第2話 ミルフィの町

ゴブリン達を倒し、山をあるき続けた二人は、ついに山を降り街道へ降り立った。

そこからは、目的のミルフィの町がはっきりと見えていた。

「見えたわよ、あれがミルフィの町よ」

サリアが指さした方向には、広い海岸沿いに建てられた大きな港町があった。

「さぁアクス!急ぐわよ」

目的地が見えたことで疲れも吹っ飛んだのか、サリアが駆け出して行った。

アクスも急いでそれを追う。

二人は、ミルフィの町へとたどり着いた。

王都の南西に位置するこの町は、西側がすべて海で広がっている。

白と青をおもとした建築物が立ち並び、太陽の輝きでより一層美しく見える。

町は大勢の人で賑わっており、冒険者だけではなく旅人や外国からの旅行客で町は大いに潤っていた。

町の店からは、採れたての魚が香ばしい匂いを立て焼かれている。

その匂いは嗅覚を刺激し、アクス達の食欲を掻き立てた。

「うまそうだなぁ〜」

「そうねぇ〜…って、だめよ!お金もあんまりないんだから、食事は後よ」

「えぇ〜〜!!」 

アクスの悲痛な叫びが町に響き渡る。

落ち込むアクスを見かねて、サリアが一言かける。

「そんなに落ち込まないでよ、お金が手に入ったらたくさん食べていいから」

アクスは口から垂れたよだれを飲み込み、犬がしっぽをふるように頭を振った。

「それじゃあ冒険者ギルドへ行きましょうか、あそこが冒険者ギルドよ」

サリアが指さしたのは、この町で一番大きい建物だった。

「冒険者ギルドってなんだ?」

「冒険者ギルドは冒険者に登録すると仕事の仲介をしてくれる所よ。魔物退治とか内容は様々だけど、仕事をすればお金が貰えるのよ」

「なるほど、そこでお金を稼ぐって事だな」

「そういう事、さっそく行くわよ!」

二人は、冒険者ギルドのある中央に向かって歩き出した。


道中、何度かアクスが食事に誘惑されふらふらと迷いそうになるもなんとか冒険者ギルドへたどり着いた。

深く息を吐き、意を決したかのように扉を開けた。

中に入ると、昼間だというのに酒の匂いが広がっている。思わず鼻をつまみたくなるほどに。

二人は冒険者登録をする為に受付へと向かって行った。

「おい見ろよあれ、すげぇ美人だな」

「ああ...それに比べてなんだあのガキは?」

二人が冒険者達を通り過ぎると、羨望または嫉妬の入り混じった声が聞こえてきた。

「そこの兄ちゃん…見ねえ顔だな」

椅子に座ったままこちらに振り返り、強面の冒険者がアクスに話しかけてきた。 

そんな冒険者に恐れる事もなく、アクスは普段と変わらない様子でいた。

「今日から冒険者になろうと町へ出てきたんだ、俺はアクスよろしくな」

「へぇ冒険者にか…やめときな、後になって怖くなって小便漏らしても知らねぇぞ」

優しさからなのか、それともアクス達を馬鹿にしているのか、男の口元がかすかに緩んでいた。

「そういう訳にはいかねぇさ、神様に魔王を倒してくれって頼まれちまったからな」

アクスの発言に、周りの冒険者たちは一瞬固まったかと思うと一斉に笑い始めた。

「ぶふっ!!皆聞いたか!?魔王を倒すだとよこいつは傑作だぜ!しかも、神様だとよ!頭おかしいんじゃねぇの?」

周りの冒険者たちはアクスを指差し馬鹿にする。

冒険者達の態度にサリアが、拳を強く握りしめ憤怒する。

当のアクスは、周りなど気にもとめず、目の前の男の目を真っ直ぐ見ていた。

男だけは笑わずに、真剣な顔で話しを続けた。

「へぇ、魔王をねぇ...そんなことを言うやつがまだいたとは、まあせいぜいがんばるこったな!それと俺の名はジンだ覚えといてくれよな」

ジンはアクスの肩を軽く叩き、冒険者ギルドを後にした。

耳元でこそこそとサリアがアクスに小さな声で話しかけた。

「ちょっとアクス、あんまり神様って言葉は出さないで頂戴」

「お前が神様だとは言ってないからいいだろ」

「駄目よ、アクスが変な人だと思われちゃうわ」

変わらず野次を飛ばしてくる冒険者たちをあしらい二人は冒険者登録をするため受付へ向かった。

そこには金髪の女性が立っており、先ほどの話を聞いていたのか二人を見たとたん、笑顔を作るもどこかぎこちなかった。

「すいません冒険者登録をしたいですけど」

「冒険者登録ですね、ではまず登録料を一人二千ライラいただきます」

あまりお金を持っていない二人にとっては痛い出費だった。

「ではまず、こちらの冒険者カードに名前を書いてください」

渡されたカードには名前の他に、様々な事が書かれていた。

二人は名前を書き入れ、受付の女性に渡した。

「アクスさんとサリア=ルフェルさんですね、では次にご存じかもしれませんが、冒険者についてについてお話しさせていただきます」

アクスは名字を書かなかったが特になにか言われる事もなかった、ここではそれくらいの事はよくある事なのだろうか。

「冒険者となった方々は、主に冒険者ギルドから紹介された仕事をこなすことになります。次に、魔物の討伐時における討伐を証明するためのものですが、魔物を討伐したらその魔物の一部を持ち帰ってきてください、そうすればこちらで鑑定いたしますので」

