夜の狩人——ヴァン・アークロイヤル

「なあ、金髪碧眼の黒人って知ってるか?」


 ノイズ混じりの会話で、唐突にそんな話題になった。


「あれか、プライドにいるあの女か?」


 船橋の窓から覗くと、上弦の月に照らされた、コンテナの山が見えた。

 この山の中に、俺達のコンテナがわずかにある。


 船長は買収済みだし、それにもしコンテナの中を確認されても、中身はカビた木材に覆われていて、作業を不快にさせる工夫もしている。

 今回のブツは入手に苦労したが、その分金はいただく。


「最近、プライドにやられた奴から目撃情報が多くてな。出くわしたくねえと思ってな」

「不吉なことを言うなよ天霧あまぎり


 今、丹陽王国連合はオリョール人民共和国連邦と戦争真っ只中。

 王国連合の南にあるこの海域も、参戦国ネヴィシオン連合帝国の支配海域。

 時々、その連帝の駆逐艦とすれ違っては船全体が警戒態勢に入る。時たま臨検を受けるのだ。


 今は近くに艦艇はいないし、のんびり夜の航海を楽しもう。


 船橋は外がよく見えるよう明かりを落としているので、最低限の明るさだ。計器類や海図を照らすのみだ。


「彼女は風貌が目立つだけで、ほかの隊員も優秀だと思うが?」

「そうだとは思うが、実際そいつのいるチームが検挙率が高いんだよ。他のチームはまだ騙せている」

「優秀なチームに所属しているんだな」


 そのチームは要注意ということか。


 無線機での会話に夢中になっていたが、会話をやめて気づいた。

 船長が誰かとアルビオン語で話している。


“ですから、ヘリポートがないのでそれは無理で——。……降下する!?”


 ヘリポート?


 何故ヘリコプターが関係するかと思ったが、船のエンジン音に紛れ、確かにヘリコプターのローター音がしていることを今更ながら聞き取る。


 参ったな。


 外を見ると、ヘリコプターがこの船の真上にいる。それどころか徐々に降下している。

 まさか着船はしないだろうが、軍用ヘリだということは、懸垂降下も可能かもしれない。


 通信をしていた船長から受話器をひったくり、なんとか臨検をやめさせてみる。


“この船は瑞穂船籍だ。貴国の同盟国の商船であり、ただ貴国の領海を航行しているだけだ。貴国の運輸省にも通報義務のある事項は報告済みで、何も怪しまれることはしていない。航海日程が遅れているため急いでいる。頼むからこれ以上遅らせないでくれ。どうぞ”


 臨検に関しては、警察が裁判所の令状を持っていないと家宅捜索できないのと同じで、軍も怪しいことのない船を調べることはできないはずだ。


“こちら連合帝国皇室海軍。急ぎである件、承知した。心配はいらない、航行を続けながらで構わない。ただ、イスタンブールIstanbul王国からの荷物がないかを調べさせてくれ”

“……ちょっと待ってくれ、リストを持ってくる”


 まさしく俺達が仕入れたブツのことを言い当てている。

 こりゃ誰か漏らしたな。


 腰に付けている別の無線機に手をかけ、天霧に声をかけようとしたとき、ヘリコプターがコンテナの山すれすれまで降りているのが見えた。


「天霧、出番だ」


 天霧には瑞穂語で話しかけ、ヘリコプターにはアルビオン語で呼びかける。


“待てと言っただろ!”

