第10話 月下の狩人

「貴様何者だ…」

悪魔が怒りを向けながらアクスに問う。

アクスはそれを無視し、サリアを腕に抱えこむ。

「大丈夫か、サリア」

苦しそうに激しくむせ返すと、アクスの姿を見て驚いた様子だった。

「アクス…どうしてここに?」

「嫌な感じがしてな、向こうはリーナに任せてきた」

話を聞かないアクスにいら立ちら悪魔が怒鳴どなり散らす。

「貴様!聞いているのか!?」

怒声どせいと共に手に溜めたエネルギーを、たまとして撃ち出した。

飛んできたたまを、アクスは軽く腕ではじき飛ばした。

はじかれた弾は、あらぬ方向へ飛んでいき空中で爆発した。

「はじいただと…!」 

悪魔に向けて、アクスが冷たい殺気のこもった目でにらみつける。

普段見ないこわい顔に、サリアは味方であるはずなのに自分が押しつぶらされそうなほどの威圧感いあつかんを感じた。

アクスは悪魔を警戒しながら、短く辺りを見渡す。

倒れているヘルガンに目をやった。

「ヘルガン、動けるか?」

ぼろぼろの身体を起こし、ヘルガンが立ち上がる。

「えぇ…なんとか…」

「動けるなら十分だ、お前たちはそこに転がってるやつらを連れて町に戻れ!」

その言葉に、サリアが待ったをかける。

「なに言ってるのよアクス!まさかあいつと一人で戦うつもり!?」

サリアの言葉に、アクスは冷たく返す。

「…お前らが居ても邪魔じゃまになるだけだ、さっさとここから離れろ」

アクスの言う事はもっともで、サリアもそれは分かっていた。だがそれは、サリアにとっても悔しい事であった。

アクスの意思を尊重そんちょうし、ヘルガンは、急ぎ他の冒険者達を助けその場から離れようとした。

「サリアさん急いで逃げますよ、アクスさんの言う通りですよ」

悔しそうに歯を噛みしめるサリア。決心がようやくついたのか、立ち上がり、アクスに大声で吐き捨てる。

「アクス!絶対に勝っちなさいよ!負けたら承知しないからね!」

アクスは悪魔に集中していて、何も語らなかった。

だがサリアの目には、アクスの顔に小さな笑みが見えた。

逃げていく二人を見て、悪魔が追撃ついげき仕掛しかけようと飛び込む。

にがさん!」

アクスの脇を通り抜け、二人にせまろうとする。

それをアクスは見逃さず、背中に思いっきりこぶしを叩き込み、地面に叩き落とした。

「はあっ!」

地面に叩きつけられた衝撃で宙に浮いた悪魔に蹴りを入れ、遠くに吹き飛ばした。

吹き飛んだ悪魔を追いかけアクスが走る。

追いついたアクスは、悪魔にエネルギー弾を放つ。

体制を立て直し、地面に着地した悪魔はその場から動こうともせず、せまりくるエネルギー弾にてのひらを向けた。

だが、エネルギー弾は悪魔に当たる直前で止まり、そらへと飛んでいった。

「なにっ!」

エネルギー弾に気をとられた悪魔に強烈なりが入る。

再び吹き飛ばされた悪魔は、地面を削りながら強くふんばり、勢いを止めた。

追いついてきたアクスが、笑みを浮かべながら言う。

「やはり魔力を吸収するみたいだな」

「!?なぜそれを…」

悪魔を指さし、話を続けた。

「かすかにだが、お前の身体からいくつもの魔力を感じる。そうやって魔力を奪い取って生きてきたんだろ?」

アクスの推察すいさつは見事に当たっていた。

「しかもサリアの魔力までもうばいやがって…てめぇだけは許さないぞ!」

サリアを傷つけられた事でアクスが叫んだ。

怒りの叫びと共に身体からあふれた魔力が変化し、アクスの足元に氷となって地面をこおらせた。

悪魔は気迫に押される事はなく、不気味に笑いだした。

「くっくっくっ…その通り、俺は奪った魔力を自分のエネルギーとして使える」

悪魔が受けた傷が、煙を上げ徐々に治っていく様子が見えた。

「貴様は聞いていた話と違うな…ただの馬鹿だと聞いていたが、大したものだ」

賛美さんび拍手はくしゅをする。

「戦闘の才能、そして女神に対する異常なまでのあの態度。もしや貴様…使か?」

天使。そう、悪魔が言った。

「……女神?なんのことだ。それに天使?おかしな事を言いやがって」

でも、サリアが女神だと知られぬようにとぼけた。

「いや…今はルーフの一族などと呼ばれているのだったな」

今度はなどと、聞き覚えのない言葉を出した。

アクスは黙って首をかしげた。

「まぁ知らぬのも無理はない、なにせ数万年前の事だからな」

なんの話かわからぬであろうアクスの為に、悪魔が話し始めた。

「まだ神も悪魔も名前がなかった時代、我々の祖先と憎き神々の祖先がこの世界を巡って争った時代があった。その戦いの結果、我らの祖先は敗れ神々がこの世界の支配権を握った」

