第17話 見知らぬ男

仕事帰りのアクスとリーナ、その二人の目の前に変わった光景があった。

白いドレスに身を包んだサリアが、見知らぬ男と歩いているのだ。

「今日は付き合ってくれて感謝します。しかし、今宵の貴女あなたは実に美しいですね、まさしくしく夜空にそびえる満月のように…」

「ありがとうございます…」

サリアは細々とした声で返した。

「おや?元気がありませんね、体調が優れないのですか?」

「いえ!そういう訳では…」

「我慢はよろしくありません、良い酒を扱う店を知っています、そこで一休みいたしましょう」

なかば無理矢理とも思える行動で、サリアを引っ張っていった。

それを後ろから見ていた二人は、こっそり後を追いかけた。

「どう思う?」

「なにが?」

「あの二人よ、どう考えても普通じゃないわよ」

「まぁ…確かにサリアのやつ楽しそうではなかったな」

「で?どう?今の気持ちは」

リーナは興味津々に目を輝かせ、アクスに問う。

「なにが?」

「だから!こう…嫉妬とか、怒りとか無いわけ?」

きょとんとした顔でアクスは、無造作に答えた。

「いや?別に」

「は?つまんな」

興味を失くしたリーナは、一人でサリアを追っていった。

「…どういうこと?」

「さぁ?おそらく恋愛の事でしょうが…私は恋愛は専門外なので!」

懐に潜んでいたはずのジベルが、アクスの肩に乗っかっていた。

「あっ!アクスさん〜!」

「きゅきゅ!」

背後から聞き慣れたヘルガンとラックルの声が聞こえ、アクスは振り返った。

「どこに行ってたんですか!今サリアさんが大変なんですよ!」

「サリアなら知らない男と一緒にいたけど、なにかあったのか?」

「実はですね…」

ヘルガンが少し前にあった出来事を話し始めた。


時は少しさかのぼり三十分前。

日が沈んできたのを目安にサリアが晩ごはんを用意して、アクスとリーナを待っていた時の事だった。

「…遅いなぁ二人共」

二人を待ち疲れたサリアはテーブルの上に突っ伏していると、家の呼び鈴が鳴った。

「帰ってきた!?」

二人が帰ってきたのかと思い、椅子から飛び起きたサリアは玄関の扉を開けた。

しかし、そこにいたのは二人ではなく見知らぬ男だった。

男は、すらりと高い体に純白のタキシードを身に着けた、綺麗な金髪の男だった。

「遅くに失礼、サリア=ルフェルさんですね?話に聞いた通りの美しさだ」

「あの…?どちら様でしょうか」

「失礼、私はロウロ=フィーナ=フォン=ミルフィール…ヒーレ侯爵の息子です」

彼の言った名前は、この一帯を収める領主の名前である。

そんな彼が何故サリアを訪れたのか、サリアは意味が分からず困惑していた。

「……それで領主のご子息が何故私の元に?」

「単刀直入に言いますと、以前から貴女あなたの事が気になっておりまして、ぜし一度お話しをと…」

ロウロは手を差し伸べ、サリアの返事を求めた。

「申し訳ありませんが、これから食事の時間のため失礼いたします」

サリアは表情を変えずに、扉を閉めようとした。

「お待ちを!」

扉が閉まるのを止めるように、ロウロは自身の腕を扉に挟み込んだ。

「私の名前を聞いてもなお動じないとはさすがです、やはり貴女あなたは他の女性とは違うようだ」

閉まる扉を押し退けると、サリアの手を掴んだ。

「どうか一度、私に付き合ってもらえないでしょうか?」

優しげな瞳で、サリアを見下ろすロウロ。

普通の女性ならばこれで恋に落ちてしまうのだろうが、サリアは違った。

顔を引きつらせ、握られた手に汗が出る。

返事もしないサリアに業を煮やしたロウロは、サリアの耳元にぼそりと呟いた。

