身は二本の銛を手に再び海に潜っていった。

アクスは戸惑いつつも、海に潜っていった。

二人は再び海の深い所まで泳ぐと、岩の陰に先程の魚を見つけた。今度は二匹だ。

ジンが一匹の魚を指差し、アクスに差し向けた。

自身はもう一匹の魚に向かって泳ぎだした。

アクスも指示された方の魚へと向かい、一本の銛を投げ飛ばした。

しかし銛は大きく外れ、岩に突き刺さった。

だが、魚は見向きもせずに泳いでいる。

アクスはもう一本の銛を投げ飛ばした。

今度は当たったが、魚が死ぬことはなく髭で銛を絡めとった。

武器を失ったアクスは氷の銛を作り出し、魚に投げ飛ばした。

氷の銛はいとも容易く魚を貫いた。

アクスは魚と銛を回収し、一足先に海面に顔を出した。

「ぷはぁ!はぁ…」

少し遅れてジンが海面に姿を現した。

「はぁ…はぁ…よう、やったか?」

アクスは魚を見せた。

「初めてにしちゃ上出来だ、次行くぞ!」

休むことなくジンは海に潜っていった。

それにアクスは文句を言うことなく、付いて行った。

それからというもの魚を獲り続け、終わったのは五十匹程獲れた時だった。


船で町へと戻り、冒険者ギルドに魚を届けた二人は町で食事を取っていた。

「どうだ?ここの魚料理はうまいだろ!?」

「ん?あ、あぁ…」

アクスの返事はあやふやなものだった。

「なんだ?口に合わないか?」

「いや、食事はめっちゃうめぇけどよ、結局さっきの仕事は何だったんだ?」

「あの魚は害魚とされててな、それの駆除作業さ」

「そうじゃなくてなんの意味があったんだ?戦いには関係ねぇじゃねぇか」

ジンは酒を一気に飲み干すと、真剣な目でアクスの目を見た。

「お前一応冒険者だろう?」

「ん?そうだけど…」

「冒険者ってのは戦うだけじゃねえんだ、どんなにちんけな仕事でもそれが人の役に立つことがある。それが薬草の採取だとかでもな」

話を聞いたアクスは黙り込んだ。

食事に手を付ける事もなく、何かを考えるように机の一点を見つめていた。

「…よし!」

アクスは出された食事を口にかっこみ飲み込むと、椅子から立ち上がった。

「おっちゃんありがとうな!勉強になったよ!」

机の上に食事代を置くと、アクスは店を後にした。

「おう!役に立てて良かったよ!」

ジンはアクスが見えなくなるまで手を振り続けた。


アクスが向かったのは冒険者ギルド。

先程断った薬草の採取の仕事を受けたのだ。

それからアクスは南東の森に向かった。

春が近づき木に葉が宿りはじめていた。

アクスは依頼書に書かれている情報を頼りに薬草を探していた。

情報によれば、薬草は綺麗な水場に生え、淡い青い色を放つとのこと。

草むらをかき分け進んでいくと、水の音が耳に入る。

さらに森の深くに入ると、大きな池に着いた。

透き通った池の中には魚が泳いでいる。

日の光に照らされた鱗が輝いて見える。

「さっきまでの魚と違って綺麗だな」

あまりの美しさにアクスも思わず口に出した。

じっと池を見つめていると、池の中央にぽつんとある土の上に青い花が咲いているのが見えた。

「おや?あれが目的の薬草ではないですか?」

目を細めて見ると、その花は日の光を受け、青い光を放っていた。

「間違いないあれだ!」

アクスは池に足を着けると氷の地面を張り、池の中央に歩いて向かった。

すると、水面に突如大きな泡が立った。

その時、アクスは何かの気配を感じ取り、池から距離をとり身構えた。

次第に泡が大きくなり、数が増えると池の中から何かが顔を出した。

「ざっぱーん!!」

元気な声と共に、全身が青い鱗で覆われた魚の様な生物が現れた。

しかし、その姿は魚であるが人のようでもあった。

それは陸に上がり、二本足で立った。

「なんだぁてめぇら!」

「そりゃこっちの台詞だ!なんだお前!?」

「俺は半魚人だこの野郎!」

キレ気味に自分の正体を明かした半魚人は、そのままの勢いで語り始めた。

「俺はよ、昔は近くの海に暮らしていたんだが、ココ最近変な魚がうろつきやがってここに移ってきたんだよ」

「ふぅん…まぁいいや、お前に用はないんだ、どいてくれ」