受付の女性が手に小さなモノクルを乗せ、二人に見せる。

一見ただのモノクルだが、何かしら特別な機能でもあるのだろう。

「それと、もし犯罪行為をしたら冒険者の資格を剥奪されるので、絶対にしないでください!」

受付の女性は強く念を押してくる。

説明がすべて終わると、先程まで大人しくなっていたアクスが、大きなあくびをしながら話し始めた。

「やっと終わった?」

「ちょっとアクス…ちゃんと話し聞いてた?」

「あぁ…なんだっけ?」

ふざけたアクスの態度に腹が立ったのか、サリアはアクスの腹に強力な一撃を決めた。

「おぉぇ!」

不意に食らったアクスは、床に転がりのたうち回っている。

「すいませんうちのアクスが失礼な態度を取って」

「あ…いえ大丈夫ですので、お気をなさらず。それよりもお二人とも、これから冒険者とした頑張ってくださいね。仕事はあちらの掲示板に張り出されていますので」

先程まで優しそうな雰囲気のサリアの豹変ぶりに、受付の女性や周りの冒険者は恐怖で顔を引きつらせていた。

「ありがとうございました。ほらアクス、行くわよ」

まだ立つことの出来ないアクスの服の裾を掴み引きずりながら、サリアは受付を後にした。

仕事の内容はさまざまで、その中でも魔物の討伐、魔物の調査などが大半を占めていた。

「ダンジョン探索...ゴブリン退治...魔王軍の動向調査。どれがいいかしら…」

「強い奴と戦えるやつにしようぜ!」

「アクスは少し黙りなさい」

「うっす…」

先程の一撃があまりにも怖かったのか、アクスは、サリアに逆らえなかった。

「よし!これにしましょ」

サリアが手に取ったのは、湖に潜む巨大ワニ『ゲータン』の討伐だった。

報酬は十匹討伐で、二万ライラも貰える。他の依頼と比べてもなかなかの報酬額だ。

「ワニより人型の魔物の方が強そうなのに…」

「なにか言った?」

「なにも…」

「それじゃ早速準備を整えて出発しましょ、場所はここから東にある森の中よ」

二人は冒険者ギルドを出て東の森へと向かった。


ミルフィの町から二十分ほど歩き続けると目的の森へたどり着いた。

「どうアクス?魔物の気配は感じる?」

湖に辿り着いた二人は魔物の捜索を始めていた。

「いるぞ、情報通り十匹。ずいぶん小さい気配だけどな」

「小さい…?用心しなさいアクス」

二人は湖の中を警戒しつつ覗くも、魔物の姿は見えなかった。

「よし!湖の中に潜って見てくる」

「用心しなさいって言ったばかりでしょ!どうしてそんなに落ち着きがないのよ」

すると、湖の中から大きな音を立てなにかが飛び出してきた。

その正体は今回の仕事の標的、巨大ワニ『ゲータン』であった。

その大きさは普通のワニよりも何倍も大きく、巨大ワニの名前をもらうだけはある。

二人は咄嗟に身構えるも、ワニは二人には見向きもせず湖から離れるように逃げた。

「なんだ?襲ってこないのか?」

すると、湖の中からもう一つなにかが飛び出してきた。

触手のようなそれは、逃げたゲータンを絡め取り、湖の中に引きずりこんだ。

「なにか来るわ!アクス気をつけて」

湖の中から先程のワニよりも大きな物が現れた。長い触手が何本も生えており、触手の先には何匹ものワニが捕まっている。

透明な衣のような皮を頭に纏っており、中には頭と思しき《おぼしき》塊が見えていた。例えるならクラゲのようなものだった。

「うげぇ…気持ち悪い、なにかしらこいつ!」

「サリアどうする?依頼の魔物とは違うやつみたいだが」

「倒すに決まってるでしょ、こんなやつ放っておいたら大変なことになるわ」

「わかった!任せろ」

