反抗期兵曹――ヴィオラ・ラングレー

 俺は執務室である兵曹の略歴を見ていた。


 海軍幼年学校に入った頃から規律違反が絶えず、座学や個人の運動能力での成績は良くても、教官からの評価が悪く全体の成績は芳しくない。

 “反抗的な態度が目立ち、組織的な活躍は見込めない”とまで書かれていた。


“誰だ、そんな奴をプライドに入れたのは”


 つい小言が漏れた。

 コナーは執務室の脇の、自分のデスクから俺に答えた。


“下士官過程の教官の1人から推薦されたと聞いています”


 真面目に答えなくてもよかったのだが、コナーはそういう男だ。

 にしても、その教官の気が知れない。

 組織に向いていない時点で、下士官になるのも厳しいだろうに、プライドに推薦とは。

 プライドのような特殊部隊は、少数精鋭だ。1人の持つ責任が大きくなる訳で、軍隊には欠かせない連携がすごく重要になる。そんな特殊部隊に本当にこんな奴が要るのか?


 ドアのノックが聞こえ、俺はコナーに手振りで入室の許可を伝える。

 コナーがドアを開けると、派手な見た目の下士官が敬礼して立っていた。


“ルナ・アルバーン一等兵曹、参りました”


 ふむ。まあ言動はまだ常識的だろう。

 ただ、蒼い髪の俺が言う資格はないかもしれないが、見た目が軍人ではない。


 金髪で黒人なのは、少数派だが人種的なことだから個性の内だ。ネイヴィス族に一定数いる見た目だ。

 軍隊に似つかわしくないのは、太ももの辺りまで伸びているポニーテールだ。


 軍人には、格闘を意識して髪を短くする常識がある。取っ組み合いになった時、髪を掴まれるなどすごく不利なのだ。女でも、少なくとも髪をまとめたり肩口までで髪を切ったりする。

 プライドに関しては、現地の一般市民に紛れる必要があるので、もう少しルールが緩い。一部ではプライドをロングヘアと呼んでいる奴がいるらしい。

 俺も、参謀だから前線に出ることはないと、髪を伸ばしていたりはする。


 でも、彼女は極端だ。髪をまとめてると言ってもあれはファッションで、仕事の邪魔になる。

 それに、襟足はショートカットにしているのも目に余る。

 個性を出しすぎて、現地の民衆に溶け込めないだろう。


 それと、気になっていることを聞いてみた。


“服装については何と言われた?”

“ああ、サービスドレスと言われましたけど、急いでましたので”


 ワーキングドレスの理由がそれか。制服の内かもしれないが、あまりにカジュアルだろう。

 これを言うと器が小さく思われるかもしれないが、皇族に会う時は現場でない限りサービスドレス以上の礼装だ。


 深く息を吸い込み、彼女を応接用の椅子に招く。

 彼女は最低限の敬礼をし、椅子に腰かけた。


 俺の周りに皇女として敬わない奴は、将官クラスの軍幹部くらいだし、こういう奴に慣れていないことは認める。だが、徐々に俺の機嫌が悪くなるのを感じている。


 前髪をかきあげ、天井を見上げる。そして、また彼女に向き直る。


“呼び出したのは、ある奇妙な案件の告発があってな。真偽を確かめるのも同時並行でしているところだが、まず名指しがあったお前から話を聞いておきたい”

“また怒られちゃいます?”


 ……。

 普段から問題児としての認識はあるようだ。


“いや、お前を責める内容の告発ではない。今お前を責める理由ができたくらいだ。それよりも。……お前、GeM-Huが何か分かるか?”


 アルバーンはGeM-Huという単語を聞くと眉をひそめ、途端に態度が悪くなった。

 椅子から立ち上がると、すたすた出口に向かった。


“おいてめぇどこに行く?”

“わたし、この仕事降ります”


 ついに俺の我慢が利かなくなった。


“アルバーン! 戻れ!”