“こちらの臨検隊もそのリストを確認する。心配するな、航行は続けろ”


 ヘリコプターのパイロットもすごい技量だ。

 24ノットで移動している船に合わせて、着船するかしないかの高度をホバリングしている。

 半月に照らされ、黒い人影がぞろぞろとコンテナの上に降りてくる。


 もう屁理屈では抵抗できなさそうだ。今度は船橋に引きつけることにした。


“分かった。貨物リストは船橋に置いている。俺達もそこにいる”

“ならば隊員達の一部もそこに行かせる”


 一部だと困るが、仕方ない、引きつけよう。船橋より船尾側に行かせなければいい。


 隊員達が来るのは思ったより遅かったが、コンテナの山を梯子を使って降りてきたことを考えると早いかもしれない。


 降りてきた臨検隊員は6人ほどだったと思ったが、来たのは2人。もっと来てくれなくては困る。

 でも、やるしかない。


 二人ともヘルメットの下は覆面で散弾銃を構え重装備。俺の方が悪者だと自覚はあるが、彼らの方がずっと怪しい。

 一人は男だったが、一人は女だった。


“リストはこれだ”


 俺は女の方に渡すことにした。


 このコンテナ船はそれほど大きくない。それでも6メートルコンテナなら4000個は積める船だ。

 今回の貨物も3000個弱。ヒントなしでリストから探し出せるだろうか。


 だが何か目星を付けていたらしく、早くに見つけた。


“このイスタンブールの貨物、角材ということだけど、12メートルコンテナに積むには少なくない?”


 彼女は懐中電灯で手元を照らしながら、リストをめくっていく。


 まあ、少ないだろう。


“俺が知るか。どこの会社の荷物だって?”

エウロEuro特急。つい先ほど捕まえた運び屋が、この会社名義でロケットランチャーを大量に密輸してたんだ。ペーパーカンパニーなのは分かってるから、この会社名義の貨物は全部調べさせてもらうから”


 二手に分けたのが徒となったらしい。困ったことになったが、できることをしよう。


“だがコンテナに埋もれていないか?”


 はったりだ。すぐ降ろせるように上の方に積んでしまった。


 だが彼女はリストをこちらに見せつけ、どこに積んであるかを示す図を指差した。


“わたしこの表くらい分かるから”


 リストは瑞穂語で書いておいたのに、バレた。


 いや、ネヴィシオン人にも瑞穂語を話せる奴はいる。だが、読み書きは難しいはずだった。


 彼女は無線で指示を飛ばし、部隊を船尾の方に誘導した。確かにそこに俺達の貨物が積んである。


 天霧は上手くやってくれているだろうか。


 懐中電灯の光が書類で拡散し、覆面で覆われた彼女の顔を照らす。そしてその瞳がこちらを見据えた。


“その無線機は何に使うの?”


 意外と、変なことを聞く。


“船上ではよく無線機を使うんだ、知ってるだろ?”


 この船は長さ200メートルを超える。

 そんな船の上で携帯型の無線機は普通に使う。


“でも船長と無線機の種類が違うよ?”


 つまらないことに気がつくものだ。


“私物の無線機だ。周波数さえ知っていれば連絡できるからな”

“じゃあさっきの運び屋と同じ種類を持っているのは偶然?”


 変なため息が出る。こいつ、しつこい。


“信頼性の高いブランドだからな。そいつらも持ってるかも知れないが、俺はそいつらのことを知らねえ”

“3人共同じ無線機だったよ?”

“誰だよあと1人”


 あの船に乗っているのは——。


“そう、君達の仲間は2人”


 突然、身体が冷たくなった気がした。

 俺が変なことを口走った所為で、大金がパーになる。想像したくもなかったことが、今起きようとしている。


 鎌を掛けられた。

 無関係を装うつもりだったのに、人数の矛盾に躓いてしまった。


 本格的に、ここに臨検隊を集めないといけなくなった。


 腰に差していた拳銃に手をかける。

 静かに安全装置を外し、タイミングを伺う。


 すると、彼女はこちらを見つめ、俺に散弾銃を構えた。


“腰から手を離して、手のひらを見せろ! ハウンド05まるごー、船長を”


