第2章 それぞれの想い

第11話 戦士達の休息

「はぁ…」

アクスが深くため息をつく。

「しかたないですよアクスさん、元気出しましょうよ」

「でもよ…じいちゃんから貰ったけんが直らねえってよ…」


話は少しさかのぼり、アクスとヘルガンはミルフィの町に買い出しの途中の事。

以前、悪魔との戦いで壊れたけんを修理してもらおうと鍛冶屋かじやに向かったのだが。

「駄目だなこりゃ、熱で溶けちまってる。諦めな」

悪魔のビームによって胸を貫通し、背中にたずさえた剣までも溶けていたのだ。


そして今にいたる。

アクスにしては珍しくショックを受けたようで、壊れた剣を見つめながらため息をついている。

「でも、アクスさんほとんどけんを使わないですし、なくてもいいんじゃないですか?」

「…それもそうだな、壊れたけんでいつまでも気にむのもあれだしな」

アクスはさっぱりと諦めがついたようだ。

表情が明るくなり、足が軽くなったようにあゆみだす。

二人は本来の目的の買い出しを済ませ、家に帰ろうと足を向けた。

帰りの途中、町の中に人だかりが出来ているのが見えた。

「なんでしょうかね?あれ?」

ヘルガンが背伸びをし、人だかりの向こうを見た。

「ええと…福引ですか。一等は…旅行券四人分!」

人だかりの先の、大きく張り出された紙を見ると。

『旅行券四人分!スイーラの町の豪華宿ごうかやどに二泊三日!!』

と、書かれている。

スイーラの町とは、ここから北のスイーラット領にある町の一つだ。

北にあるためか、雪が多く降り積もり、ここよりも寒い。

「温泉?それよりなんか美味うまい食いもんはねぇのか?」

「何言ってるんですか!食べ物より旅行券の方がいいでしょ」

興奮した様子で腕を上下に振るヘルガン。

「そういえば、さっきの買い物した時に福引券もらいましたよね?早速引きに行きましょう!」

「でもよ、そういうのはだいたい当たらないってサリアが言ってたぞ」

「大丈夫ですよ!僕にはラックルがいますから」

「きゅい!」

ヘルガンの胸元からラックルが飛び出す。

幸運を呼び寄せるというカーバンクルのラックル。その伝説は本当なのか、今ここで試される。

ヘルガンは福引券を握りしめ、足早あしばやに向かった。

人が並ぶ長い列の最後尾に並び、今か今かと順番を待った。

長い時間を経て、ついに順番が周ってきた。

「一回お願いします!」

祈るように手を組み、ふくびきを回した。

福引器が音を立て回る間も、ヘルガンはずっと祈っていた。

一方でアクスは、興味なさげにヘルガンの様子をただながめていた。

長く感じた時間が終わりを迎えた。

福引器から玉が落ちた。金色に輝く一等の玉が。

「大当たりー!!一等賞旅行券四人分!!」

かねの鳴り響く音が、辺りに響き渡る。

ヘルガンとラックルは大きく拳をかかげた。

「やったー!!」

「きゅいー!!」


二人は早速家に帰り、サリアとリーナに事の顛末てんまつを話した。

「というわけで…行きませんか?旅行!」

「いいわね、最近は魔王軍との戦いも多かったし、しっかり休むためにも行きましょう」

サリアが賛同し、あとはアクスとリーナの二人の同意を得るだけなのだが。

「……休むんだったら家で寝てた方がよくね?」

「あのねぇ…寝るだけじゃなくて気分転換も大事な事よ?たまには温泉にゆっくり入ってのんびりするってのも…」

「俺、熱い風呂は苦手なんだよ」

アクスの胸ぐらを掴み、サリアが怒鳴る。

「だからいつもお風呂から上がるの早いのね!ちゃんと入りなさいよ!」

「ちょっと二人ともやめてくださいよ喧嘩けんかなんて!」

「私は別にいいわよ」

