雨巫女の水曜日

十一歳の高校生

第一話 憂鬱な木曜日

カラカラと水車の回る音が聞こえる。

レンガの壁が剥き出しになった部屋の中で、男は女に聞いた。男の周りは荷物だらけで、もう既に足の置き場がない。

「なーなー、これどこに置けばいいん?」

「………」

女は答えない。ずっと紙切れを真剣に読んでいる。

ツヤツヤの長い茶髪が傾いている。

「おーい」

「………」

あまりの無視の仕方に、男はため息を吐いた。

女の肩をゆさゆさと揺らす。女の髪がサラサラと揺れた。

「おら、返事しろレイラ!」

女…レイラが、ゆっくりと顔を上げる。

「おうおう、何だよ喜武きむ。全く私だからいいものの、女の子の首を揺らすなんて紳士としてあるまじき行為だぞ」

「オメーが返事しないからだろうが!」

頭をポリポリ掻きながら欠伸をするレイラ。

「ごめんって。ついつい読み物に夢中になっちゃって」

喜武はその様子をみて、自分の血管がブチッと切れる音がした。

ダンっと、旅行カバンを床に落とす。レイラの肩がビクッと揺れた。

「ど、どうしたよ喜武」

今の喜武にはレイラの困惑した声すら気に食わなかった。

そうじゃなくても、今まで散々こき使われて何事も後回しにされてきたのだ。この、黙っていれば美人で、喋った途端に男が身を引いていく、レイラという女に。

長年の恨みがふつふつと湧き上がる。

「お、おーい?」

「…てってやる」

「えっ?なんて?」

「もー、こんな待遇の悪い家なんか出てってやる!!じゃあな!!」

さっきから困惑しているレイラを放置して、喜武は駆け出した。いつもと真逆の状況に、すこし嬉しくなる。

(いや、嬉しくなってる場合じゃない!)

途中で喜武は気づき、くるりと振り返る。レイラがポカンと口を開けて地べたに座っている。

「あ、あとレイラの好きな紅茶はそこの棚の右から2番目の引き出しに入ってるから。あと毎日家は掃除して、消費期限の切れた牛乳は飲むなよ。きちんと腹巻きして寝ろよ、風邪ひかないように。それから…」

「喜武」

レイラがやっと口を開く。喜武は眉をしかめて言った。

「何だよ」

「…お前、ウチ出てくんじゃねぇの?足がウチに戻ってきてるけど」

下を見ると、踏み場のない床を器用に歩いて、レイラへと近づいている。

「………」

しばらく黙って、足元を見る。

ダンっと床を踏みつけて、レイラを振り返る。

「いや、今から出てくから!じゃーな、世話になったな!!」

レイラは荷造りをしながら、喜武を見ないで言った。

「おーおー、行ってこい。日が落ちるまでには帰れよ、変なおじさんに攫われちゃうぞー」

完全に帰ってくることが前提の呼びかけに、喜武は真っ赤になって怒った。

「舐めんな!じゃーな!」

それだけ言って年代物のドアを開けた。

…行くあては、ない。




この街は海と隣接する峠にある。

そのため、夕方と朝方には風が吹かない。『凪』だからだ。

夕方、日が傾き始めた街は、もうすぐ店じまいする屋台と、夜の営業のために組立をしている屋台が、忙しなく動いている。

「おう、レイラさんのとこの坊主じゃねーか」

魚屋のおっちゃんが話しかけてくる。何故喜武のことをレイラさんの坊主と分かるかというと、レイラはこの街ではよく知られた雨巫女だからだ。雨巫女とは何だ、と言われると、それはまたの機会に説明しよう。

