フェーズ1 敵情調査

望まぬ来客——明石龍

明石あかし院長、入管庁の方がおいでです」


 その報告はまったく間が悪い知らせだった。

 というより、誰が入管庁なんか呼んだのか。

 警察病院で外国人が治療を受けることは特別な状況を除きない。


「急ぎか?」

「そのようです」


 報告をしてくれた看護官は、少し疲れたような表情をしていた。もしかしたらその来客を足止めしてくれていたのかもしれない。

 もしそうならば彼の健闘を称えよう。


 それにしても、入管庁がどうしたのだろう。彼らがわたし達に用があるとは思えない。


 とにかく、形だけでも会うことにした。事務作業が残っているが、待たせるわけに行かないのだろう。


 ロビーに着くまでに、スーツを着た集団が目に入り、何事かと目を疑う。


 その先頭に立つ、いかにもインテリな眼鏡の男は、こちらに気づくなり名刺を用意した。


「お呼び立ていたしまして申し訳ございません、明石りゅう海将補。私は出入国在留管理庁の鹿島かしまひびきと申します。入国審査官をしておりまして、お邪魔させていただきました」


 入国審査? 警察病院には縁のない話だ。


「はじめまして。……入国審査官ということは、誰か外国人をお相手されるのでしょうが、まったく心当たりがありませんね」


 彼は表情を変えることなく、部下から何か書類を受け取り、わたしに手渡した。


「あなたは心当たりがないかも知れませんが、こちらに不法滞在者がいると通報がありましてね。いえ、何か間違いならばよろしいのですが」


 誰だそんな通報をするのは。

 不法滞在者なんて、警察隊員にいないし、受け入れたこともない。

 例の患者だって、それには該当しない。


「カルテをご覧になりますか? そのような患者は受け入れたことも診察したこともないはずです。そもそも、この警察病院は自衛警察隊か肥前県警察のどちらかの職員しか入れません。身元のはっきりした者でないと受け入れません」


 この能面男は、わたしの持つ書類を指でつついた。


「どのような患者が入院されるのかは存じております。、この通報者の言っていることが本当かどうかを調べることです。カルテもいいですが、実際に一つ一つ病棟を回らせていただきます」


 強制捜査か。協力してやらんことはないが、例の患者が見つかるのはまずい。


「それは結構。ただ、感染症病棟は、只今内部の工事中ですので、立ち入りができないようになっております」


 あいにく、瑞穂では感染症は流行っていないので、感染症はあの病棟へ入れない言い訳にならない。

 インフルエンザの患者でもいれば良かったが、入院患者はいない。


 だから、工事中を装って蒼薔薇会が機材を搬入したり、足場を組んで目隠ししたりしている。ここの職員でなければ、工事中ということは疑われないだろう。


「ま、そこに誰もいなければ問題はございません。部下がお騒がせするかと存じますが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします」


 彼が部下と思われる一団に号令をかけると、彼等はそれぞれの病棟の方に別れて移動を始めた。


 ふと、玄関越しに駐車場の方を見ると、白塗りの車が見えた。

 別に、白いワンボックスカーは珍しくない。


 だが、なぜかその車が気になった。

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