ダルド——橘 武蔵

「久しぶりだな、兄弟」


 本当に久しぶりだ。俺がさつきさんに拾われて以来だ。


 小柄な体格に、鋭い目つき、一房だけ白い前髪。本名は知らないが、俺達はダルドDardoと呼んでいた。


 彼は三階にいたらしく、階段の方から瓦礫だらけになったこちらの方に歩いてきた。


「そうだな、久しぶりだな、兄弟。あの匂いお前だったのかよ」

「悪かったな、デコイで」


 親父に憧れているのか、ダルドも親父と同じ香水を使っていたな。


「すまんが、先を急いでいる。できるならば早く行きたいのだが」


 ダメ元の交渉。

 当然のごとく、拳銃を向けられ拒否される。


「相変わらずだ。冗談のつもりならば、まったく笑えなかった。俺は本気なんだよ」


 拳銃を寝かすように横に構えるのは、ダルドの癖だ。

 狙いにくいし、薬莢の排出に障害をきたす場合があるので、俺は使わない手だ。

 利点としては、弾をばら撒くのに向いているというところか。


「武蔵、さっきの爆発はやっぱりこいつが仕掛けたのか?」


 ダルドから目を離さないよう、微かに頷いた。

 治療室の奥から、煙の臭いがする。火事が起きたのだろう。

 何か手を打ちたいが、銃を向けられた時点で下手に動けない。


 大和が少しずつ壁の方に寄り、俺が治療室の入り口に近づく。二人の距離を少しでも離して、集中力を分散させ、二人それぞれを撃ちにくくする。


 だがそれが気に食わなかったのだろう。

 俺を撃った。


 いつかのようにまた胴体を撃たれたが、幸いに防弾ベストが弾を防いでくれたようだ。だがそれでもプロボクサーに殴られたような衝撃があった。


 大和は応戦し、拳銃をダルドに向け発砲しながら俺の方に駆け寄ってきた。

 そして治療室に飛び込むと、俺をそこに引きずり込む。


 ダルドは銃弾を避けようとし、上手く狙えなかったのだろう。大和を狙った射撃は外した。


 治療室の中は吹き飛ばされた医療器具などで散乱ていて、しかも煙臭い。

 先ほどの爆発のすすと、今燃えている煙の両方の臭いだ。


 とりあえず奥まで走り、曲がり角に隠れた。

 そして大和は俺の撃たれたところを診てくれたが、俺は大丈夫だと手で合図した。

 昔は防弾ベストなんか着なかったが、心配性のさつきさんが、危険が予測される際の着用を義務づけた。

 今はそれに助けられた。


「あいつ、気が短いのか?」

「昔からあんな感じさ」


 敵になったら厄介だな。交渉がしにくい。

 治療室の入り口に立ちふさがったらしいダルドに、また会話を試みる。


「おい、ΑΩって知ってるか?」

「悪いが、その件については何も聞いていない。仕事内容についても話せねえ」


 分からず屋。冥土の土産くらいくれってんだ。

 徐々に煙が充満していく。

 まだガス管が火を噴いているのかもしれない。


「トレーラーを追っている奴がいるが、そいつはどうする?」

「止められるなら止めたらいい。どうするつもりかは知らねえが、護衛もいるぜ」


 少しだがヒントは貰えた。

 耳を澄ますと、カチャカチャという音がした。嫌な予感がし更に奥に走る。ちょうどベッドがバリケードのようになっているので、それを盾にする。


 やはり手榴弾が投げ込まれたらしく、破片が空気を裂くように飛んでいく。ベッドにもたくさんの破片が突き刺さっていることだろう。


 突然、大和が呻きだした。

 悪態を吐き、息を荒げる。

 一瞬、やられたかと思ったが、見たところ命に別状はなく、演技だと気づく。

 俺も息を荒げてみせる。


 ダルドは潮時と見たのか、液体を撒いたようだ。瓶を叩き割る音も聞こえた。直接見ることはできないが、ガソリンかアルコールを撒いたのだろう。臭いからして石油だが。

 着火した様子だ。


 俺達が重傷を負ったと騙されてくれたのだろう。立ち去っていく気配がした。


「兄弟を見捨てるのか!?」


 最後に無様に足掻いてみる。少し咳を添えて。


「Brucia nel fuoco dell'inferno,Fratello」

 “業火に焼かれろ、兄弟”と、ローマ語で去っていった。


「あいつも詰めが甘いな」

「だが実際にマズいぞ?」


 炎はこちらに火の粉が飛ぶほど迫っていて、慌ててベッドを乗り越える。


「どこか痛くないか!?」


 炎の熱線を肌に感じる中、大和を気遣ってみるが、杞憂だった。


「大丈夫だ!」


 大和も無事だという事で、急いで治療室の入り口に向かう。だがそこも火の海だった。

 逃げ道が塞がれたようだ。

 さて、何か火を消すものか、乗り越えられるものはあるだろうか……。


「おい、こいつ使えるか!?」


 ベッド様々だ。

 入り口に撒かれたガソリンは、入り口を塞ぐ程度で、ベッドを橋のようにすれば乗り越えられた。

 さすがにドラム缶は持ち歩けなかったのだろう。せいぜい一斗缶に入るくらい。


 だが近くに手榴弾を落としていっている。早く乗り越えるに越したことはない。


 二人でベッドを引きずり、縦に立てるようにし、炎の側に倒す。ついでに鎮火できればよかったが、逃げる方が先だ。


 ベッドの橋を越え、急いで階段まで駆けていった時、後方でまた爆発が起きた。何とも爆弾の好きな奴だ。



 すすだらけになりながら建物を出たとき、目の前で待っていたのは、消防隊だった。

 消防車が何台も駆けつけ、俺達がいた建物に集中して放水している。


 彼等が俺達に駆け寄り、怪我はないか聞いてくるが、かすり傷くらいだ。

 ベッドに刺さっていた手榴弾の破片で手を怪我したが、それが一番の重傷。大和も、手榴弾の破片を避けようと、ベッドを乗り越え受け身を失敗して身体を打ちつけたくらいだ。


 指揮車や救急車が集まっている本部らしいところに誘導され、二人で椅子にかける。


 二人とも、疲れたとため息を吐く。


 うとうとし始めたころ、そこに現れたのは、白髪の青年。いや、印象からすればまだ少年かもしれない。


「申し訳ないです。取り逃がしました」


 椅子から立ち上がり、頭を下げる大和に、さつきさんは抱きついた。まるで子どものように、彼の胸に顔をうずめる。


「病棟の廊下を歩いているのが見えました。爆発が何度もあって……。心配しました」


 怖い思いをさせたようだ。まだ大和に抱きついているさつきさんの頭をわしゃわしゃなでてあげた。


 さて、問題はあのじゃじゃ馬娘だ。


 腰に手を当て、駐車場の入り口を見ていると、ちょうどルナのバイクが帰ってきた。ルナと小さい子どもを乗せて。





ローマ語——地中海にあるローマ共和国の公用語。椿会の成員の名前もローマ語。

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