長ったらしい話にしびれを切らしたアクスが、単刀直入に聞く。

「つまりどういうことだ?」

アクスの態度にいらつき、悪魔の口調が激しくなる。

「せっかちなやつだ…いいか!貴様は戦争の時代に神に作られただ!」

話を理解できないアクスは首をかしげた。

「ルーフ…?戦闘種族…?さっきからなんの事かさっぱりだ…」

「しかし貴様らの祖先は、内乱で滅んだと聞いていたが、まさか地球に逃げ延びていたとはな…」

悪魔の話によると、アクスの祖先は神や悪魔とも関わりがあるらしい。悪魔が執拗しつようにサリアを狙うのは、過去にあった戦争がが理由だろう。

「実に幸運な事だ、今ここで貴様らに殺された我ら悪魔の怒りを思い知らせてくれる!」

激昂げっこうする悪魔に、アクスは冷たく言い切った。

「知るかよそんなこと、俺もサリアもなんもしてねぇのに、変な因縁ふっかけられのはゴメンだね」

悪魔の目が怒りで染まり、体の内側から力が溢れ出す。

「貴様らは絶対に許さんっ!全員殺してやるから覚悟しろっ!」

突撃してくる悪魔に備え、左腕を体の前に出し、右腕を腰の辺りに構えた。

突撃の勢いのまま、悪魔が右拳をくり出す。

迫るこぶしを両腕で防ぐ。

「くっ…!重てぇ…」

腕がしびれ、身体が震える、それほどまでに悪魔の一撃は重たかった。

「はぁっ!!」

続けざまにパンチを連続して放ち、アクスを後ろへと押し込んでいく。

攻撃は重いうえに速い、防御するだけで精一杯であった。

重い攻撃を受け続け、体制を崩し、腕が浮き上がる。とうとうアクスの防御がやぶられた。

がら空きになった胸を狙い、悪魔の鋭いこぶしが放たれる。

アクスは崩れた体制を利用して、地面に仰向あおむけに倒れ込み、攻撃をかわした。

倒れたまま、足で悪魔のあごり上げた。

悪魔のあご容易たやすく割れ、地面に倒れ込んだ。だが悪魔はすぐに立ち上がり、あごの傷を治し、元に戻った。

悪魔はアクスに目を向け、ニタニタと笑う。

「…こりゃあちょっとやべぇかもな」

アクスの顔にひやりとした汗がしたたる。


一方で、アクス達の反対にいるリーナの戦いは。

「だあっ!くそっ!!」

ラルトのこぶし空振からぶる音と、やりきれない叫びが聞こえてきた。

戦いはリーナが優勢ゆうせいであった。

ラルトの驚異的なパワーとタフさは大したものであったが、リーナからすれば赤子のようであった。

ラルトが何度も体力の続く限りパンチを放つ。リーナはそれを難なくかわし、カウンターのパンチを顔面に叩き込む。

まともに食らったクローワは大きくのけぞるも、体制を元に戻す勢いでリーナに頭突きを放つ。

それをもかわし、ラルトの体を思いっきり蹴り上げた。

そらに飛ばされたラルトは、空中で体制を整え、背中の羽でそらに留まった。

ボロボロになった自身の体を見て、リーナに向かって怒号どごうをあげる。

「くそっ!くそっ!くそがっ!!どうしてこの私があんな小娘に…!」

こぶしを握り、何度も腕を大きく振り下ろす。

遠目に見ていたリーナはそれを見て、鼻で笑った。

「そんな事も分からないからあなたは勝てないのよ、ただの!小娘に!」

リーナはラルトにも聞こえるよう大声で、ラルト自身が言った言葉を強調し、あおるように言った。

それを聞いたラルトがぎらりと視線を向け、激しく息をらしながら、リーナをにらみつける。

「こんのクソガキがぁ!!」

もはや知性が消えたラルトは、空からリーナ目掛けて急降下した。

勢い良く地面に降り立ったラルトは力任せに拳を振るう。しかしそんな攻撃は簡単に見切られ、腕を掴まれり飛ばされる。

地面に転がったラルトが、よろよろと立ち上がる。

「…こんな、こんなところで倒されるわけには…私はエリート…こんなやつにやられるわけが…」

弱々しい泣き声を吐きながらも、リーナに一撃を入れようと渾身の拳を放つ。

「うわぁぁぁ!!」

渾身の一撃はたやすく受け止められ、乾いた音が鳴り響く。

「コウモリらしく、大人しく引きこもっていれば死ぬことはなかったのに」

