第17話 見知らぬ男
仕事帰りのアクスとリーナ、その二人の目の前に変わった光景があった。
白いドレスに身を包んだサリアが、見知らぬ男と歩いているのだ。
「今日は付き合ってくれて感謝します。しかし、今宵の
「ありがとうございます…」
サリアは細々とした声で返した。
「おや?元気がありませんね、体調が優れないのですか?」
「いえ!そういう訳では…」
「我慢はよろしくありません、良い酒を扱う店を知っています、そこで一休みいたしましょう」
それを後ろから見ていた二人は、こっそり後を追いかけた。
「どう思う?」
「なにが?」
「あの二人よ、どう考えても普通じゃないわよ」
「まぁ…確かにサリアのやつ楽しそうではなかったな」
「で?どう?今の気持ちは」
リーナは興味津々に目を輝かせ、アクスに問う。
「なにが?」
「だから!こう…嫉妬とか、怒りとか無いわけ?」
きょとんとした顔でアクスは、無造作に答えた。
「いや?別に」
「は?つまんな」
興味を失くしたリーナは、一人でサリアを追っていった。
「…どういうこと?」
「さぁ?おそらく恋愛の事でしょうが…私は恋愛は専門外なので!」
懐に潜んでいたはずのジベルが、アクスの肩に乗っかっていた。
「あっ!アクスさん〜!」
「きゅきゅ!」
背後から聞き慣れたヘルガンとラックルの声が聞こえ、アクスは振り返った。
「どこに行ってたんですか!今サリアさんが大変なんですよ!」
「サリアなら知らない男と一緒にいたけど、なにかあったのか?」
「実はですね…」
ヘルガンが少し前にあった出来事を話し始めた。
時は少し
日が沈んできたのを目安にサリアが晩ごはんを用意して、アクスとリーナを待っていた時の事だった。
「…遅いなぁ二人共」
二人を待ち疲れたサリアはテーブルの上に突っ伏していると、家の呼び鈴が鳴った。
「帰ってきた!?」
二人が帰ってきたのかと思い、椅子から飛び起きたサリアは玄関の扉を開けた。
しかし、そこにいたのは二人ではなく見知らぬ男だった。
男は、すらりと高い体に純白のタキシードを身に着けた、綺麗な金髪の男だった。
「遅くに失礼、サリア=ルフェルさんですね?話に聞いた通りの美しさだ」
「あの…?どちら様でしょうか」
「失礼、私はロウロ=フィーナ=フォン=ミルフィール…ヒーレ侯爵の息子です」
彼の言った名前は、この一帯を収める領主の名前である。
そんな彼が何故サリアを訪れたのか、サリアは意味が分からず困惑していた。
「……それで領主のご子息が何故私の元に?」
「単刀直入に言いますと、以前から
ロウロは手を差し伸べ、サリアの返事を求めた。
「申し訳ありませんが、これから食事の時間のため失礼いたします」
サリアは表情を変えずに、扉を閉めようとした。
「お待ちを!」
扉が閉まるのを止めるように、ロウロは自身の腕を扉に挟み込んだ。
「私の名前を聞いてもなお動じないとはさすがです、やはり
閉まる扉を押し退けると、サリアの手を掴んだ。
「どうか一度、私に付き合ってもらえないでしょうか?」
優しげな瞳で、サリアを見下ろすロウロ。
普通の女性ならばこれで恋に落ちてしまうのだろうが、サリアは違った。
顔を引きつらせ、握られた手に汗が出る。
返事もしないサリアに業を煮やしたロウロは、サリアの耳元にぼそりと呟いた。
それを聞いた途端に、サリアが慌て始めた。
ロウロはその様子を見て、クスリと笑った。
「……今晩だけなら…」
「その返事を聞けて何よりです、では準備ができたら外に出てきてください、馬車を用意してありますので」
ロウロはそう言うと軽く礼をした。
その様子を見ていたヘルガンが、サリアに声を掛けた。
「あの〜…サリアさん?大丈夫ですか?」
「大丈夫、ちょっと行ってくるだけだから。それよりも二人には内緒にしといて、心配かけたくないから」
そう言うと、サリアは自室へと入っていき、白いドレスを着て戻ってきた。
その姿で玄関に出ると、ロウロに連れられ馬車に乗せられていった。
「と…これが僕の見た事です」
話を聞いたアクスは黙り込み、真剣な目つきで何やら考え込んでいた。
「…よし!俺たちも後を追おう」
「はい!」
二人は、アクスが感じるサリアの気配を頼りに後を追った。
後を追い、辿り着いたのは大きな酒場。
レンガの赤茶色い外装は、周りの景色と比べて異質な物で目立って見えた。
ギラギラと輝く大きな看板には、
『バー・アスナ』と、書かれていた。
店の前には、既にリーナも居た。
「あら、結局来たの?」
「まぁな、それより二人は?」
「ここの地下に入っていったわ」
一階の客席から離れた所に、地下へと繋がる階段があった。
「なら早く入ればいいじゃないですか?」
「……断られたのよ」
「えっ?」
「子供は入っちゃ駄目だって断られたのよ…!」
リーナは歯を強く噛み締めながら、恨めしそうに重く語った。
「あー…それは…同情しますよ」
ヘルガンは苦笑いしつつも、リーナを慰めた。
「お前チビだもんな〜」
空気の読めないというか、容赦のないアクスが気楽な声で言い放った。
案の定、アクスの腹に痛烈な一撃が飛んだのは言うまでもない。
