第12話 スイーラの町

山に囲まれた北の町、スイーラ。

ミルフィの町から何時間もかけ、ようやくアクス一行はたどり着いた。

温泉が有名な町で、辺りの宿からは温泉の湯気が見える。

観光地の一つでもあるこの町は、ミルフィの町同様に様々な人達が訪れる。

「ようやく着いたわね…なんだか疲れちゃった」

ここに来るまでに、魔物の襲撃を受けた一行はすっかり疲れきっていた。

長いあくびをしながら、アクスがうなずく。

「そうだな、もう暗くなってきたし宿に行くか」

辺りはすっかり日が沈み、星が見え始めていた。

一行は目的の宿へと向かった。


宿の前に着き、四人は外装をながめた。

自宅の何倍もの大きさで、奥の方には離れまで見える。

寒さに強い植物であろうか、宿の周りに緑の葉が生い茂っている。

木造で作られた質素な宿であるが、手入れが行き届いており、壁には汚れの一つもない。

中に入るとこれまた綺麗きれいな宿で、見たことのない花や多種多様な花が生けられ、普段とは違う世界のように感じる事が出来る。

すると、奥から女将が手厚く出迎えてきた。

花の柄がついた綺麗な紅色べにいろの服を着ている。そんな女将の衣装を、アクスは興味深くながめていた。

「いらっしゃいませ、ご予約の方でございますか?」

「いえ、予約はしておりません。福引で旅行券が当たった者です」

ヘルガンはふところから旅行券を出してみせた。

「そうでございましたか。この度はおめでとうございます、ぜひ我が宿でゆっくりしていってくださいませ。ささ、こちらへどうぞ」

女将は深くお辞儀をし、アクス達を部屋へと案内した。

部屋へと向かうなか、アクスがサリアの耳元でつぶやいた。

「なぁサリア、女将さんが着ている服見たことねぇけどなんだあれ?」

「あれは“着物”って言うのよ。西の国の服ね」

「その通りでございます」

二人の話は女将の耳にも入っていたようで、話に入り込んできた。

「当店は西の国、ジャングこくの文化を取り入れておりまして、外観や内装はもちろん料理や部屋なんかもジャング国の物となっております」

「って事は…見たことない料理が食べられるって事か?」

相変わらず、アクスは飯の事ばかりであった。

「それではこちらの四部屋が皆様方の部屋となります」

四人にそれぞれの部屋の鍵を渡し、女将はその場をあとにした。

四人は自分の部屋へと入り、部屋の中を見渡した。

「なんだこれ?ベッドか?」

アクスは部屋の真ん中に敷かれたベッドのような物に目を向けた。

「それは“布団”よ。ベッドみたいなものね」

サリアが部屋へと入って来ており、訳もわからないアクスに丁寧に教え始めた。

「あれはふすまで、あっちはこたつ。上にあるこれが灯りね」

「…よくわかんねぇな」

見慣れぬ文化にアクスは困惑した。

「アクス、見て!この景色!すっごく綺麗よ!」

窓から顔を飛び出し、サリアが外を眺める。

外には満天の星空に、雪がきらめく山の連なり。

素晴らしい景色に興奮がめず、サリアは子供のようにはしゃいでいる。

「おいサリア、嬉しいのはいいがはしゃぎすぎて迷惑かけんなよ?」

アクスの言葉に咄嗟とっさに口を押さえ、顔を赤らめながら小さくつぶやく。

「…はーい」

二人はリーナやヘルガンと合流し、これからの予定について話し始めた。

「これからどうします?」

「まずは飯だろ、腹減って力が出ねぇ」

アクスの腹の音が大きく鳴る。

「その前に、ここにくる途中で戦った魔物の事なんだけど…」

「えぇ…折角せっかく旅行に来たんだからそういう話は無しにしない?」

いかにも嫌そうに、サリアは顔をしかめた。

「まあ聞きなさい。あの魔物なんだけど、多分魔王軍が作ったやつよ」

アクスが首をかしげる。

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「以前、魔王軍の幹部に不思議な能力を持つやつがいるって聞いた事があるの。その能力があの魔物の特徴と酷似こくじしているのよ」