「お使いか?」

「家出だよ。あんな家、出てってやる!」

喜武が叫ぶと、魚屋のおっちゃんは苦笑いした。

「つったって、坊主。行くあてはあんのか?」

「そ、れは…」

黙ってうつむくと、おっちゃんはケラケラ笑った。

「そーいうこった。悪いことは言わねぇ、早くレイラさんとこに帰りな」

「………」

返事が出来ずにいると、おっちゃんは片眉を上げて喜武を見た。喜武は顔を上げない。おっちゃんはくるりと踵を返すと、魚を取り出して、焼き鉢で炙り出した。

喜武はその間も顔を上げない。結局喜武の顔が上がらないまま魚は焼き上がってしまった。

おっちゃんは焼き魚を串にさして、俯く喜武の前に差し出した。ご丁寧に2本、レイラの分も含まれている。喜武がやっと顔を上げた。

おっちゃんは笑っていた。

「ほら、残りモンだけど。金は取らないから安心しな。家に帰ってレイラさんと食べな」

喜武は、じっと焼き魚を見つめた。てらてら輝く脂、とても美味しそうだ。

(ぎゅるるるるっ)

喜武の腹の音が、元気よく返事をする。喜武は顔を真っ赤にしながら、2本の串を受け取った。

「…ありがとう、こざいます…」

「おうよ」おっちゃんは何気ない返事をした。

喜武はくるりと背を向け、トボトボと歩き出した。

その姿を見送るおっちゃんは、上辺だけの笑顔を浮かべていた。

「…良いんですかい?あいつ、このままだとホントにどっか行っちまいますよ」

おっちゃんがそう言うと、ゴソゴソと後ろの木箱が動いた。

「いいんだよ。行かせるつもりはねぇし」

木箱の蓋が開き、中にいたやつが呟く。

「あいつには、きっちりお灸を据えてやらんとな」

その一言におっちゃんは声を殺して笑った。

「ああ、ホントにアンタは人が悪い」

その言葉に返事はない。おっちゃんは遠ざかる背中を目で追いながら、呟いた。

「…でも、だからこそ、あいつはアンタとやっていけてるんだよなぁ」

「………」

木箱を頭に被ったやつは、無言だ。おっちゃんはやれやれといった感じで肩をすくめる。

「素直じゃないところは昔から変わらないなあ。ちゃんとあいつに自分の気持ち伝えてるか?じゃないと離れていっちゃうぞ」

「うるさい」

ピシャリと木箱が言う。「あと、主人に向かってなんつー口きくんだ」

「はいはい、敬いますよー」

おっちゃんはそう言って片付けに戻る。もともとこの主人は口のきき方にとやかく言わない。どちらかと言えば、タメ口をきいて欲しいと思っている。つまりは、図星を突かれて八つ当たりしたのだ。

(本当に素直じゃねぇなあ)

そこがまだ可愛げのあるところなので、おっちゃんはしばらく木箱を放っておくことにした。そのうち冷静になるはずだ。

しばらくして、やっと木箱は喋った。

「…それはそうとして、悪かったな、こんなことに協力させて。明日には終わらせるからさ」



喜武はとっぷりと日が暮れた防波堤で、しょぼくれていた。

今日練り歩いてみてわかった、この街に喜武が就けそうな仕事はない。喜武には力もない、文字も数字しか書けない、出来ることは絵で家計簿をつけたり、料理を安い食材で作ったり、洗濯をしたり、そういうことしか出来ない。

そんな喜武には、宿屋に一泊することすら出来なかった。

こんなので、どうやって一人で暮らしていけようか。

はあ、とため息をつく。

「おやおやお兄さんどうしたんだい?」

「?」

喜武が振り向こうとすると、いきなりナイフを首に当てられた。

「はっ…」

「振り向いちゃダメだよ。こんなところで、こんな夜に途方に暮れているなんて、随分と世間知らずなんだね。このくらいの年頃ということは、レイラのとこの召使いかな?」

(女の子の声…?)

喜武は割と冷静に考えていた。視線をナイフにずらすと、ナイフには何やら文字が刻まれている。

(呪文が書かれてる…魔術師か?)

