女神の剣

枝間 響

第1章 戦いの始まり

第1話 選ばれし戦士

人里離れた大きな山の中。

辺り一面は雪で覆われ、綺麗な銀世界である。

それを壊すように、大きな爆発音が鳴り響く。

爆発が止む事はなく、何度も爆発が繰り返される。

そんな中、小さな荷車の上で赤ん坊が目を覚ます。

まだ幼い子供にはなにが起こっているか分からなかった。

恐ろしい音に驚き、泣きわめくことしか出来なかった。

そんな赤ん坊の叫びも爆発音にかき消され、小さく響くだけだった。

赤ん坊の涙をなにかが拭った。暖かいがやけに湿った感触であった。

それは赤ん坊に被さるように顔を見せた。

それは犬であろうか?白い毛に身を包んだそれは赤ん坊になだめるように微笑んだ。

だがそれは、赤ん坊にとっては恐ろしい形相だった。赤ん坊が再び泣きわめく。

「いたぞ!こっちだ!」

その声に気づいたのか、何者かが赤ん坊に近づいてくる。しかし様子がおかしい、犬が姿勢を低く構え唸り始めた。

すると吹雪の中から声の主が現れた。

その姿は人とはかけ離れており、長い角に尻尾まで生えている。

奇妙な生物を目の当たりにした赤ん坊は、助けを乞うように泣き出した。

謎の生物が赤ん坊達に手を伸ばしたその瞬間、後ろから手刀で胸を貫かれた。

悲鳴も出さずにその生物は崩れ落ち、息絶えた。

倒れた生物の後ろには、体が血で濡れた男が女性を抱きかかえ立っていた。

男が赤ん坊の横に女性を寝かせた。

女性は雪の様な白い髪と肌を持ち、その体は異様なほど冷たかった。

女性は気を失っているようで、赤ん坊がいくら触っても動かなかった。

「おい!」

男が大きく声を上げる。

赤ん坊は怯え、泣きそうになるも涙を堪える。

そんな赤ん坊の頭をそっとなでながら男は言う。

「いいか!お前にはまだ分からないだろうが、近い将来お前の力が必要になる」

真面目な顔で幼い赤ん坊に語りかける。

「だから必ず生き残れ!生きて俺の意思を継げ!お前は、この世界の希望なんだ…アクス」

アクス。赤ん坊にそう言った。

「じゃあすまねぇ…あとは任せたぜ」

男は側に居た犬に語りかけると、吹雪の中に消えていった。

男の言葉を聞いた犬が荷車を引き始めた。

離れていく男に手を差し伸べるも、その手は届かず赤ん坊は一人泣き出した。

そこで赤ん坊の記憶は途絶えた。


ある夜、山奥に建てられた小さな一軒家で扉を叩く音が鳴り響く。

夢から覚めた男が音に気づき目を覚ます。

男は百七十五センチはあるだろうか、ずいぶんと筋肉のついた屈強な肉体を持っている。

歳は十八になったばかり、つんと長く伸びた黒髪が特徴的だ。

大きく体を伸ばし、これまた大きなあくびをする。

「誰だ?こんな時間に…」

眠たそうに目を擦りながら、扉を開こうと玄関に着いた。

「どちら様…」

扉を開けると、なんとも言えぬ美しさの女性がアクスを見上げる。

青い髪に青い瞳、どこから見ても異質な存在だったがそれが気にならなくなるほどの美しさだった。

異質なのは彼女だけではなく、身につけている物からもそれが伝わってきた。

白くきらめくウェディングドレスのような羽衣。それからは、なんとも言えないオーラが感じられた。

程よく肉のついた体つきをしており、身長はアクスよりも少し小さいが、その肉体は実に美しいものだった。

だが、男は変わらずあくびをしながら女性に尋ねる。

「…どこかで会ったか?」

「いいえ、こうして会うのは初めてねアクス。私はサリアよろしくね」

それを聞いた途端、男の顔がぴくりと動いた。

「どうして俺の名を?」

