第15話 心の甘さ

「ぐるぁぁぁ!!」

怪物へと変貌したペパは、リーナ目掛けて大きな腕を叩きつけた。

巨体の割に素早い動きではあるが、リーナに避けれない事はなかった。

攻撃は空振り地面を割った。

岩が崩れ、町へと落ちていく。

「しまった!」

サリアが地面に手を置き、緑の魔法陣をえがいた。

『パラージュ』

唱えた魔法によって崩れた岩が、元にあった場所へと引き寄せられるように戻っていった。

「すまねぇサリア!」

アクスはペパに向き直り怒りの表情を見せた。

「おいペパ!あのまま岩が落ちていったら町の人達が怪我するところだったぞ!」

町を見下ろしながらペパは冷たく言った。

「…それがどうかしましたか?私にとっては人がいくら死のうと問題はありませんよ」

「なんだと!?」

いかるアクスを無視し、べパは重々しい口調で突如語りだした。

「私は昔、今は無き国に生まれ、戦争によって親を亡くしました」

アクス達は息を呑み話を聞いていた。

「敵国に親を殺され、僕は一人生き残り、地獄をさまよいました。

でも誰も助けてはくれなかった…親戚を訪ねてねもみなに煙たがられ、それからはきたならしいゴミ溜めで暮らし、腐ったゴミを食べ、汚らしいからと、通りすがりの人に殴られてきました…

僕は神に懇願しました“助けてください”ってね、

そんな時神様が救いをくれたのですよ!