「…何が目的?」

喜武は浜辺を眺めながら聞いた。

「ほう」女の子が感心したように呟く。「冷静だね。慌てふためくかと思ったんだけど。場慣れしてる感じかい?」

「悲しいことにね」

喜武は肩をすくめた。面倒ごとには巻き込まれ慣れている、どこぞの見かけ美人のせいで。こういうときは、相手を感情的にしないのが1番なのだ。

女の子は面白そうに言った。

「さあ、何でだと思う?」

「質問に質問で返すの?」

「先に質問してきたのはそっちじゃないか。そういうときは質問した方から答えるって、レイラに習わなかったのかい?」

「生憎と、あの女はそんな謙虚なこと教えてくれなかったよ。それに、先にナイフを押し付けてきたのはそっちだ。非礼をした方が先に答えるべきなんじゃないの」

「それもそうだね」女の子はケラケラ笑った。でも逃げ出す隙はない。喜武は心の中で舌打ちした。

(こいつ、闘い慣れしてやがる)

そんな喜武を見て、女の子はにっこり笑った。

「んー、そうだねぇ。おそらくお兄さんにはレイラの加護がかかっているだろうから、お兄さんをいたぶってレイラを苦しめるっていうのもいいよね」

「加護?そんなもんかかってないけど」

「まさか」女の子は笑った。「絶対かかっているはずだよ。お兄さんには。だって、レイラのお気に入りだもん」

「はぁ?」

喜武は嘲笑った。「俺が?アイツの?お気に入りだって?」

「うん」

女の子は自信たっぷりに言った。

「だってアイツ、本当は繊細なんだよ。そんなアイツがぞんざいに扱える存在なんて、お兄さん以外に居ないよ」

「…それって、レイラの専用サンドバッグってことじゃ?」

「お兄さん、面白い例えをするね。まあ、そういうことになるよね。でも貴重な存在だよ、我らにとって」

喜武はげんなりした顔をした。女の子は楽しそうだ。

と、喜武は気付いた。

「我ら?それはどういうこと?お前は何処かに所属しているの?」

女の子が喉を鳴らして笑った。

「それはね…」

「みぃつけた」

女の子の言葉を遮って、ハスキーな女の声が聞こえた。続いて矢のような水が女の子に襲いかかる。女の子は気にする様子もなく立っていたが、やがてパンッと手を合わせた。

「guy CNN I if Dr. u C x I gf did 」

女の子が呪文を唱えると同時に、結界が張られる。水は結界にぶつかって砕け散った。

「へえ、上級の結界か。あんた、中々に強いじゃん」

感心したような声。

思わず振り返ると、そこにはレイラがいた。

「レイラ」

喜武がその名前を呼ぶと、レイラは片眉を下げて笑った。

「よっ。そんなところで何をしてんの?あ、ナンパ?」

家出した手前、レイラにやすやすと助けを求めるわけにはいかない。喜武は言葉を濁した。

「…いや」

「おいおい、どうしたよ。いつもの元気はどこ行ったのかな?」

レイラは困ったように喜武を見る。喜武は返事をしない。

痺れを切らしたのか、女の子はレイラと喜武の間に割り込んだ。喜武はここまでで初めて女の子を見た。猫目のツインテール、ヒラヒラの黒いワンピース。年は12ぐらいだろうか。

(こんなちっこい子に負けたのか、俺…)