「って事は魔王軍の幹部が近くにいるかもって事か!」

そう言ったアクスの顔は高揚こうようし、赤くなっていた。

「その可能性はあるわね」

「じゃあどうします?その魔王軍の幹部を探すんですか?」

「いや、特に大きな気配は感じないしここには居ないと思うわ。でも、注意だけしといて」

サリアとヘルガンはほっとため息をついた。

一方でアクスだけは、つまらなさそうに眉をひそめた。

その様子をサリアは見逃さず、アクスをにらみつける。

「ちょっとアクス?ここへは休みに来たのよ?勝手な事はしないように!」

「…わかったよ」

アクスの表情がやわらぎ、すっかり諦めたようだ。

「じゃあご飯にしましょうか。美味しい料理楽しみね!」

「僕、女将さんに伝えてきますね」

ヘルガンは階段を降り、一足先に女将の元へと向かっていった。

残りの三人は少し遅れて、食堂へと向かった。


食堂で出された料理は、アクスにとって初めて見る物ばかりであった。

「なんだろこれ?」

周りを見ると、他の三人は黙々と食べている。

意を決して、料理を口の中に運んだ。

「うめぇ!」 

アクスの口に合ったようで、どんどん箸が進む。

たくさん料理が出されたのだが、あっという間に料理は消え、アクスがおかわりを頼もうと声を出そうとした。

「アクス、ここは食べ放題の店じゃないのよ、それだけで我慢がまんしなさい」

「えっ!でもギルドじゃ料理を頼めば出してくれるだろ」

「お店によってルールがあるのよ」

サリアは、厳しくアクスをいさめる。

三人が食べ終わるまで、アクスは食事の無くなった皿をただ眺めていた。


食事を終えた四人は自分達の部屋へと戻っていた。

布団の上で横たわっていたアクスの腹から、音が鳴る。

「食い足りねぇ…」

それなりに量はあったのだが、アクスの腹を満たす事は出来なかったようだ。

すると、部屋の扉が開き、ずかずかとサリアが入ってきた。

「いつまで横になってるのアクス、今度はお風呂に行くわよ」

横になっているアクスの側に立ち、アクスを見下ろす。

あとでいいよ」

「だめよ!温泉の時間にも限りがあるんだから早く入らないとお店に迷惑よ」

アクスの腕を引っ張り上げ、布団から立たせようとする。

「わかったわかった…行くから」

初めこそ嫌がっていたが、サリアには敵わず、しぶしぶ起き上がった。


二人は、雪が降るさまを見ながら廊下を歩き、宿の離れにある露天風呂を訪れた。

「じゃあアクス、半身浴でもいいからちゃんとお風呂に入りなさいよ」

サリアは一言だけ言い捨て、赤いのれんを潜っていった。

サリアの姿が消えるとアクスも青いのれんを潜り、服を脱ぎ、風呂に繋がる扉を開けた。

扉を開けると共に、温泉の湯気がアクスの視界をおおった。

岩で囲われた温泉には外に飾られていた植物が添えられて、その上にはかすかに雪が積もっていた。

外の冷たい風と温泉の熱気が混ざり、生暖かい空気が身体を撫でる。

普段とは違うお風呂に、アクスは辺りを興味深く見回していた。

「アクスさん〜こっちですよこっち!」

「きゅい!」

湯船の方からヘルガンとラックルの声が聞こえ、アクスが歩み寄る。

「ラックルも温泉に来てんのか。っていうか、温泉に入れて大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ラックルは桶の中に入れてますし、ちゃんと許可も取りましたから」