リーナの手の中にエネルギーが集まる。

「まっ…!待って…」

命乞いのちごいもむなしく。ラルトの一撃を止めた手からビームがはっせられ、断末魔を残し、ちりとなって消えていった。

ラルトが消え、月を隠した黒い霧が晴れていく。 

完全に消滅したのを確認したリーナは振り返り、南の方角を見た。

「あっちはどうなったかしら…」


リーナが戦いを終える少し前。

「はぁ…はあ…」

アクスが激しく息をきらしながら、地面にひざをつく。

「くそっ…あと何回だ…?」

アクスの目の前には、ぼろぼろになった体を再生し、元通りになった悪魔が立っていた。

あれから何度も何度も悪魔の体力を削ってきた。

だが、底なしの体力を相手にするのは厳しかった。

先にアクスの方が疲れ始めた。

「どうした?もう、終わりか?」

重たい足を上げ、悪魔の前に立った。

パンチを打つも、さっきよりもスピードもパワーもなかった。

簡単にけられ、逆にパンチをくらってしまった。

「さっきまでの威勢はどうした?」

「くっ…!でりゃ!」

弱りながらもアクスはりを放ち、悪魔がひるんだすきをつき距離をとる。

そうはさせまいと、悪魔は長い尻尾しっぽを使いアクスに攻めかかる。

変幻自在に伸びる尻尾しっぽをかわし、背中の剣を抜き、尻尾しっぽを切り落とす。

守りが薄くなった悪魔に近づこうと、けんさやに納め、ふところ深く踏み込もうとする。

その時、背中に激しい痛みが走る。

アクスは振り返り、背中を見る。

そこには、先程さきほど切り落としたはずの悪魔の尻尾が深く刺さっていた。

「終わりだ!」

アクスが前を向くと、悪魔の口の中にエネルギーを溜まっているのが見えた。

気づいた時には、悪魔から強烈なエネルギーが放たれ、赤く光るビームがアクスの胸を貫いた。

アクスの胸が貫かれ、大きな風穴が空いた。

「がっ…はぁっ…!」

とっさに軌道きどうをずらし、心臓は避けたが、この怪我けがではそれも意味はない。

胸の穴はげ、口からは大量の血がこぼれた。

地面に転がったアクスを見下みおろし、悪魔はにたりと笑う。

「気分はどうだ?苦しいだろう?死ぬまでの間、その痛みを存分に味わうがいい!」

高笑いし、その場から立ち去る悪魔。

アクスは必死に手を伸ばすも、胸を貫かれてまともに動けるはずがない。

目から光が消えていく。

「駄目だ…力が入らねぇ…すまねぇサリア…」

命が尽きかける前だった、かすかに悪魔の声が聞こえてくる。

「次はあの女神だ、必ず追い詰めて、じわじわと殺してやる!それとも生きたまま永遠の苦しみを与えてやろうか…くっくっくっ…」

町へと向かう悪魔の背後から光が照らされた。

「なんだ?月明かりか?」

悪魔はそれに気づき立ち止まる。

「まさかラルトめ…やられたのか」

ラルトの死に気づいた悪魔は、町に向かうかラルトが居た場所に向かうか悩む。

「待てよ…俺はまだ…戦えるぞ…!」

突然、後ろからアクスの弱々しい声が聞こえ、悪魔は振り返る。

そこには、先程さきほどまで死にかけていたアクスが立つ姿があった。

「なっ…なにっ…!」

口から血を流し、途切れ途切れに息をするアクスは立っているのがやっとだった。

だがそんな身体になってもなお立ち上がる姿は、悪魔には恐怖でしかなかった。

アクスにおびえ、少しずつ悪魔が後ろに下がる。

「貴様…何故生きている!?不死身か?」

弱った身体にむちを打ち、アクスが言葉を発する。

「…そんなもんじゃねぇよ…お前を…サリアのとこに…行かすわけには…行かねぇんだ…負けるわけにはいかねぇ…!」 

死にかけだったアクスの身体に変化が起きる、光が消えたに青い光がともる。

「行くぞ…!」

アクスに生気が戻った。

瞬時に姿を消し、目にも止まらぬ速さで悪魔の体を削り取る。

風が横を通ったかと思えば、悪魔の身体は簡単にもぎとられた。

悪魔はアクスの動きが読めず、その場に立ち尽くす。

夜の森の中に紛れ込み、闇の中から現れては、素早い動きで悪魔をじりじりと追い詰める。

