亡霊へのコンプレックス——ソロモン

 あいつ、本気で首を締めてきやがった。

 まあ、わざと煽ったのは確かだ。でもブラックアウト寸前まで追いつめられるとは。


 あいつはいわば動物兵器だ。犬が役割に合わせて品種改良されるのと同じく、Z-1も殺戮兵器として開発された。


 自分でも、GeM-Huの暗黒面とも言うべきここの子ども達が哀れになってくる。実験、試作のために産まれてきて、過酷な環境で淘汰される。あまり深く考えると気を病むだろう。


 レオナルドも、このことを予想していたのだろうか。

 GeM-HuはGenetically Modified Humanoidの略。わざわざHumanヒューマンではなくHumanoidヒューマノイドにした理由は、倫理上の問題らしい。

 その「倫理上の問題」の中には、良心の呵責も含まれているのだろうか。


 ヒューマノイドの接尾辞、oidオイドというのは、何かに「見える」、何とか「っぽい」というような意味がある。つまり、ヒューマノイドは「ヒトに見える何か」という意味だ。あえて、Genetically Modified Human、「遺伝子を組み換えたヒト」とは呼ばなかった。


 俺はレオナルドと育った環境が異なるから、デザイナーズベビーをヒューマノイドと読んだ詳しい理由は分からない。だが、結果的に意味合いはヒューマノイドで正しかったと思う。


 沖島はZ-1を気に入ったのか、連れて出て行った。だが、これから一緒に過ごすことを考えると、途中で痛い目に遭わないか心配になる。


 彼は、「ヒトに見える何か」だ。

 恐れを抱かないよう感情を抜かれ、戦士としての残虐性を高められ、成長を早められ、身体能力は最高レベルに引き上げられた。

 もはやヒトとは別の生き物だろう。


 沖島を見送り、また優士のところに戻る。


「沖島はZ-1を気に入ったようだな」


 優士は、スパコンのスクリーンから目を離さない。

 シカトするのはいつものことだが、会話をしたければ少し煽ってやる必要がある。


「これでレオナルドに追いつけたか?」


 今までマウスをカチカチしていたのに、突然音が鳴り止む。


「……まだだ。あいつなら、もっと扱いやすいZ-1を創っていた」


 本当に分かりやすいコンプレックスだ。

 レオナルドを目の敵にしている優士は、彼の名前を引き合いに出すだけで釣られる。


「どんな風に? Z-1だって立派な戦士じゃないか」


 俯いて首を振る優士。ついに俺に振り向き、不満をぶちまける。


「お前も知っているだろ。あいつの精神は不安定だ。量産したら同士討ちを始めるぞ」


 何を目標にしているのか分からない。「戦士を創るならサイコパスにしよう」と言ったのは彼だ。だが思ったより危険と分かると、取り返しがつかなくなった後から文句を言う。


 無我夢中で開発するのは素晴らしい。その集中力は見習わないと。

 だが先見性がないのはいただけない。


「だから、共感性はノックアウトするなと言っただろ? でもまあ、『最高指導者が気に入るだろう』って沖島は言っていたぜ」


 でも納得がいかないのか、優士は首を振る。


「取り扱いが難しい商品は欠陥品だ! 敵味方関係なく攻撃するようでは困る! まだ改良は続けるぞ」


 思わずため息が出た。

 また罪作りなことを始めるつもりか。Z-2トゥーは更に可哀想な生物兵器になるだろう。


 何度聞いたか分からない質問だが、もう一度する。


「そこまでしてレオナルドに追いつきたいか?」


 優士はレオナルドが見えるのか、追っているのか、天井を見上げる。


「追い抜いてやりたいさ。あいつは皆に認められ、すぐに結果を出す。僕は、地道にあいつの後を追うのさ」


 俺は髪を解いて、頭を掻いた。妙に辛気臭い。


 だがそんなことも知らないのだろう、優士は続けた。


「そのためなら僕は何でもする。お前を呼びだしたし、ディニティコスの発明品の盗み、ハッキングさせる事までした。僕も分かっているさ。どれだけ惨めなことをしているかって。でも、僕の価値はここでないと見いだせないんだ……」


 そのために、GeM-Huについて知識のある内海博士を殺させた。GeM-Huの専門家としてのライバルを消した。


 優士は確かに惨めだ。ライバルの足を引っ張り、消すまでしないと勝てないと思っている。

 恐れているのだ。


 今までの愚痴を聞いていたら分かる。

 大学院までは成績優秀で、優士は皆から期待されていた。

 だが年下だったはずのレオナルドに博士課程の間に飛び級で追いつかれ、研究所では先に出世された。レオナルドが上席研究員になり個人の研究室を与えられた時、優士はまだ小さな研究ユニットの主任研究員だった。

 優士は天才と呼ばれたかったが、レオナルドという天才の陰に隠れてしまった。


 蒼薔薇会にスカウトされるも、GeM-Huの話を持ち出したときには発案者のレオナルドと比べられ、レオナルドを想定した技術力を求められた。

 そしてノルマが達成できないとなると、レオナルドに泣きつくしかなかった。それなのに、親父がレオナルドの自決を容認して、頼れる天才もいなくなった。

 冬月に要求されたノルマも、研究所を辞め、執念で達成したが、研究ペースが明らかに遅い。

 天才と比べられ、陰口を言われる始末。

 優士が病むのも理解はできるが、人格的な問題もある。


 蛍光灯かそのずっと向こうを見つめている優士に、レオナルドの影としてアドバイスする。


「『秀才は自然界の方程式を理解している者のこと。天才は、その方程式の美を理解している者』だとさ」


 レオナルドが残した言葉だ。

 俺はその言葉に感銘を受けたのだが、優士は前者らしく、ぴんときていない模様。


「何度も聞いたさ。僕は秀才だと言いたいのだろ?」

「卑屈になるなよ。君はその『美』を理解するように努めろってことさ」


 俺は彼のクローンだから分かる。レオナルドなら、そうアドバイスする。





ノックアウト——ボクシングのK.O.のことではなく、遺伝子操作の一種で、狙った箇所の遺伝子を無効化する作業。

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