アクスがラックルの方に目を向けると、確かにラックルはお湯を入れた桶に浸かっていた。

「アクスさんも早く入った方がいいですよ」

「そうだな」

湯船に浸かる前に身体を軽く洗い流し、お湯の中に少しずつ足を入れていった。

「ふぅ…熱いな…」

「そうですかね?適温だと思いますけど」

熱さに弱いアクスにとって、一般人にとっては大したことがなくても、アクスはより熱く感じるのだった。

アクスは湯船の段差に腰を掛け、下半身だけを浸かるようにした。

他に客はおらず、二人と一匹はしばらくのあいだ温泉を満喫まんきつするかのように、静かに浸かっていた。

ふと、辺りを見ていたアクスの目に、遠くの景色が映る。

「なあ、あの山はなんだ?」

アクスが指を指した方向を目で追い、ヘルガンが答える。 

「あれはイシリアざんですよ。なんでも、氷の魔女やら氷の精霊が住んでるだとか」

その山は、連なるの山の先にそびえる雪山。

遠く離れているここからでも、雪が激しく降る様子が見える。

「まあ実際に行った人が誰もいないので、話が本当かはわからないんですけどね」

ヘルガンは冗談混じりに話をするが、アクスは冗談と捉えておらず、真剣な目つきでその山を見続けた。

「ん?なんでしょうかあの人?」

ヘルガンの声に反応し、アクスはヘルガンの視線の先を見た。

そこには、男湯と女湯の仕切りの付近でかがみ込んでいる男の姿があった。

ヘルガンはアクスの耳元でこそこそ話し始めた。

「もしや覗きでしょうか…」

「覗き?女湯なんか覗いてどうするんだ?」

きょとんとした顔で、アクスは首をかしげる。

「ええっ!アクスさんってそういうのに興味とか…無いか…そうですもんねアクスさんですもんね」

勝手に納得したヘルガンは湯船を飛び出し、男に近づいていく。

「ちょっとそこの人!何をして…」

「!!」

ヘルガンが声をかけると、顔を腕で覆いながら素早くその場から離れるように走り出した。

「あっ!待て!」

男は出入り口の扉に向い、お湯で滑る床を軽快に走っていく。

「くそっ、速い…!」

男が扉に手をかけたその時、瞬時に扉が凍りついた。

「おっと!逃さねぇぞ」

ヘルガンの後ろからアクスが歩み寄ってくる。

男は力任せに扉を開けようとするが、氷によって固まった扉を開ける事は出来なかった。

アクスとヘルガンの二人がじりじりと男に近づいていく。

「…ちっ!」

男は何を思ったのか、あろうことか男湯と女湯の仕切りに向かって飛び込んだ。

仕切りに大きな穴が空き、男はそのまま穴を潜っていった。

「逃がすか!」

アクスは後を追うように穴に飛び込んだ。

「待ってくださいアクスさん!そっちは…」

ヘルガンの忠告は遅く、すでにアクスは女湯へと入っていた。

もちろんそこにはサリアとリーナがおり、アクスを鋭い目つきで見下ろしていた。

しかし、アクスの態度は変わらずそのまま話しかけた。

「二人とも、今ここに怪しい男が来なかったか?」

「あんたでしょ!!」

怒声と共に、サリアのアッパーがアクスのあごに直撃した。

アクスはそらへと打ち上げられ、跳び上がったリーナに両拳りょうこぶしで男湯の湯船へと叩きつけられた。

「〜〜〜本当に最低!!」

サリアは顔を真っ赤にしながら、壊れた壁を魔法で直していった。

「アクスさん大丈夫ですか!!」

湯船にぷかぷか浮かぶアクスの元に、ヘルガンが駆け寄った。

アクスから言葉が帰ってくる事は無く、アクスは湯船の中で気絶していた。

「たっ!大変だ!早く引き上げないと…!」

湯船から引き上げようと力を振り絞り、アクスを持ち上げた。

「しっかりしてくださいねアクスさん!」

アクスの腕を肩に回し、引きずるようにしてお風呂から出た。


アクスが目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

かすかに見えるのは、外にある屋台の灯りだけだった。

外の灯りを頼りに、辺りを見回す。

「ん…ここ俺の部屋か?」

布団から起き上がり、灯りを点けようと手探りで灯りを点けた。

部屋の中かが明るくなり、周りがはっきりと見えるようになった。

「あら、起きたの?」

「うおわぁ!」

布団の端にサリアが横たわっていた。

指をアクスの口に当て、騒いだアクスを黙らせる。

「しーーっ…もう夜遅いんだから静かにしなさい」

アクスは目を時計へと向け、時間を見る。

時間はすでに、夜中の二時を回っていた。

視線をサリアに戻し、小さな声で話し始めた。

「なんでサリアが俺の部屋に?」

「それは…その、謝っておきたくてね」

サリアは、申し訳無さそうに顔を下に向けた。

