フェーズ4 突入

砕け散れ——ミラン・バティスト・ルルー

 隣の島に、容赦なくミサイルが撃ち込まれる。

 衝撃波が爆発音として、ここまで響く。


 その代わり、こちら末島には戦闘機が誘導爆弾で防空阻止に勤しんでいる。わたし達にあれを撃ち落とす能力などほぼないのに。


 先ほどから爆撃が散発的になってきたので、そろそろ上陸か。


 あの戦闘機どもがエンジン音を轟かせる中、懐の無線から悲鳴にも聞こえる叫び声が、ノイズ混じりに響いた。


グレカーレGrecale、応答しろ! グレカーレ!」

「こっちも緊急事態だ! アルピーノAlpinoが重傷なんだ、誰か応援を!」


 混乱を極める無線のやり取り。死傷者が多数出ているようだ。


ザラZaraが吹っ飛ばされた! こっちはもう無理だ!」


 そうか、ザラもやられたか。

 昔は部下として娘と呼んでいた。まだ若く元気で、椿会でも活躍していたのに。


「ミランだ。撤退しろ。もう持たん。今までご苦労だった。武器は置いていって構わん、身を守ることを優先しろ」


 わたしが何か言ってやらないと、息子達は死ぬまで応戦するだろう。撤退の許可を出すと、「了解」と聞こえた後、しばらく沈黙が続いた。素直に引き上げているのだろう。


 聖堂の鐘塔から成り行きを傍観していたが、そろそろ潮時だろう。ここもじきに破壊されるはずだ。


 鐘塔を降りながら、無線機のスイッチを切る。

 誰かが指示を求めたときのためにスイッチを入れておいたが、もうわたしにできることはないだろう。見捨てたつもりはないが、静かにしておいてほしい。


 聖堂に入ると、中には風化した炭が散らばっていた。焼け残った木製の長椅子だ。建物は煉瓦造りのため、骨組みは残っている。おもての漆喰がすすにまみれているし、ひび割れているが、なんとか形は残った。でも可燃性のものは焼けている。


 南に向けられたステンドグラスから、月明かりが差し、木像を照らす。白百合がその像に、歪ながらうっすらと描かれる。


 昔見たこのステンドグラスは、ひびもなく美しかった。昼頃になると、司教様の立つ演壇を照らすのだ。白い百合の、素朴な美しさを描いた、美しい窓だった。

 子どもの頃、それも父に拾われて右も左も分からなかった頃、このステンドグラスに惹かれた。

 司祭様からの説教の間も、身が入らないときはこの窓を眺めていた。


 焼け残ったこの木像については、今では尊重しているが、昔は怖かったものだ。

 わたし達の主であり、その名前を呼ぶと近いうちに死ぬことになると言われるこの方。本で名前が書いてある箇所を読ませられたときは、生きた心地のしなかったのを覚えている。


 主は女性性を持ち、青い血が流れていると言われる。だから肌は青白く、唇は真っ青。死人の髑髏しゃれこうべを舐め回すその舌は、サファイアを思わせる青色だ。対してその瞳は、生き血のようなルビーレッド。長い髪は闇に溶けるほど黒いという。

 この木像はその姿を表現したもので、いつも彼女が見つめていることを忘れないために置かれている。死人の髑髏を林檎のように咥えるその姿は、恐ろしくもどこか病的な美しさを感じるものだった。

 幼い頃は恐ろしくてこの聖堂に入ることも嫌だったが、今では焼ける前の彼女の姿が懐かしい。


 すすけたオーブを取り出し、この木像にかざす。


「わたしの娘を連れていかれるのですね。甥も、姪も。騒がしい奴らでしたが、どうか覚えていてくださいますように。彼女達に、安らぎを……」


 まだ話している頃に、ステンドグラスが震えた。近くに爆弾が落ちたのだ。

 そして、次は爆風がステンドグラスを突き破り、破片が聖堂の中に散らばる。見れば、窓の白百合は砕かれていた。わたしもガラスの破片を浴び、頬から温かい血が流れているようだ。


 爆音と共に、凄まじいエンジン音が轟いた。そして、妙な戦闘機がゆっくりとこちらに近づく。

 最近の戦闘機にはホバリングできるやつがあるらしいが、実際に目にしたのは初めてだ。


 ゆっくりと、その戦闘機は近づき、まるで覗き込むように聖堂の近くに浮かぶ。木の葉や土煙をジェットで巻き上げながら、聖堂の様子を伺っているようだ。


 また別のガラス窓が割れる。


 わたしは、手榴弾を懐から取り出す。


「来るなら来い……! 我が主よ、どうかこの悪ガキのこと、覚えていてください! 我が主——」


 彼女の名前を呼ぼうとしたとき、異変を感じた。

 戦闘機が微かに後退したのだ。

 それはわたしの勘違いでも、戦闘機が姿勢を調整しているのでもなく、だんだんと聖堂から距離を取る。


 やがて、戦闘機は方向を変え、徐々に速度を上げて飛び去っていった。


 覚悟を決めていただけに、拍子抜けだ。てっきりミサイルでも撃ち込まれるものだと思っていた。


 わたしはまた像を見つめ直す。ガラス片を被ったその像は、また傷ついたようだ。表面の塗料がまた剥げ、風化していない木目が見える。


 その赤い瞳に、何かを言われた気がした。

 慌てて手榴弾を遠くに投げる。


「失礼いたしました。死に急ぐものではありませんね。まだお呼びでないのであれば、わたしは全力で、皆を守り抜いてみせます!」


 また無線機の電源を入れると、やはり混乱した情勢が伝えられる。


 わたしはオーブを首にかけ直し、無線機を手に取る。


「すまない、みんな。各自の避難先を教えてくれ。アキラはどこにいる?」





防空阻止——航空機を撃ち落としてくる高射砲やミサイル、レーダーなどをあらかじめ破壊し、敵の反撃の手段を封じておくこと。

鐘塔——または鐘撞き堂。

ホバリング——ヘリコプターなどがその位置から動かず飛び続けること。

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