地獄から救い出した神のためならば、僕は悪魔になりましょう!」

聞いていたアクスは、握った拳が怒りを表すように小刻みに震えていた。

リーナが二人に歩み寄り、呆れたようにため息をついた。

「黙って聞いていればくだらないわね…」

「…あなたは魔法の名門“ガデン”に生まれた天才リーナさんですね?そんなあなたには私の苦労など分からないでしょうね」

リーナはペパの話を鼻で笑った。

「天才ねぇ…私はこれでも落ちこぼれとか言われていたんだけどねぇ」

「何?」

「リーナが落ちこぼれ?」

皆がリーナを見つめた。

あれだけの力を持つリーナが落ちこぼれなどとにわかには信じられなかった。

「結局はそいつの努力次第よ、生まれた環境を言い訳にするんじゃないわよ」

リーナは力強い目でペパを睨みつけた。

しかし、ペパは恐れずに逆に睨みつけた。

「ふんっ!あなたは余裕があるからそんな事が言えるんですよ!」

ペパは口を大きく開けると、中から大量の人形にんぎょうが出てきた。

それは町に落ちていた人形にんぎょうと同じ物であった。

ペパは両手を合わせると、人形にんぎょうが煙を上げ、黒い化け物へと変貌した。

黒い体毛に獣のような動きをした人型の魔物、以前戦った魔物とそっくりであった。

「これはあの時戦った…!これだけの数がいるなんて!」

魔物は見えるだけで五十匹はいた。

それを見てなお、リーナは余裕の表情を浮かべていた。

「おや?自信があるようですね?」

「まぁね…」

「ですが私の手札はこれだけではありませんよ…」

ペパはてのひらを町の方へと向け、腕を振り下ろした。

みなは警戒し咄嗟に構える。

しかし何も起きない。

「ん?」

再びペパが同じように腕を振り下ろした。

何も起きなかった。

「どういう事だ?確かに人形にんぎょうは置いたはず…」

「あんたのお目当てはこれかしら?」

リーナが懐から一体の人形にんぎょうを取り出した。

「それは…!」

「そう、あんたが集めた人形にんぎょうよ」

それは、アクスが町中から拾い集めた黒い人形だった。

「これを調べた結果魔法陣が隠されていて、あんたの操作によってそこにいる化け物の姿になるみたいね」

「でもなんでそれは変身してないの?」

「魔法陣なんてちょっといじくれば簡単に破壊できるのよ」

「…やってくれますね」

苛立ちを隠せず、ペパは体を震わせ口調に荒々しさが表れる。

「予定変更です。まずはあなた達を殺す事、それを果たさねばならないみたいですね」

ペパは息を吸い、魔物達に命令を下した。

「やつらを皆殺しにしろー!!」

命令と共に魔物達が一斉に襲いかかった。

「アクス!分かってるわよね!」

「…ああ!分かってる、手は抜かねぇよ!」

アクスの顔には迷いがあったが、それが今きれいさっぱり消え失せた。

二人が会話を終えると、魔物達を迎え撃った。

アクスは向かってきた魔物に囲まれないよう一体ずつ戦いながら、強烈な攻撃で相手を吹き飛ばした。

しかし魔物達は、ダメージを受けていないのか怯むことなく再び襲いかかる。

「くっ…!こいつらダメージを受けてねぇのか?どうすりゃあ…」

「こうすりゃあいいのよ!」

地面を強く蹴り、魔物の群れの中心にリーナが一瞬で潜り込んだ。

周りにいた魔物達はリーナに覆い被さるように同時に襲う。

リーナは向かってきた魔物の頭に素早い動きで指を押し当てると、魔物の頭が大きくふくらみだした。

『デスフィンガー』

魔物達の体が内部から爆発し、粉々に弾け飛んだ。

「なるほど!そういう感じにすればいいんだな!」

アクスは両腕を交差し、腰を落とした。

「はぁぁ…はあっ!!」

雄叫びと共に、鋭く尖った氷が地面から生えた。

近くにいた魔物達は逃げる暇もなく、突如生えた氷に貫かれた。

貫かれた魔物達は、体がちぎれ動く事も出来なくなった。

戦いを後ろから見ていたペパは、二人の動きをじっくりと見定めていた。

「なるほど…ではこれはどうでしょうか」

ペパは再び口から人形にんぎょうを吐き出した。

しかし、先程までの物とは違い、角が生え少し大きい。

他の人形と同じように煙を上げると正体を現した。

ねじ曲がった長い角に、黒く尖った体毛。

鋭い歯の隙間からよだれがこぼれる。

