埃と香水とガス——松島大和

 ターゲットは感染症病棟にいるらしい。


 鹿島さんに頼んで、彼に盗聴器を付けさせてもらったが、そこから聞こえる院長の様子だと、感染症病棟には入れたくないようだ。


 車から降り、鹿島さんの一味に化けている武蔵に電話する。彼も感染症病棟に向かうので、そこで合流する。


「気をつけてくださいね。黒百合会が見え隠れする中、彼等がどこまで把握しているのか、分かっていませんので」


 さつきさんが心配してくれているが、今回はメールの内容が本当かを調べるための作戦。

 そこまで大きな脅威はないように思える。


 でもまあ、菫会のようなどこに潜んでいるか分からない連中もいる。用心するに越したことはない。


 さつきさんとルナは車の中で待機。

 防弾車だし、黒百合会が襲ってきても銃弾は防げる。

 これ以上GeM-Huの関係者が殺されるわけにはいかない。

 とりあえず、僕達二人で例のΑΩ-9、10を探すことにした。

 GeM-Huらしいことしか分かっていないから、なかなか骨が折れそうだ。


 院長は、鹿島さんに気を取られているはずだし、他の職員も部下達がうろうろしているのに気が向いているはず。


 武蔵は部下に紛れていたから、無理に抜け出さなくてもいいと段取りしていたが、無事感染症病棟まで来れたようだ。


 中央病棟の北にある、大きな病棟。工事中を装っているが工事業者は来ていないらしく、玄関には蜘蛛の巣が張っていた。


 ヴィオラ大佐の指揮で、シャドウ隊が病院のセキュリティーシステムを黙らせていると先ほど連絡があった。すでにハッキングは完了しているようで、確かに非常口を開けても何も警報が鳴らなかった。


 ちなみに、シャドウ隊は連合帝国海軍のサイバー戦を担当する部隊だ。プライド隊と同じで、特殊作戦艦隊の指揮に入る。

 今度独立した艦隊になるとかなんとか。


 中は当然のように電気が止められていて、本当にパンデミックのような緊急時しか使わないようだ。


 武蔵は床を見て、何かに気がついた。


「誰か入ってるな」


 廊下の床に、不自然に埃がない。足跡を消したのかも知れない。

 手すりまできれいにされていて、表と中で清潔感に差がある。

 建物の中には誰かいたのだ。


 まあ、本当に工事業者が入っていたなら申し訳ないが。


「どうする、別れて行動するか?」

「いや、もし誰かに出くわしたときに対処しやすいのは二人だ。このまま、一室一室見ていこう」


 僕も考え直して、武蔵の意見に賛成した。まるで肝試しだが、実際誰かいるかもしれないとなると、身構える。


 二人とも拳銃をコッキングし、警戒態勢に入る。

 武蔵が廊下の一角にフロアマップを見つけ、その二階を見つめる。


「何か気になるのか?」

「ああ、俺ならICUアイシーユーに隠すかと思ってな」


 なるほど。ICU、集中治療室なら、その極秘の患者は隠しやすいかもしれない。

 武蔵は虱潰しに探すより、効率的な調査が好きなようだ。粗がなければいいが。


 階段を上ると、微かに臭いが変わった。先ほどは何というか、埃臭かった。だが今は、もっと生活臭のような、人が住んでいるという感じの臭いだ。

 そして——。


「……親父?」


 武蔵が反応した。


「どうした? グァルディーニの気配でもしたか?」


 武蔵は眼を伏せ、頷いた。


「シプレーの香水の香りがした」


 香水に詳しくはないが、武蔵はこの香りに覚えがあるようだ。


「親父はこの香水を使うんだ。大量にな」


 もちろん、その香水だけを撒いた可能性もある。でも、グァルディーニの介入を疑うだけの証拠が出てきた。

 人気のない病棟で、香水の香りがしたのだ。


 階段を上りきり、ICUの前に来る。

 部屋の扉の辺りの床は、妙につるつるしている。頻繁に出入りしていたのだろうか。


 武蔵はスライドドアになっている、病室の扉のスイッチを踏んだ。病院の手術室などの扉のスイッチはペダルになっているのだ。だがやはり電気が通っていないらしく、何も反応なし。


 扉をこじ開けようと、それに武蔵が手を突いた時、僕の虫が何かを知らせ、彼を止めた。


「もしかして、部屋に細工はないか?」


 微妙だが、何かプロパンのような、ガスの臭いがした。

 例えばもし部屋の中がガスで充満していたら、少しの火の気で爆発する。


 彼は最初不機嫌そうに眉をひそめていたが、やがて納得したらしく、扉から手を離した。


「確かに、椿会ならやるな。だが、どうしろと?」

「僕も悩んでるよ」


 窓から外を見て落ち着こうとしたが、変なものが目に入る。


「おい、あれは誰が運転している?」


 この病棟の前に停めてあったトレーラートラックが、動き出した。


 そのトラックが病院の駐車場を出ようとしているのを、なぜか車を降り追いかけるルナ。

 後部に積んでいたバイクを車から降ろし、前輪を浮かせながら急発進。


 護衛対象として一カ所に集めていたのに、ルナは今むき出しじゃないか。


「俺があのバカを呼び止める!」


 武蔵が血相を変え走り出した。

 その時、小さな電子音と共に、ICUが爆発した。

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