突然とつぜん、黙っていたリーナが口を開いた。

三人はリーナに目を向ける。

「い…意外ですね、リーナさんの事だから家で修行するのかと…」

「別に旅行が楽しみだとかそういうのじゃないわよ、情報収集するにはもってこいだからよ」

ました顔でそう言うと、再び黙った。

サリアとヘルガンがアクスをにらみつける。

「…なんだよ?なんか言えよ」

「アクスさん、僕はあなたと違ってごく普通の人間なんです。ですからね、休息も必要なわけですよ」

「私もね、リーナと比べたらか弱い女の子なのよ。たまには休みをちょうだい?」

「魔物を殴り殺せるやつがか弱いわけねぇだろ」

至極しごく真っ当な返しをするも、サリアはアクスをにらみながらほおをつねった。

「リーナに比べたらって言ってるの!」

「いらい!いひゃいからやめで…!」

強い力でほおをつねられ、満足に言葉を発せないアクスだが、かすかに涙を流したその表情からアクスが痛みを訴えているのがわかる。

「二人とも喧嘩はしないでくださいってさっき言ったじゃないですか!」

ヘルガンの声で、サリアがアクスのほおから手を離した。

アクスはつねられた箇所かしょさすりながら、自前の氷で冷やしている。

「で、アクスさん。温泉行くんですか?」

威圧感いあつかんを出すように、アクスにおおかぶさるようにヘルガンがたずねた。

アクスは目をらすも、サリアがにらみつける。

「……わかったよ…行くよ…」

駄々をこねる子供のようにねばったが、とうとう折れた。

「よし!じゃあ早速準備しましょう!出発は明日ね!」

サリアは自分の部屋へと荷造りをしに行った。

「そんな早く出るのか?」

旅行券を見つめながらヘルガンが答える。

「そうですねぇ…これ有効期限が来週までなので早めに行ったほうがいいでしょう」

「じゃあ私も荷造りしておくわ。あなた達もちゃんとしなさいよ、特にアクス」

しっかりとアクスに念を押し、リーナも部屋へと荷造りをしに戻っていった。

残った二人も、自分の部屋にて荷造りを始めた。


次の日。

日が昇り、四人はミルフィの町へと向かい、スイーラの町に向かうための馬車を借りに来た。

馬車の貸し出しは二種類のタイプがあり、御者ぎょしゃがいるタイプといないタイプだ。

もちろん御者ぎょしゃがいない方が安いため、いないタイプを選ぶ。

「あっ!あの馬車とかいいんじゃないかしら?」

サリアが指差した先を見ると、二頭引きの馬車で、四人が入っても余裕のある広々とした物だ。

「サリアの好きなのでいいぞ」

アクスに続き、リーナ達がうなづいた。

三人の同意を得て、サリアはその馬車を借りた。

四人は馬車へと乗り込み、サリアが馬の縄を握り、スイーラの町へと続く北の街道を走り出した。

雪で真っ白に染まった平原を進むと、近くに森が見えてくる。

以前リーナとラルトが戦った跡が残っており、町の男達がが寒いなか整備している。

「あれ…リーナさん達が戦った跡ですよね?どうしたらあんなになるんですかね」

リーナは外の景色をながめながら、短く返す。

「別に普通でしょ」

「普通じゃあありませんよ!リーナさんもそうですがアクスさんも人間とは思えませんよ!」

「人間じゃない…?そうだ思い出したぞ!」

ふと、アクスが何かを思い出す。

「以前悪魔ってやつと戦った時に、

『お前は戦闘種族ルーフの一族だ』

って言われたんだけど、ルーフってなんだ?」

「「「ルーフの一族?」」」

アクスに聞かれ、みなが考え込む。

「ルーフの一族なんて初耳ですよ」

「…悪いけど私も知らない」

「う〜ん…聞いたことあるような無いような…やっぱりわからないや」

神であるサリアですらそれを知らなかった。

