第9話 因縁の対決

突如現れた月をおおう黒い霧。

嫌な気配を感じ取ったアクスは、目をつぶりなにやら考え込む。

「この気配…ラルトってやつか、それに他にもたくさんの気配を感じるな」

その時、町の方から警鐘けいしょうが鳴り響く。どうやら町の人々も魔王軍の襲来に気がついたようだ。

「アクス、リーナ、ここにいたのね」

家から、リーナがヘルガンを引き連れ出てきた。

リーナはすでに装備を身に着けている。

「二人とも気づいた?この気配…とうとう攻めてきたわね」

「あぁ…俺も気づいた、早速さっそく町に行くぞ」

ヘルガンは寝起きのようで、寝間着ねまきのままだった。

「さっきの警鐘けいしょうって町の方からですよね…?なにがあったんですか!?」

「魔王軍の連中だ、俺たちも準備して行くぞ」

四人は準備を万全にし、ミルフィの町へと急いだ。


アクス一行が町に着くと、町のいたる所がかがり火で明るく照らされている。

町の中は、兵士、冒険者、町民などで溢れ、人々がごった返していた。

「住民の皆様はこちらへ来てくださいー!」

冒険者ギルドの職員が、住民を地下のシェルターへ避難させている。

「いいか!我らは王よりこの町の警備を預かった兵士だ!魔物達を決して町に入れるでないぞ!」

兵士の隊長らしき人物が、兵士達に気合いを入れる。

周りの熱量と気迫に押され、ヘルガンはいつもよりも怯えている。

「しっかりしろヘルガン、怯えている場合じゃねぇぞ」

ヘルガンの身体が小さく震え、ひたいから冷や汗を垂らす。

「わかってるんですけど…やっぱり怖くて。」

情けないヘルガンに、リーナが深くためいきをついた。

「全くだらしないわね、嫌なら家に残ればよかったのに…」

「今からでもそうしようかな…」

「それよりも、町の四方にいる魔王軍をどうするか…ラルトの奴は俺かリーナでなんとかなるとしても、魔物の数が多すぎて対処しきれねぇ」

珍しくアクスが頭を使い、事の状態を分析ぶんせきしだす。

そんな様子を見たリーナが、思わず口に出す。

「ねぇ…なんかあいつ様子おかしくない?なんかやばい物でも食べた?」

サリアの耳元にこっそりと話しかけた。

それを聞いたヘルガンもうなずいた。

「やっぱりそうですよね、アクスさんがやけにかしこく見えます」

ずいぶんと失礼な物言いだが、口調や性格が大きく変わっており、周りの人から見たら様子がおかしいのだろう。

「サリア、何か知らないの?」

「それがわからないのよね、怒ってる訳でもないし、空腹でおかしくなってる訳でもないし」

三人がアクスに聞かれぬよう話していると。

「よお!お前たちも来たか」

武装したジンが、四人の元へやって来た。

「久しぶりだな、おっちゃん」

アクスが返事をすると、ジンはアクスの目をまじまじと見ていた。

「ずいぶんと気合いが入ってるようだな?」

ジンもアクスの変化に気づいたようだ。

アクスは不敵な笑みを浮かべた。

「まぁな…」

「お前たちに今回の防衛作戦を伝えにきた、しっかり覚えとけよ」

懐から地図を取り出し、そばにあった机の上に広げた。

「いいか?今回の敵は西、南、東の三方向から攻めて来ている。俺たちは戦力を四部隊にして、三部隊にそれぞれの方角を守らせ、残りの一部隊はいつでも動けるように待機だ」

そこでアクスが、ジンの話をさえぎり話し始めた。

「待ってくれ、北からも一体来ているはずだ。」

しかしジンは、きょとんとした顔で聞き返す。

「北?報告にはなかったはずだが?」

「いいや確かにいる、魔王軍の幹部ラルトだ」

その名前を聞き、ジンの顔色が変わった。

「ラルト…例の吸血鬼か、とすると作戦を大幅おおはばに変更しなくてはな…」

言葉をさえぎり、アクスが言い放った。

「無理に変える事はない、俺一人で充分だ」

自身満々の顔で答えたアクスにリーナが待ったをかける。

「待ちなさい、あいつと戦うのは私よ。あんたは下がってなさい」

「あいつとは決着がついてねぇんだ、俺がやる」

「一回戦っただけでもいいでしょ?私にやらせなさいよ」

二人は実にくだらない言い争いを始めた。アクスも変わったかと思ったが、根っこは前と変わらないようだ。

「はぁ…まったくこんな時にまで喧嘩けんかするなんて」

