島へ——ルナ・アルバーン

 まともな話ができる環境ではない。

 キャビンの中はあまりにうるさい。となりの乗員と話すにも声を張り上げないといけない。

 機内は何ともいえない臭いがする。汗と泥の臭いだろう。

 戦闘服など丸洗いできる装備は洗濯するが、銃や防弾ベストなどの装備はさすがに丸洗いできないからだ。もちろんメンテナンスはしているけどね。


 ティルトローター機であるMVエムヴイ-7セヴンボギーは、ローターのブレードが大きい分騒音が激しい。

 これでももっとうるさいヘリコプターがある。


 強襲揚陸艦トールからボギー乗り込み、末島に向かっている。


 最低限の明かりしかない機内を見渡すと、わたし達と向かい合わせに座るシェパード分隊の隊員が横一列に座る。目の前の隊員とはもう膝をつき合わせるほど近い。

 機内は窓も少なく、外の様子は分かりにくい。特に、8時前の空は月明かりがあるくらいで、とても暗い。


 わたしの両脇には、軍の戦闘服を借りた大和と武蔵がいる。大和はきょろきょろしているけど、武蔵は慣れているのか落ち着いている。


 二人はわたしが連れてきたゲストみたいな扱いだから、わたしが護衛することになった。そして、分隊長のハリガン大尉がわたしと組んで行動するとか。


 今回の作戦は、複雑だ。いや、複雑と言っても、将兵の目標は単純だ。艦隊は島に部隊を上陸させ、仮想敵から奪い返すこと。

 ルミノクス作戦と呼んでいるこの演習は、大掛かりである割に、ごちゃごちゃするだろう。こういう演習作戦は用意周到に行うのがセオリーだが、実際は“戦場の霧”と呼ばれる予測不可能な事態が起こる。

 その戦場の霧を課題とした演習だ。

 作戦の目的は、即時集合できる部隊だけで逆襲する能力を高めること。

 でも実はもう一つあって、それはI作戦をカモフラージュすること。


 I作戦を担当するのはわたし達。

 プライド隊のハウンド分隊とシェパード分隊、計24人の隊員と、アドバイサー2人。


 どうでもいいかもしれないが、実はこのボギー、キャビンの定員は25人なのだ。アドバイサーが1人ならまだよかっただろうが、2人も乗り込んでいる。

 先任としてこの小隊を任せられたハリガン大尉が立って壁に寄りかかる。キャビンの機首側に少しスペースがある。でも彼の寄りかかる扉は乗降口になっているので、寒そうだ。

 ボギーの機内は保温性がほぼない。外よりも少し暖かいだけだ。

 ここは上空で、季節もまだ春になったばかりで寒い。密集しているから汗ばむくらいだが。でもあそこは外気にさらされた鉄の扉のそば。考えるだけでも寒い。


 見つめすぎたのか、大尉と目が合った。


「大丈夫か!? アルバーン」


 顔が見えるよう、ヘルメットと覆面を脱ぐ。

 この暗い中わたしの顔が見えるかは分からないけど。


「大丈夫です!!」


 相変わらずローター音がけたたましいので、大声での会話。


 途端に、遠くから響く爆発音がした。

 ずっと飛び回っていたケルベロスが島への最後の攻撃を始めたのだ。地点によっては、巡洋艦や駆逐艦からの艦砲射撃が加わるだろう。


 大尉が扉の窓を覗く。彫りの深い白人らしい顔が月明かりに照らされる。


「我々の上陸地点を、ケルベロスがならしている! 皆準備をしておけ! 特にアルバーン! 脱いだ覆面とヘルメットを被り直せ!」


 言われなくても被りますから。


 ローター音の響きが変わる。固定翼モードから回転翼モードに移行したのだ。

 もちろんまだ攻撃の最中だから着陸はしない。だがしばらく待機した後、末島に上陸する。


 被り直したヘルメットの留め具がカチッと鳴るのに合わせて、覚悟を決めた。





ティルトローター——プロペラの向きを変え、ヘリコプターのように垂直に離着陸できる固定翼機。有名なところでは○スプレイ。ボギーのモデルもオス○レイ。

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