 少し強めの口調で呼び止めることになったが、アルバーンは足を止め、こちらを振り向いた。


“GeM-Huの話ってことは、父が関わっていますよね? そんな任務なら、死んでもお断りです”

“お前、不名誉除隊を目指してるのか? お前の親父さんはもう死んだんだろ? 他に話の分かるやつがいないんだよ”

“嘘! 内海博士もいるし、瑞穂の貴族にも詳しい人物がいたはずです! わたしに聞かなくてもGeM-Huの詳細は彼らが教えてくれます! わたしは金輪際父に関わりたくないんです!!”


 こめかみを揉んで、頭痛を和らげようとしたが焼け石に水だった。


 この口ぶりからして、確かにアルバーンはGeM-Huについて知っているようだが、こうも協力を得られないとは。


 それに――。


“内海疾風は今、入院している。無理に聞くわけにいかないだろう。それと、お前の言う瑞穂の貴族は死んだ”


 他に頼れる人間もいない。


 アルバーンがどんな反応をするものか見てみたが、ドアの近くで腕組みし、あさっての方向に目線を向けていた。

 腹に据えかねる。


 だが一応、反応は示した。


“博士はなんで入院しているんですか?”

“瑞穂警察に問い合せたが、どうも誰か毒を盛られたようだ”

“毒?”


 彼女はやっと目を合わせ、少しは話に取り合ってくれるようになった。


“事件の詳細は公表はされていないが、彼の飲み物に毒物が混ぜられていたとかだ。恨みを買う人間ではないが、どうも今回のメールと無関係とは思えなくてな”

“……メール?”


 そういえば、告発がメールによるものと伝えていなかったな。


“η-3って奴から何百件とメールが届いてるんだ。そのメールにお前と、内海疾風と若葉霞の名前が名指しされていた、GeM-Huに詳しいだろうって。そのGeM-Huの子ども達が瑞穂の離島にいるから――”

“子どもがいるんですか!?”


 話をぶった斬って、狼狽するアルバーン。

 何を驚いているのか。


“そんなの冒涜です!! 誰に産ませたって言うんですか!”

“知るか! だいたい、GeM-Huが何かを教えろ”


 さっきまで遠くにいたのに、机を叩きつける勢いで俺に詰め寄る。

 そんな彼女に、何回も出てきているが意味を知らない単語について聞いてみると、渋々答えた。


遺伝子Genetically組み換えModified人間Humanoid。父が研究していた題材です”


 なるほど。何かの略語だとは思っていたが、人体実験の産物か。

 アルバーンが何を嫌がっていたのか、少し理解できたかもしれない。謹慎処分にしてやろうかという思いはまだ頭の片隅にあるが。


 電話が鳴り、コナーが応対している。

 その一方で、俺達は俺達で話を進める。


“その研究、実用化されているのか?”

“いいえ、研究までのはずです。でも、誰が実用化できるまで研究を続けていたのか……”


 アルバーンが分かるのもここまでか。まあ特別捜査チームを作るとすればアルバーンを組み込むのは決まりだ。


 “殿下”と呼ぶ声に、アルバーンと共に目を向けた。


“内海疾風博士ですが、山を越えたようです。今、摂津警察が事情聴取しているとのことです。話を伺えるかもしれません”


 アルバーンと目線が合った。

 アルバーンは「嫌な予感がする」というような神妙な顔をしている。俺はそれに応えてみようと思う。


“お前、見舞いに行ってこい”

“はあ!?”

“俺は忙しい。今回の件で立案しなきゃいけないからな。まあ一人が不安ならコナーを連れて行ってもいい”


 コナーが俺達のやり取りを見ていたらしく、面倒くさそうに頭を降った。


“絶対ですか?”


 ごねる一等兵曹に、一言脅しを加えると、彼女は折れた。


“行かなきゃ不名誉除隊処分を下すぜ”





海軍幼年学校――海軍士官・下士官を目指す少年のための中学校。ここを卒業していると昇進が早い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る