サリアは呆れながらも、根は変わらないアクスに少しほっとしていた。

「で、でも!これだけ自身があるなら、今回の戦いも大丈夫ですよね!?」

喧嘩けんかがピタリと収まり、アクスがヘルガンに向かって言った。

「どうだろうな、前にやり合った時はあいつ全然本気じゃなかっただろうし」

「えっ?」

意外な返事に戸惑とまどうヘルガン。するとリーナが、やれやれと言わんばかりに、アクスを嘲笑あざわらうように言った。

「あらあら、ずいぶんと自信なさげじゃない?仕方ないから、私が代わってあげるわ」

「別に勝てないとは言ってないんだ、お前にゆずる気はねぇぞ」

なんだかんだ言っても、勝つ気ではあるようだ。サリアが、ほっと胸をで下ろした。

「…まぁ、そういう事ならラルトはお前らに任すぜ」

「じゃあ早いものがちってことで」

一足先に、リーナが北へ向かって駆け出した。

「あいつ…!…まぁいい。サリアは町で待っていてくれ」

「ちょっと待ちなさいアクス、私だって戦うわよ」

サリアの発言に、アクスが顔をしかめる。

「でも、お前がもし怪我なんてしたら…」

「心配無用よ。私が強いのはアクスが一番知っているでしょ?それに、町の危険をただ見ているなんて嫌なのよ」

珍しくやる気なサリアに押され、アクスは迷いながらも決心けっしんしたように口を開いた。

「わかった…でも無茶はしないでくれよ?いざとなったら助けを呼べよ?」

サリアは大げさに腕を組み、自信満々に言い放った。

「助けなんかなくても私達だけで充分よ!」

立派な戦力として認めてくれたのが嬉しいのか、これから戦場に行くとは思えない笑顔を見せた。

「じゃあ代わりに僕が町で待っているので頑張ってくださいね〜」

怖気おじけづいたヘルガンが、こっそりその場から抜け出そうとした。

「おい!にいちゃん」

逃げようとしたヘルガンをジンが止め、かつを入れる。

「そっちのお嬢さんが根性見せたんだ、お前さんがそんなんじゃ情けないぜ?」

「いや〜でも…」

くよくよするヘルガンの背中を思いっきり引っ叩く。

「痛ったい!何するんですか!」

「気合い入れてやったんだよ、根性見せてみろ!」

長い沈黙ちんもくが続いたが、意をけっしたように、弱々しくも拳をかかげ叫んだ。

「よっ…よーし!やるぞー!」

「きゅい!きゅい!」

胸元むなもとひそんでいたラックルも、ヘルガンに合わせて拳をかかげる。

「じゃあおっさん、ほかは任せていいんだな?」

アクスの問いを聞き、小さく微笑ほほえんだ。

「ああ!思いっきり暴れてこい!」

口元に小さな笑みを浮かべ、アクスもリーナを追って駆け出した。

「アクスー!無茶だけはしないでよー!」

混ざりゆく人混みの中で、アクスが大きく手を振って見せた。

「よし、じゃあ二人は南に向かってくれ。幸運を祈っている」

「わかったわ、ヘルガン行くわよ!」

「はっ…はいっ!」

「きゅい!」

二人と一匹は気合いの入った掛け声を上げ、戦場へと向かった。

「全員…生きて帰ってこいよ…」

アクス達を見送ったジンも、自分の戦場へと向かって行った。


先程さきほど町を出たアクスは、北に向かって、暗い闇夜やみよを駆けていた。

月明かりは消え、暗く不気味な道が続く。

少し先の場所で爆発の光が見えた。

「この気配は…リーナか、早速さっそく始めたようだな」

急ぎリーナと合流しようと加速する。

爆発の現場に近づくにつれ、周りの木が燃える火で辺りがよく見えてきた。

目の前でリーナとラルトが対峙たいじしているのが見えた。

リーナもアクスに気づき後ろに振り返る。

「遅かったわね、あんたはそこで私の戦いを見てなさい」

それだけ言った後、アクスが止める間もなくラルトへ向かって飛び出し、その勢いのまま蹴りを放つ。

ラルトは腕を交差し受け止めるも、重い一撃で腕がしびれる。

攻撃の手はまず、動きの止まったラルトの防御を崩すように下からりを入れた。見事に腕を跳ね上げ防御を崩す。

心臓目掛けて突きを放つが、突如とつじょ闇の中に姿をくらます。

突きは空振り、背後に現れたラルトの蹴りを受けた。

すぐに振り返り、腕で防御したものの、大きくふっ飛ばされ岩に激突した。