「えぇ…お前も知らないの?」

「仕方ないでしょ!知らないものは知らないわよ」

気を悪くしたのか、サリアはそっぽを向いた。

結局、ルーフの一族の事は何一つわからなかった。


しばらく進み、ミルフィール領を抜け、スイーラット領へと入った。

長い時間馬車に揺られ、アクスは眠り始めた。

「…寝ちゃいましたかね?」

ヘルガンがそっと顔を伺うと。

ばっと目を開けた。

「うわぁぁ!びっくりしたぁ!」

思わず椅子から転げ落ち、ヘルガンは床に転がった。

「なんだよ?せっかくイメージトレーニングしてたのに」

サリアが目だけをアクスに向け、あきれた様子で問いかける。

「なによまた修行してたの?」

「だってひまだし…」

あくびをしながら両腕を長く伸ばし、つぶやいた。

「なんかねぇかな…」

アクスの期待に応じるように、なにかの気配が現れた。

「おいリーナ」

「わかってる、多いわね」

「魔物ですか!?」

「もー!アクスが変なこと言うから!」

アクスとリーナが、街道の西にある林に目を向ける。

「サリア、全速力で駆け抜けなさい」

リーナの声を聞き、サリアが馬にむちを打つように縄を動かす。

全速力でその場から逃げようとする一行を、林から何かが見つめ、飛び出してきた。

馬に乗ったゴブリンの群れだ。その数、数十匹といったところか。

旅人から奪った物だろうか、素朴な剣や槍を手に持ち、頭にはぶかぶかの皮の防止を身に着けている。

「ゴブリンか…まぁひまつぶしにはなるかな」

アクスは馬車に迫るゴブリンを蹴り飛ばし、馬を奪った。

馬を操り、馬車と並走した状態でサリア達に話しかけた。

「サリア達は先に行っててくれ。リーナはどうする?」

馬車の中で横になりながら、気だるそうに答えた。

「私はいいわ、雑魚相手はあんたに任すわよ」

「わかった、じゃあサリアの事は頼んだぞ!」

アクスは一人反転し、ゴブリンの群れへと向かって行った。

手の先に氷の刃を作り出し、馬車の近くに迫って来ていたゴブリンに斬りかかる。

アクスが馬を扱うのは初めての事であったが、簡単に乗りこなし、ゴブリン達を馬上から斬り落としていく。

遠目から、ヘルガンが戦いの様子をながめていた。

流石さすがですね、あれだけの数を同時に相手にするなんて」

「これなら大丈夫そうね、少し進んだら馬車を止めてアクスを待ちましょうか」

「いや、まだよ…」

リーナの眉がひそめられる。

馬車の中から、ゴブリン達が出てきた森の方へと目を向けた。

林の奥からけたましい雄叫おたけびが耳をつんざく。

その場に居たみなが耳を押さえた。

長い雄叫おたけびが終わり、それが姿を現した。

黒い体毛が全身を包み、人間のような体格をしているが、獣のように四つん這いの姿で地面を駆ける。

「こいつ…悪魔に似てるな」

アクスは馬で駆け寄り、魔物を迎え撃とうと、ゴブリンから奪い取った槍を投げつける。

槍は魔物に刺さったが、痛みでひるむ様子も見せずに変わらずせまってくる。

アクスは慌てて反転し、距離を離す。

背中を向けたアクスの背後から、魔物が飛びかかる。

飛び上がった魔物は腕を振りかざし、アクスを狙った。

その時、馬車の方から赤い光と共に、エネルギーだんが飛び、魔物を吹き飛ばした。

魔物を吹き飛ばしたまま、エネルギーだんは大きな爆発を起こした。

馬車の中からエネルギーだんを放ったのはリーナであった。

「すまねぇリーナ!助かった!」

しかし、リーナの表情は暗かった。

「感謝されるほどの事は出来てないわ…見なさい」

あごの動きで魔物を指す、そこには吹き飛ばされた魔物が平然と追いかけてきていた。