「お風呂の件ね、ヘルガンから聞いたのよ。訳も聞かずいきなり殴っちゃってごめんなさいね」

深く頭を下げて謝るサリアの顔は非常に暗かった。

それを見て、アクスは逆に申し訳ない気持ちになった。

「でも女湯に入ってくるのは駄目よ、最低な事だからね!」

先程さきほどまでの表情は消え、頭を上げ、大きく胸を張って言った。

「…すみませんでした」

サリアの変化に戸惑いつつ、アクスは深く頭を下げた。

「わかればいいのよ」

両腕を組み、鼻をふんと鳴らす。

その時、アクスの腹から音が鳴る。

それを聞いたサリアが、眉をひそめたかと思うと、呆れたようにアクスに問いただした。

「お腹減ったんでしょ?外に屋台があるから食べに行きましょうか」

「いいのか!?」

「いいわよこれくらい。さぁ、閉まっちゃう前に早く行きましょ」

サリアはソファにかけてあった自分の上着を羽織って部屋の外に出た。

アクスもそれを追いかけ、急いで身支度みじたくを済ませた。


町はすっかり静かになり聞こえるのは、夜店から聞こえる陽気な声と、地面をおお薄氷はくひょうが割れる音だけだった。

「さて、どこに行きましょうか」

「あれはなんだ?」

アクスが指したのは、“おでん”と書かれたのれんがかかっている屋台だった。

「あれはおでんよ。確か西の国の食文化じゃなかったかしら?」

「うまいのか?」

サリアが目を輝かせ、興奮気味に語り始めた。

「そりゃあおいしいわよ!西の国に伝わるお酒と一緒に食べるとまた格段とおいしくて…」

「ずいぶん詳しいな。食べた事あるのか?、」

「まぁねお母さんが作ってくれたのを食べた事があってね…」

サリアの話をさえぎり、アクスがとある疑問をぶつけた。

「今更だけど、神様って食事は必要なのか?」

「まぁ…神にとって食事は必要ないけど、美味しい物でも食べなきゃやってられないわよ」

「…神様も大変なんだな」

二人はおでん屋ののれんを潜り、椅子に座ろうとした。

「あっ!すいませんお客さん!もうそろそろ閉店でして、今片付けしようとした所なんですよ」

店主は頭を下げ、平謝りした。

「もう閉店?まだ二時なのに早いわね」

「それがですね、最近変なやつがこのへんをうろついてるって話があって、物騒なもんだから早く閉めるようにしたんです」

店主の話を聞き、アクスが食い入るように身を乗り出した。

「変なやつ?どんなやつだ」

「へぇ…それが複数いるようでして、まったく見当とつかないんですわ」

「そうか…」

アクスは肩を落とし、あからさまにがっかりした。

「すいませんね。それよりもお二人さん、店はもう閉じちまうが、おでんをお持ち帰りすることは出来ますぜ」

「えっ!いいの?」

折角せっかく来てくれた人をただで追い返す訳にはいかねぇ、好きなもん選んでくれ。お金は貰いますがね」

「やった!」

サリアは嬉々としておでんの具を選び始めた。

真っ先に喜びそうなアクスは、先程さきほどから何か考えるように押し黙っていた。


「ありがとうございました!!」

二人は屋台を出て、宿へと向かった。

おでんを買えて上機嫌のサリアは、凍った地面をかろやかに跳ねる。

「?……どうしたのアクス?」

後ろへ振り返ったサリアが、アクスの険しい顔つきを見て、優しく問いかける。

「ヘルガンから温泉に変な男がいたって話は聞いたろ?そいつが気になってな」

そう語るアクスの表情は、眉間にしわをひそめ、目つきが鋭くなる。アクスの不安を表していた。

サリアがそっと近づき、アクスの手を優しく握った。

「大丈夫よアクス。たとえ敵が来たとしても、みんながいるし、なにより貴方は強いのよ?なにも心配する事はないわ」

「別に負ける心配はしてない」

清々しい顔ではっきりとアクスは言った。

「じゃあなにが…ふ〜ん…」

サリアはアクスの手を強く握りしると、急にニヤニヤと笑いだした。

「どうした急に?」

「別に?アクスにもそういう感情あったんだなぁって思っただけ」

アクスは首をかしげて、しばらく考え込むように黙りこんだ。

「まさか!勝手に心の中を読んだな!」

「別にいいでしょ?どうせ言葉にするつもりだったんだし」

「人の心の中読むのはずるいだろ!」

「別にずるくないわよ、自分の力を有効活用してるだけだもんね」

サリアはそう言うと、アクスから逃げるように走り出した。

「おい待て!どう考えても心を読むのはずるいだろ!」

サリアの後を追い、夜の町を駆けるアクス。

彼が心に思った事は、二人だけの秘密になったのだった。














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