ラルトは追撃をめず。手を向け魔法を放つ。

「『マカルカル』!」

二重にじゅうつらなる赤い魔法陣から人の頭よりも大きな炎の玉が現れ、リーナに向けて放たれた。

炎の玉は着弾と同時に大きな爆発を起こした。

辺り一面が焼けげ、周りの木が焼け落ち、辺りの雪を溶かした。

ラルトがアクスに向き直り、不気味な笑みを浮かべる。

「久しぶりね坊や。次はあなたが死ぬ番よ」

アクスは不敵に笑った。

「そいつはどうかな?」

アクスの視線の先には、爆煙ばくえんを払い除け出てきた、無傷のリーナの姿があった。

「なっ!無傷ですって!?」

ラルトの言葉に、リーナは高らかに笑う。

「たかが中級魔法くらいで私がやられるとでも?魔王軍の連中はどいつもこいつもお気楽なものね」

あおるリーナに苛立いらだちを隠せず、ぎりぎりと歯を鳴らすラルト。

「そういえば一つ聞きたいんだけど」

不意にリーナがラルトに対したずねた。

「ヘルガンから奪った物はどうしたのかしら?」

ラルトは少しだまり、思い出したかのように答えた。

「ああ…あれならうちの幹部が欲しがってたからくれてやったわよ」

あわれんだ表情を浮かべながら、リーナは淡々たんたんしゃべった。

「あらら…じゃあもう用はないわ、さっさとたおさせてもらうわ」

リーナの言葉に機嫌を損ねたラルトは、眉をひそめた。

「ふんっ!言ってくれるわね!」

威勢いせいのいい声と共に、ふところから取り出したナイフをリーナに投げつけた。

リーナはナイフを腕ではじき、掌をラルトに向け、炎の玉を撃ち出した。

直撃したと同時に爆炎が起こり、煙と炎が辺りを包む。

追い打ちをかけるように、さらに続けて撃ち出した。が、手応えがなかった。

リーナは腕を大きく横に振り、炎と煙を払い飛ばした。

そこにラルトの姿はなかった。

「気配が消えた…どこに行ったんだ!?」

アクスが必死に気配を探るなか、リーナは目をつぶり集中する。

微動びどうだにしないリーナの背後に穴が現れ、穴からラルトが現れる。

短剣を右手に持ち、リーナを背後から刺そうと振りかぶる。

「後ろね」

リーナは後ろを振り向く事もせず、目をつぶったまま拳を自身の右後ろに振り上げた。

「ごふっ…!」

裏拳うらけんを顔に受けたラルト、大きくのけぞり、宙に空いた穴からはじき出された。

「なっ…なぜ、私の攻撃がわかったの…?」

リーナは鼻で笑い、説明しだした。

「闇魔法で作り出した独自の空間、あんたはそこを通って私達の背後から現れた。でも残念ね、私は気配を察知できるのよ、こんなくだらない戦法は通じないのよ」

「…!くそっ!」

ラルトが怒りをむき出しにし、リーナに飛びかかる。

飛びかかってきたラルトを簡単に押しのけ、ラルトの頭を地面に強く押さえ込んだ。

「もう打つ手なしかしら?がっかりね…」

あからさまにがっかりした様子で深くためいきをつく。

それがラルトの怒りに触れたのか、怒りを抑えながら、自身の身体の下に穴を作り、リーナの拘束こうそくから逃れた。

再び現れたラルトは、息を切らしながらも体制を立て直す。

「言ってくれるわねおじょうちゃん…でも、まだ終わりじゃないわよ、私にはまだこれがある」

大きく手を空にかかげると、ラルトのはるか頭上に巨大な穴が出来る。

「なんだあれは?」

「あれは…確か…」

その穴は以前に見たことがある、農場で見たオーガが現れた穴だ。

するとその穴からも、以前の時と同じようにオーガが現れた。

それを見て、リーナが嘲笑あざわらった。

「ふっ!今更オーガごときで私が倒せるとでも?笑わせてくれるわね!」

ラルトは、リーナの挑発に顔色一つ変えなかった。

「それはどうかしら…」

ラルトは背中からコウモリのような羽を生やし、オーガの首元まで飛んだ。すると、ラルトはオーガの首に噛み付いた。

噛み付いた箇所かしょから、一気に血を吸い出した。

噛みつかれたオーガは声も出さず、ひたすらに血を吸われて続け地面に倒れた。

全身の血を吸われ、倒れたオーガの身体の上にラルトが立つ。その様子は先程さきほどまでとは違った。

身体が赤く変色し、目が赤く光る。さらに見た目だけではなく、その身からあふれんばかりの魔力を二人は感じた。