「ぐっ!はぁはぁ…」

悪魔は気づいてしまった。今まさに、自分が狩られる立場だという事を。

かすかに見えたアクスの姿を目で追い、腕を長く伸ばしアクスを捕らえようとするも、アクスはさらに加速し攻撃をかわす。

出来たすきを見逃さず、悪魔の伸びた腕を掴み取り、片手で投げ飛ばした。

「おおらぁ!」

地面に投げられた悪魔は体制を直し、次にアクスが迫った時に備え力を溜める。

無謀むぼうにもアクスは、正面から拳を構え、悪魔に向かって放った。

「なめるなぁ!!」

悪魔は決死の思いで、最後の一撃を放った。

真正面からぶつかった二人の拳は、重い音をたてた。

一瞬二人の動きは止まったが、アクスの拳が悪魔の拳を砕き、その勢いのまま胸を貫いていた。

「がはっ!!」

アクスが悪魔の胸から腕を引き抜くと、悪魔はその場でひざをつき、血を吐き出した。

体を再生させようと意識を傷に集中させるも、悪魔の魔力は先の攻撃ですべて失われていた。

己の体を見ながらわなわなと震える悪魔。

「あの時…確実に殺しておくべきだった。こんなところで…我らの野望が…ついえてしまうとは、くそが…!」

最後にそれだけを言い残し、悪魔の体は煙となって消えていった。

消えゆく悪魔を見て、アクスは深く息を吐く。

「終わった…」

安心したのも束の間、再びアクスの体に限界が訪れた。

地面に膝をつけ胸を押さえつける。眼から光も消え、今にも息絶いきたえそうだ。

根性だけでその場から動こうとするが、体が言う事をきかない。

岩に背中を預けて月を眺める。

「もう駄目か…まぁ…サリアを守れてよ…かっ…た…」

そこでアクスの意識は完全になくなった。


気がつくと、アクスは覚えのない場所にいた。

辺りは霧で包まれ、辺りになにがあるかも分からない。

「どこだここ?さっきまで森の中にいたはずなんだが…ていうか、胸の傷もねえし」

不思議な事に傷も治っており。見当けんとうもつかずさ迷っていると、目の前に大きな門を見つけた。

不意に見つけた門にアクスの意識が門に向き、ふらふらと門に近づいた。

重い扉を押し開けようとしたその時、何者かに止められた。

「おい…ここはてめぇみたいなガキがくるところじゃねぇぞ」

我に返ったアクスが、男の声に振り返ろうとすると、強い力で投げ飛ばされた。

「なっ!」

霧の中に投げ飛ばされたアクスは、男に声をかけようとするも、再び気を失った。

「全く、世話のやけるガキだぜ…」

男はアクスが消えたの見届みとどけると、門の奥へと消えていった。


「ーアクス!」

不安定な意識の中、ぼんやりと声が聞こえる。

「アクス!」

再び自分の名を呼ばれ、閉じていた目を開いてみせた。

目の前でアクスの名前を呼びながら、一心不乱に回復魔法を唱えるサリアの姿があった。

「よぉ、サリア…」

疲弊しきったアクスの言葉は、弱々しかった。

「…なによ!生きてるなら早く返事しなさいよ…!」

サリアの目には、涙が貯まり今にも泣きそうな様子だ。

「よかった〜!アクスさん生きていたんですね!」

「きゅい!」

「ヘルガン…ラックルも無事だったか」

すっかり傷が治ったヘルガン達も駆けつけてくれていた。

「サリアもすまなかったな、大口叩いといてこのざまで…」

「…別に怒ってないわよ。アクスが無事でよかったわよ」

サリアはそっと傷口にれ、回復魔法を唱え、傷をふさいでいく。

「そうか…まぁ、死にかけて変な夢見たんだけどな…」

無事ではなかったのだが、精一杯の笑いを見せる。

すると、上から誰かがってきた。

「ひどいやられようねアクス。あれだけ威勢いせいよく飛び出して行ってこのざまなんてね…」

リーナであった。開口かいこう一番嫌味を言い放った。

「そいつは悪かったな。それより、そっちは倒したのか?」

胸に手をやり、余裕の笑みを浮かべて答えた。

「当たり前でしょ、あの程度の敵で私がやられるとでも?」

「リーナさんは相変わらずですねぇ」

いつも通りの二人を見て、思わず顔がゆるんだ。