「なっ!まじか!?」

「なんですかあの魔物!?」

「あれは魔力を込められた人形にんぎょうよ普通の攻撃じゃあ倒せないわ」

リーナが説明する中、再び魔物がアクスの近くにまでせまっていた。

「ヘルガン!ちょっとこれお願い!」

馬車を操縦していたサリアが、ヘルガンに縄を無理矢理渡した。

「ええ!?ちょっ…!僕、馬車の操縦なんて初めてで…」

ヘルガンの言葉を無視し、サリアは馬車の後ろへと向かった。

「アクス戻ってらっしゃい!巻き込んじゃうわよ!」

「…!わかった!」

アクスは馬の背中から馬車へ向かって高くんだ。

「どうするつもり?」

「こう…するのよ!」

杖で宙に、三つに連なる白く光る魔法陣を描き出した。

『ミイラーゼ』

魔法陣から光のビームが放たれる。

極太ごくぶとのビームは魔物の体をおおい尽くし、魔物を吹き飛ばし、消し去ったように見えたが。

「あれ?」

魔物は強力なビームを受けてなお、立ち上がった。

頭をかきながら、サリアが苦笑する。

「いや〜ははっ、集中が足りなかったかな?」

「お前…最近良いとこないな」

アクスがぼそりつぶやいた。

さすがのサリアも頭にきたのか、アクスに鋭い視線を向ける。

「だったらもう一回見てなさい!今度は良いとこ見せてあげる」

再び、同様の魔法陣を描き出した。

さらにサリアは、黒く光る魔法陣を三つに重ねて描き出した。

二つの魔法陣を手に乗せ、両手を合わせる。

先程さきほどとは違う、大きな力を二人は感じた。

「くらいなさい!複合魔法『ミイムース』!」

光と闇の二つの魔法が合わさり、禍々まがまがしくも綺麗きれいな巨大なエネルギーだんが魔物にぶつかる。

当たったエネルギーだんは魔物を包み、その辺りの地形ごと飲み込んだ。

エネルギーだんはじけると、その場から魔物はおろか、地面までもこの世から消え去った。

「ふふん!どうよっ!」

腰に手を当て、大きく胸を張りながら、サリアはアクスに尋ねた。

「えっ…今の魔法なに?怖っ…」

「ちょっと!なんで引いてるのよ!」

珍しくアクスがおびえている。

一方でリーナは、安心したのか再び横になり始めた。

「まったくなによ、私が活躍したのにその態度は?失礼だと思わないの!」

アクスはどうしたらいいのか分からず、とっさにサリアの頭をでた。

「なんのつもり?」

「犬とか猫とか、でたら喜ぶから…」

「私は犬でも猫じゃないわよ、まったく…」

口ではそう言うも、サリアの顔はやや赤くなっていた。められるのは素直に嬉しいそうだ。

「あのサリアさん…早く代わってください」

馬車の操縦をしていたヘルガンから助けの声がかかる。

「あっごめんごめん、すぐ代わるね」

アクスの手を払い除け、馬車の操縦を代わった。

「あの…アクスさん」

ヘルガンが怯えた様子で、こっそりとアクスに話しかけた。

「さっきの魔法なんですか?怖いんですけど」

ヘルガンもあの様子を見ていたようだ。

先程さきほどの魔法の様子を見れば、誰もがおびえるだろう。

「いや俺も知らないし…」

「複合魔法っていうのは、二つ以上の魔法を合わせた特別な魔法の事よ」

横になっていたリーナが、サリアの代わりに答えた。

「詳しいな」

「まぁね…」

「…そういえば、リーナさんと同じ名字の人がそういう研究をしてるって…」

「みんな!町が見えてきたわよ!」

ヘルガンが何か言いかけたその時、サリアの言葉によってさえぎられてしまった。

三人は、サリアの後ろから町を見た。

山に囲まれた町、スイーラの町へと着いたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る