「まあまあ、とりあえず中で話しましょ。身体が冷えちゃうわ」

尋ねるアクスを押しのけ家に入ろうとするサリアという女性、仕方なくアクスは家の中に入れた。

机越しに椅子に座った二人、サリアが話を切り出した。

「こんな夜中にごめんね、あなたに頼みがあって来たのよ」

「頼み?」

「えぇ、私はサリア。そして癒やしの女神ヒーラであり、あなたが信仰している女神なのよ」

サリアの口からそんな言葉が出てきた。

当然アクスは信じれる事もなく、サリアの顔をじろじろと眺める。

すると、部屋の中に置いてある神様の偶像と見比べてこう言った。

「全然似てねぇぞ、お前本当に女神様か?」

ふざけた返しにサリアが呆れた声を出す。

「あのねぇ、その偶像は人間が勝手に作った物なのよ。似てなくて当然よ」

「そういうもんか…で、結局あんたは女神様なのか?」

「だからそうだって言ってるでしょ」

話が進まず、サリアの言葉には苛立ちを感じた。

「つってもな、神様だって証拠でもあんのか?」

アクスの質問に言葉が詰まるサリア。必死になにかないかと考えているようだった。

「そうねぇ…あなたの日課とかすべて把握してるし、家族構成、好物など大体の事は知ってるわよ」

「それ“すとーかー“ってやつだぜ」

じれったいアクスにとうとうサリアがキレた。

「天界から見てたから知ってるだけで、ストーカーじゃないわよ!!」

あまりの気迫に、アクスも怯えてしまった。

「…す…すいませんでした…」

「全く…」

顔を膨らませ、怒りをあらわにしているサリア。顔を見づらいのかアクスは下を向いている。

その時、アクスが突如椅子から立ち上がる。

「どうしたの?急に…」

「しっ!静かにしてろ」

扉を開け、真っ暗闇な外へと飛び出した。

アクスは目をつぶり何かを探る。

「そこっ!」

岩陰目掛けて、手のひらから氷のエネルギー弾を撃ち出した。

岩の後ろに氷漬けになった子鬼のような生物が倒れて砕けた、ゴブリンという魔物だった。

「あなたもしかして、生物の気配とか分かるの?」

家の中で見守っていたサリアが聞いてきた。

「ん?あぁ、昔教わったんだ」

「ふーん…」

意味ありげにアクスを興味深く観察するサリア。

すると一匹やられたのを皮切に、家の周りに潜んでいたゴブリン達が一斉に襲いかかってきた。

「はぁぁぁ!」

しかしアクスは、なんの苦もなくゴブリン達をなぎ払った。

ふっ飛ばされたゴブリン達が我先に逃げ始める。

アクスは手に冷気を溜めそれを解き放った。みるみるうちにゴブリン達が凍っていき、その場で崩れ去った。

「おぉー!」

側で見ていたサリアが、拍手を鳴らしアクスを褒め称える。

「やるわねアクス!やっぱりお母さんの言った通りだわ!」

「お母さん?」

「私のお母さんは、神の頂点に立つ光の女神様よ。ほら、通貨の名前とかで聞くでしょ?」 

この世界では、“ライラ”という単位の通貨が使われている。

それはこの世界で信仰されている光の女神ライラから取ったものだ。

「そこまで言うって事は、あんた本当に女神様なのか?」

「さっきからそう言ってるでしょ!」

慌ててアクスがギクシャクした動きで挨拶をする。

「えぇと…先程はどうも申し訳ありませんでした!」

敬語に慣れていないのか、言葉もどこか変だ。

サリアはそんな様子のアクスを見て思わず笑みをこぼす。

「信じてもらえてよかったわ。無理に敬語使わなくてもいいわ、私も堅苦しいのは嫌いなのよ」

手を差し伸べ、握手を求めてきた。

「えぇと、じゃあ…よろしく」

戸惑いつつもサリアの手を握る。