ラルトを中心とし強烈な風が吹き荒れ、周りを吹き飛ばす。

「さて…続きを始めましょうか」

落ち着いたラルトが、素早い動きで目の前に居たアクスに体当たりをする。

腕で防いだものの、勢いは止まらずアクスごとはるか彼方かなたへと突き進む。

「おらぁぁぁ!」

口調も荒々しくなり、先程までの冷静な口調は消え去った。

「ちっ!」

反撃するすきもなく、攻撃を防ぐ事しか出来なかった。

「おぉぉぉ!」

アクスの防御を力づくで跳ね除け、力を込めた拳をアクスに放つ。

そこにリーナが割って入り、ぎりぎりのところで攻撃を受け流した。

軌道きどうがずれ、地面に当たった一撃は地面を砕き、大きな揺れを起こした。

アクスとリーナはその場からび、距離をとった。

「すまねぇリーナ、助かった」

「あんたは帰ってなさい、ここにいても邪魔よ」

「おいおい、そりゃねぇだろ…」

その時、アクスは気配を感じ取った。南の方角に振り返ると、かすかにだが感じた。

かすかだが、その気配は決して弱くなく、目の前にいるラルトと同等以上のものだ。

「おいリーナ、感じるか?この気配」

リーナは訳がわからず、冷たく返す。

「なに言ってんの?なにも感じないわよ」

「ん?じゃあこの気配は…」

不思議なことに、リーナはなにも感じないようだ。

南にはサリア達の気配も感じる、アクスは目の前の敵に背を向け走り出した。

「リーナ!そいつは任せたぞ!」

「逃がすわけないでしょうが!!」

背を向けたアクスに、ラルトが鋭い爪を立て襲いかかる。

「ふんっ!」

アクスとラルトの間に、リーナが一瞬で割り込み、ラルトのあごを蹴り飛ばした。

「任せときなさい!」

走るアクスに向かって、笑みを浮かべながら答えた。

吹きとばされたラルトは地面に踏ん張り、衝撃しょうげきに耐えた。

口から垂れる血をぬぐい、リーナを睨んだ。

「悪いけど、頼まれた以上ここを通すわけにはいかないの。おとなしく私にやられなさい」

低いうなり声をあげながら、赤い目でリーナを睨みつける。

「小娘が!私に勝てると思っているのか!?」

リーナはかすかに笑みを浮かべ、準備運動のようにその場で何度かねると、腕を前に突き出し構えた。

「残念だけど私、すっごく強いのよ」


一方、サリアとヘルガンがいる南では、数十人の冒険者と兵士が松明で辺りを照らしながら進んでいる。

「アクス達大丈夫かしら…」

北の方で聞こえた爆音が気になり、何度も振り向いてはアクス達の身を気にかけていた。

「あの二人なら大丈夫ですよ、それよりも僕らは自分達の仕事をしましょう」

「うん…そうよね、あれだけ大口を叩いちゃったもの。私も頑張らないと」

身を引き締めるようにほおを軽く叩いた。

すでに敵は近くおり、それは分かっているのだが、どこから来るか分からず、みなが緊張する。

闇夜の中から、静寂せいじゃくを壊すようにハイエナような姿をした魔物が、松明を持つ兵士に襲いかかった。

魔物は兵士には襲わず、松明を奪い取った。

その後も何匹もの魔物が襲いかかり、松明を優先して狙ってきていた。

「やつらの狙いは松明だ!各自円を作り、各方向からの襲撃に備えよ。松明を取られればこちらが不利になる、絶対に死守せよ!」

各自、何人かで小さな円状の陣形を作った。

魔物達はその瞬間、ピタリと攻撃を止め暗闇の中に消えていった。

「めんどくさいですね…すばしっこい上に、知性まであるなんて」

魔物達が四方しほうから一斉いっせいに襲いかかる。

魔物達の数が多く、一つの陣形に対して多くの魔物が襲ってくる。

各々おのおの、剣や魔法を使い撃退するが、もしどこかがやられれば一斉に崩れてしまうだろう。

「まずいわね…」

サリアが起死回生をはかろうと、力を溜め始める。

それを感じた魔物達がサリアにねらいをつける。

サリアの目の前まで魔物が迫った時、サリアが魔法を唱える。

「『ミイラーゼ』!」

三つに連なる光り輝く魔法陣が現れ、魔物達を光の中に消え去った。

魔法をくらわなかった魔物達は、サリアを警戒して後ずさる。

そんな時、ヘルガンの様子が急におかしくなった。

頭を押さえながら、苦しそうにもがく。

「うっ…!くっ…!」

サリアは魔物達に向かって杖を向けつつ、ヘルガンに近づいた。