先程までのとは違い、人より獣に近い物だった。

その魔物は身を低くかがめると、両手足で地面を蹴り、アクスの眼前にまで迫った。

「なっ!」

戸惑うアクスに容赦なく拳を振るった。

しかし、攻撃が届く前にリーナがアクスを押し退けた。

アクスに代わって攻撃を受けたリーナは、少し離れた山の岩壁にまで吹き飛ばされた。

さらに魔物は、岩壁に飛び移りリーナに拳を放った。

リーナは交差した腕で拳を受け止めた。

魔物の勢いは止まらず、そのままこぶしでリーナを岩壁に押し込んだ。

力は山に伝わり、リーナを中心に大きなクレーターが出来た。

「ふっ…!はあっ!!」

腕を大きく広げると同時に、リーナの体から赤いオーラがあふれだす。

衝撃で吹き飛ばされた魔物は、元居た山に着地した。

リーナはクレーターにとどまり、魔物を見下ろした。

人形にんぎょうの割にはやるわね」

リーナは小さく笑みを浮かべると、おくすることなく魔物に向かって跳んだ。

魔物へと向かうリーナの目に、きらりと何かが光った。

リーナが光の方に目を向ける。

光の正体はペパの口の中、大きく呼吸音と共に光が強まっていく。

「させるかっ!」

アクスがペパの目の高さまで跳び、顔の真ん中にパンチを繰り出した。

こぶしでよろめいたペパは、攻撃を中止したため口の中の光が消えた。

顔を手で押さえながら、アクスを睨みつけた。

「…私の邪魔をするつもりですか?」

「あぁ…俺はお前と同じで神様の事は大事だけど、仲間の事も大事なんだ。傷つけようとするやつは許さねぇ!!」

「でしたら…あなたも殺します!!」

消えたはずの光が再び口の中に現れ、赤い光線となりアクスに放たれた。

不意に受けた攻撃をかわせず、アクスはもろに受けた。

光線岩をも粉々にし、山の地形を大きく変えた。

それに直撃したアクスは、熱で火傷を負うものの、無事であった。

「へぇ!耐えますか!」

アクスの耐久性に驚くも、ペパはすぐに次の攻撃を仕掛けた。

大きな腕を振るい、アクスを執拗しつように狙った。

大振りの攻撃故に読みやすいが、大きくかわさなければいけない為に隙が生じる。

その隙を狙ってペパは強烈な一撃を叩き込む。

アクスもそれを分かっているが、対応する事が出来ずぎりぎりでかわせているだけだった。

岩陰で戦況を見守っていたサリアは戦況を冷静に見極めていた。

「やばいわね…ヘルガン、あなたはペパを引き付けてアクスを助けてあげて」

「えっ!僕がですか!?」

「あなたしかいないでしょ?私はそのあいだに魔力を溜めて強力な技を放つから!」

ヘルガンに有無も言わさず、サリアは岩陰に隠れながら、目を閉じて力を溜め始めた。

「えぇ…でもどうすれば…」

岩陰から出たものの、何をすればいいのか分からずに戦いを眺めていた。

ヘルガンはペパの様子を深く観察した。

「そうだ…!やっ、やーい!この邪教徒め!!」

悪口を言い慣れてないような震えた声で、あらん限りの声を出した。

「「ああん!?」」

ペパだけではなくアクスまでもがその言葉に振り返り、憎悪のもった目を向けた。

「なんでアクスさんも反応するんですか!今のはそいつに言ったんですよ!」

「あっそうなのか、紛らわしいからやめてくれ」

「知りませんよそんなの!」

「貴っ様ぁぁ!!」

声を荒らげながら、ヘルガンに向かってペパが駆け出した。

巨体で進む一歩は大きく、あっという間にヘルガンの前に姿を現した。

「死ねぇ!」

大きなこぶしがヘルガンの頭上に迫る。

「うわぁぁ!!」

攻撃が目の前にまで迫ったその時、鉄を叩くような音が響く。

「おいヘルガン!しっかりしろ!」

「アクスさん!」

アクスが巨大な氷の壁で守ったのだった。

「こんなもの!」

再びこぶしを氷の壁に打ちつけた。

それからは連続のパンチを放ち、激しい揺れと音を鳴らした。

アクスが作った氷の壁は頑強な物ではあったが、何度も攻撃を受け続け徐々に崩れていった。

「ヘルガン何してる!早く逃げろ!」

「そ…それが、腰が抜けて…」

動けないヘルガンの前で、アクスは守ることしか出来なかった。

しかし、幾度もの攻撃で氷の壁は完全に破壊された。

「もらったぁ!」

両腕を大きく振りかぶり、叩きつけるように構えた。

『ミイラーゼ』!!