内心、ショックを受けていると、女の子はレイラに名乗った。

「お初にお目にかかります、レイラさん」

「…あんた誰?」

レイラが冷たく一瞥する。女の子はそれに全く怯まず、むしろ皮肉な笑いを浮かべた。

「失礼。私の名前はコーディーです。マリアンナ様の使いで来ました」

ピクリと、レイラの眉が動いた。コーディーはそれを見てニヤリと笑う。

「…へえ。マリアンナが私に何の用かな」

レイラが聞くと、コーディーはワンピースのポケットから封筒を取り出した。

「これを、あなたに、と」

「…分かった、貰っておくよ」

レイラが手袋を着けて封筒を受け取る。コーディーはそれを見て眉をしかめた。

「わざわざ手袋しなくても、感染術なんて掛かってませんよ」

「どうだか。マリアンナの渡してくるモノは、いつもろくでもないじゃん?」

レイラはため息を吐いて喜武を立ち上がらせた。喜武が慌てて立ち上がると、レイラはコーディーに背を向けた。

「あはは。やっぱりお兄さん、レイラの犬だったんだあ」

コーディーはレイラの態度を気にする様子もなく、クスッと笑った。

レイラはくるりと振り向いた。コーディーを真っ直ぐに見据える。

「あのさ。コイツに要らんこと言わないでくれるかなあ。それとも、あんたを術で縛っといた方がいい?」

レイラが手袋をしていない方の手をコーディーに向ける。コーディーは肩をすくめ、言った。

「はいはい承知しました。余計なことは言いませんよ…面白いことが聞けましたから、もう黙ります」

「面白いこと?って何よ?」

レイラが首を傾げる。コーディーは顎に手を当てて、「さあ?」と笑った。

「じゃあ、ここらでお暇したく思います。…お兄さん、じゃね。またお話しよう」

そう言うと、女の子はいつの間にやら準備してあった陣に乗ってフッと消えた。

「…何だったんだ」

喜武がポカンとして呟く。レイラはそんな間抜けヅラをぶっ叩いた。

「痛ぇ…」

喜武は思わずしゃがみ込んだ。

「痛えじゃないわアホ。あれだけ帰って来いって言ったのに、ノコノコと海岸まで彷徨いやがって」

レイラは怒った口調で言った。海の方を見ているので、喜武からは顔が見えない。ただ、テラテラと月の光が反射している頬が見えるだけだ。それを見て喜武は申し訳なく思った。家を出たときの怒りはすっかりしぼんでいた。

「レイラ、怒ってる…よな?」

「ああもちろん」

即答だった。まあ当然だろう、使用人の分際で仕事をほっぽり出して家出したのだから。

喜武はしゃがんだまま、自分の左腕を捲り上げた。そこには喜武には読めない、文字が刻まれている。レイラ曰く、使用人との契約の証らしい。その証拠に、レイラの右腕にも同じ文字が刻まれている。

喜武は顔を伏せた。

「…ごめん」

レイラはちらりと喜武を振り返り、また海を見た。

「ホントにな。ごめんを100回言って全裸で街を練り歩いて街の笑い者にされても許さないよ」

喜武はしゅんとする。それを見たのか、それともただの気まぐれなのか、レイラは言った。

「…だから、これからも一緒に居てよ」

「…えっ」

喜武はポカンと口を開けた。

喜武は一瞬ポカンとした。理解できなかった。心なしか、レイラの頬が赤い気もする。

「…レイラ、それって…」

喜武がドキドキしながら聞くと、レイラが振り向いた。とても可愛い笑顔をしている。

「え、ウソ」

喜武の頭の中は真っ白になった。

(レイラが、俺のことを、好き?)

『お兄さん、レイラのお気に入りだもん』

コーディーの言葉が頭の中から聞こえてくる。喜武は思わず首を振った。

(いやいやいや、ナイ。レイラが俺のこと好きとか、塵ほどの可能性もないわ)

「…そう、喜武。きっと君ももう分かってると思うんだけどさ」

喜武は理解が追いつかず棒立ちしている。

「喜武のこと、私、好きなんだよなぁ」

(来たああああああああ)

喜武の頭の中で大パレードが始まった。いくらぞんざいで口が悪くて雑なレイラに言われたとしても、可愛い女の子に告白されて嬉しくない男はいない。

「…と、突然そんなこと言われても」

「何で照れてるの。普段あまり言わないから?」

レイラが拗ねたように喜武を見てくる。もうそれすらも可愛い。今までぞんざいに扱われてきたことなど、とても些細なことに思えてくる。

「…別に、照れてるってワケじゃ」

「ふーん。そっかぁ」

レイラはふふふと笑ってまた海を眺めた。

喜武は座り込み、顔を腕に埋めた。顔が真っ赤すぎて、レイラに見せられる代物じゃない。

でも、ここで返事をしなければ、レイラに失礼だ。そう思って、喜武はありったけの勇気を振り絞り、言った。

「…俺も、レイラのこと、好きだよ」

「ホント?」レイラはびっくりしている。「いつもあんなにぞんざいに扱ってるのに?」

「ああ。好きだよ。いつも誰かを助けるために仕事しているところも、術に対するその真摯さも。…ってか、ぞんざいに扱ってる自覚あったのかよ…」

「んーまあね」レイラは伸びをしながら言った。

「でも、感謝してるよ。喜武が居なかったら、きっと私の生活破綻してたから」

「…確かに」

喜武は即答した。レイラは確かに腕のいい巫女だが、生活力は正直、無い。コイツはどれだけ高貴なお嬢様ライフを送っていたのかと、レイラと主従関係を結んだ最初の頃はドン引きしていた。