「こちらこそよろしくね!」

二人は家の中に戻り、椅子に座り込んだ。

「話が戻るけど、私はお母さんのめいを受けてやって来たのよ」

サリアの表情が真面目なものとなり、アクスも黙ってそれを聞く。 

「あなたに頼みたい事、それは魔王の討伐よ」

魔王。それはこの世界で暴れまわる異界より現れた存在。

強力な魔物を配下に置き、人間達を襲う悪の集団。

そんな強力な存在の討伐を、今アクスに託された。 「えぇー!?魔王の討伐!?」

アクスは驚いた。無理もない、サリアもその反応には予想がついていた。が、ここで思いも寄らない返事が返ってくる。 

「おもしろそうじゃねぇか!!」

「えっ?」

耳を疑った。だがサリアの耳は狂ってなどいなかった。

確かにアクスは、きらきらした目で言っていたのだ。

「いいの?そんな軽く決めて」

「ちょうど俺も旅に出ようと思ったんだよ、ついでに魔王退治くらい大丈夫さ!」

嫌がるどころか歓喜するアクスに、サリアは口を大きく開けて呆然としている。

「なぁなぁ!魔王ってのはこの世で一番強いのか!?」

なおもアクスは興奮した様子で話しかける。

「えっ?どうだろう…下界じゃ強い方だと思うけど…」

「そうなのか、それは楽しみだ!出発はいつにする?今日か?明日か?」

興奮するアクスをなんとか収めようとするも、アクスの勢いは止まらなかった。

「ええと…じゃあ明日の朝出発ね。それとこれ」

サリアが大きな袋を差し出した。

中を開けると男性用の服が入っていた。しかも、ただの服ではなく戦闘に適した道着のような服だった。

「いいのか、これもらって?」

「もちろん、あなた用に作った物だもの大事にしてね。それと私も旅に同行するから、明日また向かいに来るね」

サリアはそれだけを言うと、目の前から一瞬で姿を消し

た。

「行っちまった…まぁいいや!今からわくわくしてきたぜ!」

興奮が止まず、アクスは外に飛び出し体を動かし始めた。

その様子を天界と呼ばれる神様が暮らす場所で、サリアが眺めていた。

「…あの子で本当に大丈夫かしら…」

アクスの行動に不安を感じたサリアが、ぼそりとつぶやいた。


次の日の朝、アクスはいつもより早く起きて準備を始めた。

体を綺麗にして朝食を食べた後、体を入念に動かし準備を整える。

「よし!こんなものかな」

準備を終えたアクスは、昨晩サリアから貰った服を身につける。

青いシャツ、白いズボン、その上に水のように透き通った水色の道着を羽織った。

服の色に青が多いのは、サリアの趣味であろうか。

さらに、自分が愛用しているリストバンドに靴を履き、アクスはサリアを待っていた。

朝の八時を過ぎたころ、扉を何度か叩く音と共にサリアの声が聞こえてきた。

「アクス、準備出来てる?」

「おう!今行く」

家を出る前に、アクスは飾ってあった写真を拝んだ。写真には、鎧を身に着けた高齢の騎士の姿があった。

「じゃあ、行ってきます!」

アクスは写真に向かって礼をすると、壁に立てかけてあった剣を背に外に出た。

強烈な朝日が目に入る。

眩しさで目をそらすと、そこにはサリアが立っていた。

サリアは白く輝く綺麗な錫杖を手に持ち、服装はアクスと似たような青と白をベースの羽衣を身にまとっている。

「おはようアクス、それじゃあ早速行きましょうか」

「昨日着ていた服はどうしたんだ?」

「あぁ、あれはね特別な力で作られた物でね、そこらの鎧なんかよりは硬いんだけど下界じゃその力を発揮できないのよ。だから、私お手製の服を身に着けてきたの、どう?似合ってるでしょ」