それを聞いた途端に、サリアが慌て始めた。

ロウロはその様子を見て、クスリと笑った。

「……今晩だけなら…」

「その返事を聞けて何よりです、では準備ができたら外に出てきてください、馬車を用意してありますので」

ロウロはそう言うと軽く礼をした。

その様子を見ていたヘルガンが、サリアに声を掛けた。

「あの〜…サリアさん?大丈夫ですか?」

一呼吸間を置いてから、サリアは普段と変わらぬ態度で言った。

「大丈夫、ちょっと行ってくるだけだから。それよりも二人には内緒にしといて、心配かけたくないから」

そう言うと、サリアは自室へと入っていき、白いドレスを着て戻ってきた。

その姿で玄関に出ると、ロウロに連れられ馬車に乗せられていった。


「と…これが僕の見た事です」

話を聞いたアクスは黙り込み、真剣な目つきで何やら考え込んでいた。

「…よし!俺たちも後を追おう」

「はい!」

二人は、アクスが感じるサリアの気配を頼りに後を追った。


後を追い、辿り着いたのは大きな酒場。

レンガの赤茶色い外装は、周りの景色と比べて異質な物で目立って見えた。

ギラギラと輝く大きな看板には、

『バー・アスナ』と、書かれていた。

店の前には、既にリーナも居た。

「あら、結局来たの?」

「まぁな、それより二人は?」

「ここの地下に入っていったわ」

一階の客席から離れた所に、地下へと繋がる階段があった。

「なら早く入ればいいじゃないですか?」

「……断られたのよ」

「えっ?」

「子供は入っちゃ駄目だって断られたのよ…!」

リーナは歯を強く噛み締めながら、恨めしそうに重く語った。

「あー…それは…同情しますよ」

ヘルガンは苦笑いしつつも、リーナを慰めた。

「お前チビだもんな〜」

空気の読めないというか、容赦のないアクスが気楽な声で言い放った。

案の定、アクスの腹に痛烈な一撃が飛んだのは言うまでもない。


三人は地下へと続く階段を降りていった。

そう長くない階段の下には扉があり、その前には黒いタキシードを着た二人の男が立っていた。

男達はアクス達を見るなり、礼儀正しく対応した。

「いらっしゃいませ、会員カードはお持ちですか?」

「会員カード?そんなの持ってないぞ」

「でしたら、招待状などはお持ちですか?」

「いや…」

「でしたら通す事は出来ません、お帰りください」

男達は首を振り、アクス達を階段の上まで押し戻した。

「ちょっと待てよ!なんで入れないんだよ!」

「こちらはVIPルームでして、一見さんはお断りさせていただいたおりますので」

「う〜ん……よし、ちょっと待ってろよ!」

突如、アクスは店の外に出た。

するとすぐに、男達の目の前に戻ってきた。

「これで入れるよな!」

意味が分からず、その場にいたみなが首を傾げた。

「まさかアクス…『今のでここに来たのは二回目だから、一見さんじゃないよな』なんてつもりじゃないわよね?」

「えっ?その通りだけど」

「お帰りください」

「なんでだよ!」

呆れてものも言えないリーナは、懐から何やら取り出し、男達に見せた。

「ん?これは…ガデン家の紋章!?」

薔薇ばらの形に作られたペンダント。それを見た男達のリーナを見る目が変わった。

「その通り、私は名誉ある“ガデン家”の娘よ。ここに入る権利は充分あると思うのだけど?」

「その通りでございます、どうぞお通りください!」

男達は頭を深く下げ、扉の奥へとリーナ達を通した。

扉を開けると、再び階段があり、三人は長い階段を降りていった。

「やっぱりリーナさんって、あのガデン家の人だったんですね!」