「でしょ。だからこれからもよろしく、大切な友達として。…ああ、私、すごく優しい友達を持ったよなあ」

「…えっ?」

喜武はレイラの言葉を疑った。

「へ?」

レイラがキョトンとした顔をしている。

「…今、レイラ、俺のことなんて呼んだ?」

「喜武」

「じゃなくて」

「ああ。友達って呼んだけど?」

「えっ」

「えっ、違うの?」

レイラが悲しそうな顔で見つめてくる。

「いやっ?あの、その…」

滅多にしない顔に、喜武は抗えなかった。

「…ううん、合ってるヨ。ワー、ウレシイナー」

喜武がそう言うと、レイラの目が輝いた。

「だよねだよね!あー良かった、驚かすなよ喜武ー」

「おお、ごめんな。あはっ、あははっ…」

喜武はレイラにつられて笑った。…心の中は泣いていた。

(畜生!俺にもモテ期来たかと思ったのに!思ったのに…!!!)

「あ、あと喜武」

レイラが喜武を振り返る。喜武は気のない返事をした。

「何だよ…?」

「帰ったら徹夜で荷物詰めな、明日の朝の船でブルックリンに発つから。あとお詫びの印としてその胸に入れてある魚の炭焼き寄越せ。2本ともな」

「…ゲッ」

喜武は荷物詰めを結果的にサボったことを思い出した。レイラが詰めると余計な物しか旅行カバンに入らないから、喜武が選別していたというのに。

(余計な仕事増やした…)

喜武が頭を抱えると、レイラは聞いてきた。

「何?何か文句でも?」

「…いや、無いです」

喜武は両手を挙げた。レイラが笑う。

「そっか、なら良かった。今度の依頼はなー、結構すぐ終わると思う。喜武はブルックリンには行ったことないだろ?あそこは水が綺麗だから、食べ物も美味しいんだ。仕事終わったら一緒に美味しいもの食べよう」

「おう」

「それからなー…」

レイラの話はまだ続いているが、喜武は別のことを考えていた。さっきの、自分の痛い勘違いについてだ。

さっきは思わせぶりなレイラへの怒りが湧いていたが、少し時間が経つと冷静になってきた。

(まあ、レイラは、15になるまでずっとお屋敷で箱詰めにされていたから、友達が居なかったのかもなあ)

昔、レイラにそう聞いた覚えがある。それならば、あれだけ友達にこだわるのにも納得がいく。レイラの中には、まだ、恋人という概念は存在しないのだろう。人と関わった経験がまだまだ少ないから。

(ああもう、これだから目を離せねぇんだよ)

喜武はレイラをちらりと見た。レイラは楽しそうに明日の出張の話をしている。喜武は頭をポリポリと掻いた。

その顔は、笑っていた。



レイラは、内心ほっとしていた。

喜武とは、15のときに出会った、初めての友達だ。屋敷を出て、右も左も分からないレイラを貶しながら、喜武はレイラの世話を焼いてくれた。実は、今初めて友達だと言ったけれど、昔から友達と思ってたりする。ただの使用人なんかじゃない、大切な友達だ。

言わなくても伝わってると勝手に思っていたが、素直になれと魚屋のおっちゃんに言われたから、言ってみた。おっちゃんの言う通り、全く伝わってなくてびっくりした。

(好きって言ったときの喜武の顔、超面白かったなあ)

顔が、鼻血でも出そうな勢いで真っ赤だった。

『…俺も、レイラのこと、好きだよ』

レイラはさっきの言葉を思い出して、反芻した。

「…レイラのこと、好き、か」

その声は満足そうで、隣で百面相をしている喜武に見えたかどうかは分からないが、その笑みはどこか寂しそうだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨巫女の水曜日 十一歳の高校生 @houkagonookujyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