「…てめぇらまさか、俺の住まいを奪おうとしてんだろ、そうはいかねぇ!」

「いや、違う…」

アクスは必死に説明しようとするも、半魚人は口から水を吐き出し攻撃してきた。

アクスはそれをかわし、距離をとるように後ろに下がった。

「なかなかやるな!だが、俺も生活がかかっているんだ覚悟しろ!」

「…話の聞かねぇやつだな」

「アクスさん!遠慮は無用です!襲いかかってくる敵は排除するまでです!」

ジベルの言葉と共に、アクスは構えた。

半魚人が池の中から槍を取り出し、アクスに向かって突きつけた。

しかしアクスにはあっさりかわされる。

半魚人は絶えず槍を突き続けた。

それでもなお、アクスに当たるどころか掠ることすら出来なかった。

「くそっ!何故当たらねぇ!」

「……ていっ」

アクスの軽く放ったチョップが、半魚人の頭に簡単に当たった。

衝撃で地面に寝そべるように倒れた半魚人は、かすかに動く腕でアクスの足を掴んだ。

「ここは渡さねぇ…ここが奪われたら俺は…住む場所がねぇんだ」

アクスは深くため息をつきながら、頭を掻いた。

「あのな、俺は別に池を奪おうとしちゃいねぇし、ただ薬草を採りにきただけだって」

「なんだと!それを早く言え!」

「言おうとしたら襲ってきたんだろうが!」

半魚人は頭に血が上り、アクスの話が耳に入っていなかったようだ。

「いや〜なんだよ兄ちゃん人が悪いな、最初から言ってくれりゃあいいのによ」

「だから話を聞けって!」

「この半魚人頭おかしいですね!」

半魚人は素直に場所をどけ、アクスは薬草の生えた地面へと着いた。

アクスはようやく薬草を手に入れる事が出来た。

「んじゃ、俺は帰るけどよ、今度からは人の話を聞けよ?」

「いや〜ほんとすんません!これに懲りて人の話は聞きますわ」

半魚人は笑いながら、アクスが見えなくなるまで頭を下げ続けていた。


すっかりと日が沈んできた頃。

町へと戻ってきたアクスは、冒険者ギルドで薬草を納品し、報酬金を貰った。

「やっぱり薬草の仕事だけあって、報酬は安いですね」

「まぁな…でもたまにはいいだろこういう仕事も」

アクスは満足した顔で、足早に家へと向かって歩き出した。

そこで、突如アクスの足が止まった。

「ケーキ屋か…」

ケーキの甘い香りがアクスの鼻に止まった。

「折角だし、サリア達に何か買っていくか」

なんの気まぐれか、アクスがお土産を買おうと店に入った。

中に入ると、アクスにとって見慣れた姿があった。

「リーナじゃねぇか、何してんだ?」

「あんたこそ何してんのよ?ケーキなんてがらじゃないでしょ」

「サリア達に土産と思ってな」

「ふーん…じゃあ丁度いいわ奢ってちょうだい」

「別にいいけどよ…金持ってんなら自分で買えよ」

「どうせ私の分も買う予定だったんでしょ?だったらいいでしょ」

図々しいリーナに、渋々アクスは承諾した。

「じゃあ好きなの選べ」

「じゃあ…チョコレートケーキを一台」

「食い過ぎだ」

「あんたにだけは言われたくないわよ」

異様な注文に、店員は目を丸くするも、アクスは動じていなかった。


結局リーナの一台のケーキと、サリアとヘルガンのケーキを買い、二人は店を出た。

「っと…私は少し遅れて帰るから」

「なんでだ?一緒に帰ろうぜ」

「こんな時間に一緒に帰ったら誤解されるでしょ」

そう言うと、リーナは町の人混みの中へと入っていった。

残されたアクスは頭を掻きながら、意味も分からずそのまま帰ろうとした。

すると、リーナが戻ってきた。

かと思うと、アクスの手を無理矢理引っ張って人混みを掻き分けて進んでいった。

「なんだよリーナ?」

「いいから来なさい」

人混みを抜けると、広場に進んだ。

そこでリーナが何かを探す様に辺りを見回した。

「あれ見て」

何かを見つけたリーナは、指を差した。

アクスが指の先を追い、視線を向ける。

そこには、水色のドレスを着たサリア。そのそばに白いタキシードを着た綺麗な金髪が輝く美形の男がいた。

「これは一波乱ありそうね…」



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