褒めてほしそうに服を見せつけるサリア。だが、アクスにはその意図は伝わらなかったのか話を戻す。

「もしかして、神様も下界じゃ力を出せないとかあるのか?」

「ご明察!私達神は、下界じゃ力を制限されるの。でも安心なさい、私これでも結構強いから!」

ドヤ顔でアクスを見下ろすサリアだが、アクスは疑いの目でサリアを見つめる。

「なによその目!本当だから、私これでもエリートなんだからね!」

「そんなこと言ったって、お前がどれほど強いか知らねぇし…」

むきになったサリアが、強気の声で宣言する。

「いいわ!そこまで言うなら私の力を見せてあげるから見ときなさいよ!」

そう言うとサリアがずんずん歩き始めた。

「ところでよ、どこに向かうんだ?魔王城か?」

「馬鹿ね、いきなり魔王城なんて行かないわよ。まずはここから南にあるミルフィの町へ行くわよ」

最初の目的地が決まった二人は、山道をぐいぐい下って行った。

この辺の山は整備もされておらず、雑草や木々で険しい道が続く。

普段から山を散策しているアクスは簡単に進んでいたが、サリアは一歩進むにも苦労した。

「大丈夫か女神様?」

「えぇ…このくらい何てことないわよ…」

口では簡単に言ってるものの、息をきらし汗をかいており既に疲れが見え始めていた。

「休むか?」

「休まないわよ!」

先程言った事にむきになっているのか、弱みを見せないように振る舞っている。だが、これではいつか倒れてしまうだろう。

アクスが頭を悩ませていると、何かがこちらに来るのを感じ取った。

「隠れろ!」

すぐに草の茂みの中にサリアを連れて隠れたアクスは、茂みの中から外の様子を見た。

外には、数十匹ものゴブリンが辺りを警戒していた。

「おい!さっきここに誰か居なかったか?」

「見間違いだろ?こんな山奥に人間がいるか?」

「俺達はその人間を探しに来たんだよボケ!」

一匹のゴブリンが他のゴブリンの頭をはたき、叱咤する。

「こいつら、もしかして魔王軍の連中かしら…気づかれてはいないし今のうちに逃げましょ」

サリアが隣にいるアクスに逃げるように提案する。しかし、隣にアクスはおらず姿を消していた。

「てめぇなにもんだ!?」

その時、ゴブリン達が驚きの声を上げた。

恐る恐るゴブリン達の方を見ると、堂々とした出で立ちのアクスがゴブリン達の前に立っていた。

「お前らこそこんなところでなにしてんだ!また悪さしに来たのか!」

すかさずサリアが飛び出し、アクスを引っ張り戻そうとする。

「ちょっとアクス!何やってるのよ!?」

「丁度いいところにきたな、サリア!お前の力を見せてくれ!」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!なにもこんな時に見せなくてもいいでしょ!?」

目の前のゴブリン達を無視して、二人は喧嘩をしだした。

「じゃあ俺が代わりにやっていいか?」

「なんでわざわざ危険を犯してまで戦おうとするのよ!」

「おいてめぇら!無視してんじゃねえぞ!」

怒ったゴブリンが血相を変えて、二人に怒鳴りつける。

「あっ!ごめんなさいお邪魔しました、私達は失礼させていただきますね」

「逃げんじゃねえ!」

そそくさと逃げようとする二人を囲い、逃げ場を塞いだ。

「舐めやがって…やっちまえー!」

一匹のゴブリンの号令と共に、何十匹ものゴブリンが一斉に襲いかかってきた。

「じっとしてろよサリア」

アクスはサリアを抱えて、唯一敵の居ない真上に高く翔んだ。

敵の攻撃を避け、敵の群れの背後にまわりこんだ。

サリアを地上に下ろし、敵の群れへと突っ込んだ。

「くそっ!撃てっ撃てー!」

ゴブリン達が弓を引き絞り、矢を撃ってきた。

飛んでくる矢をすべて剣で切り落とし、すぐ近くのゴブリン達から切り伏せていった。

素早い動きで敵を切り裂き、次々に葬っていく。

かと思えば、強い力での体術で敵を打ちのめしていく。

綺麗な剣術さばきと、荒々しい体術の組み合わせは実に見事なものであった。

「おのれ…くらえ!『マカール』!」

ゴブリンの一体が、杖で赤い魔法陣を描き、火の玉を放ってきた。

アクスは火の玉に向けて手をかざすと、大量の冷気を発した。

火の玉は消え去り、その様子を見たゴブリンは怯えて逃げ出した。

ゴブリンを逃さんと、アクスが生み出した氷を矢のような形に変えて撃ち出した。

氷の矢はゴブリンに深々と突き刺さり、絶命した。

気がつけばゴブリン達はすべて倒れていた。さっきので最後だったのだろう。

陰から戦いを見守っていたサリアが、アクスのもとに駆け寄った。

「よぉ、怪我はないか?」

あれだけ激しい動きをしたアクスだが、呼吸も乱さず、全く疲れている様子がなかった。

「怪我はないわ。ところでアクス、余計な戦闘は避けて頂戴」

サリアの問いかけに不可解なアクスは、聞き返した。

「なんでだ?別にいいだろ?」

「いつなにが起きるのかわからないのよ?無駄に体力を使う必要はないわ」

「そういうもんか」

「そうよ」

納得いったアクスだったが、その顔はなにか不満を残しているようだった。

「でも、戦いは見事だったわよ。これからも頼りにしてるからね」

褒められたアクスは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ不満など消え去ったようだ。

「へへ…なんだか女神様に褒められると嬉しいぜ」

恥ずかしそうに頭を掻きながら顔を赤らめている。 

「さて、そろそろ行きましょうか!冒険はまだ始まったばかりよ!」

「おう!」

二人は再び、ミルフィの町に向かって歩き出した。

二人の歩く道にはこれからなにが起こるのやら。二人の冒険は始まったばかり。

「ところでよ、神様の力は一体いつ見せてくれるんだ?」

「…そのうち見せるわよ」

自身なさげな声で、ぼそりと呟いた。

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