「まぁね…っていうか!私の名前は聞いていたはずでしょ?」

「いやぁ…まさかあのガデン家のお嬢様がこんな人だとは思わなくて…」

「失礼なやつね…!」

ヘルガンの失礼な言葉に、リーナはそっぽを向いた。

「なぁ、お前ってもしかして偉いのか?」

「別に偉いって訳じゃないわよ。私の一族は魔法に関して多くの功績を残していてね、そのおかげで国からも懇意にしてもらっていてね」

「へぇ〜…すげぇんだなガデン家ってのは」

三人が話している間に階段の道は終わり、目の前には豪華な装飾が施された、大きくて分厚い扉があった。

扉の前には黒いタキシードを着た男が立っており、三人を見ると礼儀正しくお辞儀をした。

「VIPルームへようこそ。さぁ、どうぞお入りください」

男は分厚い扉を押し、扉が徐々に開いていく。

扉の奥からはまばゆい光が隙間から漏れてきた。

完全に扉が開き、三人は中へと進んでいった。

するとそこには、きんで染め上げられた大きなカジノが存在した。

広い空間に響く人々の歓声、興奮、思惑。

この空間の普段との異質さに、三人は呆気に取られていた。

「す…すごいですね」

「眩しいなぁ…それに酒臭いし」

「…とりあえず、サリアを探しましょうか。こう人がいたら気配で探すのも一苦労ね」

アクスとリーナはサリアの気配を探るも、大勢の人に紛れてしまい困難を極めていた。

その場に立ち尽くす三人を見て、他の客達がひそひそと笑いを飛ばす。

「やだぁなにあれ?」

「くすくす…随分汚らしい服装ねぇ」

周りの声に気づいたヘルガンは、肩を小さくすぼめていた。

「うぅ…恥ずかしい…」

「よし!見つけた!」

アクスがリーナより早くサリアの気配を感じ取った。

「あっちだ!」

アクスが走り出した。

それを追って二人も急いで後を追った。

アクスは気配の感じた場所へと着いたが、既にサリアはいなかった。

その場から高く跳び、辺りを見回した。

「いた!サリア!」

この空間の奥にある、小さな赤い扉の前に男と並んで入ろうとしているのが見えた。

着地したアクスは人混みを抜け、二人の元へ走っていった。

ところが、不意に足に妙な感触がアクスを襲った。

妙な感触にアクスが気づいた時、アクスの目の前には地面があった。

思いっきりつまづいたのだ。

アクスは地面に手を付け一回転しつつ、地面に足を付けた。

「おいおい!そこは派手に転んで笑いを取るところだろう!」

服から腹がはみ出る程に太った坊主頭の男が、アクスを見下した。

邪魔をされたアクスは、歯をむき出しにし、その男に突っかかった。

「なんだお前!」

「それはこちらの台詞だ、何故お前のようなみすぼらしいやつがここにいるのだ!ここは貴様のような者が来る場所ではないぞ!」

その男の言葉に同調し、周りの人達はアクスを笑い出した。

異変に気づいたサリアが扉の前で振り返り、様子を見た。

「何かしら?」

「喧嘩か何かでしょう。そんなことよりも中へどうぞ、楽しい夜を過ごそうではないですか」

「は…はい…」

二人は扉の奥へと入ってしまった。

それを見たアクスは、怒りで歯を噛み締めた。

「てめぇ!あいつの仲間か!邪魔しやがって!」

「この私に何という口の利き方だ!おい!誰かこいつをつまみ出せ!」

後からやってきたリーナ達は、人混みの中で様子を伺っていた。

「まずいわね…下手したらあいつ、ここで暴れるわよ」

「そんな……そうだ!僕にいい作戦があります!」

ヘルガンはリーナを引っ張り、皆の前に立った。

「控えおろう!ここにおわす方をどなたと心得る!名誉あるガデン家の令嬢、リーナ=ガデン様であられるぞ!