軽快な返事の後に、魔物目掛けて走るアクス。それを阻止せんと、魔物は何本もの長い触手を使いアクスを捕らえようとした。

触手を切ろうと剣で斬りかかるも、触手は切り落としてもすぐに元通りになってしまう。

「これならどうかしら!『レド』!」

遠距離からサリアが氷の魔法を唱える。

水色の魔法陣がサリアの杖の先に現れ、氷を放つ。触手を狙うも、魔物は口から水を吐き出して氷を弾いた。

「くそっ!こいつ厄介だな」

「長い触手…体の再生…もしかしてスライム!?」

サリアの口からでたのは、スライムという名前だった。

「スライム?こいつがこの魔物の正体か?」

「えぇ、様々な環境で生息する液体型の魔物よ」

「だったら何か、こいつを倒す方法は知らないのか」 

「生半可な攻撃じゃすぐに再生してしまうから一撃で消し去るしかないわね。アクス、私がやるからその間時間を稼いでちょうだい!」

杖を構えてサリアは力をため始めた。

アクスはニヤリと笑い、答えた。

「あぁ!任せろ!」

スライムは二人に襲いかかろうと、触手を伸ばした。だが、アクスはそれをすべて弾きながらサリアを守る。

戦いは硬直状態となり、お互いに攻めぎあっていた。

スライムは触手の数を増やし再び襲いかかる。

アクスもなんとか弾き返すが、触手の一本がサリアに襲いかかろうとサリアの眼前まで迫っていた。

「っつ!」

アクスが持っていた剣を投げつけ、触手を切り落とした。

すると今度は、武器を失ったアクス目掛けて触手を伸ばした。

アクスは腕に氷を纏った。

纏った氷は剣のような形へと変わり、スライムの触手を容易く切り裂いた。

スライムの猛攻をなんとか耐えきるも、明らかに押されていた。

突然、背後から鮮烈な風が吹き荒れる。

振り返ると、サリアの周りから発生しているように見えた。

「ありがとうアクス、ようやく溜まったわ…」

今までに感じたことのないほどの魔力がサリアから感じる。

「くらいなさい!神の力を、星の一撃を!『スターダストエクスプロージョン』!」

天高く杖を掲げると、空から強烈な青い光がスライム目掛けて飛来する。

光は、スライムに着弾した瞬間、いくつもの光が炸裂し巨大な柱のようになり、強烈な轟音と共に衝撃波を起こした。

光の柱に包まれたスライムは、強烈な力に耐えきれず消滅した。

湖の水が大きく波を立て荒ぶる。

あまりの衝撃に、アクスさえも立っているのがやっとであった。

技を放ったサリア本人は、余裕の笑みを浮かべその場から少しも動いていなかった。

「ふふ…どう?すごいでしょ?」 

サリアは大きく胸を張り、誇らしげな顔でアクスを見つめた。

アクスは、湖の中を覗いてみた。

湖の中は不思議な事に、綺麗な状態で残っていた。魔物だけを消し去ったのであろうか。

目の前の光景に驚いたアクスは、目を輝かせサリアににじり寄った。

サリアが放った技は、未知で強大な技であり、アクスの琴線に触れたようだ。

「すげぇな今の攻撃!魔法ってやつか?」

「少し違うわ。神だけが得られる技、『神技しんぎ』ってものよ」

「やっぱ神様ってくらいだから強いんだな」

「当たりまえよ、力が制限されているとはいえこのくらいはできなきゃね」

「だったら俺と勝負してくれよ、神様に俺の力がどのくらい通じるのか試したいんだ」

突如アクスは、勝負の申し出をしてきた。サリアは嫌そうな表情を見せるも、優しくアクスに言い返した。

「嫌よ、どうせ体術による組手でしょ。私、体術は得意じゃないし負けちゃうわよ、そもそも組手とか嫌いだし」

サリアは断るも、アクスはそんなこともお構いなしにサリアに手を合わせお願いする。

「そんな事言わずによ、一回だけでいいから頼むよ」

「嫌よ」