皆が笑っていると。アクスの目に光が差し込んだ。

夜が明けて朝日が出てきた。

闇夜の襲撃が終わったのだ。

「終わったわね…」

「あぁ、そうだな」

アクスの腹が大きく鳴る。

「ありゃ?」

気の抜けたアクスはすっかり前の様子に戻っていた。

サリアの口元が思わず緩む。

「仕方ないわね、帰ったらたくさんご飯食べていいわよ」

「まじか!やったー!」

すると、もう一つ別のところから腹の音が聞こえる。

目をやると、リーナから鳴った事が分かった。

「リーナさんとアクスさんて似てますね」

「あん!?」

笑うヘルガンに、あらん限りの怒りと苛立いらだちを込め、にらみつける。

にらまれたヘルガンは、口を押さえ小さくちぢこまる、

「ははっ!リーナも腹減ってんのか」

「ふんっ…」

照れ隠しをしているのか、リーナは三人に背を向け顔を合わせようとしない。

「それじゃあ帰りましょうか、みんな待ってるわ」

四人は朝日に祝福されるように照らされながら、その場を後にした。


町は大きくにぎわった。

魔王軍の幹部を倒し魔物軍を撃退した事が町中に広がり、町の人々は喜び安堵あんどした。

冒険者や兵士たちも被害はあったものの、サリアの蘇生魔法でみんな生き返った。

町も無事で、なにもかもうまくいった。

冒険者ギルドでは、今回戦いに参加した人達が集まり宴会えんかいを開いていた。

「うおっしゃあー!今日は飲みまくるぞ!!」

冒険者や兵士達が、酒や肉にむさぼり宴会を楽しでいた。

アクス達も例外ではなく、今までにないほどの量の食べ物を注文していた。

「いただきまぁす!!」

大きく口を開け、肉にかじり付くアクス。先程さきほどまで死にかけていたとは思えぬほどに元気だ。

リーナも負けず劣らず、口に大量の食事を淡々たんたんと運んでいく。

「流石にこの量は…大丈夫かしら…?」

予想外の量にサリアの顔が引きつる。

「大丈夫よ、魔王軍の撃退に大きく貢献したもの、ギルドから多額の報酬がもらえるわよ」

リーナの言葉にほっとしたサリアは、食事にはしを伸ばす。

「よかったわ、せっかく魔王城への一歩を踏めたのに食べすぎで一文無しとかいやだからね」

「でもあれだけ苦労したのに、倒せた幹部は一人目なんですよね?先は長いなぁ…」

机にもたれ込み、先の事を考えるヘルガン。ふと、何かを思い出したように飛び上がる。

「そういえば!僕の大事な物忘れてた!リーナさん、ラルトってやつは何か持っていませんでしたか?」

「…ああ!それなら他の幹部に渡したってさ」

「えぇ!?」

「まっ、そのうち幹部は全部倒すつもりだから、それまで辛抱しんぼうしなさい」

リーナは食事をしながら、気楽な声で返した。

「うぅ…そんなぁ…」

すっかり元気が消え失せたヘルガンは、涙目で机に伏せた。

「それんなことよりアクス、あんたが戦っていた敵ってなんだったの?まるで気配を感じなかったんだけど」

口に入っている大量の食事を一気に飲み込み、アクスは話した。

「あいつか?悪魔だとか言ってたけど、言ってる事が意味わかんなくてよく覚えてねぇな」

昨晩と様子の違う姿を見て、リーナがサリアにこっそりと話しかける。

「ねぇ、あいつまた様子変わった?昨晩とキャラが違うんだけど」

「そうなのよね、でもまたしても原因がわからないのよ」

昨晩さくばんのアクスは、冷静で比較的知能があるように見えたのだが、今朝は以前までのアクスに戻っている。

「そういえば、なんかいろいろと言ってた気がするけど忘れちまったな…」

「それ絶対大事な事でしょ、今すぐ思い出しなさい!」

サリアがアクスの頭に掴みかかり、必死に記憶を戻そうとするも、アクスは全力で抵抗する。

「駄目だ!俺腹減ってんだ、先に飯食わせろ!」

普段と同じような争いがまた始まった。

あきれた様子で二人の喧嘩を眺めるリーナ。

「…子供ね」

ミルフィの町に再び平和が訪れた。

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