 暗い中でよくも気がついたものだ。


 船長は男の方の隊員に銃を突きつけられ、降伏する素振りを見せている。


 だが次の瞬間、船長は隊員に殴りかかっていた。

 隊員の発砲で警告灯が割れた。

 他のクルー達も加勢する。船長は血迷ったのだろうが、それが好都合だった。


 女性隊員が一瞬そちらの様子に気が取られたので、拳銃を彼女に向けて発砲した。

 しかし上手くいかず、身を翻して避けられた。


 俺と女性隊員の間には3メートルほどの距離があったが、彼女はすぐに間合いを殺してきた。

 散弾銃の彼女の方が有利なのに近寄ってくるのは予想外だった。

 すかさずもう一発撃ち込むが、防弾ベストに阻まれたのだろう。

 彼女はまったく怯まず、回し蹴りで俺の右手を蹴り上げた。

 運良く銃は落とさなかったが、それも意味なく、次は頭を蹴り落とされ、床に頭を打ちつける。


 鈍い音と、世界が回るような感覚。

 なんとか意識をつなぎ止め、銃を持った右手に力を込めるが、彼女に手首を踏まれ、拳銃はあえなく没収。


 船長達も打ちのめされたらしく、男性隊員がこちらに歩み寄ってきたようだ。


“お前がアークロイヤルArkroyalか?”


 それが、俺のいくつかある内の一つの偽名。だが、実在しない苗字だから、俺しかいない。頷くほかない。


“救難艇のロケットランチャーとアサルトライフル、それとお前の連れの天霧は制圧済みだ。おとなしくしておけ”


 最悪。

 すべて没収された。

 天霧に救難艇で脱出してもらう予定だったが、あいつに託していたものもなくなった。

 ここに隊員を集めるまでもなく、すべて抑え込まれた。


 ふと、さっき天霧とした話を思い出した。金髪碧眼の黒人。彼女はプライド隊に所属していたな。


 俺の腕を踏みつける彼女をよく見ると、彼女は黒人だ。

 首元や目元など、覆面の隙間から見える肌は月明かりにも反射しない。

 長い金髪を結わえているのだろう、覆面の裾から一房髪の毛の束を垂らしている。

 瞳の色までは分からないが、彼女が噂のプライド隊員で間違いないだろう。


“お前達プライドかあ”

“ご名答”


 彼女はからかうように答えた。


“一等兵曹、余計なことは言うな”


 上官らしい男性隊員に注意されるが、彼女はお構いなし。


“こいつは事情を知っているようですもん、いいじゃないですか上等兵曹。ついでに言うと、君のこと追ってきたよ。共和革命派ゲリラに武器を売ってるらしい君達を狩るのがわたし達の仕事”


 最初からこいつらの手のひらで踊らされていたらしい。


 だが彼女も優秀とは言えないのだろう。

 上官に頭を小突かれていた。


 その時、彼女の無線機がノイズ混じりで何かを伝えてきた。


“ハウンド11ひとひと、応答しろ”


 彼女は応答する間も、俺の手首を踏みにじっていた。


“こちらハウンド11、船橋の制圧完了”

“それは05から聞いている。ご苦労。貴官個人への通達だ。北方方面艦隊パーラオリエンタルperla oriental基地に向かえ。ラングレー参謀大佐がお呼びだ。本日0600まるろくまるまる、迎えのヘリに乗れ。殿下にお会いするんだ、礼装サービスドレスで頼む”


 後4時間で出発か、きついだろうな。こいつも通信を切った上で“うへぇ”とか言ってる。


 どことなく、こいつは軍人に向いてないなと思った。





ネヴィシオン連合帝国皇室海軍——ネヴィシオンの海軍は二人の皇帝が大元帥で、皇室が運営していると定められている。連帝が海洋国家である都合上、海軍が陸軍を吸収している。つまり軍隊は陸軍、空軍がなく海軍だけ。実質統合軍。

イスタンブール王国——大大陸中央あたり、地中海に面する王国。そろそろオ連の餌食になるだろう。

瑞穂語——瑞穂国の公用語。難しい言語で、何種類もの字を使い分ける文化が外国人を寄せ付けない。

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