三人は地下へと続く階段を降りていった。
そう長くない階段の下には扉があり、その前には黒いタキシードを着た二人の男が立っていた。
男達はアクス達を見るなり、礼儀正しく対応した。
「いらっしゃいませ、会員カードはお持ちですか?」
「会員カード?そんなの持ってないぞ」
「でしたら、招待状などはお持ちですか?」
「いや…」
「でしたら通す事は出来ません、お帰りください」
男達は首を振り、アクス達を階段の上まで押し戻した。
「ちょっと待てよ!なんで入れないんだよ!」
「こちらはVIPルームでして、一見さんはお断りさせていただいたおりますので」
「う〜ん……よし、ちょっと待ってろよ!」
突如、アクスは店の外に出た。
するとすぐに、男達の目の前に戻ってきた。
「これで入れるよな!」
意味が分からず、その場にいた
「まさかアクス…『今のでここに来たのは二回目だから、一見さんじゃないよな』なんてつもりじゃないわよね?」
「えっ?その通りだけど」
「お帰りください」
「なんでだよ!」
呆れてものも言えないリーナは、懐から何やら取り出し、男達に見せた。
「ん?これは…ガデン家の紋章!?」
「その通り、私は名誉ある“ガデン家”の娘よ。ここに入る権利は充分あると思うのだけど?」
「その通りでございます、どうぞお通りください!」
男達は頭を深く下げ、扉の奥へとリーナ達を通した。
扉を開けると、再び階段があり、三人は長い階段を降りていった。
「やっぱりリーナさんって、あのガデン家の人だったんですね!」
「まぁね…っていうか!私の名前は聞いていたはずでしょ?」
「いやぁ…まさかあのガデン家のお嬢様がこんな人だとは思わなくて…」
「失礼なやつね…!」
ヘルガンの失礼な言葉に、リーナはそっぽを向いた。
「なぁ、お前ってもしかして偉いのか?」
「別に偉いって訳じゃないわよ。私の一族は魔法に関して多くの功績を残していてね、そのおかげで国からも懇意にしてもらっていてね」
「へぇ〜…すげぇんだなガデン家ってのは」
三人が話している間に階段の道は終わり、目の前には豪華な装飾が施された、大きくて分厚い扉があった。
扉の前には黒いタキシードを着た男が立っており、三人を見ると礼儀正しくお辞儀をした。
「VIPルームへようこそ。さぁ、どうぞお入りください」
男は分厚い扉を押し、扉が徐々に開いていく。
扉の奥からはまばゆい光が隙間から漏れてきた。
完全に扉が開き、三人は中へと進んでいった。
するとそこには、
広い空間に響く人々の歓声、興奮、思惑。
この空間の普段との異質さに、三人は呆気に取られていた。
「す…すごいですね」
「眩しいなぁ…それに酒臭いし」
「…とりあえず、サリアを探しましょうか。こう人がいたら気配で探すのも一苦労ね」
アクスとリーナはサリアの気配を探るも、大勢の人に紛れてしまい困難を極めていた。
その場に立ち尽くす三人を見て、他の客達がひそひそと笑いを飛ばす。
「やだぁなにあれ?」
「くすくす…随分汚らしい服装ねぇ」
周りの声に気づいたヘルガンは、肩を小さくすぼめていた。
「うぅ…恥ずかしい…」
「よし!見つけた!」
アクスがリーナより早くサリアの気配を感じ取った。
「あっちだ!」
アクスが走り出した。
それを追って二人も急いで後を追った。
アクスは気配の感じた場所へと着いたが、既にサリアはいなかった。
その場から高く跳び、辺りを見回した。
「いた!サリア!」
この空間の奥にある、小さな赤い扉の前に男と並んで入ろうとしているのが見えた。
着地したアクスは人混みを抜け、二人の元へ走っていった。
ところが、不意に足に妙な感触がアクスを襲った。
妙な感触にアクスが気づいた時、アクスの目の前には地面があった。
思いっきりつまづいたのだ。
アクスは地面に手を付け一回転しつつ、地面に足を付けた。
「おいおい!そこは派手に転んで笑いを取るところだろう!」
服から腹がはみ出る程に太った坊主頭の男が、アクスを見下した。
邪魔をされたアクスは、歯をむき出しにし、その男に突っかかった。
「なんだお前!」
「それはこちらの台詞だ、何故お前のようなみすぼらしいやつがここにいるのだ!ここは貴様のような者が来る場所ではないぞ!」
その男の言葉に同調し、周りの人達はアクスを笑い出した。
異変に気づいたサリアが扉の前で振り返り、様子を見た。
「何かしら?」
「喧嘩か何かでしょう。そんなことよりも中へどうぞ、楽しい夜を過ごそうではないですか」
「は…はい…」
二人は扉の奥へと入ってしまった。
それを見たアクスは、怒りで歯を噛み締めた。
「てめぇ!あいつの仲間か!邪魔しやがって!」
「この私に何という口の利き方だ!おい!誰かこいつをつまみ出せ!」
後からやってきたリーナ達は、人混みの中で様子を伺っていた。
「まずいわね…下手したらあいつ、ここで暴れるわよ」
「そんな……そうだ!僕にいい作戦があります!」
ヘルガンはリーナを引っ張り、皆の前に立った。
「控えおろう!ここにおわす方をどなたと心得る!名誉あるガデン家の令嬢、リーナ=ガデン様であられるぞ!