「ヘルガン、大丈夫!?」

「また…変な映像が流れてきて…」

昼間の時と同じように、ヘルガンの頭の中に謎の映像が流れる。

その側では、ラックルがあわてた様子でヘルガンに何かを訴えてた。

「きゅきゅっ!」

「どうしたの?ラックル」

「…前から何か来ます!」

次の瞬間、魔物の身体を何かが突き刺す。刺された魔物はせこけていき、ミイラのようになって無惨むざんにも放り捨てられた。

その奥に、魔物をミイラにしたであろう黒い影が立っていた。

松明の明かりで照らされ、それの姿がさらされた。

「こいつは…!」

サリアの顔に冷や汗が出る。

現れたそいつは、全身が黒く染まった人形ひとがたの魔物で長い尻尾しっぽが腰から出ている。

「サリアさん、こいつを知っているんですか!?」

「いや…でも、そんなはずは…」

一人で何かを考えているのか、ヘルガンの言葉にも反応せずにぶつぶつと独り言をしゃべる。

黒いそいつはサリアを見るなりじろじろと眺めると、目の色が変わった。

「まさかこんなところで、我らの宿敵に会えるとはな…!」

「…あなた何者?」

サリアの問いに対し嘲笑あざわらいながら答えた。

「すでにわかっているのだろう?俺は悪魔だ…」

やつの口から出た悪魔という名前。それは、周りの人間を恐怖へと落とした。

「あ…悪魔って…伝説上の?」

皆が混乱しはじめ、武器を捨てて逃げようとする者、腰を抜かす者などが現れた。

ヘルガンも例外ではなく、その場で腰を抜かし大きく震えている。

サリアだけは違った。すぐさま杖を構えて魔法を唱えた。

「『ミイラーゼ』!!」

三つの魔法陣から現れた光の束がビームとなり、悪魔の体を消し飛ばそうとした。

だが、放ったビームはみるみるうちに、悪魔の口から吸収されてしまった。

満腹になったかのように長いゲップをだすと、悪魔の口が大きく開き、赤い光が口の中に集まる。

「っ!逃げて!」

サリアが何かに気づきみなを逃がそうとするが、その時にはすでに悪魔の口に集まった光がレーザーとなって放たれた。

辺りの木々が薙ぎ払われ、そこから出火していた。

サリア達が居た辺りは大地がえぐれ、岩が溶けている。凄まじい熱量の光線だ。

サリアは直撃はまぬがれたものの、ビームが身体をかすり、大やけどを負っていた。

他の冒険者達も同様にダメージを受け、動けなくなっていた。

周りに居た魔物達も今の攻撃に巻き込まれたようだ。

悪魔がサリアに近づき、つかもうと手を伸ばす。すると、せていたヘルガンが短剣を悪魔の頭に突き刺した。

「やった…やったぞ!」

ふらふらになりながらも、見事悪魔に一撃を入れる事が出来た。

倒したかに見えたが、悪魔は平然と短剣を抜き取り、地面に放り投げた。

「なっ…そんなっ…!」

悪魔の生命力を目の当たりにしたヘルガンは、すでに戦意を失っていた。

ゆっくりと後退しようとするも、思うように足が動かない。

「どけ」

腕を大きくなぎ払い、ヘルガンを吹き飛ばした。

大きな音を立て、木に激突したヘルガンは血反吐ちへどを吐いて倒れた。

今度こそサリアを掴もうと、首に腕を伸ばした。

悪魔の力はすさまじく、片手でサリアの身体を持ち上げた。

おろかなものだ、下界に降りてこねば苦しまずに済んだものを」

サリアは力づくで振りほどこうとするも、全く力が入らなかった。しかし、身体に力が全く入らない。

「こいつ…!私の魔力を…」

てのひらからサリアの魔力を吸収し、悪魔の傷が治っていた。

「そろそろ楽にしてやろう…」

もう一本の腕で心臓にねらいを定めた。

死に恐怖し、サリアは必死に懇願こんがんする。

「いや…!やだ…!助けて、お母さん…」

悪魔が構えた腕が、心臓をつらぬかんとする。 

その時だった、強烈な冷気と共に痛みが悪魔を襲った。 

完全に不意をつかれた悪魔は、サリアを手から離してしまった。

地面に転がり、痛みで顔を引きつらせる。

顔を上げ、怒りをあらわに怒鳴どなりちらす。

「誰だ!」

巻き上がる土煙つちけむりの中からその姿を現す。

アクスが悪魔の前に立っていた。

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