サリアの声と同時に、横から光の束がペパの体を包み込んだ。

「ぐぉぉぉ!!」

光に体を焼かれ、ペパの体から黒い煙が漏れていた。

「くっ…!『ノムクス』!!」

光の魔法に対抗するように、黒い魔法陣を宙に描き、闇の魔法を放った。

ペパの放った闇の魔法が徐々に力を強めていく。

しかしそれも、サリアの魔法の方が強く、すぐに押し戻された。

「ぐぬぅ…負けてたまるかぁ!!」

気迫のこもった雄叫びと共に、ペパが力を込める。

力を増した魔法は、光の魔法を押し退けた。

魔法を押し退けられ、衝撃でサリアが吹き飛ばされた。

「きゃあっ!」

地面に倒れたサリアを狙い、ペパが駆け出す。

「まずはお前から…!」

「させるかぁ!」

アクスがペパの頭上から足を振り下ろす。

地面に食い込むように倒れたペパは、うめき声も出さずに起き上がり、すぐさまアクスを地面へと叩き落とした。

「ぐはっ!」

倒れたアクスに追撃をするように、大きな足で踏みつけようとした。

あまりの一撃に気を失いかけたアクスは、足を避けるように後ろに飛び起き、サリアのそばに着地した。

「大丈夫か?」

「あなたほどじゃないわ、そっちは大丈夫?」

「ああ…それよりどうしたもんかな、全くダメージを受けていねぇ」

「そうね…だったらリーナに…」

サリアは後ろの山に振り返った。

リーナが魔物と激しく戦う姿が見えた。

遠く離れているが、その様子は鳴り響く轟音と爆発で戦いの様子を予想できた。

「…私達だけでどうにかするしかないみたいね」

意を決したサリアは、前に向き直った。

「あの…二人とも、ちょっといいですか?」

いつの間にかそばに来ていたヘルガンが二人に話し始めた。

「あいつの正体は、もしかしたら着ぐるみのような物ではないでしょうか?」

不意に出た言葉に、アクスは思わず首をかしげる。

「着ぐるみ?どういうことだ?」

「つまり、あの巨体の中に本体が入っているって事ですよ」

「…確かにありえるわね。アクスの攻撃をいくら受けても怯むどころか声すら出さないのはおかしいわよ、きっとあの巨体が本体へのダメージを吸収しているのよ」

「そうだとしてもどうやって倒す?」

ヘルガンが口を閉じ、何かを迷ったように目を閉じる。

次に目を開くと、口から息を小さく漏らしながら言葉を放った。

「…僕が隙を作ります、止めは二人に任せますのでお願いします!」

ヘルガンは二人のそばを離れ、ペパに向かって走り出した。

「待てっ!ヘルガン!」

アクスの静止も聞かず走り続けた。

「のこのこ死にに来たか!」

足元にまで迫ったヘルガンを踏み潰そうと、ペパが足を上げる。

しかしヘルガンは、気にも止めず走り続けた。

ペパの足がヘルガンに迫った時、再びアクスが止めようとペパの頭に跳び乗った。

かすかな衝撃でバランスを崩したペパは、その巨体で尻もちをついた。

「邪魔をするな!」

アクスを払うように自身の頭を叩いた。

しかし、既にアクスはペパの頭から跳んでいた。

アクスは地面に着地すると、右腕を真っ直ぐ横に向け、掌に円盤状の氷のやいばを作った。

そしてアクスはそれをぶん投げた。

氷のやいばは回転しながらペパに向かっていく。

氷のやいばに対し、ペパは地面に転がっていた大岩を投げ飛ばした。

大岩は氷のやいばとぶつかると真っ二つに切れた。

勢いが止まることなく、氷のやいばはペパに迫った。

すんでの所で避けるがほおかすめた。 

ほおを深く切るも、血は出ない。 

「まだまだぁ!」

アクスは続けざまに氷のやいばを投げ飛ばす。

飛んでくる氷のやいばを避けきれず、ペパは体で受ける。

片腕を切り落とし、胸に深く刺さるも、やはり血は出ない。

ペパは自身に刺さった氷のやいばを引っこ抜き、アクスの立つ地面を狙って投げつけた。

氷の刃は簡単に地面をも切り、アクスはバランスを崩し、咄嗟に宙に逃げた。

宙に浮いたアクスを、岩陰に隠れていたサリアを目掛けて殴り飛ばした。

魔法の準備をしていたサリアは不意に飛んできたアクスと衝突してしまった。

二人は地面に倒れ、必死に立ち上がろうとする。

覆い被さるようにペパが二人を見下ろす。

「終わりですね…」

口の中が光りだし、二人を狙う。

「くっ…!」

アクスだけが立ち上がり、サリアの前に立った。


「このっ!邪教徒ーー!!」


ヘルガンの声が山全体に広がる。

皆がヘルガンに声に注目した。

地面から高く離れた崖の上でヘルガンは立っていた。

「…そこまで死にたいのか!!」

ペパが怒りのままに大地を蹴りあげ、ヘルガンの元に走った。

「しまった!逃げろヘルガン!」

アクスとサリアが慌てて駆け出す。

しかしヘルガンはやけに落ち着いていた。

崖を背にし、深く息を吐いた。

「アクスさん!サリアさん!あとは任せましたよ!」

ペパが目の前まで迫ったその時、崖から身を投げ出した。

怒りで我を忘れたペパがそれを追って崖から跳ぶ。

「……そうか!サリア、俺が合図したら強烈なやつを食らわせてやれ!」

「えっ…うん!分かったけど、アクスはどうする…」

アクスはサリアからの問に答えることなく、崖から飛び降りた。

「って!ええぇぇ!?」

アクスは岩壁を強く蹴り、落下していくヘルガンに向かって腕を広げて突進した。

ペパの手がヘルガンを掴もうとしたその時、アクスがヘルガンを捕まえた。

「なっ…!」

地面へと迫る中、アクスは掌から氷の鎖を生み出した。

鎖は掌から伸びると、岩壁へと突き刺さった。

鎖は岩壁に引っ張られるように、アクス達を急速に引き寄せた。

岩壁にぶつかりつつもアクスは声を出した。