そして!そこにいるお方はその従者、アクス殿であられるぞ!」
「………は?」
突然啖呵を切ったヘルガンに、リーナは
「何してるんですか?早くさっきの紋章を皆さんに見せてください!」
「いや、えっ?えっと…ほらっ」
放心しながらも、リーナは懐から薔薇が彫られたペンダントを周りに見せつけた。
周りにいた人達はその紋章を見るなり、驚きの声を上げた。だが、目の前の男はそれを見るなり笑い始めた。
「はっはっはっ!ガデン家か、貴族でもない奴らがよくもまぁでかい
男の言葉に同調し、うんうんと頷く人も何人かいた。
「それに…お前本当にガデン家の者か?見たことがないな、あの
その時、リーナの様子が変わった。
男の言葉に反応し、男を睨みつけた。
瞳の奥から怒りを表したような赤い光が溢れ、髪の毛がゆらゆらと揺れる。
溢れた力は建物を揺らし、建物が悲鳴を上げる。
力の高ぶりに気づいたアクスは、サリアの元へ駆けつけた。
「おい落ち着け!そんなに力出したら、ここが崩れちまうぞ!」
ジベルやラックルが、リーナの大きな気配を感じ取り懐から飛び出した。
「ひぃぃぃ!何ですかこの恐ろしい気配は!?」
「きゅう!きゅう!」
アクスの忠告を無視し、リーナは周りに見えないように男に指を向けた。
『シャドウグラビティ』
ぼそりと呟いたその瞬間、男が地面に沈み込んだ。
まるで地面に引っ張られるように、男の体は地面へと沈んでいった。
「ぐぉぉぉ!なんだ…!重いぃ!助けてくれぇ…」
助けを乞う男を、リーナは冷徹な視線で見下ろした。
数秒ほど経った後、リーナが指を鳴らすと男の体は自由になった。
「ひぃ!はぁっ!ぜぇっ…!」
苦しみ、喘ぐ男を横目に、リーナは何事も無かったかのように、奥の扉に向かって歩き出した。
「リーナの奴おっかねぇなぁ…」
「さっきの様子なんて怖くて夢に出てきそうですよ…」
「こわかった…こわかったですよぅ…」
「きゅぅぅぅ…」
アクスを除いた皆が、涙目でアクスにすがりついていた。
リーナに続いて扉へと向かったアクス達は、リーナが扉の前で男と揉めているのを目にした。
「どうした?」
「それがね、この奥に入るにはコインがいるようなのよ」
「コイン?金か?」
「お金ではありません。このカジノで使われている特別な通貨です」
目の前の男が、このカジノのルールについて説明し始めた。
「こちらのコイン、これはお金でも買えますが、
「と言っても、ゲームをするためにはコインを自腹で買ってもらう必要がありますが」
「なるほど…それで、この奥に入るためには何枚のコインが必要なんですか?」
男は間を置いて、ゆっくりと語った。
「ざっと…“十万枚”です」
「十万枚!?」
ヘルガンは桁の多さに驚き、腰を抜かした。
しかしアクスは、平然とした様子で男に話しかけた。
「分かった、それでコインはいくらで帰るんだ?」
「一枚につき、二十五ライラです」
「って事は…二百五十万ライラ必要って訳か?」
ヘルガンが無言で、頭を縦に大きく降った。
「こんなのぼったくりに決まっています!アクスさん、抗議してやりましょう!」
あまりにも不当な額に、ジベルが飛び出し、拳を握った。
「落ち着きなさいあんた達、そもそもここはカジノよ?一攫千金を夢見る場所…勝つ方法は一つ、ゲームに勝つことよ!」
「おっしゃる通りです。あなた達の健闘をお祈りしています」
男は深く礼をし、アクス達を見送った。
「よし…他に方法が無い今、これしか方法がねぇんだったらやってやる!待ってろよサリア!」
アクスが大きく拳を掲げ、絶対にサリアを取り戻さんと誓った。
こうしてアクス一行は、勝負の世界へと挑んでいくことになった。
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