しつこいアクスに、サリアの反応は冷たくなっていった。

「そこをなんとか!」

「嫌って言ってるでしょうが!」

怒声と共にアクスの腹に強烈な一撃を入れた。

拳は見事に当たり、アクスは再び強烈な痛みで地面に転がりのたうち回った。

「アクス、しつこい男は嫌われるわよ。」

サリアの態度は冷たいもので、地面に転がるアクスを見下ろしていた。


町へと帰って来た二人は仕事の報告がてら冒険者ギルドで食事をする事にした。

「アクス、私は今回のクエストの報告に行くからあなたは先に食事を頼んどいて、好きなの頼んでもいいけどお金はあまりないからちゃんと考えて頼んでね」

「わかった…」

余程疲れたのか、アクスの顔に元気がなかった。

それもそうだ、今日だけで二回もサリアの強烈な攻撃を受けたのだ。

一方、そのサリアは、受付で今回倒した魔物の素材を鑑定してもらっていた。

受付の女性は、特別な顕微鏡を使いスライムの触手を確認した。

「はい、確認しました。しかし、本日の仕事は巨大ワニの討伐のはずでしたが…」

「それなんですけど、湖に潜んでいたワニをスライムがすべて捕食してしまいまして」

「なるほどそういうことですか。でしたら、湖の安全を確保してくれたということで、巨大ワニとこちらのジャグスライム一匹の討伐ということで、合計三万ライラとなります」

今日一日一個の仕事を達成しわずか三万ライラ、これでは今日の食事と宿代でほとんどなくなってしまうだろう。

「やっぱりもっと仕事をこなさないとだめね、明日からはもっと頑張らなくちゃ!」

あまりいい環境とは言えないものの、サリアは明るい様子で明日からの仕事に身を引き締めた。

報告を終えたサリアは先に待っているアクスの元へと向かった。

するとそこには、テーブルの上に数えきれない食事とそれを片っ端から頬張るアクスの姿があった。

「おうサリア、やっと来たか飯頼んどいたぞ」

「ええそうねありがとう...じゃないわよ!なによこの食事の量は!?」

サリアも驚いたその食事の量は見えるだけで十人前はあるだろうか、さらに奥から次々と追加の食事が運ばれてくる。

その圧倒的な食事の量に周りの冒険者たちも呆気に取られていた。

「アクス!私言ったわよね、あまりお金ないから考えて頼んでって!?なのになによ?これだけで今日のクエストの報酬ほとんどが無くなるわよ!?」

「大丈夫だって今日の報酬でニ万はもらえるんだろちゃんと計算してるって」

「...その計算に宿代は入ってるのかしら?」

「えっ!?野宿じゃねぇの?」

アクスは悪気はないのだろうが、それはまあ腹立つ声でサリアに言った。

「アクスの馬鹿!私に野宿しろっていうの!?見損なったわよ!」

そう言うと、サリアは食堂の受付に向かいアクスにも聞こえるような大きな声で言った。

「すいません!アクスが頼んだ食事は残りは全部キャンセルで」

慌てて椅子から立ち上がったアクスがサリアに詰め寄る。

「おいサリアどういうことだよ!?さっき好きなの頼んでもいいって言ってたじゃねぇか!」

「限度ってものがあるでしょうが!」

二人は取っ組み合いになりその場で喧嘩し始めた。

「こっちは昼飯も食ってねぇんだぞ!」

「そんなこと言ったら私も食べてないわよ!」

そんな二人の間に割って入るようにひとりの人物が話しかけてきた。

「喧嘩中失礼、少しいいかしら?」

二人はぴたりと喧嘩を止めその人物に視線を送った。

「はじめまして、私はリーナ。よろしく」

二人は驚いた。リーナと名乗る女性は子供のように小さな体だったからだ。

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