「今だぁ!!」

アクスの声に反応し、ペパが崖の上を見た。

「まったく無茶するわね!まぁ、おかげで勝てるけど!」

サリアが杖をてんに掲げた。

てんにそびえる星々よ!我が声に答え、その力を地上に示せ!『スターダストエクスプロージョン』!」

掲げた杖を振り下ろすと、そらから青い光の線が束となり、ペパの体を覆うほどの光の柱となった。

光に包まれる中、ペパの悲痛な叫び声が爆発音と共に聞こえてくる。

やがて光が収まると、崖の下に小さな人影が倒れ込んでいた。

「へへ…やったなヘルガン!見直したぞ!」

アクスが声をかけるもヘルガンの反応はない。

ヘルガンは白目を向き、泡を吹いていた。

「ありゃ、気絶してる」

アクスはヘルガンを抱き抱えながら、崖の上へと登った。

「サリア、ヘルガンを頼む」

崖の上に居たサリアにヘルガンを任し、自身は崖の下に降りた。

そこには髪の毛が灰のごとく変化し、痩せこけたペパが、地面に手を付きよつん這いのようになっていた。

「驚いた…あれを食らって生きてるのか…」

気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ペパは顔を上げてアクスを見た。

「……残念です…もう体が動きそうにありません…」

アクスはその様子を見て哀れみの目を向け、何かをこらえるように歯を噛み締めた。

指先にエネルギーを溜め、ペパの頭に狙いをつけた。

「そうか…何か言い残す事はあるか?」

「そうですね…でしたら…」


「あなたもここで死んでください!!」


「なにっ!?」

アクスが反応するよりも早く、ペパの指先から見えない糸がアクスの体を縛り付ける。

必死にほどこうと力を込める。

「くそっ…!」

「無駄です!今のあなたの体力ではほどけませんよ!」

あの巨体による攻撃を何発も受けてきたアクスは、既に体力を消耗していた。

ペパは本のあるページを開き、自身の体に押し当てた。

「私は神の為ならなんだってする!たとえ死のうと、私の命が役に立つのなら!」

ペパの体の内から光が漏れ出した。

「さぁ!泣き叫びなさい!怒りなさい!それこそが我らの神のっ!」

突如、ペパの体から氷が突き出てきた。

「なっ…なぜ…!まさかっ!あなたが……」

血を吐き出しながらも、アクスに手を伸ばそうとしたが途中でペパは息絶えた。

ペパの体から漏れる光は収まり、完全にペパの動きは止まった。

アクスは倒れたペパを見下ろしながら、静かに言った。

「…今度会えたら一緒に飯でも食えるといいな…」

アクスにはそれしか言えなかった。


次の日の朝。

魔王軍の幹部を倒し町を守ったアクス一行は、スイーラの町の冒険者ギルドから多額の報酬金が支払われた。

アクス達はその日の内に荷物をまとめ、スイーラの町から旅立った。

ミルフィの町までの道のりを進む中、帰りの馬車の中は静まりかえっていた。

特にアクスは。

「…………ねぇ、アクス?」

馬車を動かしていたサリアがアクスに話しかけた。

「なんだ?」

アクスは静かではあったが、落ち込んではいないような普段通りの様子だった。

「そのね…ペパの事は残念だったけど、仕方のないことだったのよ…」

「別にその事はもう気にしてねぇよ」

「じゃあ…」

「楽しくなかったんだ」

皆がアクスを見つめる。

「戦いが楽しくなかったんだ。なんかこう…胸に穴が空いちまって楽しさが全部通り抜けちまうような…」

アクスの独特な感性に、サリアは考え、語り始めた。

「アクス、あなたは彼を倒した事を後悔してるのだろうけど、あそこで倒していなければ町の人達がやられていたのよ?

だったら、たくさんの人を救った事を誇りなさい」

「…そうだな、ありがとうサリア」

アクスの向かいに座っていたリーナが、苛つくように鼻を鳴らした。

「ふんっ…とんだ甘ちゃんね。そんな調子じゃいつか痛い目合うわよ」

「と言っても、すでに散々痛い目に合ってるじゃないですか…」

「私が言っているのは物理的な事じゃないの!変に口を挟まないでくれる?」

割って入ってきたヘルガンに対し、リーナは冷たく突き放す。

「そんな!ひどいですよリーナさん!」

「うっさいわね!男の癖にピーピー泣くな!」

アクスが二人に聞かれぬよう、サリアの耳元まで近寄り話しかけた。

「なんかあいつ機嫌悪くねぇか?」

「そう?割とあんな感じでしょ。それよりもアクス、この子どうする?」

サリアは荷物の中から、妖精のジベルを見せてきた。

「あー…お前帰らなくていいのか?」

ジベルはやけに低いテンションで、指先をいじりながら話しだした。

「いやー…それがですね…帰りたいですけど無断で飛び出したものですので、ほとぼりが冷めるまであなた方にお世話になろうかなー…なんて」

「やだ」

「そんなこと言わずに!本来だったらわたしは無断外出をも許されるほどのお手柄を立てる予定だったんですがうまくいかなかったんです。このままではわたし怒られてしまいます!

ですのでほとぼりが冷めるまで皆さんのそばに置いてください!お願いします!」

目に涙を見せながらジベルは必死に訴えた。

アクスは困りながらも、ジベルの様子を見て断る事は出来なかった。

「分かったよ…勝手にしろ」

「ありがとうございます!皆さんのお役に立ちます!」

「そのためには、まずは二人に認知してもらわないとね」

新しい仲間を加えて、アクス達はミルフィの町へと帰っていった。




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