そして!そこにいるお方はその従者、アクス殿であられるぞ!」

「………は?」

突然啖呵を切ったヘルガンに、リーナはほうけた様子でヘルガンを見つめていた。

「何してるんですか?早くさっきの紋章を皆さんに見せてください!」

「いや、えっ?えっと…ほらっ」

放心しながらも、リーナは懐から薔薇が彫られたペンダントを周りに見せつけた。

周りにいた人達はその紋章を見るなり、驚きの声を上げた。だが、目の前の男はそれを見るなり笑い始めた。

「はっはっはっ!ガデン家か、貴族でもない奴らがよくもまぁでかいつらが出来るもんだ!」

男の言葉に同調し、うんうんと頷く人も何人かいた。

「それに…お前本当にガデン家の者か?見たことがないな、あの傷物きずものの女一人だけだと思ってたわ」

その時、リーナの様子が変わった。

男の言葉に反応し、男を睨みつけた。

瞳の奥から怒りを表したような赤い光が溢れ、髪の毛がゆらゆらと揺れる。

溢れた力は建物を揺らし、建物が悲鳴を上げる。

力の高ぶりに気づいたアクスは、サリアの元へ駆けつけた。

「おい落ち着け!そんなに力出したら、ここが崩れちまうぞ!」

ジベルやラックルが、リーナの大きな気配を感じ取り懐から飛び出した。

「ひぃぃぃ!何ですかこの恐ろしい気配は!?」

「きゅう!きゅう!」

アクスの忠告を無視し、リーナは周りに見えないように男に指を向けた。

『シャドウグラビティ』

ぼそりと呟いたその瞬間、男が地面に沈み込んだ。

まるで地面に引っ張られるように、男の体は地面へと沈んでいった。

「ぐぉぉぉ!なんだ…!重いぃ!助けてくれぇ…」

助けを乞う男を、リーナは冷徹な視線で見下ろした。

数秒ほど経った後、リーナが指を鳴らすと男の体は自由になった。

「ひぃ!はぁっ!ぜぇっ…!」

苦しみ、喘ぐ男を横目に、リーナは何事も無かったかのように、奥の扉に向かって歩き出した。

「リーナの奴おっかねぇなぁ…」

「さっきの様子なんて怖くて夢に出てきそうですよ…」

「こわかった…こわかったですよぅ…」

「きゅぅぅぅ…」

アクスを除いた皆が、涙目でアクスにすがりついていた。

リーナに続いて扉へと向かったアクス達は、リーナが扉の前で男と揉めているのを目にした。

「どうした?」

「それがね、この奥に入るにはコインがいるようなのよ」

「コイン?金か?」

「お金ではありません。このカジノで使われている特別な通貨です」

目の前の男が、このカジノのルールについて説明し始めた。

「こちらのコイン、これはお金でも買えますが、とうカジノのゲームで勝つことによって得ることが出来ます」

つるぎの紋章が描かれたコインをアクス達に見せた。

「と言っても、ゲームをするためにはコインを自腹で買ってもらう必要がありますが」

「なるほど…それで、この奥に入るためには何枚のコインが必要なんですか?」

男は間を置いて、ゆっくりと語った。

「ざっと…“十万枚”です」

「十万枚!?」

ヘルガンは桁の多さに驚き、腰を抜かした。

しかしアクスは、平然とした様子で男に話しかけた。

「分かった、それでコインはいくらで帰るんだ?」

「一枚につき、二十五ライラです」

「って事は…二百五十万ライラ必要って訳か?」

ヘルガンが無言で、頭を縦に大きく降った。

「こんなのぼったくりに決まっています!アクスさん、抗議してやりましょう!」

あまりにも不当な額に、ジベルが飛び出し、拳を握った。

「落ち着きなさいあんた達、そもそもここはカジノよ?一攫千金を夢見る場所…勝つ方法は一つ、ゲームに勝つことよ!」

「おっしゃる通りです。あなた達の健闘をお祈りしています」

男は深く礼をし、アクス達を見送った。

「よし…他に方法が無い今、これしか方法がねぇんだったらやってやる!待ってろよサリア!」

アクスが大きく拳を掲げ、絶対にサリアを取り戻さんと誓った。

こうしてアクス一行は、勝負の世界へと挑んでいくことになった。







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